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    原発問題 -The Truth is Out There-

      : 

    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

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    「セシウムと心臓疾患の相関関係」バンダジェフスキー博士が受けた迫害の真実 

    「セシウムと心臓疾患の相関関係」ユーリー&ガリーナ・バンダジェフスキーへのインタビュー
    ゴメリ、2000年4月5日 Wladimir Tchertkoff によるインタビュー

    http://vogelgarten.blogspot.jp/2012/01/blog-post_25.html

    インタビュアー: 当時の選択を後悔されていますか? 家族問題を引き起こしたようですが。

    ガリーナ: どの問題のことですか? 私たちがここに移住して来た時のこと?

    インタビュアー: いいえ、お二人が発見をされて、その発見にブレーキを掛けた時のことです。

    ガリーナ: 私はブレーキなど掛けていません。一昼夜夫と話し合いをしてどうするかを決めたのです。長い議論でした。まずは家の中で。 それから子供達の邪魔にならないように外に出ました。大声で議論しました。 

    インタビュアー: 外で?

    ガリーナ: ええ、外のベンチの上で。涙が出るまで。

    ユーリー: 普段から私達が科学的な決定をくだすのには激しい議論が伴いました。もしかしたら女性の彼女は家族に面倒が降りかかることになるのを予感していたのかもしれません。

    ガリーナ: 夫はテレビ番組に出演する決意をして、私に言ったのです。「どんな風に我々がこうした変容、放射能を原因とする心臓疾患を発見したか、すべてを語るつもりだ。」と。 それを聞いて私は家に入って泣きました。科学評議会に私達が初めてこの研究結果を提示すると、全員が「ユーリー・イワノヴィッチ、大成功だな!」と拍手をしました。なのに私は涙がこみあげてくるのを感じたのです。再び夫と激論しました。「番組放映後にきっとあなたは手錠をかけられるわ!」と私は言いました。「何を言ってるんだ!?」と夫。ちょうどその時に監督(スバと言う名です)から電話があったのです。「おめでとう、ガリーナ・セルゲイエヴナ、番組は大成功でしたよ。ユーリーはすべてをはっきり提示してみせた。この番組は国民からも大きな反応を得ること間違いなしだ!」「でも心配なのは...」と私が言うと「何かご不満でもあるのですか?」と聞くので「ええ、もし夫に手錠が掛けられたらガリーナ・セルゲイエヴナはこの世に独りぼっちになってしまいます」と答えました。すると「何をおっしゃるんです?我々は決してあなた方を見捨てませんよ! 第一そんなことは起こりっこありません。あなたは女性だからあれこれ想像しすぎるんです。」と言う返事でした。「時間が経てばわかるでしょう」と私は答えました。そして本当に恐れたことが真実となり、私は独り取り残されてしまいました。独りきり。私は独りぼっちで空っぽのアパートに帰り、どこから手を付けたらいいのか途方に暮れました。どこに行こう? 誰に会いに行こう? 最初に思いついたのは、何故かわかりませんが、厚生省に行くことでした。私達の大臣に会って、どうしたらいいか、助言をしてもらおうと。厚生省で言われたことは「時期尚早です。いったい何をおっしゃろうと言うのです?」 大臣の控え室で私は言いました「一つだけ言わせてください。バンダジェフスキーは白衣を泥で汚してなどいません。あまり早急に彼を断罪なさらないでください。きっと後悔されることになります。」答えは「そのことについて話すにはまだ早すぎます。あまりに早すぎます。」 その後スバ監督から電話がありました。「話を聞きました。あなたの電話は盗聴されていることがわかっています。私はいかなる方法でもあなたのお役に立つことはできません。」

    インタビュアー: それだけ? あらゆるケースに備えて事前にそのように言ったのでしょうね。

    ガリーナ: そうです。彼は私達の以前の会話を思い出したのです。それでこう言われました。「あなたの役に立つことはできませんが、よかったらロシアテレビの誰かに電話をすることは出来ます。そしてあなたの電話番号を伝えておきます。後はあなたの思うようになさってください。彼に言うことや、あなたの立場をどう説明するか考えておいてください。泣いて、何かを守ろうとしてもいいでしょう。ただ私はこの問題にはこれ以上関わりたくありません。」

    インタビュアー: 空っぽの家に戻ってから、再び旦那様に会えるでまでどれくらいの時間が掛かりましたか?

    ガリーナ: 最初に面会を許されたのは... 50日後でした。逮捕から50日後。大変公式なものでした。会った時、夫はすでに入院していました。逮捕から50日後、予審判事が公式に面会を許してくれたのです。

    インタビュアー: ずいぶん沢山の門戸を叩かれたことでしょう。

    ガリーナ: 数知れない住所を試しました。まず最初に試したのはゴメリのラジオ局です。そこで言われたのは「出来れば我々のところにはいらっしゃらない方が良いです。我々は何も知りたくありませんし、あなたの問題に巻き込まれたくありません。我々は皆仕事が必要ですからね。」次に私は厚生省に行きました。出来る限りンの方法を試みました。

    ユーリー: 彼女は考え得るすべての場所に行ったんだ。

    ガリーナ: だけどどこも門戸を閉ざしたままでした。そして言われる言葉はひとつだけ「時間に任せなさい。」 (ネストレンコ博士を指しながら) この人物に深い感謝の意を表します。彼だけが初めて何者も恐れずに私に手を差し述べてくれたのです。本当は彼ほど私達の状況を恐れなければいけない人間はいないのに。終始私を支えてくれました。助言が必要な時にはミンスクの彼のもとを訪れました。彼は経済的にも助けてくれました。ポケットからお金を出して「どうかこれで何かを買ってください」と言うのでした。一方他の人々と言ったら...。「夫に荷物を送るために支援してもらえますか」なんて物質的な援助は頼む気にもなりませんでした。私が望んでいたのはただ一つ:みんなが夫を信じてくれること。夫が十年間に渡って家族を犠牲にしてまで続けた仕事の助手だった弟子達が彼を信じ続けること。夫は十年間に渡って朝の七時から真夜中まで、膨大の量の仕事をこなしていました。祝日にも、私は「どこかに行きましょう」なんて提案出来ませんでした。祝日さえ、働き続けたのです。絶えず仕事、仕事、仕事。その仕事が導いた先がこれでした。私達が、心臓発作と放射性セシウムの体内への蓄積との間に相関関係のあることを発見した時、家族争議になりました。激烈な争議でした。何故なら私はこの相関関係を認めたくなかったからです。これは発見でした。私達は何か新しいこと、今まで知られていなかったことを発見している真っ最中なのでした。そして夫は「これは事実なのだよ」と私に言い、「二人で一緒にこの相関関係について論文を書くのだ」と言うのでした。彼は論文審査官でしたから。

    インタビュアー: 何故あなたは相関関係を認めたくなかったのですか?

    ガリーナ: 私は違う考えだったのです。怖かったから。この発見が怖かった。

    インタビュアー: どうして?

    ガリーナ: 第一にたぶん、新しいことだったから。

    インタビュアー: しかし科学的成功ではないですか?

    ガリーナ: 成功ですけど... 私達の国では放射能についてこれほどの公表の行われたことはないのです。

    ユーリー: 放射能について語られることはなかったんだ。

    ガリーナ: そうなんです。幼児における放射能の影響について語られることはありませんでした。いろいろな国から委員会や検査官が小児科を訪問しに来て「放射能に由来する疾患は見られますか?」と質問するのですが、答えは決まって皆「甲状腺癌」の一辺倒。

    インタビュアー: それだけ?

    ガリーナ: それだけです。私はゴメリに来てすぐに子供達、年齢の行った子供達の聴診を行いました。そしてすぐ、子供達の間で不整脈があまりに頻発することに衝撃を受けたのです。薬剤調整を施さなければならない子供もいるくらい強度の不整脈です。不整脈を矯正する治療を受けるためにミンスクまで行かなければならないケースもあります。これはかつては成人だけの問題だったのに、今では子供達がそうした治療を必要としていたのです。グロドノ市にいた頃に子供に不整脈が観察されたら、稀有な現象と捉えられたものでした。稀に見る深刻な事態で、即座に治療が必要とされました。ところがここゴメリでは、この稀に見る深刻な疾患が、どんどん頻発するようになっていたのです。私はユーリーと仕事から帰って議論したものでした。ユーリーは「健康な子供達を調べてみよう。幼稚園に通っている子供達だ。」と提案しました。そこで私達はゴメリ保育園の乳幼児を診察しはじめ、彼らの心電図を記録しました。さらにはズロビン、スヴェトロゴルスク、そしてヴェトカ市の子供達を調べました。そうやって私達が発見したのは、健康な子供達の60パーセント以上の心電図に変容の見られることでした。 心電図は病理を記録します。私達はこのデータの隣りに、子供達の器官から測定されたガンマ線の量(これはセシウム137によって放射されるものです)を書き込んで両者を比較してみたところ、明確な一貫性を確認することが出来たのです。不整脈は、セシウムの蓄積が高い子供に現われるのでした。(高いというのは20Bq/kg以上 を考えています。)この不整脈はブロックの形で現われます。ヒス束の右脚ブロックや房室ブロックです。刺激伝道系の障害と心筋の脱分極化障害とが組み合わさっている子供もいました。セシウムの蓄積量が多いほど、心電図に現われる異常は深刻だったり複雑だったりするのでした。

    インタビュアー: そして あなたはそうした事実の解明が引き起こす政治的な危険を予測されたわけですね?

    ガリーナ: そうなのです。まず私は怖くなりました。そう、家族のことを思って怖かったのです。自分自身の身が怖かったわけではありません。何故なら研究の指導教官は夫だったのですから。私は夫に「ねえ、もしかして急に何かが間違っているとしたら? 私達はどこかでミスをしているのかもしれないわ。世界に向けてこの発見を発表するのに...」 と言いました。彼の答えは「我々がミスをしていることなんて有り得ない。調査のベースになっている心電図の量は膨大だ。」と言うものでした。

    ユーリー:  心臓について研究をしているのはガリーナ一人ではなかったことを付け加えておきましょう。私の学部には他の研究者による一連の論文や研究が存在するのでした。私が最新の著書の中で指摘したように病理解剖実験や動物実験も存在します。

    インタビュアー:  ではあなたは確信を持ってらしたのですね?

    ユーリー:  そうです。こうしたすべての研究に基づいた科学的確信です。しかし放射性セシウムの体内蓄積と心臓疾患の相関関係については、こうした子供達の調査結果をベースに彼女と初めて研究したのでした。例えば心電図の束を取り上げ、その一つ一つに心臓に蓄積した放射性物質の量を記入しました。[心配そうに] 呼び鈴が鳴った...

    ガリーナ: 大丈夫、子供達よ。

    ユーリー: こんな感じです。20Bq/kg とか 34Bq/kg ... それからパラメーターに即して分類しました。(グラフを見せながら)このような結果になりました。このグラフが現在の結果を表しているのです。これはベラルーシ全国から集めたデータをもとに実現させました。ゴメリやグロドノだけのデータではないのです。ミンスクや数多くの他の場所も含む膨大な量のサンプルです。私達の得た結果によると、キロあたり0~5ベクレル(測定器の誤差も考慮に入れて)前後の被曝量ならば、子供達の80% は心電図にいかなる異常も示しません。セシウムがまったく存在しない場合は、85%の子供達が多かれ少なかれ正常に成長することを保証できます。しかし体内のセシウム量が増加すると、健康な子供の割合は係数に従って減少していくのです。セシウムの量がキロあたり70ベクレルを越えた場合、健常と言える状態の心臓は10%足らずになってしまいます。

    インタビュアー:  この相関関係は一貫しているのですか?

    ユーリー:  そうです。あらゆるデータに基づいています。それも因果関係以上の、ほとんど科学的法則と呼んで良いくらいものです。因果関係と言うのは多くの傾向が類似する場合を言いいます。分量と変容との間の因果比率です。このことは以前にも示されていました。しかし現在わかったことは、私がいかなるデータを使用しようと、いかなるグループのデータを取り上げようと、この分量と変容との関係が係数に従って動いていることです。この相関関係の一貫性はすでにひとつの「法則」の要素です。さらに付け加えたいのは、心臓だけでなく脳やその他の器官もおいても、新陳代謝のシステムや酵素の活動の調査を行うと、同じ現象が観察されることです。しかし残念ながら、私には... 我々には今のところそれを証明するための資金がありません。

    インタビュアー: 他の器官でもですか?

    ユーリー: そうなんです! ところが我々に十分な調査用の器具がないのです。これを調べるには膨大な労力が必要です。私達はまだ発見の扉口に立っているのに過ぎない。ここに私の弟子達の調査の成果が山とあるのにも関わらず。これで全部ではないですが、大部分がここに含まれます。心臓についてそしてその他の内臓についてのデータがここにあるのです。

    ガリーナ: セシウムとの関係を表すデータです。

    ユーリー: この数年間我々が実現し得たことがこれらの論文の中にあります。私にとっては大変な価値です。本以上の価値です。何故なら論文というものはそれぞれきちんと検証された具体的な一次資料に基づいて書かれるものだからです。非常にレベルが高いものです。

    インタビュアー: つまり他の器官についても研究することが出来たのですね?

    ユーリー: そうなんです!

    インタビュアー: 今心臓の話をしていただきました。そして「残念ながら」とおっしゃるのは...?

    ユーリー: 我々は研究が続行できないのです。 大変費用の掛かる研究だからです。例えば免疫システムの研究には非常に高価な特殊な器具が必要です。それから酵素の研究、内部分泌システムや肝臓や腎臓の酵素を研究するには生検も必要です。そして何よりも中枢神経。

    インタビュアー: そうした研究はすべてやりかけなのですか?

    ユーリー: その通り。 どれ一つ取っても世界中に情報を提供できる重大な研究の糸口なのに。科学研究は無限です。我々があらゆることを発見したなどと言うにはまだ程遠い状況なのです。こうした研究は人々に限りない助けをもたらすはずです。心臓に関して言えば、心臓疾患による死亡者は大変多く、実際に起こっていることが我々にもわかっています。

    インタビュアー: (ガリーナに)あたなは科学的真実を拒絶しようとしていたことをご自分でわかっていらっしゃいましたか?

    ガリーナ: はい。 

    インタビュアー: 発見しなかった方が良いと思われたのですか?

    ガリーナ: ええ... そうです...

    インタビュアー: ある意味でご自分を守るために?

    ユーリー: 彼女はそれを感じていたんだ。

    インタビュアー: どのうに決着がついたのでしょうか? 

    ガリーナ: 私は彼に「このことは全部忘れてしまいましょう」と提案したのです。そしたら彼に「それでは君は医者として失格だね。医者として失格だと自覚できるなら学位証書を返却して、中庭の掃除でもすればいいさ」と言われました。この言葉には大変傷つきました。私は医者になることをずっと夢見てきたのです。医学部に登録できるまで3年も掛かりました。難関でしたから。ですから彼にそう言われて「いけない」と思いました。「それなら何かしなければ」と。そうやって、この研究が私の博士論文になったのです。すると次の問題が発生しました。私は論文をほぼ書き終え、製本をしてベラルーシの科学者達に紹介し始めたのです。グロドノの博士論文審査委員やミンスクにも委員会があります。そこで何と言われたかわかりますか? 「悪くない研究ですね...。しかしタイトルを少し変える必要があるでしょう。”放射性セシウムとの関係”と言う表現はまずい。”放射能汚染地域に生きる児童における心臓血管システムの機能状態”に書き換えなさい。」ですって。

    ユーリー: 被曝量も書いてはいけないと言われた。

    ガリーナ: そう、被曝量も消しなさいといわれました。ただ子供達に異常が見られるとだけ書くように。現在のままの形ではあなたが論文審査に合格できる保証は出来ませんと。

    インタビュアー: 何の説明もないまま? 

    ガリーナ: ええ、何の説明もないままです。 

    ユーリー: 真実を明かしたくないために我が国ではこう言う行為が起こるのです。近年、医学生物学に関する研究著作は数多く執筆されていますが、まさに今、この問題に関する真実を知られたくないのです。この論文が国の外に出ては困るのです。私は事実を列挙するだけのテクストには反対です。事実を列挙することは科学ではありません。単なるジャーナリストの統計と同じです。科学とは、パラメーターが何であろうと相関関係を証明することです。一貫した論理をたどるものです。

    インタビュアー: 原因を解明することですね? 

    ユーリー: その通り、原因と結果との間の関係を解明することです。それが発見です。パラメーターを調査することも出来ますが、その組み合わせと相関関係を証明することこそが科学です。そして相関関係が多いだけに科学の価値もいっそう大きいのです。

    インタビュアー: 彼らはチェルノブイリを隠蔽したいのですね?

    ユーリー: おそらくそうだと思います。 

    ガリーナ: 私は自分の国を思って悲しくなりました。この研究を発表した時、日本人が参加する学会で発表を行ったのです。彼らは即座に私の研究に興味を示して、ユーリーに会いに来ました。「5分ほど質問に答えていただけますか? 論文のグラフも見せていただきたいのですが。」と。そしてとても興味深い質問がなされました。「あなた方は心電図に異常が発生し、実験においては心臓細胞が破壊されることも観察されました。さらに先まで研究は進んでいるのですか? 細胞はどのレベルで変容を起こすのでしょうか? ミトコンドリアのレベルですか?」 等々です。恐らく日本人達も研究を進めているところで、仮説を想定していたのだと思います。私達の研究は彼らの仮説を推し進める刺激になったのでしょう。とにかく私達の研究は日本の科学者達の間にとても大きな波紋を投げかけました。

    ユーリー: 彼らは録画も行った。

    インタビュアー: インタビューと録画を行ったわけですね? 

    ユーリーとガリーナ: そうです。

    インタビュアー: 資料も見せたのですか? 

    ユーリー: 彼らは我々、ガリーナと一緒に大学で二日間仕事を行いました。休みなしにぶっ続けで。

    インタビュアー: 正確にはどんな仕事をしたのですか? 

    ユーリー: 絶え間なくカメラを回していました。実験の展開とその論理について、くまなく録画していました。当時はもちろん今ほどまだ結果がありませんでした。お陰様でそれ以来研究はさらに進んでいます。しかしこの論理については、彼らはくまなく録画して行きました。日本の主要な科学系テレビ局の一つでした。チェルノブイリについての番組で、ゴールデンアワーに放映が予告されていました。 

    インタビュアー: それで放映されたのですか?

    ユーリー: 知りません。

    インタビュアー: ビデオを送る約束はしてくれましたか?

    ユーリー: 誰も何も約束しませんでした。

    インタビュアー: 頼まなかったのですか? 

    ユーリー: 私はただ「許可はあるのですか?」と彼らに聞いただけです。録画許可は得ているという返事でした。 

    インタビュアー: 地方当局による許可ですね。

    ユーリー: そう。

    インタビュアー: それで、あなた個人は? あなたの発見を彼らに明かしたわけではないですか。 

    ユーリー: 頼んだのですが、ダメだという答えでした。 

    インタビュアー: 何が?

    ユーリー: その場では録画したものを私達に渡すことは出来ないけれど、後で送ると言われたのです。

    ガリーナ: まだ編集が出来てないからと... 

    インタビュアー: いつのことですか? 

    ユーリーとガリーナ: 1996年です。 

    ネストレンコ: 編集はまだ続いてるんだ。 

    インタビュアー: 四年も前! あなた方は騙されたのではないですか!

    ユーリー: わかってください。当時、逮捕されるその日まで、私にとっては人々にこの事実を知らせることが一番大事だったのです。誰がそれを世に出すのかは問題でなかった。バンダジェヴスキーだろうがバンダジェヴスカヤだろうか、シドロフあるいはペトロフだろうが。我が国の子供達がどんどん死んでいるんです! 統計やデータを収集し、後年その分析をすることだって出来ました。過去のどこかで起こった事に関する研究として。「いつか役に立つだろう」と言うことで。しかし今現在私達が研究を進めることはずっと重要なのです。この研究によって、どうやって今日生き続けたらいいのかが示されるのですから。今日この日から。これは今日、今現在のための研究なのです。そしてもしかしたら明日は、多くの別の国民のための... 私は駆け引きなんてしたくなかった。私は彼らが正直だと信じることにしたのです。どのような形で公表されるかなど、私にはまるで興味はありませんでした。それで朝から晩まで二日間ぶっ続けで彼らと仕事をしたのです。

    ガリーナ: 彼らに私達の発見をプレゼントしたようなものです。

    ユーリー: 発見だろうとなかろうと関係なかった。

    ガリーナ: あなたが日本人に見せたものはまったく新しいことだったわ。

    インタビュアー: 筆記資料もすべて渡したのですか?

    ガリーナ: いいえ。彼らはユーリーの見せたことをすべて録画していきました。 

    インタビュアー: つまり筆記された資料は持っていかなかったのですね? 

    ガリーナ: いいえ、写真に撮影して行きました。

    ユーリー: 写真も見せました。当時は今のような写真はなかった。この写真は国会のシンポジウムで既に見せましたが、とても興味深いものです。腎臓組織の中の空洞、”解けた氷” だ。[訳注:バンダジェフスキー博士は、腎臓の重要な構成要素であるネフロンがセシウムによって破壊されることを発見し、セシウムの毒性に接したネフロンが氷のように解け、腎臓組織が穴だらけになる様子を”解けた氷”と表現した。ソース] 正常なネフロンの構造がすでに変容しはじめているのがわかる。これはネズミを使って行った実験です。こちらは人間の組織が初期の萎縮を起こしている様子です。これは大きな空洞の出来た子供の心臓です。

    ガリーナ: 死んだ子供ね...

    ユーリー: そう、死んだ子供の心臓だ。同じような間質液出血が成人の筋肉内空間で見られる。

    インタビュアー: この枝のようなものはあってはならないのですね? 

    ユーリー: もちろん!これは欠陥です。これは出血症の様子です。止血障害です。子供の骨髄内出血、副腎皮質出血です。他の写真も同じようなものです。これもまた”解けた氷”。別のケースです。すべて私達が撮影し、大学で大きな看板に張り出しました。学生達が見て知ることができるように、すべて図画化もされてます。

    インタビュアー:  撤去されたのですか? 大学の指導部が変わりましたが。

    ユーリー: 指導部は変わりましたがすべて撤去はされていません。すべて壊されたわけではありません。指令は下ったのですが...。

    ガリーナ: 指導部と言えば、ユーリーがすでに監獄に入れられた後ですが、ゴメリ大学で大々的な検査が行われました。すべての学部が検査されました。もちろん科学部もです。そして委員によって最初に下された結論は「現在実施されているプログラムは高等教育機関にふさわしいものではない」と言うものでした。そしてプログラムの変更が余儀無くされたのです。

    インタビュアー: そのプログラムとは十年間あなた方が行ってきたものではないのですか?

    ユーリー: もちろん。

    ガリーナ: でも彼らは大学ではまるで科学的な教育が行われてこなかったと結論したのです。
    そのことが強調されました。高等教育機関にふさわしい基礎となる方向性のはっきりしたグローバルなテーマが欠けているといわれ、もちろん誰も抵抗はしませんでした。そこで私は立ち上がって同僚達に言い渡しました。「ここに大勢お集まりのみなさん、みなさんは全員この土地にお住まいです。ここに住み、子供を持ち、子供を育てていらっしゃいます。やがて孫も生まれてくるでしょう。大学の私達の研究テーマは現状の中でどのように生き延びていったらいいのかを調べ、示すものだったのに、大学にふさわしいものではなかったと仰るのですか?」彼らは「ガリーナ・エルゲイエヴナ、あなたはたぶん誤解されてるのです。テーマが満足なものでなかったということについて。ただ、新たな学長の意見は、もっと広範で柔軟なアプローチが必要だと言うものです。今までのテーマは幅が狭すぎ、高等教育機関のレベルには達していないと言うことなのです。」と答えたのです。それが彼らの弁明でした。「それと子供や孫達に関するあなたの非難は口外されないことを忠告します」と。

    インタビュアー: ”非難”と彼らは受け取ったのですか?

    ガリーナ: 私は言いました。「私が子供に目を向けるのは小児科医だからかもしれません。私はまず第一に子供達、子供とこの国の未来に関することを守りたいのです。私達がまず心配しなければならないのは子供達に何を残すかということです。」と。けれども、ここでは別の考え方がなされているのです。一番研究費の潤沢なテーマこそ、私達の研究テーマには資金は提供されていなかったのですが...

    インタビュアー: 資金と言えば、どうされていたのですか?

    ガリーナ: どうしたと思われますか? 私達は”私腹を肥やしていた”... と警察は信じさせようとしています。

    ユーリー: その話はしてはいけない。

    ガリーナ: 私の責任にしておいて。私達はゴメリで私腹を肥やしていたことにされているのです。いったいどうやって? 汚染されていない地域からやってきたから? ここに家族を連れてきたから? それとも国家からこのなんとか用を足しているアパートを与えられたから? どこに私達の財産があると言うのでしょう? 私達が慢性の病気に苦しんでいるから? 甲状腺の手術をしました。

    インタビュアー: あなた御自身が?

    ガリーナ: ええ。それに腫瘍のせいで別の婦人科の手術も受けました。この十年間で私達が蓄えたものなんてそれだけです! 他の人々はこう言っていました。「良い奨学金を手に入れて、意味がなくても自然と資金が集まるようなテーマを選ぼう。たとえひどいテーマでも資金が潤沢に出ればそれを研究しよう。」と。目下、私達の大学が目指しているのはそれです:潤沢な研究費用。新しい学長の悪口を言いたくはありませんし、立派な人なのかもしれませんが、彼が言うのはこんなことです。「私達がこれからなすべきことはサービスバンク、データバンクの作成だ。それをコンピューターに取り込んで、誰かの役に立てるようにするのだ。」私が「どういうことですか?」と聞くと「ガリーナ、子供達のグループを調査してきなさい」と言います。「喜んで。ヴェトカ地方が私達に割り当てられています。そこに行ってきますが、調査のための器具をください。私は器具もコンピューターも持っていません。心電図の用紙さえないんです。」と言うと「それならば出資者を探しなさい。それがダメならば耳だけで調査すればいいのです。子供達を聴診して来なさい。」ここでの研究はまさにそうやって行われるのです。仕事に使えるものと言ったら自分の手と聴診器しかないんです。ネストレンコ教授と同じ厳重なコントロール下にある地方の調査に私達が赴いた時、打ち合わせをしていたわけではありません。教授はスヴェティロヴィッチ学校にセシウムを計測に、私達は子供達の聴診を行いに来ていました。心電図の用紙が不足していたので、私達は子供達を選別しました。聴診器を当て、心臓が悪い、雑音のある子供をメモしました。まあまあ正常の場合はメモをしませんでした。そうやって出来た書類にネストレンコ教授の放射線量を合わせてみたところ、選抜された子供達は被曝量の非常に高い子達だったことがわかりました。被曝量の低い子達は私達の選択から外れていたのです。そして心電図に高い被曝量が記入されました。30の心電図を記録しました。今はこの子供達を医療検査のために招集しています。心臓疾患は、繰り返しますが、臨床表の過半数を占めています。子供達の心臓は病んでいるのです。鼓動の音がせず、脈がはっきりしません。聞こえるのは雑音です。心臓が変容していくのです。私達に出来ることはなんでしょうか? それを確認し、診断を下すことです。機能的心臓疾患と。私達はこうした変容をまだ機能障害と定義していますが、それが器官の異常に発展しないためにはどうやって子供達を助けたらいいのでしょうか? この問題を気に掛けてくれる人間は誰一人いないのです。



    INTERVIEW FILMÉE de Youri et Galina BANDAZHEVSKY
    Gomel, 5 Avril 2000
    http://tchernobyl.verites.free.fr/Tchertkoff/script_youri_galina.htm
    Réalisation de:
    Wladimir Tchertkoff
    6945 ORIGLIO
    Suisse
    Tel. 004191.9453546
    e-mail: eandreoli@vtx.ch
    Copie VHS (sans droits)

    Script - Sous-titres


    W.T. - Regrettez-vous votre choix d'alors? A cause de ce problème familial. //
    Galina. - De quel problème parlez-vous ? Quand nous sommes venus habiter ici ? //
    W.T. - Non. Quand vous avez fait votre découverte et vous avez freiné. //
    G. - Je n'ai pas freiné. Nous en avons parlé //
    un jour et une nuit entiers pour décider. //
    Longtemps. D'abord à la maison. Puis, pour ne pas déranger les enfants, //
    nous sommes sortis. Nous nous disputions très fort. //
    WT. - Dehors?
    G. - Dehors, sur le banc, jusqu'aux larmes. //
    Youri. - En général toutes nos décisions scientifiques //
    étaient prises orageusement. //
    Sans doute parce qu'elle est une femme, //
    elle pressentait que cela ferait des ennuis pour la famille. //
    Galina. - Il a décidé de participer à une émission, et m'a dit : //
    "Je dirai tout. Comment nous avons découvert //
    ces altérations: la pathologie cardiaque //
    causée par la radioactivité". //
    J'ai dit : " as-tu bien réfléchi ?" - "Oui, j'ai réfléchi." //
    Et quand cette émission est passée à la télévision, //
    je suis rentrée à la maison et j'ai pleuré //.
    La première fois qu'on l'a montré au Conseil Scientifique. //
    Ils ont tous applaudi : "Yury Ivanovitch, vous avez réussi !..." //
    Et moi je suis rentrée en larmes. De nouveau la dispute. //
    Et j'ai dit: "Je pense qu'après ce film on te mettra les menottes." //
    Et lui : "qu'est-ce que tu racontes ? !" //
    A ce moment le réalisateur a téléphoné, il s'appelle Subat: //
    "Galina Serguéievna, félicitations, le film a eu un grand succès. //
    Yury I. a tout montré, et si clairement, //
    ce film aura une grande résonance dans la population!" //
    Et moi je lui réponds: "vous savez, je me demande... //
    "Pourquoi n'êtes-vous pas contente ?". //
    "… Si on lui met des menottes, Galina Serguéievna restera seule". //
    Et lui : "Mais que dites-vous ? Nous ne vous abandonnerons jamais! //
    Et puis ça n'arrivera jamais, vous êtes une femme et vous vous faites des idées." //
    J'ai répondu : "Bien, le temps nous le dira". //
    Et quand c'est arrivé, et je suis restée vraiment seule... //
    Seule... //
    - Il y avait tous ces gens: les élèves, //
    dont voici toutes les thèses. //
    Les collaborateurs de l'Institut... - //
    ... Et quand je suis restée seule, je suis entrée dans notre appartement vide, //
    je ne savais pas par où commencer. Où aller ? Chez qui ? //
    Ma première idée, qui sait pourquoi: je dois aller au Ministère de la Santé. //
    Chez mon ministre... au Ministère, pour y trouver conseil: //
    que dois-je faire ? //
    Au Ministère on m'a dit... //
    "Vous êtes venue trop tôt. Et puis, qu'avez-vous à dire ?". //
    Dans l'antichambre du ministre. //
    "Je vous dis simplement: Bandazhevsky //
    n'a pas trempé dans la boue sa blouse blanche. //
    Ne le jugez pas trop vite, ensuite vous pourriez le regretter." //
    Réponse: "Vous êtes venue trop tôt pour en parler. Trop tôt". //
    Après quoi Subat, le réalisateur, me téléphone et me dit: //
    "J'ai appris ce qui s'est passé. //
    Mais je sais que votre téléphone est contrôlé... //
    Je ne peux vous aider en aucune façon". //
    W.T. - Simplement?... Il a dit ça d'avance, pour parer à toute éventualité. //
    Galina. - Oui... C'est à dire qu'il s'est souvenu de notre conversation... //
    et a dit "je ne peux pas vous aider. //
    Si vous voulez, je peux téléphoner à une personne de la télévision russe. //
    Je lui téléphonerai, je lui donnerai votre numéro, //
    le reste vous regarde. Décidez ce que vous lui direz, //
    comment vous lui présenterez votre situation, //
    vous allez pleurer ou défendre quelque chose, //
    mais moi... ne me mêlez pas à cette affaire".//
    W.T. - Au bout de combien de temps avez-vous pu voir votre mari ? //
    Après être rentrée dans la maison vide. //
    G. - Je l'ai vu la première fois... au bout de 50 jours. //
    Après l'arrestation... Cinquante. //
    C'était très officiel, je l'ai vu quand il était déjà hospitalisé. //
    Le juge d'instruction avait autorisé officiellement l'entrevue, //
    cinquante jours après l'arrestation. //
    W. - Vous avez frappé à beaucoup de portes?
    G. - J'ai frappé à beaucoup d'adresses ... //
    L'une des premières c'était la radio de Gomel. //
    Ils m'ont dit : "Il vaut mieux que vous ne veniez pas nous voir. //
    Nous ne voulons rien savoir. //
    Vous nous compromettez: nous avons tous besoin de travailler". //
    Après, je suis allée au Ministère de la Santé...//
    J'ai tout essayé.
    Youri. - Elle est allée partout. //
    G. - Partout. Toutes les portes étaient fermées.
    Et un seul mot, "le temps le dira". //
    Un grand merci à cet homme, // (indique le Professeur Nesterenko)
    à cet homme, qui le premier n'a pas eu peur, //
    alors que plus que quiconque il devait avoir peur dans cette situation, //
    il fut le premier à me tendre la main. Il fut mon soutien, tout le temps. //
    Quand j'avais besoin d'un conseil, j'allais à Minsk chez lui. //
    Il m'a aussi aidé économiquement: //
    "Galina, s'il te plaît, achète quelque chose pour les enfants. //
    Ils me font de la peine". //
    Il sortait l'argent de sa poche: "Prends (s'il te plaît) et achète quelque chose". //
    Quant à tous les autres, vous savez... //
    Je ne leur demandais pas de l'aide matérielle: //
    "aidez-moi à lui envoyer un colis en prison". //
    Je voulais simplement que les gens croient en lui. //
    Que lui croient ces mêmes élèves avec lesquels ... //
    Il a travaillé pendant dix ans sacrifiant sa famille. //
    Pendant dix ans, de 7 heures du matin jusqu'à minuit. //
    De 7 heures du matin jusqu'à minuit, il a fait un travail énorme. //
    Le jours fériés? Je lui proposais, "allons quelque part ?" //
    Non, même pas les jours fériés, ni les jours de fête. //
    Toujours : travail, travail, travail, travail... Et voilà le résultat du travail. //
    Quand nous avons découvert qu'il y avait une corrélation //
    entre les atteintes cardiaques et l'incorporation du césium radioactif, //
    nous avons vécu un conflit familial, un conflit violent, //
    parce que je refusais d'accepter ces altérations. //
    Il s'agissait d'une découverte. Nous découvrions quelque chose de nouveau, //
    quelque chose qui n'était pas connu auparavant. //
    Et lui m'a dit "Non, c'est vraiment comme cela." //
    "Et nous allons rédiger ensemble ta thèse," //
    - car il est directeur de thèses - //
    "justement sur cette corrélation". //
    W. - Qu'est-ce que vous refusiez d'accepter? //
    G. - Vous savez, je n'étais pas d'accord... j'avais peur. //
    J'avais peur de cette découverte.
    W. - Pourquoi ? //
    G. - D'abord sans doute parce que c'était nouveau. //
    W. - Mais c'est un succès pour un scientifique! //
    G. - Oui, c'est un succès, mais chez nous //
    on n'a jamais fait une telle publicité aux radiations. //
    Youry. - On n'en parlait pas.
    G. - Oui. //
    On ne parlait pas des effets de la radioactivité chez les enfants.
    Les commissions, les contrôles, - je le vois chez moi en pédiatrie, - //
    viennent des différents pays et demandent: //
    "y a-t-il chez vous une pathologie des radiations ?" //
    Tout le monde répond toujours : "oui, la glande thyroïde". //
    W. - C'est tout ?
    G. - C'est tout. //
    Quand je suis arrivée ici, à Gomel, //
    je me suis mise aussitôt à ausculter des enfants, //
    des grands enfants, et ce qui m'a aussitôt frappé, //
    c'est la très grande fréquence des arythmies chez ces enfants. //
    Des arythmies tellement sévères //
    que certains enfants devaient recourir //
    à une stabilisation médicamenteuse du rythme. //
    Aller à Minsk pour corriger ces troubles du rythme par des traitements. //
    Ce qui autrefois était réservé aux adultes, //
    à présent ce sont nos enfants qui en avaient besoin. //
    Lorsque à Grodno, un enfant présentait une altération du rythme, //
    c'était considéré comme quelque chose d'extraordinaire... //
    comme un phénomène exceptionnellement grave, //
    qui nécessitait immédiatement une correction, un traitement etc. //
    Ici à Gomel, cette pathologie somatique exceptionnellement grave //
    on la rencontrait de plus en plus souvent. //
    Je rentrais du travail avec Yury I. et nous nous mettions à en discuter. //
    Il a dit : examinons les petits enfants en bonne santé //
    ceux qui vont au jardin d'enfants. //
    Nous avons commencé à examiner les nourrissons des crèches de Gomel, //
    et nous avons enregistré leurs électrocardiogrammes. //
    Puis Zhlobin, Svetlogorsk, //
    la ville de Vetka, et nous avons découvert //
    que les enfants sains, en bonne santé, //
    - plus de 60%, - //
    présentent des altérations du tracé de l'électrocardiogramme. //
    Les électrocardiogrammes enregistrent des pathologies. //
    Et quand nous avons inscrit à côté de ces données //
    les quantités de radiations gamma mesurées dans l'organisme, //
    c'est à dire émises par le césium-137, //
    et que nous les avons comparées avec ces électrocardiogrammes, //
    nous avons constaté cette constance remarquable: //
    les enfants ayant une concentration élevée de césium, //
    - et nous considérions déjà comme élevé un taux supérieur à 20 Bq/kg, - //
    présentent une altération de la conductivité, //
    une altération de la conductivité cardiaque, //
    qui se manifeste par des blocs: //
    le bloc partiel de la branche droite du faisceau de His, //
    des blocs atrio-ventriculaires. //
    Chez certains enfants les troubles de la conductivité //
    pouvaient se combiner //
    avec des troubles de la repolarisation du muscle cardiaque. //
    En fait, plus la concentration en césium était élevée, //
    plus graves ou complexes étaient //
    ces altérations relevées par les électrocardiogrammes. //
    W. - Et vous avez donc prévu le danger politique qu'entraînerait cette révélation ? //
    G. - Oui, vous savez, d'abord j'ai eu peur... Oui ! J'ai eu peur pour ma famille. //
    Je n'avais pas peur pour moi. Car le directeur de recherche, c'était lui. //
    Je lui ai dit : "écoute, et si tout à coup quelque chose n'était pas exact? //
    si nous nous nous étions trompés quelque part? //
    Car nous présentons notre découverte au monde entier". //
    Il a répondu : "nous ne pouvons pas nous tromper, //
    car nous nous basons sur une telle quantité d'électrocardiogrammes..." //
    Y. - Il faut dire que Galina S. n'était pas la seule à étudier le coeur. //
    Il y avait toute une série de thèses et de travaux //
    d'autres chercheurs de ma Faculté à l'Institut, //
    et, comme je l'ai indiqué dans mon dernier livre, //
    les examens anatomo-patholoques et la recherche animale. //
    W. - Pour vous, c'était certain ?
    Y. - Oui, une certitude scientifique //
    basée sur tous ces travaux. //
    Mais, pour la première fois, en ce qui concerne le coeur, //
    - la pathologie liée à l'incorporation du césium radioactif, - //
    c'est avec elle que nous l'avons étudié, sur la base de ses résultats //
    de l'examen des enfants. //
    Nous prenions par exemple une pile d'électrocardiogrammes... //
    - voilà comment ils se présentent - //
    et nous inscrivions sur chacun d'entre eux //
    la concentration de radionucléides contenus dans l'organisme... //
    Y. (inquiet) - On sonne... G. - Ce n'est rien, ce sont les enfants.)//
    Comme cela, vous voyez ? 29 Bq/kg, 34... //
    Et ensuite, nous les avons classés en fonction des paramètres,//(il montre le graphique)
    ce qui a donné ce résultat. //
    Ce graphique traduit les résultats actuels... //
    Nous l'avons réalisé à partir des données collectées dans toute la Biélorussie. //
    Il ne s'agit pas seulement de Gomel, de Grodno, //
    il y a aussi Minsk, des lieux différents, un échantillonnage énorme. //
    Nous avons pu montrer qu'entre 0 et 5 Becquerels par kilo de poids //
    - plus ou moins, en tenant compte des marges d'erreur de l'instrument - //
    un peu plus de 80% des enfants //
    ne présentent aucune altération de l'électrocardiogramme. //
    Quand il n'y a pas de césium, nous pouvons garantir à 85% //
    une évolution plus ou moins normale, une croissance normale. //
    Mais si le césium s'accumule, le pourcentage d'enfants sains //
    diminue proportionnellement suivant ces paramètres... //
    d'enfants sains. //
    Et si l'on mesure plus de 70 Becquerels par kilo de poids //
    de cet élément radioactif, //
    on peut prévoir seulement 10% de coeurs plus ou moins normaux. //

    W. - C'est une corrélation constante ?
    Y. - Oui, basée sur toutes nos données. //
    Ce n'est pas un hasard si je dis qu'il s'agit de plus qu'une dépendance, //
    c'est presque une loi scientifique. //
    Une dépendance est un rapprochement entre plusieurs tendances. //
    Dépendance proportionnelle entre la dose et les altérations. //
    Cela a été montré auparavant. Alors que maintenant, //
    quelle que soit la donnée que j'introduis, je vois //
    qu'entre cette quantité et cette autre, //
    - nous pouvons prendre n'importe quel groupe //
    des altérations que nous observons, - //
    nous les introduisons ici, et nous voyons que c'est conforme à ce paramètre. //
    Ceci est déjà un élément d'une loi, //
    vu la constance des symptômes dans cette corrélation. //
    J'aimerais ajouter ceci : //
    la même chose peut être observée //
    en examinant les systèmes métaboliques, //
    - activités enzymatiques, - non seulement dans le coeur, //
    mais aussi dans le cerveau, et dans d'autres organes. //
    Mais malheureusement... je n'ai pas... //
    nous ne possédons pas en ce moment les moyens pour démontrer cela, //
    nous ne pouvons pas...//
    W. - Dans d'autres organes ?
    Y. - Oui ! Nous n'avons pas les instruments... //
    Cela demande un travail énorme. Je souligne que ce n'est qu'un début, //
    bien que j'aie ici les thèses de mes élèves, //
    ces deux piles, fruits de leurs recherches, //
    pas toutes, mai la plus grande partie. //
    Elles contiennent des données sur le coeur, sur d'autres organes internes...//
    G. - Par rapport au césium.//
    Y. - Tout ce que nous avons pu réaliser durant ces années //
    est contenu dans ces thèses. Elles ont une valeur énorme pour moi. //
    Même plus que les livres, parce que chaque thèse... //
    repose sur du concret, un matériel authentique. //
    Vérifié. C'est d'un très haut niveau.//
    W. - Vous êtes donc arrivés à étudier aussi d'autres organes ? //
    Y. - Oui !
    W. - Vous parlez du coeur. //
    Vous dites "malheureusement..."
    Y. - Nous ne pouvons pas continuer. //
    Cela coûte très cher. //
    Par exemple l'étude du système immunitaire. //
    Ces études nécessitent des appareils spéciaux, très coûteux. //
    Ensuite : l'étude des enzymes... //
    celle du système endocrinien, des enzymes du foie, //
    des reins, qui peut nécessiter des biopsies. //
    Et je ne parle même pas du système nerveux central...//
    W. - Ces études ne sont que des ébauches... ?
    Y. - Sans aucun doute ! //
    Chaque domaine peut ouvrir une immense voie de recherche, //
    qui peut livrer l'information au monde. //
    Je suis loin de penser... //
    - la science est illimitée dans sa recherche: - //
    ... je suis loin de penser que nous pouvons affirmer avoir tout découvert. //
    Cela nous permettrait d'apporter une grande aide à la population. //
    Mais en ce qui concerne le coeur, //
    vu que la mort cardiaque est très fréquente, //
    nous voyons ce qu'il en est vraiment. //

    W. - Vous rendiez-vous compte du fait que vous refusiez une vérité scientifique ? //
    G. - Oui.
    W. - Vous préfériez ne pas la découvrir.. //
    G. - Oui... oui...oui.
    W. - Pour vous protéger, en quelque sorte. //
    Y. - Elle sentait cela
    W. - Comment cela s'est-il terminé ? //
    G. - Je lui ai dit "il faut laisser tomber tout ça". //
    Et lui m'a dit "alors tu n'es pas un médecin. /
    Et si tu considères que tu n'es pas un médecin, //
    tu peux mettre ton diplôme sur la table, //
    et sortir pour balayer la cour". ... //
    Et vous savez, cela m'a fait très mal d'entendre cela, //
    car j'ai tellement rêvé de devenir médecin ! //
    Il m'a fallu trois ans avant de m'inscrire à l'institut de médecine. //
    C'était difficile. //
    Et quand il a dit ça, j'ai pensé "non", //
    "alors il faut faire quelque chose". //
    Et ce travail est devenu ma thèse de doctorat. //
    D'autres problèmes ont commencé. //
    Ma thèse était pratiquement rédigée. //
    Elle était déjà reliée, et nous avons commencé à la présenter //
    à nos scientifiques de Belarus. //
    Au Conseil d'admission des thèses de Grodno. //
    A Minsk, il y a aussi ces Conseils. Savez-vous ce qu'ils nous ont dit ? //
    "Ce travail n'est pas mauvais... //
    mais changez un peu le titre. //
    Il ne faut pas écrire: en corrélation avec le césium radioactif. //
    Ecrivez simplement Etat fonctionnel //
    du système cardio-vasculaire des enfants,//
    qui vivent dans les territoires contaminés par des radionucléides." //
    Youri. - "Et ne mentionnez pas les doses".
    Galina. - "Eliminez les doses, //
    et écrivez simplement que ces petits enfant présentent des altérations. //
    Si vous la soumettez sous la forme actuelle, //
    personne ne peut vous garantir que vous pourrez soutenir votre thèse." //
    W. - Sans explications ?
    G.- Oui. Sans explications.
    Youri. - Je n'exclus pas que ce comportement dérive chez nous //
    de la volonté de ne pas révéler... //
    - car on écrit actuellement beaucoup de travaux de biologie médicale, - //
    de ne pas révéler justement ça. Ce problème. //
    Ne pas laisser sortir cette publication, surtout maintenant, //
    en dehors de la République.//
    Je suis opposé aux textes purement descriptifs. //
    Quand on décrit seulement, ce n'est pas de la science. //
    C'est un rapport statistique, du journalisme. //
    La science c'est quand on établit des corrélations. //
    Quels que soient les paramètres. On doit suivre une logique.//
    W. - Rechercher les causes ?
    Y. - Un lien de cause à effet, //
    vous avez raison. C'est là, la découverte! //
    On peut recenser des paramètres, //
    mais leur combinaison et l'établissement de leur corrélation //
    voilà qui est de la science. //
    Elle est d'autant plus valable, //
    qu'il y a d'avantage de corrélations.//
    W. - Ils veulent cacher Tchernobyl?
    Y. - Je pense que oui, certainement. //
    Galina. - J'ai été triste pour notre pays. //
    Quand nous avons présenté ce travail... //
    j'étais intervenue à un congrès scientifique auquel assistaient des Japonais. //
    Quand ils ont entendu mon exposé, ils se sont immédiatement intéressés. //
    Ils sont venus voir Yury I. et lui ont demandé: //
    "pourriez-vous répondre à quelques questions, 5 minutes d'interview, //
    et nous montrer vos graphiques qui illustrent ce texte ?". //
    Ils ont posé une question très intéressante : //
    "Vous montrez qu'il y a des altérations des électrocardiogrammes, //
    et en plus, que sur du matériel expérimental //
    vous observez la destruction des cellules cardiaques. //
    N'êtes-vous pas allé plus loin ? A quel niveau cette cellule dégénère-t-elle? //
    au niveau des mitochondries, etc.? //
    Ils avaient probablement aussi des recherches en cours, //
    ou des hypothèses, et notre travail a servi //
    de stimulant pour le développement ultérieur de leur réflexion. //
    En tout cas il a suscité un grand intérêt chez ces scientifiques japonais. //
    Y.- Ils ont filmé...
    W. - Ils ont filmé et interviewé ? //
    Y-G. - Oui.
    W. - Vous leur avez montré vos documents ?
    Y. - Ils ont travaillé avec nous... avec Galina.., dans ma Faculté, //
    pendant deux jours. Sans interruption.//
    W. - Que faisaient-ils exactement ?
    Y.- Ils filmaient sans arrêt. //
    Tout le déroulement de l'expérimentation, toute sa logique. //
    J'ai considéré que... //
    - à l'époque nous avions bien sûr moins de résultats. //
    Depuis, grâce à Dieu, nous sommes allés plus loin, //
    mais cette logique ils l'ont enregistrée dans tous les détails. //
    C'est l'une des principales chaînes scientifiques de la TV japonaise. //
    L'émission était annoncée pour un horaire de grande écoute //
    sur le thème de Tchernobyl. //
    W. - L'émission a eu lieu ?
    Y. - Je ne sais pas...//
    W. - Vous ont-ils promis une cassette ?
    Y. - Personne ne m'a rien promis.//
    W. - Vous ne l'avez pas exigé ?
    Y. - Je leur ai simplement demandé: //
    "on vous a autorisés" ? - "Oui". Ils les ont autorisés de filmer. //
    W. - Autorités locales ?
    Y. - Oui.
    W. - Mais vous personnellement ? //
    Vous leur avez livré vos découvertes //
    Y. - Je leur ai demandé, mais ils ont répondu non. //
    W. - Non quoi ?
    Y. - Qu'en ce moment ils ne peuvent pas //
    nous donner le matériel, mais que plus tard ils nous l'enverront. //
    G. - Ils devaient le monter...
    W. - C'était ?...//
    Y-G. - En 1996.
    Nesterenko. - Le montage continue...//
    W. - Quatre ans ! Ils vous ont floué. //
    Y. - Comprenez-moi bien: à l'époque, //
    il était très important pour moi.. //
    - j'en vivais jusqu'au jour de mon arrestation, - //
    que les gens le sachent ! Peu importe qui le dira, //
    Bandazhevsky, Bandazhevskaia, Sidorov ou Petrov. //
    Nos enfants sont en train de mourir !... //
    Nous pouvons aussi faire de la statistique. //
    Je peux prendre des données, et analyser rétrospectivement //
    ce qui s'est passé quelque part, autrefois. //
    Et dire "ça nous servira, plus tard". //
    Mais notre recherche aujourd'hui est plus importante. //
    Elle nous montre comment continuer à vivre aujourd'hui. //
    Dès aujourd'hui. Cette science est utile aujourd'hui, //
    et peut-être aussi demain... Pour beaucoup d'autres peuples. //
    Je n'ai pas voulu jouer è ce jeu. //
    J'ai considéré que j'avais affaire à des personnes honnêtes. //
    J'étais totalement indifférent à la forme que ça prendrait. //
    Nous avons travaillé avec eux du matin au soir pendant deux jours...//
    G. - Nous leur avons fait cadeau de notre découverte...//
    Y. - Découverte, ou pas découverte...//
    G. - C'était une nouveauté, ce que tu leur as montré.//
    W. - Vous leur avez aussi donné des documents écrits ? //
    G. - Non, ils ont filmé tout ce qu'il a montré.//
    W. - Ils n'ont pas emporté des écrits ?
    Y. - Non. //
    G. - Ils ont filmé des photos...
    Y. - Nous leur avons montré des photos. //
    A l'époque il n'y avait pas encore de photos comme celles-ci. //
    Celles-ci sont déjà des photos très intéressantes, //
    que j'ai déjà montrées à des symposiums, au Parlement. //
    Ces cavités dans le tissu des reins, ces "glaçons fondus", //
    les voici les "glaçons fondus". //
    Voilà la structure normale du néphron, qui s'altère déjà. //
    C'est une expérimentation, sur le rat. //
    Ici, il s'agit du tissu humain, avec un début d'atrophie. //
    Cela c'est le coeur d'un enfant, qui présente d'énormes cavités... //
    G. - Enfant mort.
    Y. - C'est d'un enfant mort... //
    On voit ces mêmes hémorragies interstitielles //
    dans les espaces intramusculaires chez les adultes.//
    W. - On ne devrait pas voir ces espèces de branches ?//
    Y. - Bien sûr que non, il s'agit de lacunes !... //
    Voilà l'aspect d'un syndrome hémorragique généralisé. //
    Troubles de la coagulation sanguine, de l'hémostase. //
    Hémorragie dans la couche médullaire
    et dans le cortex surrénalien chez l'enfant. //
    Et ainsi de suite. Vous voyez encore ces "glaçons fondus". //
    Des cas différents. Nous les avons photographiés //
    et exposés sur de grands panneaux, à l'Institut. //
    Tout cela est illustré en images, //
    pour les étudiants, pour qu'ils le voient et le connaissent.//
    W. - A-t-on enlevé cela ? L'orientation didactique de l'Institut a été changée.//
    Y. - Ils ont changé l'orientation, mais ils n'ont pas tout enlevé. //
    Ils n'ont pas tout détruit. ... L'ordre a été donné...//
    G. - A propos de l'orientation didactique, //
    quand Yury I. était déjà en prison, //
    - ici à Gomel, - on a effectué un grand contrôle à l'Institut. //
    Ils contrôlaient dans tous les domaines, y compris le domaine scientifique. //
    Et la première conclusion de la commission fut que //
    "le programme ne correspondait pas au programme d'une Ecole Supérieure". //
    Il fallait changer le programme...//
    W. - Mais ce programme c'était le vôtre pendant dix ans, non ? - (Y) " Bien sûr".//
    G. - Ils ont dit qu'il n'y a eu aucun enseignement scientifique à l'Institut. //
    Cela a été dit et souligné. //
    Et que manque une thématique de base, bien orientée, globale, //
    qui corresponde au niveau d'une Ecole Supérieure. //
    Il n'y avait bien sûr personne pour le défendre. //
    Et quand je me suis levée, j'ai dit cette phrase: //
    "chers collègues, vous êtes présents ici en grand nombre. //
    Vous habitez tous dans ces territoires. Vous y vivez. //
    Vous avez tous des enfants, vous élevez ces enfants.//
    Et vous aurez des petits enfants. //
    En quoi donc la thématique de l'Institut ne vous convenait-elle pas, //
    alors qu'elle étudiait et indiquait//
    comment survivre dans ces conditions ?". //
    Ils ont répondu: "Galina Serguiéiévna, vous avez sans doute mal compris... //
    mal compris... que la thématique n'est pas satisfaisante. ... //
    Simplement... - c'est le nouveau recteur qui a parlé, - //
    simplement il faut une approche plus large, //
    plus ample, la thématique était trop étroite. //
    Je considère quelle n'est pas du niveau d'une Ecole Supérieure." //
    Voilà l'explication qui a été donnée. //
    "Quant à vos récriminations, aux remarques //
    que vous faites par rapport à vos enfants, //
    à nos petits enfants... gardez-les pour vous.//
    W. - Des récriminations, selon eux ?//
    G. - J'ai dit, "je regarde peut-être du côté des enfants, //
    parce que je suis pédiatre. En premier lieu je défends l'enfance. //
    Ce qui concerne les enfants et l'avenir de notre pays. //
    Le premier souci doit être: que laisserez-vous à ces enfants ?". //
    Mais chez nous on pense différemment. //
    Le thème qu'on finance le mieux... - car notre thème n'a pas été financé...//
    W. - Justement, comment avez-vous fait ?
    G. - Vous savez comment ? //
    Nous nous sommes "enrichis", c'est ce que la police veut fait croire.//
    Y. - Il ne faut pas parler de ça.//
    G. - Non, qu'on l'enregistre à mon compte. //
    Nous nous serions "enrichis", ici à Gomel. //
    En quoi ? Le fait que nous soyons venus d'une zone propre ? //
    Que nous ayons amené ici la famille ? //
    Le fait que l'état nous a donné cet appartement plus ou moins suffisant ? //
    Où est notre richesse ? //
    Le fait que nous souffrons de maladies chroniques ? //
    G. - Opération de la thyroïde.
    W. - Vous-même ?
    G. - Oui.//
    Et une autre opération, également pour une tumeur. //
    Gynécologie. //
    Voilà toute la richesse que nous avons accumulé en dix ans ! //
    D'autres disaient comme ça : "Il faut obtenir une bonne bourse, //
    choisir un bon thème, qui sera financé, même s'il est nul. //
    Mais comme c'est bien payé nous allons y travailler." //
    Voilà l'orientation actuelle de notre Institut : de bons financements. //
    Le nouveau recteur - je ne veux en dire aucun mal, //
    c'est peut-être un très brave homme, - mais il dit : //
    "nous allons créer maintenant une banque de services... //
    une banque de données... //
    nous les mettrons dans l'ordinateur, et elles pourront servir à quelqu'un". //
    Je dis : "comment cela ?". //
    "Eh bien, Galina S., vous irez examiner une population d'enfants". //
    Je dis : "J'irai bien volontiers, la région de Vetka nous est assignée. //
    J'irai, mais d'abord, donnez-moi les appareils pour les examiner. //
    Je n'ai rien. Je n'ai pas d'ordinateur, //
    pas même de papier pour les électrocardiogrammes." //
    "Eh bien, vous trouverez peut-être quelques commanditaires,//
    et sinon, simplement à l'oreille : vous écouterez les enfants". //
    Mais c'est justement ainsi que nous travaillons, ici. //
    Nous n'avons pour travailler que nos mains et le stéthoscope. //
    Nous ne nous étions pas concertés avec le Prof. Nesterenko, //
    quand nous avons examiné la même région placée sous contrôle rigoureux. .... //
    Lui, est allé mesurer le césium dans l'école de Svétilovitchi, //
    et nous, nous sommes allés ausculter les enfants. //
    Mais à cause du manque de papier pour les électrocardiogrammes, //
    nous les avons sélectionnés: nous écoutons l'enfant, //
    quand le coeur est mauvais à l'oreille, s'il y a des bruits, nous le notons. //
    Quand ça va plus ou moins bien, nous ne le notons pas. //
    Et quand nous avons reporté sur nos fiches les doses du Professeur Nesterenko, //
    il est apparu que nous avons choisi des enfants avec des doses très élevées. //
    Ceux qui en avaient peu étaient écartés, //
    et les doses importantes se sont inscrites sur ces électrocardiogrammes: //
    30 électrocardiogrammes que nous avons enregistrés.//
    Et maintenant nous convoquons ces enfants pour un examen médical. //
    Ce qui est très bien, étant donné que la pathologie cardiaque, //
    - je le répète, - domine le tableau clinique. //
    Le coeur des enfants est malade : il est sourd, //
    les tons du coeur ne sont pas distincts, //
    on entend des bruits, ces fortes doses, //
    les altérations... Que pouvons nous faire ? //
    Constater et diagnostiquer : cardiopathie fonctionnelle. //
    Nous définissons encore ces altérations comme fonctionnelles, //
    mais comment aider l'enfant pour qu'elles ne deviennent pas organiques? //
    Ce problème n'inquiète personne. //

    FIN

    インタビュアーMr. Wladimir Tchertkoff は映画『サクリファイス』の監督である。

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