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    原発問題 -The Truth is Out There-

      : 

    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

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    【国民必見】「フクシマ-最悪事故の陰に潜む真実」 

    仏独共同の国営放送局ARTE 「フクシマ-最悪事故の陰に潜む真実」
    監督:ミヒャエル・ミュラー/ペーター・F・ミュラー/フィリップ・アブレシュ
    字幕翻訳:無限遠点
    http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-577.html より


    フクシマ-最悪事故の陰に潜む真実 投稿者 IAppealToYou


    金曜日。とても天気のいい日だった。
    2011年3月11日の午後
    東京を始め日本の東北地方で大地震が起こった。
    震源地は仙台から約130キロ東の太平洋にあった。
    これは観測史上4番目に最大の地震だった。

    (菅総理)当時
    本日14時46分、海を震源地とする
    非常に強い地震が発生しました。
    マグニチュードは8.4でした。

    実はマグニチュード9.0と訂正された巨大な地震は、さらに恐ろしい津波をもたらした。
    地震から約40分後には、巨大な波が東北地方のほぼ150キロに及ぶ範囲に襲い掛かった。
    数分で海水は国土にどっと流れ込み、何キロにもわたる広い範囲を呑みこみ、沿岸にあった町や村を根こそぎ破壊していった。
    19000人以上の人が死亡し、10万人が帰る家を失った。
    この被害が残した爪あとと、日本はこれから、何十年も闘っていかなければならないだろう。
    災害が起きてすぐには、いったいどれだけの被害ができたのか、大まかの予測さえ不可能だった。

    (枝野官房長官)当時
    現時点では、相当甚大な被害が出ている模様です。
    政府は被害拡大の防止に向けて、最大限の努力を払っています。

    しかし恐ろしい最大規模の被害はもうすでに起きていた。
    まず地震が福島原発の原子炉に重大な故障を引き起こし、事故の始まりを告げていたが、津波が第1号機から第4号機までを襲ってからは、次々と決定的な、取り返しのつかない事態が、連鎖反応のように起こっていった。
    15時42分には第1号機から第3号機までの電源が喪失した。
    数分後には津波で夥しい量の海水が襲い掛かり非常用発電機のオイルタンクが流されてしまった。
    最悪の事態が起きた。
    原子力発電の完全なブラックアウトである。
    一時間後には第1号機と第2号機の冷却が止まった。
    これで「最悪の事故」を止めることはできなくなったのだ。
    ここはアメリカのバーモント州。
    原子炉エンジニアであるアーノルド・ガンダーセン氏は、アメリカで原発を操業する大手電力会社の監査委員会に所属しているほかアメリカの原子力規制委員会や議会でも顧問を務めている。
    ガンダーセン氏は福島原発事故を事故発生直後からずっと注意深く観察し続けてきた。

    (ガンダーセン氏)
    第1号機では、すでに地震で配管が壊れたことを示す徴候があります。
    ということは津波が到達するまでに、すでに原子炉の冷却はできなくなっていたのです。
    第2号機と第3号機では地震と津波が来て、最初の数時間はまだ普通に冷却されていました。
    でも、第1号機では地震ですでに問題が起きていたのです。
    津波は2つのことを引き起こしました。
    まずは非常用のディーゼル発電機を破壊しました。
    非常時に原子炉が冷却できるよう準備されていたものです。
    第二には、海岸沿いに設置してあったポンプというポンプが、すべて破壊されたのです。
    ということは、たとえ非常用の発電機が作動していたとしても、冷却する水は取り込めなかった、ということです。
    津波は、この第1、2、 3号機の息の根をまさに止めたのです。

    そんなことは東京に住む人も、津波の起こった地方の住人もまだ思いもしなかった。
    午後、当時の菅首相は、原発の状況は平常だと伝えていた。
    地震後、原発炉は自動的に停止された、と。
    7時45分には東京の一部で停電が起きた。
    そして45分後に菅首相は非常事態を宣言した。
    東京では人々がまだテレビに釘付けになって、災害の様子を追っている間
    原発の周辺ではすでに、最初の住民避難が始まっていた。
    こうして最終的に88000人が故郷を失うこととなる。
    翌日になっても政府は、事故の起きた原発が、どのような状況か、ほとんど知らせなかった。
    東京にある緊急時対策本部と福島の現場を結ぶ連絡が途絶えることもあった。

    (保安院 中村幸一郎氏)
    今のところ、我々は事実を確認中です。
    状況を観察し、情報を収集しています。

    第1号機原子炉の炉心溶融はこの時点ですでにかなり進行していた。
    この日の夜、格納容器の圧力が異常に上昇した。
    電源が喪失していたため、作業員は手動でベントを試みた。
    これにより格納容器の圧力を下げようとしたのである。
    しかし放射線量が高すぎて、この必死の試みは中断せざるを得なかった。
    空気圧縮機を使ってやっと弁を開放することに成功し、最悪の事態は防ぐことができたように見えたが
    排水システムに漏れがあり、大量の水素ガスが格納容器が入っている原子炉建屋の外壁部に出てしまい、それが天井付近に溜まってしまった。

    (ザイデルベルガー氏)
    このように完全なブラックアウトというのは信じがたい。
    電源喪失だけでなく水もなかったというのは、あってはいけないことです。
    システムが閉じた状態になれば、漏れが生じるのは当然です。
    システムは開かれていなければ、冷却もできません。
    すべて、想像しがたい事態です。

    状況はどんどんコントールできない状態へ陥っていった。
    3月12日の13時36分には第1号機の建物の外壁部を吹き飛ばす大爆発が起きた。
    ここはウィーン。
    ここで物理学者兼リスク研究家のヴォルフガング・クロンプ氏は働いている。
    彼は70年代から原子力エネルギーの危険をテーマにして、取り組んできただけでなく、その事故を分析してきた。

    (クロンプ氏)
    あれは水素爆発だったということですが、それはどう起こるかというと
    金属は高温になると水と反応し、まず水素を発生させます
    大量の水素が今度は、酸素と反応して酸化し、可燃性の高いガス集合気体となります。

    第1号機の爆発の2日後には、今度は第3号機で大爆音と共に爆発が起きた。
    ここでも炉心溶融はすでに起きていた。
    原子力安全保安院は福島第一原発に関しほとんど情報を持っていないようだった。

    (保安院 西山英彦氏)
    本日11時1分に福島第一原発の3号機外壁部で爆発が起こりました。
    大爆音が聞こえ、水蒸気が大量に上昇しました。
    おそらく水素爆発と考えられます。
    それでは、東電が伝えてきた内容を、報告します。
    計測されたパラメータをもとにしますと、原子炉格納容器の健全性は保たれていると考えております。

    (枝野官房長官)当時
    今回の爆発事故の原因は、先日の第1号機の爆発と同じだと考えられます。
    格納容器は健全です。
    そして、我々も、専門家も含めて、これにより大量の放射能が外に漏れることはないと認識しております。

    この時点で責任者が唯一、確かに言えたことは、原子炉建屋が2つ、爆発したということだけだった。
    ヴォルフガング・クロンプと彼のリスク研究所の同僚は、チェルノブイリの事故があった直後にも事故の影響を分析してきた。
    彼は、日本のエネルギー政策が無責任だと語る。

    (クロンプ氏)
    最大の過ちはなによりも、これほど地震の多い国に原発を建設したということです。
    このような土地に原発はまったく不適です。
    どのような地震にも耐えられる安全な設計というのが、あるとは思えません
    ここまでは事故が起きても我慢できるとか、ここまではいいことにするなどの計算をするということがそもそもおかしい。
    実際に核の事故が起きてしまえば、帳消しにできない足跡をとてつもなく長い時間に渡って残すことになってしまう、そしてそれは決して許されないことだからです。

    ドナウ川のほとり、ツヴェンテンドルフにオーストリア唯一の原発が建っている。
    1978年に行われた原発の可否を問う国民投票で、否決されて以来、一度も運転されたことがない。
    それ以来ここは、世界各地で原発に携わる人間のトレーニング施設として使用されている。
    この沸騰水型軽水炉はほとんど福島の原子炉と同じ型である。

    (クロンプ氏)
    この建物を見てください。
    この建物の基礎を残して、上がほとんど数秒の間に爆発で木っ端微塵に飛び散り鉄骨が見えるだけの状態になってしまったのです。
    ということは上から覗けば、原子炉の上のほうが見える状態になっている。
    圧力容器や、何年も保管しなければならない使用済み燃料プールがなんの保護も覆いもなく、露出するという状態になるのです。

    まさにその状態が、3月15日に第4号機で、爆発が起きた時に生じた。
    この爆発により、使用済み燃料プールの天井が粉砕した。
    この第4号機には前に爆発していたユニットとちがった
    新しく、恐ろしい危険が潜んでいる。

    (ガンダーセン氏)
    第1から3号機までは、津波が来たときに稼動していました。
    4号機にはでも、原子炉には燃料棒が入っていませんでした。
    そう聞くと、それなら第4号機は一番安全だったと、お思いになるかもしれませんが、そうではありません。
    実際は、この4号機が一番危険なのです。
    燃料棒は原子炉から取り出され、燃料プールに入れられていました。
    つまり、安全を確保する格納容器の外にあるわけです。
    ということは、この燃料棒を保護するものは何もないということです。
    津波に襲われて、4号機では燃料プールの水は、かなりこぼれてしまいました。
    それに加え、電源がなかったので冷却ができませんでした。
    ここに入れられたまだ原子炉から取り出されたばかりの核燃料は、すごく高熱で、水はすぐに蒸発してしまったはずです。

    状況はどんどん悪化してしまった。
    自衛隊が投入され、空からヘリコプターで注水を行った。
    しかし、これは原子炉の冷却が主な目的ではなかった。
    時間との競争は、もうこの時点ですでに始まっていたのである。

    (ガンダーセン氏)
    この頃のドラマチックな画像として、ヘリコプターで水をかけようとする様子が流れましたが、彼らはこの時、原子炉に水をかけようとしたのではないのです。
    そうではなく、4号機の燃料プールに水を入れようとしたのです。
    彼らはなるべく下降してどうにか少しでも燃料棒が入っているプールに水を入れようとしたのですが、この必死の試みをとうとう断念せざるを得ませんでした。
    水位はどんどん下がっていき、とうとう燃料棒の先端が露出してしまいました。
    画像で見れるとおりです。
    それが原因となって、1~3号機ですでに起きたと同じ反応が起こってしまいました。
    つまり、水素がどんどん発生して、4号機の建物が吹っ飛ぶだけの量に達してしまったのです。
    原子炉自体は稼動していなかったにも限らず、です。

    東電と保安院は4号機の爆発についてまず知らないふりをした。
    4月4日の報告書では15日のこととして単に「壁の損傷」だけが確認されている。
    しかし米国の原子力安全委員会は、3月17日の時点で最大の警告を発していた。
    燃料プール内の核燃料が露出していたため、4号機では水素による爆発が起きたと考えざるを得ない、と
    インターンの報告書に書かれている。

    (ガンダーセン氏)
    これは4月初めに東電が公開したビデオです。
    これでようやく4号機の燃料プールの様子を覗くことができました。
    この画面がその中でも一番わかりやすい。
    これは次のことを示しています。
    床は大体、このくらいの高さまであったはずです。
    蒸発と爆発により水量が減り、かなりダメージを受けて、床が落下しています。
    ここら辺に核燃料が置かれています。
    この緑の機械は、核燃料を移動するためのクレーンです。
    しかしこのクレーンも破壊してしまい、今では燃料プールに入り込んでしまっているのです。

    東電は、原子炉建屋と燃料プールに、上から水を入れるしかなくなった。
    東電自身も事態をかなり深刻と判断し、爆発後、4号機の作業員は
    全員避難を余儀なくされた。
    その中で50人だけがここに残った。
    これが、外国のジャーナリストから、フクシマ・フィフティと呼ばれるようになった勇敢な50人である。
    東電は2011年の11月になって初めて、4号機で爆発があった事実を認めた。
    しかしそれでもその水素ガスが燃料プールから、発生したものだとは認めようとしなかった。
    というのも、それを認めてしまえば、燃料がしっかり冷却できなかったことを認めざるを得なくなるからだ。
    それで彼らは、自分たちの解釈を説明した。

    (アルバレス氏)
    東電は4号機の爆発は水素爆発だった、
    そしてその水素は、3号機と繋がっている共通の排気筒を通して、3号機から水素が4号機に流れ込み、爆発を起こした、と説明しています。
    私自身は、この説明に信憑性があるとは思えません。

    日本の東京大学の学者も、日本原子力研究開発機構も、この説を疑っている。
    3号機の爆発が起きてから4号機の爆発まで、20時間も経っていることもそれでは説明がつかない。

    (クロンプ氏)
    2つ目の説があります。
    これは、長くジェネラル・エレクトリック社に務め、スリーマイル島の事故があったときにも、事故の収束にたずさわっていたマイルスという、原子力エンジニアが主張している説ですが、彼や私の知っているエンジニアたちはこう解釈しています。
    つまり、まず地震で燃料プールに亀裂が入り、水が流出してしまった。
    それで、ウラン燃料の被膜をつくっているジルコニウムが、とても高い温度に達して自然に発火してしまった。
    そのときに水素も同時に発生したために、爆発が起きた、というものです。

    結果的に爆発は途方もない破壊をもたらした。
    燃料プールには点検のため原子炉から取り出された燃料が入っていただけではなく、200本以上の燃料棒が入っている。
    燃料プールに充分な水がなければ、これらは途方もない脅威を意味する。
    東電は2012年1月にもまだ事態の過小評価を試みている。
    東電のスポークスマンの主張は、世界の専門家たちによる原子炉画像のどんな分析にもあらゆる点で矛盾している。

    (ひとすぎ よしみ氏)
    燃料プールにはちゃんと水が入っていて、冷却がされていますし、燃料プールが大きく損傷しているということを示す兆候は確認されていません。

    (ガンダーセン氏)
    米国の原子力規制委員会は福島第一の4号機を一番危険なものと見なしています。
    というのは、燃料プールがなんの保護もなく放置されていて、燃料棒が、いつ引火して火災を起こしておかしくないからです。
    そのようなことが起きれば放射能と火災で20万人を超す人間が死亡することがありうると想定できました。
    だから米国政府は、原発から半径100キロ圏内の住民に避難勧告を出したのです。

    ワシントンにある原子力エネルギー協会は、米国の原子力ロビーを取り仕切る団体だ。
    A. P. ヘイマー氏はここを代表する戦略家だ。

    (ヘイマー氏)
    米国の原子力規制委員会は、米国市民に対して、福島第一の最低半径50マイル圏内から離れるよう、勧告しました。
    この勧告をするに至ったのには2つ理由があります。
    1つ目は、日本に滞在する米国市民は外国人であり、現地の言葉をちゃんと理解できないことです。
    このような災害が起きた時に、邪魔にならないよう退散していた方がよい、という判断です。
    2つ目の、しかももっと適当だと思われる理由は、原子力規制委員会がワーストケース、つまり最悪の事態を分析したことにあります。

    米国の原子力規制委員はワーストケースのシナリオを重要視した。
    4号機の燃料プールに水がなくなる危険を重視した。
    これは、官庁インターンの電子メール文書から明らかだ。
    日本人はそうではないと主張しているが、アメリカではそれを疑っていることがここでわかる。
    しかし、どうやらその最悪の事態は起きなかったようだ。

    (ガンダーセン氏)
    もし燃料棒が火災を起こしていれば、今頃日本ははっきり2つに分断されていることでしょう。
    そうなれば50マイルほどの幅の地帯が日本を横断し、もう北から南へ行くことができなくなっていたでしょう。

    東京から消防隊が現地に送られるまで、事故から1週間かかった。
    菅首相自ら、その命令を下している。
    まさに、決死隊だった。

    (消防隊の隊長)当時
    これは、もう黄泉の国かと思いましたね。
    普通私たちが行く事故の場所とは違って、あそこではなんの音もなく森閑としていました。
    怪我人も死亡者も誰もいない。
    あそこに着いた時は正直言って、怖かったですね。

    暗闇の中で、彼らはどう進むべきか計画を練った。
    右も左もまったくわからない状態だった。
    隊員たちは36時間休むことなく働き通しに働いた。
    どこもかしこも瓦礫ばかりで、大きい車両は、海までたどり着けなかった。
    それでも、なにがなんでも1号から4号機まで、水で冷却しなければいけなかった。

    (消防員)
    人力で200キロもあるポンプを海まで引っ張っていきました。
    それから、原子炉のそばまで、かなり長いホースを引かなければだめでしたね。

    (枝野官房長官)当時
    現在、1号機から3号機まで消防隊により、海水が運ばれており、状態は安定しているとの報告が入ってきています。

    (ザイデルベルガー氏)
    あれは必死の試み、というものでしたね。
    なんの水もほかになかった上、非常用の貯水もなかった。
    それで仕方なく海水を使ったわけですが、先のことを考えなかったのか、あるいは知っていてなにもしなかったか知りませんが、海水というのは塩分が固まりになってそこら中にこびりつき、なにかをふさいだり沈殿したりします。
    そしてその後、真水を使って放射能にまみれた塩の塊を洗い流し、今度は大量の放射能に汚染された水をまた海に流してしまったのです。

    昼夜ひっきりなしに1~4号機まで放水が続けられた。
    毎時ごと、放射能に汚染された水が、各ブロックでどんどん溜まっていった。
    海江田経産相は、放射線量が高いので放水活動を中断せざるを得ない消防隊に向って、原発事故現場で放水を中断すれば処分する、と脅した。
    それから2号機で2度、爆発が起きた。
    これにより配管と外側の立て杭に亀裂が生じた。
    その亀裂から放射能汚染水が漏れ出た。
    亀裂をまずコンクリートで固めようとしたが失敗し、紙やおがくずなどで試みたのち、水ガラスを導入してどうにか亀裂を止めることができた。
    大量に発生した放射能汚染水を東電にはもう処理することができなくなっていた。

    (枝野官房長官)当時
    放射性物質を含む水を海に放出する以外手立てがありません。

    1万トンの高放射能汚染水が、その後太平洋に放出されることとなる。
    それが世界の生態系にどのような影響をもたらすことになるのか、まだ誰にも評価できない。

    (アルバレス氏)
    海に放出された汚染水の量を査定すると、開始時点より3倍に増えているとする
    報告が上がっています。
    そして原子炉からずいぶん離れた場所でも高い放射線が、見つかっているということから、かなり高度の放射能が、放出されてしまったことがわかります。
    私は、これまでの評価を訂正すべきだと思います。
    数字はずっと高いものであるはずです。

    (クロンプ氏)
    海が今後どのような反応を起こすかについては、まだ答えは出ていません。世界初の実験であるわけで、これから判明していくことでしょう。

    これほどの非常事態に対して、危機管理があまりにひどかった東電と政府だが、菅首相は7月にこのようなニュースを晴々と伝えた。
    原発事故を収束するための第1ステップが、見事終了したというのだ。
    「循環注水冷却システムができあがり、これからもステップ2終了に向け、努力を続けていく所存です。
    いわゆる「冷温停止」が完成できるのは、2012年の初めと考えております。」
    これはしかし、政治的な議事日程であって、絶え間なく続行する事故の現実とは無関係だ。
    ここはウェールズ沿岸のアバリストウィス。
    クリストファー・バスビー教授は、ここの大学で研究する放射性化学者だ。
    彼はまた、独立した欧州放射線リスク委員会のメンバーでもある。
    ここにはヨーロッパ各地からあらゆる専門家が所属している。
    彼は、フクシマ近辺とその周辺で実際に、どの程度汚染が進んでいるか、調査し、住民にとってどれくらい危険があるか調べようとしている。
    それで彼は、車のエアフィルターを日本から取り寄せた。
    彼はその車が、事故直後からどこにあったかを、持ち主に細かく記録してもらった。

    (バスビー教授)
    フィルターを開けて、アルファ粒子を検出する装置に入れます。
    まず24時間待たなければいけません。

    アルファ粒子を放出する放射線は、人間の細胞に当たれば、極めて危険である。

    (バスビー教授)
    人々はこの放射能に当たるだけでなく、それを体内に吸い込みます。
    環境にはウランやプルトニウムが大量に放出されていて、遺伝子を壊す、非常に危険な物質に満ちています。
    ですから、地面にある放射能だけでも、大変怖れなければいけない。
    それが空気にあれば、人々はそれを当然吸い込みます。
    私は車のフィルターを測定しましたが、フィルターに溜まった同じものは人間が吸い込んでいるのです。
    それが肺からリンパシステムに入れば病気になります。

    7月には東京はいつもと同じ状況に戻った様子を見せていた。
    しかし、放射能に汚染された牛のえさや緑茶、または米などがニュースとなった。
    東電や政府の過小評価がどんどん信憑性を失っていく中でも、人々はあまり動揺しなかったように見られた。
    同じ頃、バスビー教授は自分の最初の分析結果を手に、東京を訪れた。
    分析結果はかなり不安を呼び起こすものだった。
    車のフィルターから、セシウム430と137が発見されたからである。
    セシウム137は、何百年にも渡って、放射能を出し続ける強い放射性物質である。
    ノルウェーの研究者たちがその後、バスビー氏の分析結果を確認している。

    (バスビー教授)
    ということはかなりの量の放射線がすでに、放出されたということです。
    福島からあれだけ離れた千葉などで、予測していた以上のものが発見されたわけですから。
    これはまたウランやプルトニウムを含むその他の放射性物質が、かなり大きな距離にわたって拡散されたはずであることを
    示す証拠ともいえます。
    つまり、住民たちはかなりの被爆の危険にさらされているのです。
    それは、核実験が世界で相次いだ1963年ごろ、測定された大気の放射能物質より、千葉では300倍も強く、100キロ圏以内ではなんと1000倍も強くなっています。

    クリストファー・バスビー氏はふたたび北へ向い、環境における放射能の影響を測定した。

    (バスビー教授)
    今私たちは津若松にいます。
    そしてここにあるのはポータブルのガンマ線スペクトロメータです。

    スペクトロメータは夥しい量のセシウム430と137を検出した。
    この2つの放射性物質は人体においては、ことに筋肉と臓器組織に蓄積される。
    専門家は、このように汚染が進んだ東日本、東北地方では今後、何十年にも渡って、農業はできなくなるであろうと語っている。
    夏には米や牛肉から放射性物質が見つかったが、12月にはとうとう乳児用の粉ミルクから、放射性セシウムが検出され、回収されることとなった。
    放射性の粒子がそれほど高い濃度で、しかもそれほど遠く離れた場所で発見されるということで、専門家にとってかなりのことが明らかになる。

    (バスビー教授)
    事故当初、あれは原子炉建屋の外側の壁が吹き飛んだだけの水素爆発だ、と言われましたが、あれはそうではなかったはずです。
    ことに激しい勢いでエネルギーが、垂直に抜け出た爆発がありました。
    ただの水素爆発であったのならば、あんなに事故現場から離れた場所で、あれだけの放射性物質が発見されるわけがありません。

    科学雑誌ネイチャーは12月に福島の事故調査を行った国会議員の報告書を掲載した。
    ここで、プルトニウムが最大45キロ離れた地点で、発見されていると伝えている。
    しかも、これだけの量のプルトニウム238は福島第一原発から、放出された以外には考えられない、と確認している。
    しかし東電にとっては、それはあってはならないことだった。

    (ひとすぎ よしみ氏)
    どのようにしてプルトニウムが検出されたか、詳細はわかりませんが
    私どもでもその地方を調査しており、ごく微量のプルトニウムしか検出されませんでした。
    しかしプルトニウムは核実験の放射性降下物として、全世界に広がっていますので、どこでも、わずかな量のプルトニウムは検出できるのです。

    3号機の激しい爆発は世界の独立した、専門家たちに謎を投げかけたが、ワシントンの原子力ロビーにとっては、答えは明白だったようだ。

    (ヘイマー氏)
    3号機ではその周辺がまさに吹き上げられ、破壊したように見えますが、爆発がどのように進行したか見ていく限り、私たちはあれは即発臨界ではなかったと確信しています。
    あれは本当に水素爆発だったのです。
    山口幸夫氏は原子力資料情報室の代表を務める環境学者だが、彼はもっと恐ろしい事態を危惧している。

    (山口幸夫氏)
    3号機で起きたのが核爆発ではなかったとは言い切れません。
    というのも、あそこではウランとプルトニウムを混ぜて、つくったMOX燃料が使われていたからです。
    どれだけの物質がどこまで拡散したかを、突き止めていけば、それを決定する調査を進めることができると思います。

    もう一度ヴェルモントに戻った。
    アーノルド・ガンダーセン氏はこの3号機の爆発を、細かく分析しているからである。

    (ガンダーセン氏)
    私が3号機の爆発の画像を見る限り、1号機で起こった爆発や、その他の水素爆発から、私が見て知っているどの爆発とも、はっきり異なることがよくわかります。

    このスライドはどれも300分の1秒の間隔で撮られたものです。
    5番目のスライドで3号機の爆発が始まります。
    鋭い閃光が走るのが見えています。
    これは即発臨界の始まりを示します。
    建物の右の部分から炎が突き抜けます。
    そしてこここそ、燃料プールがある場所なのです。
    ですから私は、燃料プール自体が爆発の原因であったと考えているのです。
    爆発がピークに達した時、黒煙とともに、がれきが木っ端微塵に飛び散るのが見えます。
    燃料も中に入っています。ありがたいことに、そのほとんどが海に吹き飛ばされました。
    燃料にはウランとプルトニウムが入っています。
    そしてプルトニウムに関しては、25万年も環境に留まるのです。
    この煙は約1キロも空中に上昇しています。
    燃料プールから燃料が吹き飛ぶには、燃料が異常な熱と異常な速度を持たなければいけません。
    これを私たちは即発臨界、と呼んでいます。
    これは原子爆弾に似ていますが、それほどはひどくないというところです。
    そしてこれは、通常の水素爆発とは異なります。
    化学的爆発というのがある一方で、原子爆弾というのがあります。
    ここで起きたのは、その中間、と呼べるでしょう。
    これは核分裂の連鎖反応であり、これは非常に高い速度で進行します。
    水という水がすべて蒸発し原子炉の金属も溶かし、そして燃料がプールから上に吹き飛ばされて、何マイルもの領域にわたって降り注いだのです。

    米国の原子力規制委員会でも早々と、3号機の爆発は単なる化学的水素爆発ではなく、劇的なものであったと報告している。
    インターンの電子メールで3月25日に、膨大な量の蒸気は放射能特有のプロセスであった可能性が高く、つまり意図しない臨界による熱があったことを示唆している。
    この分析のことはまったく公に知られていない。

    (ガンダーセン氏)
    事故のすぐ直後に世界で有数の原子力産業アレバ社やジェネラルエレクトリック社、ウェスティングハウス社などがこぞって
    このことを公にしないようにと、国会に圧力をかけ始めたことを私たちは知っています。
    しかし私たちは、アレバ社がスタンフォード大学で報告発表を、開催するということを突き止めることに成功しました。
    あそこではどれだけ深刻であるかが、報告されたのです。
    そして、やはりジェネラルエレクトリック社やウェスティングハウス社に管理されている主要メディアは、このストーリーを過小に伝えることに徹底しました。
    フランスはパリの、アレバ社の本社ビル。
    アレバ社は世界で最大級の核産業企業であり、ウランとプルトニウムからできている悪評の高いMOX燃料の納品会社だ。
    福島第一3号機で使用されていたMOX燃料もアレバ社のものだ。
    アレバ社でも事故はすぐに分析された。
    ドイツの原子炉安全協会もこの報告をもとにデータを出しているが、4号機では事故直後に燃料プールで爆発と火災が起こったと記載されている。

    この報告は、事故から10日後にスタンフォードで、開催される会議のベースとなるものだった。
    国際安全保障協力センターのプライベートな招きで、訪れた参加者たちはすべて、事故の経過と詳細を知っている人ばかりだった。
    しかし、事故の恐るべき事態や影響に関する情報には、誰一人動揺していようには見受けられなかった。
    インターンで撮影されたビデオがその様子を物語っている。

    (アレバ社のアラン・ハンソン氏)
    今のところ燃料プールは無事に保たれている様子です。
    これは日ごと小さくなっていく問題でしょう。
    我々に報告されている現場の放射線量では、燃料が引火したということは、結論付けることができません。

    考えられ得る最悪の事故が、起こったなどということがあってはいけないのである。
    あまりに多くのことが危険にさらされることになるからだ。
    世界中の原子力エネルギーの未来がかかっているのだ。

    (原子力ロビースポークスマン、Kate Marvel氏)
    この事故は、原子力エネルギーの終焉を告げるものではありません。
    原子力エネルギーがなくなることはありません。

    (アラン・ハンソン氏)
    現場に数時間滞在しても、大した量の被爆をすることはないでしょう。
    現地の住民たちの健康に大きな影響を、及ぼすことはないでしょう。
    事故が起こってから4ヵ月後にはすでに、15歳までの1080人の子供を対象に甲状腺スクリーニングが、おこなわれたが、そのほぼ半分が放射性ヨウ素による被爆をしていることがわかった。
    これはガンを発病する危険性が高いことを意味する。
    ついに政府は秋から福島の18歳までの36万人の子供と若者を対象に、ガン定期検査を実施すると決定した。
    スタンフォードで専門家の一人は、経済的な影響について希望的に語っている。

    (Daniel Okimoto氏)
    復興が始まれば需要が刺激され、9ヵ月後、今年の終わりまでには、成長率が伸びるものと思われます。
    私の予測では、来年の2012年には、より高い成長が期待できるでしょう。
    大事故から1年。
    2900万トンもの瓦礫を処理しなければならないが、まだ計画は出来上がっていない。
    放射能に汚染された瓦礫がただ無造作に積み上げられ、野外に野放しにされたままだ。
    除染を計画されている家屋の数は、実際に必要な家屋の数の10分の1に過ぎないと専門家は語る。

    (原子力ロビースポークスマン、Kate Marvel氏)
    この意味で私たちは選挙民としてもエネルギー消費者としても全員が核エネルギーの将来を決定するのです。
    私は、今後起こるであろうことに対し、根拠ある議論ができる道が、見出せることを願ってやみません。

    原子力ロビーは早くから、マスメディアが必要であることを知っていた。
    今日では「メディアの原子力コンプレックス」とそれを呼ぶことができるだろう。
    このようにしてアメリカの大手のCBS放送やNBC放送は、ジェネラル・エレクトリック社やウェスティングハウス社を通じて、日本の原子力産業とつながっており、事故直後、日頃は鋭いオブザーバーが、きわめて控え目なコメントしかメディアに出そうとしなかった。
    必要以上に早急に出来事の詳細を、評価するのは避けようと判断したようだった。
    これが世界に影響する原子力事故であるなどとは、いいたくなかったのである。

    (ガンダーセン氏)
    事故があってから2,3日後は、ニュースでもほかの話題を出してから、最後にちょこっと付け加える程度しか報道しませんでした。
    これは原子力産業にとって、ニュースポリシーに干渉することが大切だったからです。
    日本の原子力産業の伸ばす腕も長い。
    フリージャーナリストでありニュースキャスターでもある上杉隆氏は、フクシマでの事故経過と政府や東電の情報政策の裏を探ろうとしてきた数少ないジャーナリストの一人だ。
    日本のマスメディアに対する彼の評価は、かなり意気消沈するものだ。

    (上杉隆氏)
    報道内容に関して点数評価をつけるとしたら、百点満点のうち1点も上げることができません。
    いや、それ以下です。
    マスコミの仕事は東電や政府が隠そうとする情報を、暴いていくことにあるはずです。
    しかし彼らは、真実の隠蔽に、貢献しているのです。

    上杉氏は今でもある放送局の番組の司会役を務めている。
    彼の番組の今夜のゲストは、福島前知事、佐藤栄佐久氏だ。
    彼はプルトニウムが燃料に入ることに反対し、日本の原発ムラの権力を身に沁みて感じることとなった人間である。
    彼は自分の職務から追放されてしまったのだ。
    上杉氏に対する攻撃は、かなりオープンだった。

    (上杉隆氏)
    3月18日のことだったと思いますが、政府スポークスマンである枝野氏が記者会見で、フリーのジャーナリストの中に「放射能が放出されている」
    というデマを流している者がいますが、市民を不安に陥れているので、即刻やめてほしい、と発言しました。
    私の名を出さなくても、私のことを指しているのは、明らかでした。
    そしてそのうち、テレビで「デマに注意しましょう」
    というコマーシャルを流し始めました。
    それでも踏みこたえていくと、いつか番組から降ろされることになります。
    それで、以前原発関係会社がスポンサーをしていたTBSでの仕事を失う羽目となった、と上杉氏は語る。
    私はメルトダウンが起きているはずだという報告や爆発でかなりの放射能が拡散されたに違いないという報告を、目にしたので、東電に向ってそれを確認する質問をしました。
    それ以後、彼らは圧力をかけて、日本のメディアから私を排除することが始まっていきました。
    もともと原発ロビーの敵ではなかった佐藤栄佐久氏には、汚職疑惑がでっち上げられた。

    (前福島県知事 佐藤栄佐久氏)
    私は、日本が原子力帝国になってしまったと思います。
    情報は抑制され、政府、マスコミ、学者たちはこぞって、彼らとは別の考えを持つ人間を全部排除してきました。
    これはファシズム以外の何物でもありません。
    こういう状況ができあがっていたからこそ、フクシマの事故が起きたのです。

    カリフォルニア州サンフランシスコ。
    シリコンバレー近くに住む日系アメリカ人ケイ・スガオカ氏は、長年ジェネラル・エレクトリック社に、原子炉技術者として務め
    1年に数回、原子炉納入業者の依頼で、定期検査のために福島原発を訪れていた。
    それは、彼が解雇されるまで続いた。

    (ケイ・スガオカ氏)
    私たちは放射線防護装置を点検し、修理を行い、点検をしました。
    我々の専門は原子炉容器内での作業、ことに燃料挿入箇所でした。
    スガオカ氏と彼のチームは点検の際、原子炉容器の奥底で時として、信じられぬ発見をすることがあった。
    例えば蒸気乾燥機の向きが、180度反対に取り付けられていた。
    それから、配水管に15cmほどの亀裂が見つかった。
    しかしそれらのことをスガオカ氏が検査報告書に、書こうとすると、責任者たちが、それをやめさせようとした。
    彼らは、180度向きが反対だという箇所を削除したのです。
    誰も、蒸気乾燥機の位置が反対に取り付けられていることを、認めようとしなかったのです。
    私は当時は、どうして彼らがそれを隠そうとするのか、わかりませんでした。
    そして私にもう1つわからないことは、その後、東電とジェネラルエレクトリック社と官庁の間で、どのような取り決めが行われたかです。
    彼らはちゃんと議論をしたはずです。
    やっと2002年9月になってGE社の弁護士が、一度も蒸気乾燥機を取り替えていないと東電が言っているのに対し、GE社がなんの抗議もしなかったと認めました。 
    2002年の9月には、彼らはまだ嘘をついていたのです!

    スガオカ氏の認識が公になって、彼は内部告発者として有名になった。
    それは東電にとっては災難なことだった。
    東電の持つ全原発が一時停止を余儀なくされ、社長や幹部はすべて辞任に追い込まれた。
    今日では東電は前向きには透明性に務めている。
    30人ほど選り分けの報道陣が11月には、事故の起きた福島第一原発の視察を許された。
    線量計は毎時500マイクロシーベルトを測定。
    とても危険な値で、記者たちはバスを離れることは許されなかった。
    この東電の宣伝企画は、不毛の惑星への日帰り旅行だったといえるだろう。

    (鈴木智彦氏)
    フリーのジャーナリストたちははっきり差別されています。
    あのバス視察旅行でも私たちは最初から排除されています。
    通常の記者会見には、フリーのジャーナリストは、入場が許されていません。
    万が一入れることがあるとすると、今度は、なんの質問もしてはいけないといわれます。
    我々は、だから原発の現場からも除外されています。
    調査報道派のジャーナリストである鈴木智彦氏は、ジャーナリストして入ることができないのなら、と潜入することに成功した。
    労働者として丸1ヶ月、事故の起きた原発で働いたのである。
    そして自分の仕事の間、秘密で撮影を行った。
    この腕時計に隠した小さいカメラを使って、だ。
    こうして彼は、50時間の映像材料を集めた。

    冷却システムでの作業はとても危険だ。
    というのも、ここは3号機から30mと離れていない。
    ここで働いている労働者はほぼ全員この地方出身で、なにもかも地震・津波で失ったという人ばかりだ。
    生き延びるために、彼らはどんな仕事でも、引き受けざるを得ないのである。
    彼らは東電の子会社のまた子会社、ひ孫会社から派遣されている。
    こうして親会社はどんな責任からも逃れられるという仕組みだ。
    日本のやくざがこの人材派遣を仕切っているというのは、今では誰もが知っている秘密である。
    東電は先日ようやく、2人の労働者が急性白血病で、死亡したことを認めた。
    噂では、死亡者の数はずっと多いという。

    (鈴木智彦氏)
    労働者にとっては、今手にするお金の方が、10年後発生するガンよりずっと大事なのです。

    労働者は最高4時間仕事をする。
    それ以上は体がもたない。
    以前の規則では、作業員の放射線測定で、インパルスが180以上だったら、ここから出てはいけないことになっていました。
    ところが今では、3000、または4000という量を、被爆した作業員が普通にノーチェックで出されているのです。
    考えてもみてください、以前なら、高線量被爆者として扱われていた人間が、ここから普通に出て行くんですよ。
    東電の問題は全然別なところにある。
    冷却システムから出てくる放射能に汚染された大量の水はどうしたらいいのだろうか。
    場合によっては長い間貯蔵していかなければならないものだ。
    原発サイトにはぎっしりタンクが並んでいる。
    どれも一杯に汚染水が入っている。

    (鈴木智彦氏)
    このタンクにつながるホースですがどれも、簡単なプラスチックでできています。
    私は外国人のオブザーバーに早くから、これが冬凍結すれば、ホースが破れてあちこちから、水が漏れるぞ、と言っていたんですが、つい先日、それが本当に漏れてしまいました。

    鈴木氏は身の危険を承知で休憩時間に、福島第一原発全体を歩き回り観察した。
    東電は、告訴すると脅しながら、ここでのことを報告することを彼に禁じた。
    東電としては、どうしても、原発の中が悲惨な状況にあるという、その真実が、公表されることを食い止めなければいけないからだ。

    (鈴木智彦氏)
    なにもかも仮の一時しのぎの処置です。
    彼らは、本当に安全な設備など最初から、つくっていません、時間がかかりすぎるからです。
    政府は昨年中にどうしても「冷温停止」達成と、宣言したかった。
    原発は安定した状態になったと言いたかったのです。

    そして、まさにその「冷温停止」達成を、野田首相は2011年末に誇らかに宣言した。

    (野田総理)
    原発近郊の放射線量を少なく抑えることが、まだ問題はあるとしても、技術的に可能だということが確認されました。

    3号機の燃料プールに沈む瓦礫の山。
    この画像を見るだけでも、「冷温停止」など、東電と日本政府が世界に公表した陳腐なプロパガンダ用トリックに、過ぎないことが一目瞭然だ。

    (吉岡斉教授)
    冷温停止というのは、燃料棒が、完全に水の中に浸かっていて、圧力容器内の温度が100度以下に、保たれていなければ言うことができません。
    しかし福島第一原発では1号機から3号機までの原子炉はすでに破壊されてしまっています。
    燃料棒の温度が低く保たれているとすれば、それは絶えず水を上からかぶせ続けているからだけです。
    こういうことですから、とても、冷温停止とは言い難いのです。

    もちろんそのことは東電もよく知っている。
    しかし世間に安心してもらうためなら、どんな言い訳もありがたく飛びつく。

    (ひとすぎ よしみ氏)
    冷温停止といえば通常、圧力容器内の温度が、100度以内に保たれている状態を言います。
    この福島第一原発ではもちろんそれとは違うことは、私たちもよく承知しています。
    ただ、私たちはそれでも冷温停止状態と、呼ぶことにしました、それは状態がかなり安定に保たれているからです。

    (バスビー教授)
    日本の北部はすべて失われてしまったといっていい。
    私は誰にも、早く避難しなさい、と勧めてきました。
    これが私の心からの忠告です、早く逃げなさい、と。
    あそこはもう、危険な場所なのです。

    私の家族は1000年以来ここに住んできました。
    私はここからどこにも行く気はありません。
    たとえ何があろうと。
    死ぬまで、ここにいるしか私には選択がありません。

    (ガンダーセン氏)
    福島の事故では、死人は道路に倒れていたりはしません。
    ガン患者は、違った死に方をします。
    人々は10年、20年後に、ガンで亡くなっていくのです。
    福島ではガン疾患率が高くなり、少なくとも100万人は新しいガン患者が出ると思われます。
    しかし原子力産業はこの数字を公表したくはないでしょう。
    それは世界中で原子炉の終わりを、意味することになるからです。

    フクシマの原発最悪事故は、原子力エネルギーにこれからも未来を託すには、まったく起こってはいけないものだった。

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