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    原発問題 -The Truth is Out There-

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    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

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    IWJ特報!第34号「ドイツはいかにして『脱原発』の道を進んできたか」 

    IWJ特報!第34号「ドイツはいかにして『脱原発』の道を進んできたか」

    第34号
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                岩上安身のIWJ特報
    ドイツはいかにして「脱原発」の道を進んできたか
    〜「ドイツ反原発運動小史」著者・ヨアヒム・ラートカウ・ビーレフェルト大学名誉教授インタビュー〜
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    (IWJより転載許可済み)


    インタビューが行われた前日の2月1日に、大島堅一立命館教授から急な連絡があり、ヨアヒム・ラートカウ氏が来日しているのでインタビューしたらどうか、との打診を受けた。ヨアヒム氏は明日帰国してしまうため、明日しかインタビューの機会はないとのことだった。ヨアヒム氏は、ドイツにおいて反原発運動の歴史を研究してきた歴史学者である。

    私はその日所用があり、どうしても京都に行ってインタビューをすることが叶わなかったので、逆に、大島教授にインタビューしていただくことを提案し、快諾していただいた。通訳していただいたのは関西学院大学の朴勝俊教授。

    すばらしい内容のインタビューだったので、大島教授の了承を得て、このメルマガに掲載する。前号まで(第32号、33号)のジェラルド・カーティス氏の講演と読み比べると、くっきりとした対称を成していると、お分かりになると思う。

    どちらも、学者であり、外国人である。しかし、学者としての冷静さや客観性、外国人としての慎みや礼儀といった点で、両者は比べものにならない。

    カーティス氏は、小沢氏だけではなく、日本政治全体を見下し、嘲笑し、誘導し、大げさにいえば支配しようとする。「よき友人」というものは、このような態度をとるべきものではない。他方、ヨアヒム氏には、慎みがあり、学者としての冷静さがあり、決して見下したり、支配的な態度をみせたりはしない。

    「よき友人」の姿とは、このようなものではないだろうか。そうしたコントラストも、本メルマガの読者に味わってもらいたいと思い、連続して発行することにした。前号、前々号と、ぜひ、読み比べていただきたい。

    また、文中に、ナチスの災禍から逃れて、米国へ渡ったユダヤ人が、数多くマンハッタン計画に加わった、というくだりがある。核兵器や原発の製造にたずさわったことを、後々後悔するユダヤ人があらわれるという点は、とても重要な視点である。こうした点はまた別の機会に、論及することができたらと思う。


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    ◆ナチスから逃れたドイツ移民の多くが、アメリカで原爆作りに参加した
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    大島「立命館大学の大島です。今日はドイツからいらっしゃっている、ヨアヒム・ラートカウ先生にインタビューをします。
     
    簡単にご紹介しますと、ヨアヒム・ラートカウ先生はドイツ内外で環境史研究の第一人者として知られている先生で、2000年の『自然と権力 ─ 環境の世界史』これは日本でも刊行されております。(注)非常に高い評価を得ております。

     また、最近では福島の原発事故を受けて、原子力の問題や日本のこれからについて、ドイツではよく取材を受けておられると聞いています。今日はラートカウ先生がいらっしゃっておられますので、日本の状況について簡単にお話しいただきたいと思います。今日はどうもありがとうございます。   

     では、早速ですがいくつかお話を聞きたいと思うのですが、まず先生のプロフィールを簡単に教えていただけますか?」

    (注)『自然と権力 ─ 環境の世界史』(Amazonドイツより)「2000年の『自然と権力 ─ 環境の世界史』」出版年より、ドイツで刊行せれたものを指していると思われる。
    【リンク】http://www.amazon.de/Natur-Macht-Eine-Weltgeschichte-Umwelt/dp/3406460445/ref=sr_1_fkmr0_3?s=books&ie=UTF8&qid=1334588518&sr=1-3-fkmr0
    又、日本ではみすず書房より近刊。(大阪市立大学大学院文学研究科都市研究センターより)【リンク】http://www.lit.osaka-cu.ac.jp/UCRC/

    ラートカウ「私はもちろん歴史家ですけれども、1970年にフリッツ・フィッシャー教授(*)のもとで論文を出しました。そのフリッツ・フィッシャーさんという人はドイツの伝統を否定するような立場に立っていて、非常に議論のあった方ですが、その方のもとで当初、ドイツの移民、ナチスの時代にアメリカに移民をしたような人たちの研究を始めました。

     ハルガーテン(*)という研究者は1933年にナチスに追われてアメリカに移民し、その後で原子力の研究をした研究者です。彼は日本にも縁がありまして、日本で長年教授をしていた事があります。このハルガーテンが広島の問題から非常にショックを受けたという事です。

     というのはドイツからアメリカに移民をした人たちというのは、実はマンハッタン計画(*)に関わって原爆を作った人たちが非常に多いわけです。他ならぬナチスのホロコーストに追われてアメリカに移民をした人たちというのが、その原爆を作るのに加担をしたという事が、大変、歴史的な皮肉なわけですね。

     この問題を自分の一つの問題としまして、核技術に関する博士論文を1980年にビーデフェルトの大学で出す事になりました」

    (*)フリッツ・フィッシャー(Wikipediaより)フリッツ・フィッシャー (Fritz Fischer、1908年5月5日 - 1999年12月1日) は、ドイツの歴史家。特に第一次世界大戦の原因の分析で知られる。
    【リンク】http://ja.wikipedia.org/wiki/フリッツ・フィッシャー_(歴史学者)

    (*)ハルガーテン (Wikipediaより)「1933年にナチスに追われてアメリカに移民」の発言から(特定できる根拠)、「G.W.F.ハルガルテン」と思われる。
    【リンク】http://en.wikipedia.org/wiki/George_W._F._Hallgarten

    (*)マンハッタン計画(kotobank.jp 世界大百科事典 第2版の解説より)第2次世界大戦中にアメリカによって行われた原爆製造計画のこと。【リンク】http://kotobank.jp/word/マンハッタン計画

    大島「ご紹介が遅れましたが、通訳とインタビューもされます関西学院大学の朴先生(*)です。すいません、先生のご紹介が遅れました。先生まだ何か続きがありますでしょうか」

    朴「いえ、以上です」


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    ◆なぜ福島のような事故が日本で起きたのか
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    大島「早速ですが、福島第一原発事故というのは、不幸にして日本で起きて非常に大きな被害をもたらしています。研究者として、“なぜ福島のような事故が日本で起きてしまったのか”という事に関して、ご見解があれば教えていただきたいと思います」

    ラートカウ「まあ私は外国の人間なので、日本の事については大きな事を言えません。気をつけて発言をするようにしているのですが。見聞きしている事も間接的な事なので、なるべく気をつけて発言するようにしているのですけれども。三つだけ言える事があるだろうと思います。

     一つは、これは私の印象なのですけれども、非常に逆説的な事があると思います。日本には当然ながら世界の最先端の科学があり、最先端の科学者がいるのですけれども、その日本の最先端の科学者の人たちというのは、あまり原子力というものに、“希望”とか“情熱”とかいうものがそれほどなかったのではという気がします。

     というのは、トップの科学者というのは、もっと違った分野に進んでいたのではないかというふうに考えられるからです。ですから日本はアメリカから、できあがった原子力発電所を輸入したわけですね。

     それも沸騰水型原子力発電所(*)というのは、それはもう既にさまざまな問題を抱えているという事がわかっていまして、当事の最先端の技術とは言えなかったわけです。ですから本当にその最高の技術者、科学者という人たちがたくさん原子力に関わっていれば、こういうものを輸入するという事はもう少し避けるような事があったのではないかという事がひとつです。

    (*)沸騰水型原子力発電所(北陸電力より)原子炉で発生する熱で蒸気を作り、その蒸気でタービンを回して発電するのが一般的な原子力発電です。【リンク】http://www.rikuden.co.jp/atmqa/1_1.html


     二つ目は地震の問題です。原発には地震のあるなしに関わらず、内在的な危険性の問題というのはあるのですけれども、特に地震というのは避ける事ができない問題なのですね。

     この点に関しましては、アメリカは特に地震の問題を重要視していました。特に当初アメリカの初期の反原発運動で一番成功した運動の一つが“フディガペ”(*注)という所の、北サンフランシスコの原発(*)が計画された時に、その時には地震の危険性があるという事を理由に規制当局も電力会社にここに立地させないという事を決めました。

    (*注)フディガペ(Bodega Bayと思われる)(City-USA.netより)【リンク】http://ja.city-usa.net/state-california-city-bodega-bay.html
    (*)フディガぺ北サンフランシスコ原発(Wikipediaより)The Bodega Bay Nuclear Power Plant was proposed but never built.(フディガぺ原子力発電所の建設計画はあったが実現はしなかった。)【リンク】http://en.wikipedia.org/wiki/Bodega_Bay_Nuclear_Power_Plant

    これには北サンフランシスコには1906年に大きな地震がありまして、その記録があったので、ここに建設するという事は避けたという事です。それ以降も米国原子力規制委員会(*)は、地震が起こりうる地域に原子力発電所を建設するという事は認めてきていません。これが二つ目です。

    (*)米国原子力規制委員会(財団法人 高度情報科学技術研究機構より)
    1974年、米国議会は原子力の利用について国民の生活の安全、環境の保全、および国の防衛と保安が本務の原子力規制委員会(NRC:Nuclear Regulatory Commission)を設立した。
    【リンク】http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=13-01-02-06

     そして三つ目は、日本の環境保護運動の問題ですけれども、日本には運動がないという事は決して言えません。というのは水俣病問題(*)にしても、その他の公害問題にしても大きな反対運動、あるいは被害者の運動がさまざまな変化をもたらしてきたわけです。

    (*)水俣病問題(アイリーン・アーカイブより)
    公害の原点ともいわれる水俣病は、熊本県水俣市にあるチッソ株式会社の工場排水に含まれる有機水銀によって汚染された魚介類を食べることで引き起こされた大規模な食中毒事件です。
    【リンク】http://aileenarchive.or.jp/minamata_jp/index.html

     これはドイツでも高度成長時代、工業主義の時代から転換をし、そして公害対策を進めるという、その成功例として日本は伝えられているのです。ですから日本の反公害運動が弱いという事は、一般的に言えないのですけれども、しかし反核運動というのはかなり抑え込まれたという事が言えるのではないでしょうか。

     それでドイツにはヴォルフ・ヘーフェレという研究者、これはカルカー高速増殖炉(*)を設計した人なのですけれども、この人が非常に興味深い事を言っています。『1960年代に私がこの高速炉を設計した時代に、もっと激しい反原発運動がドイツにあったならば、私たちは高速炉の経営者が「コストを削れ、コストを削れ」と言っているのに対抗して、コストがかかっても、もっと安全な原発を設計したのではないか』と、そういう事も言っています。それぐらい運動というのは、大事なものなのです」

    (*)カルカー高速増殖原型炉(一般財団法人 高度情報科学技術研究機構より)
    SNR-300(カルカー高速増殖原型炉)の建設工事は1973年4月に開始され、1990年現在、建設および燃料装荷前の機能試験がほとんど完了している。しかし、1986年7月以降、許認可当局のノルトライン・ウェストファーレン州(NRW)政府が技術的問題点が多いという理由で、換気系追加など建設の残りの部分と燃料の搬入および装荷を主な内容とする第6次部分建設許可を出さず、1991年に中止された。【リンク】http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=14-05-03-11


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    ◆ドイツで脱原発を成功させた2つの要因 ─“空気”と“最高裁判決”─
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    大島「先生、今、ドイツの運動とか運動の大事さ、日本の環境問題の公害問題に関して、非常に運動の力が強く、それが転換点、変化をもたらしてきたという事なのですけれども。今まさに、その歴史的な転換点に日本はあると思っています。

     ドイツは、私たち日本人にとっては脱原発と言いますか、脱原発の社会を一歩踏み出して、“私たちよりもずっと先に行っている国だ”という印象を持っています。そういう意味ではどうしてドイツで脱原発運動が成功していったのか。その秘訣と言いますか、理由と言いますか、それがわかれば教えていただきたいと思います」

    ラートカウ「まずその『ドイツが希望だ』という事を言ってくださって、ドイツ人としてはうれしいのですが、どうやって運動が成功したのかという事は、そう簡単には言えません。

     というのは、ドイツだけでなくスイスやオーストリアなど、ドイツ語をしゃべる国々ですね、そういう所の方がむしろ運動はドイツよりも早かった。1970年代頃から運動をやってきて、ドイツよりも早く原子力を止めてきた側面もあります。

     では、一般的にドイツと言いますと、原子力の推進派は『ドイツ人は、ロマン主義的(*)な考え方を持っていて、後ろ向きである』と。技術に対して“懐疑的”であり“批判的”であると。それはヒステリーのようなものであって、これを彼らは“ドイツ的な不安”というふうによく言いいます。『ドイツ人はそういう性格を持っている』というふうな事を推進派は言います。
     でも必ずしもそうではないと。これは歴史的な側面から反論ができます。

    (*)ロマン主義(世界大百科事典 第2版の解説より)ロマン主義は,18世紀末から19世紀前半にかけてイギリス,ドイツ,フランスを中心にヨーロッパ各地で展開された文学・芸術・思想上の自由解放を信奉する革新的思潮であり,合理主義の普遍的理性に対抗して個々人の感性と想像力の優越を主張し,古典主義の表現形式の規制を打破して自我の自由な表現を追求しようとした文芸運動である。
    【リンク】http://kotobank.jp/word/ロマン主義

     というのは1950年代に既にミュンツィンガーという研究者が標準的なデザインとなるような原発を設計していたのですね。これはアメリカの当時の原発に比べても、高い安全性を追求していたものです。

     もう既に、ドイツは早くから原子力という技術に対して、懐疑的な考えを持つ人がすでに多くいたという事なのです。これはもうアメリカ人から見ても、ドイツの方が原子力のリスク危険性というものをきっちり把握してちゃんとやっていると。アメリカの方がむしろナイーブだと、浅はかだというような評価もあったぐらいです。     
     このドイツ方式の原発がなぜ高い安全水準を追求し、あるいは技術に対してそんなに楽観的ではないのか、その理由の一つには2回の世界大戦をドイツが起こしたこと。そういう事からドイツ人は簡単に危険な事に走らない、簡単にリスクを取らないと。そういう理性的な側面を持つようになったのではないかという風に考えます。

     もう一つは“空気”というか、“雰囲気の問題”なのですが、1970年代からドイツの反原発運動は、少しずつ成功していったのです。勝利していったわけです。

     というのは1971年に、実はドイツよりも早くフランスで反原発運動の大会が行われるなど、フランスで反原発運動があったのです。ところがフランスの反原発運動は、やがてやる気をなくしていきます。というのはフランスの原子力政策は非常に中央集権的で、しかも抗議活動に対してフランスの警察の方が激しい弾圧を行った。ドイツの警察もかなり激しい弾圧を行ったのですが、それ以上にフランスの方が酷かったわけですね。ですからフランスの方はやがて反原発運動は下火になっていく。

     それに対して、ドイツで1972年に獲得した成功というのは何かというと、それは連邦行政裁判所での判決です。連邦行政裁判所というのは、最高裁といってもいいのですが、そこが原子力を進めていく上で基本法をさだめたのです。

    この裁判判決が出るまでは、『安全性と経済性は同じように大事だ』と言われていたのが、連邦行政裁判所の判決で『安全性の方が、経済性よりも重要である』という、そういう判決が出たわけです。この判決の内容については、今も議論があるのですけれども、しかしこの時点でこういう判決が出たというのは大きかったと思います。

     それで日本を見てみますと、日本の最高裁判所は、どちらかというと原子力を推進する立場だという事で、その点では違いがあるのではないかと思います。

     ですから、“反原発運動が成功した”というふうに考えられるかもしれませんけれど、反原発運動だけで成功するわけではなくて、政治、あるいは国の制度、そういったものとの関わりで、成功を勝ち取ってきた面があります。

     もう一つ例を挙げますと、テュービンゲンで反原発の考えを持っていたグルントラーという教師ですけれども、この人が当時の技術大臣のマットフェーバーという人に論争を挑んだ事があります。ただ論争を挑んだり、反原発に関わる文章を公表したというだけではなく、ある教会の前で自分の体に火をつけたりしました。そのような事もやって非常に注目を浴びました。そんな事例もあります。いろいろな事が絡み合って、このドイツが前に進んできたという事です。


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    ◆地域経済が原発から自立するためには
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    大島「1972年に『安全が最優先だ』という事が判決として出たという事は、ちょうど日本の公害問題の時期に“経済優先”ではなく、“環境保護優先”というふうに変化した非常に大きな転換点だったので、似た所があるのかなと思いました。

     それで日本に関していうと、“安全である”という事が前提と言いますか、“安全である”という事は言うのですが、“安全である事”に疑いを差し挟む人に対して、つねに意思決定から外してきたという歴史があったりですね。 

     それと、今、触れられましたように裁判でも常に負け続けている、勝つときもありますけれども、最終的には安全を取るのではなくて、行政の決定を追認するような判決が出される......朴さんもご存じだと思うのですが。そういう、決定が出ているというのも日本の限界と言いますか、確かに反原発運動は凄くあるのですが、そこをうまく繋ぎきれてないという所が、ちょっと違うのかなというふうに思いました。

    また、日本では原子力産業はもの凄く力が強いので、原子力産業が反原発運動を阻んできたという事が多いのです。

     そこでドイツの話なのですが、一点目はどういう流れがあったのか。二点目は、脱原発していくと、原発がたくさん立地している所で一番心配しているのは、原発がなくなるとそれで生活している人が、生活といっても労働者のホテルとか、飲み食いする所とか、それに依拠していて自立的なものではないのですけども。ただそれで生活している人がいて、原発抜きでは生活できないと。

     三点目は、日本にはあって多分ドイツにはない制度だと思うのですが、“国からの交付金”。原発が立地するだけで、多額の本当に税収の何倍ものお金が自治体に入ってくるという事もあって、原発抜きではできなくなってしまうという事が起こっています。それでドイツでは原発が建っている地域が、脱原発していく中で、地域経済がどういう面で自立していったのか、そういう論争はなかったのかという事を、もし分かりましたら教えてください」

    ラートカウ「その日本で言われていたような、産業界の力とか地元への補助というのはドイツにもあります。原発が建つという所には電力会社がいろいろな約束をして『市民プールを作りますよ』とか、そういうふうな事はあるんです。そして政治の方からも、さまざまな支援があるというのはドイツにもあります。多分、他の国も同じような事だと思います。

     ただそんな中で、ドイツの場合には原子力が始まる当初から、大企業は原子力に対しては、特に一枚岩ではありませんでした。

    例えば面白い例は“RWE”(*)というドイツで一番大きな電力会社の経営者。この人は、実は1960年代の終わりに原子力に対して懐疑的な立場を取っていたんですね。『もっとその石炭とか褐炭とかそういうものを使った方が、経済的に発電ができるのになぜ原子力なのか』と。面白いのはこのオオイゲンローベという人が企業にいたのですが、この人が“一生懸命、原子力推進派に対して反論を行っていた”という、そういう事例があります。

    (*)RWE Group (kotobank.jp 企業がわかる事典の解説より)
    ドイツのエネルギー企業グループ。中核企業の「RWE」は1898年設立。本社はエッセン。電力・天然ガス・水道事業などを行う。ドイツを拠点に中央・東ヨーロッパを中心に事業展開。イギリス・アメリカにも現地法人を持つ。
    【リンク】http://kotobank.jp/word/RWE+Group

    また、RWEのテオイプシロンという人は、当初から太陽エネルギーに関して積極的な立場を取っていました。また、いろいろな偶然があったのですが、ゴアレーベン(*)という場所をご存じでしょうか。西ドイツと東ドイツのちょうど境目にありまして、ここに今は、核廃棄物の問題でよく名前を聞くと思います。

    (*)ゴアレーベン((公財)原子力環境整備促進・資金管理センター、 諸外国での高レベル放射性廃棄物処分(wiki)より)ドイツでは1970年代にニーダーザクセン州のゴアレーベンがサイト候補地として選定され、地上調査及び地下探査を含むサイト適合性調査が行われてきました。1998年政権交代以降の原子力政策の見直しにより、ゴアレーベンでの探査活動は2000年から凍結されていましたが、2009年秋に成立した現連立政権の方針により、2010年11月に探査活動は再開されました。http://www2.rwmc.or.jp/wiki.php?id=hlw:de:chap4

     当初はここに再処理工場が来るという話があったのです。この再処理工場に対して反対運動が起きました。また、有名なカール・ワイツゼッカー(*)という核物理学者が居ます。この人が、また、批判的な立場を取るようになる。そういった事からこのゴアレーベンが位置している州のアルブレヒト首相がこれを白紙撤回するというような事がありました。その後で産業界からの漏れてきた話しですが、どういう人が話したのかはわからないのですが、コニャックを飲みながら語ったと伝えられている言葉が凄く面白いのです。
    『まあ反対運動にも感謝するべきだね』と、『無駄な投資をしなくて済んだ』というような、そういう事が漏れ聞こえてきたという事があります。

    (*)カール・ワイツゼッカー(Wikipediaより)カール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカー(Carl Friedrich Freiherr von Weizs?cker[1], 1912年6月28日 - 2007年4月28日)はドイツの物理学者、哲学者である。【リンク】http://ja.wikipedia.org/wiki/カール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカー
     
    二つ目の雇用の話ですけれども、地元の雇用に関しては答えはそれほど難しくありません。というのは、雇用を減らそうと思ったら一番よい方法が原発なのです。一番人が要らないはずです。発電方式ですから原発を止めてですね、再生可能エネルギー(*)の工場などを立地する事によって、雇用がもう実際ドイツでは増えています。そして工業は再生可能エネルギーのおかげで活性化しています。

    (*)再生可能エネルギー(経済産業省資源エネルギー庁より)再生可能エネルギーとは、法律(※)で「エネルギー源として永続的に利用することができると認められるもの」として、太陽光、風力、水力、地熱、太陽熱、大気中の熱その他の自然界に存する熱、バイオマスが規定されています。
    【リンク】http://www.enecho.meti.go.jp/saiene/renewable/outline/index.html

     もちろんこれは産業構造の転換ですから、再生可能エネルギーで雇用が増えるうえで、原子力で食べていた人の一部は、“負け組”になるかもしれませんけれども、全体としては再生可能エネルギーで雇用が増えるというふうに考えています」

    大島「私もそう思います。今、日本はもう反原発一色です。人々は大きく変わりました。原発に関しては、本当にどの世論調査をしても、大半の人がもう『原発は減らしていきたい』と、一部のかなり大きな部分は、すでに『今すぐにも止めましょう』というのを含めて、かなりの数の人たちが『原発から脱却したい』と言っています。

     ただ、他方でいわゆる古い産業、鉄とか電力は、原発推進一色というのが日本の状況かなと、こういうふうに思っています。ただ新しい動きは出ていて、ソフトバンク(*)という会社の孫社長(*)など、『もう原発抜きで行こうじゃないか』という動きも出てきていますので、これは新しい動きかなと思っている所です」

    (*)ソフトバンク(kotobanku.jp企業がわかる事典の解説より)正式社名「ソフトバンク株式会社」。英文社名「SOFTBANK CORP.」。情報・通信業。昭和56年(1981)「株式会社日本ソフトバンク」設立。同57年(1982)現在の社名に変更。本社は東京都港区東新橋。総合通信企業グループの純粋持株会社。携帯電話・ブロードバンド・固定電話などの各事業会社を傘下に置く。
    【リンク】http://kotobank.jp/word/ソフトバンク

    (*)孫社長(kotobank.jp ASCII.jpデジタル用語辞典の解説より)ソフトバンク代表取締役社長。1957年佐賀県生まれ。1974年に高校を中退後、16歳で渡米。大学在学中に「音声装置付き多国語翻訳機」を試作し、当時シャープの専務だった佐々木正氏に1億円で買い取ってもらう。1981年に帰国すると、その1億円を資金に日本ソフトバンク(現ソフトバンク)を設立した。
    【リンク】http://kotobank.jp/word/孫正義


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    ◆日本には長い環境運動の伝統がある
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    大島「話は変わりますが、昨日ラートカウ先生は、京都の京都市議選でいろいろな所を見て回られたという風に聞いています。京都を含む、この関西地域には、私の故郷、福井県がありまして、そこに14基(*注)の原発があるわけですね。全てあわせると1157万キロワット。恐らく世界最大の原発密集地域があって、そこで京都の京都市というのは60キロしか離れていないのです。いま京都市民、とくに市民層を中心に非常に大きな反対運動があるのですが。

     昨日、京都市議選をご覧になったという事なので、その印象と言いますか、もし感想などがあれば本当に率直な印象で構いませんので、思う所がありましたら教えてください」

    (*注)14基(原子力の科学館 あっとほうむ 福井原子力センターより)福井県には、1970年(昭和45年)に営業運転を開始した日本原子力発電(株)敦賀1号機と関西電力(株)美浜1号機をはじめ、建設中の「もんじゅ」、廃止措置準備中の「ふげん」を含めて15基(1,173万キロワット)の原子力発電所があります。(「14基」の中には「ふげん」は含まれていないと思われる。)【リンク】http://www.athome.tsuruga.fukui.jp/nuclear/information/faq_01/q_01.html

    ラートカウ「日本の特に地方政治に対して、外国人として意見を言うというのは難しいのですが。昨日、訪問した候補の方には、“幸運を祈ります”という事です。

     それで京都に関しては、私は本当に京都が大好きなので、この京都が本当に原発から近いという事で、京都が福島のような未来をたどるようになる事は考えたくもありません。それは人類にとっても大きな損失になると思います。

     他方、外国のメディアではよく、“日本では原発に対して何も非難しない”というような事が言われていますけれども、それは全くの間違いだと私は思います。日本には長い、歴史的に見ても環境運動の伝統があります。それは先程の1970年代の公害運動から環境政策に移った事ですけれども、アメリカから始まった環境保護運動が日本で花を開いて、それがドイツの手本に一時期なっていた事は事実です。ですから一時期、日本が環境保護という問題のトップに立ったわけですね。
    それで今、ドイツの方がよく見えるのかと思いますけども、また、再び日本の時代が来るというような事があるのではないかと思います」

    大島「なるほど、今、おしゃっていたような話で原発の問題をですね、公害問題をやっている方がですね、言いにくいんですけど、京都市長選でもそういう弁護士が候補になってがんばっているという所に非常に歴史を感じるなあと。今、先生のお話を受けて私自身も、まさにそうだなあというふうに思いました」


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    ◆日本は脱原発を成し遂げることができるのか
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    最後にもうお時間もありますので、もう大分お話いただいたような気がするのですが、日本が、また日本の市民がこれから取り組んでいくべき課題についてお聞きしたい。もちろん先生は非常に謙虚な方ですので、外国人の私としては言えないというふうにお答えになるかもしれません。多分、私も同じ質問をされたら、ドイツ人に対してはそういうふうに答えると思います。

     ただ少なくとも日本がやっていくと、やっぱり東アジアに対して何らかのインパクトがあるのではないか、あるいは世界に対してのインパクトがあるのではないかという風に思っているのですが、日本が今後、反原発をやっていく事がどういう影響を他の国々に与えるという風に考えられますか? もしご見解があれば教えてください」

    ラートカウ「何度も言いましたけれども、外国人としてこの日本がどう行動すべき、どうすべきという事はなかなか申し上げにくいのですが、外から観察者として言える事は、二つぐらいあると思います。

     一つは日本の伝統は大切ですけれども、日本の伝統というのは常に最高の技術を持っているという事ではないかと思います。世界の電気・電子革命というのをリードしてきたのは、やっぱり日本なのです。この日本というのはエネルギー資源が実は少ない国である。石油のある国からは遠いし、国内にもほとんど石炭はないと。そういう中で、過去日本は自分たちの成功の道はエネルギーをたくさん使う産業ではなく、知識をたくさん使う産業を省エネルギー型の産業という形で、実際、成功してきたと思うのですね。

    それと同じ事で、将来も知識集約型で省エネルギー型、そして再生可能エネルギーを発展普及させる産業。ここに賭けていく事が大事ではないかなという風に思います。

     まあ、その中でソーラーシステムの技術、そして電子工学の技術、これは世界で最高のものを日本が持っているわけですが、これをうまく活用する事によって、より分散型のエネルギーというものをもっと活用していくという道をとっていく事ができると考えます。

     これまではエネルギーというものは、巨大な集中型の発電所で供給をするという事をやってきたのですけれども、分散型というのは技術の問題ですから、それは今すぐでも可能だと思います。

     これに関して言いたい事は、日本の問題はエネルギーが不足しているという事ではないと思います。むしろ発想が不足しているのじゃないかというように思うことがあります。まあ電力会社にしても、政府にしても、エネルギーに関しても、ひょっとしたら『代替案はない』、『原子力は危ないのはわかるけれども、原子力に替わるものはない』というような事を言うかもしれません。しかし、ただ技術の問題だけではなくて、代替案の実現を可能にするような新しい政治のスタイルというものを作っていく必要があると思います。

     これまでの原子力を例えばエリートたちが、そして大企業がトップダウンで持ってきたからできるというものではなくて、代替エネルギー、再生可能エネルギーなど、これからのエネルギーはさまざまな技術を組み合わせていく事が必要です。

     それも地方がそれぞれ自分たちに合ったエネルギーを選んでいく。そこではトップダウンの方法は通用しませんから、まあ円卓会議と言いますか、話し合ってボトムアップで問題を解決していく。だから外部から『これが正解です』というようなものがないので、それぞれの立場の所からそれぞれの地元の所から、ボトムアップで解決策を出していくというような政治スタイルをとっていく。その中で代替案を作り出してくというような事が必要であると思います。 

     最後になりますけれども、日本は“なかなか変わらない”、保守的な国と思われてかもしれませんが、歴史家から見て決してそういう事はありません。日本でも過去に大きな変化を成し遂げた事というのは、何度もあるんですね。

    たまたまこの原子力の問題で日本の人たちはなぜか保守的になっているように見えますけれども、そんな事はありません。大きな変化というのは、日本は必ず成し遂げる事ができると思います。その点でドイツと日本というのはお互いに学び、また、お互いに協力し合える事がきっとあると思いますので、これからも協力関係と、連絡を続けていきたいと思います」

    大島「大変長い間、本当に勉強になりました。本当はまだたくさん個人的に聞きたい事もいっぱいあるのですが、本日はこれで終わりたいと思います。朴先生本当に素晴らしい通訳ありがとうございます。今日はどうもありがとうございました」

    (了)

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    大島堅一氏(立命館大学研究者学術情報データベースより)
    立命館大学国際関係学部国際関係学科教授
    研究分野:環境政策、環境経済学、アジア、エネルギー、環境問題、環境コスト
    【リンク】http://research-db.ritsumei.ac.jp/scripts/websearch/index.htm

    ※大島教授には、2011年4月11日にインタビューでお話をうかがっている。原子力発電の経済性、コストパフォーマンスを論じる上で必見必聴必読のインタビュー。現在はサポート会員限定で公開中。ぜひ、ご覧下さい。
    【URL】http://iwj.co.jp/wj/open/archives/679


    ヨアヒム・ラートカウ氏(大阪市立大学大学院文学研究科都市文化研究センターより)
    ドイツ・ビーレフェルト大学名誉教授Joachm Radkau。
    反原発運動史、環境史、森林史、技術史、マックス・ウェーバー研究で活躍中。環境史の大作『自然と権力』(海老根剛・森田直子訳)がみすず書房より近刊。講演に関係する文献として「ドイツ反原発運動小史」(上)(下)( 海老根剛訳)『みすず』599号(2011年11月号)、600号(2011年12月)がある。【リンク】http://www.lit.osaka-cu.ac.jp/UCRC/

    朴 勝俊氏(関西学院大学 総合政策学部 教員&研究室一覧より)
    関西学院大学教授 専門分野:環境税制改革、東アジア、EU
    【リンク】http://www.kg-sps.jp/teachers/?
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