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    原発問題 -The Truth is Out There-

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    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

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    日本人は東京電力と原発を許してはならない 

    日本人は東京電力と原発を憎むのを「やめない」ほうがいい
    2012年1月4日水曜日 Darkness
    http://www.bllackz.com/2012/01/blog-post.html より


    福島第一原発が爆発してからずっと東京電力は事故を小さく見せようとし、安全だとデマを言い続け、補償を渋り、政府・マスコミを使って、様々な嘘・欺瞞・裏工作・安全デマ・情報隠蔽を繰り返してきた。

    そもそも、東京電力は原子力発電所を「絶対安全です」と執拗に言い続けて、原発も絶対に壊れることはないと豪語していたのではなかったか。

    その時点ですべてが嘘だったわけで、それならば誰かが責任を取らなければならない。しかし、東京電力はただひとりとして責任を取っていないし、取るつもりもないようだ。


    まるで他人事のように諭す人

    これほどの問題を起こした企業は責任を取らせなければならない。事故の後も責任逃れをするのであれば、私たちは執拗にこの企業を見張っていなければならない。

    まして、この企業はいまだ福島原発を収束できないくせに、他の原発を推進しようとしている。

    この企業は信用できない企業なのである。

    ところが、東京電力を擁護する上に「簡単に人を憎むのはやめたほうがいい」と、まるで他人事のように諭す人まで出てくるので驚いてしまう。

    国民が大被害を受けているのに、「簡単に人を憎むのはやめたほうがいい」とは、ずいぶん他人事で、無責任で、馬鹿げた発言ではないだろうか。

    優等生的で、高いところから道徳めいた説教をして自己満足している人間に見える。そういう人がいるのである。

    自分の住む場所がなくなり、自分の被曝や子供の被曝の恐怖におののきながら、どうすればいいのかと先が見えなくなっている人が大勢いる。

    若い女性は、将来子供を産む時に問題が起きるかもしれないと恐れ、いますぐにでも原発を止めて欲しいと言っている。

    子供たちでさえ、原発のせいで自分たちの未来がなくなった、早死にするかもしれない、と怖がっている。

    それなのに、東京電力はいまだに責任を取らないし、安全デマを垂れ流すのである。総理大臣に至っては「収束した」と勝手に幕引きさえしている。

    あきれて物が言えないとは、まさにこのことで、この「安全デマ」には当然のことながら大きな反発が出た。

    これは憎むべきことである

    日本人は今まで何かと「水に流して忘れましょう」と言ってきた。しかし、原発が爆発して数万年ほど影響が出るが、それは水に流して忘れましょうと言うべきことなのだろうか。

    福島原発は、これを読んでいる多くの人が死ぬ間際になっても、まだそこに存在して収束すらできていないはずだ。これは東京電力も認めていて、「廃炉にするまで数十年もかかる」と言う。

    日本の大地は汚染され、日本の食物は汚染され、日本が「後片付け」のためだけに莫大な出費を余儀なくされる。あなたが寿命を全うする頃も、まだ福島第一原発がどうした、こうしたと言っているはずだ。

    これは憎むべきことである。

    日本人はこれから何があっても生きていかなければならない。それは誰しも同意することだ。しかし、生きる上で不必要な重荷を背負う。誰がこんなものを背負わせたのか? 東京電力だ。

    どうやって東京電力はそれを国民に背負わせたのか。「原子力は安全です」と執拗にPRして国民を騙して背負わせた。

    東京電力は、安全という部分ばかりに光を当てて、国民の考え方をフラットにさせ、原子力の危険や、爆発したときの影響や、その事故の悲惨さを、まるっきり見えないようにしてきた。

    文化人・マスコミ・学者・企業家は、全員、「原発は安全、原発は安全」の大合唱だった。東京電力は、莫大な金をばらまき、金に目をくらんだ人たちに、それを言わせていた。

    ひどい話だ。金で有名人を釣って、国民を騙していた。

    もちろん、中には騙されなかった人もいる。しかし、そんな人たちは大抵は無視され続けてきたし、無視することによって言論封鎖をしていた。つまり、東京電力は、議論すら存在しないかのようにしてしまっていた。

    そして、実際に原子力発電所が甚大な事故を起こしてしまったら、今度はひたすら安全デマを垂れ流し、今もそれが続いている。

    これは冗談やコメディでごまかせる話ではない。放射能はパチンコだかスロットルだかで誤魔化していれば消えていく程度の話でもない。

    東京電力は責任を負わなければならないし、それをしないというのであれば、憎むべき対象にされてもしかたがないのだ。特に上層部の責任は重い。

    「人の弱みにつけこむ」汚い言い方

    日本の金の亡者はみんな東京電力に群がっていた。日本のインテリはすべて「原子力賛成」「CO2削減」で原子力賛成の側に立ってきた。

    このような悲惨な状況になりつつある今、原発賛成をあからさまに言える人はもうどこにもいない。

    金をもらっても賛成とは言えない(言ったらそれこそ憎まれる)から、「反対でも賛成でもない」と、一歩トーンダウンさせて何かを語るしかない。

    トーンダウンさせて何を言い出すのか。「客観的に電力事情をみれば原発を残さざるを得ない」と言い出すのである。

    今は、原発がなくてもエネルギー問題が解決できるかどうかも真剣に考えなければならないときだ。

    それなのに、まったくその可能性を検討もせず、何が客観的なのか知らないが、「原発を残さざるを得ない」などと言い出す。

    「客観的に現在の状況を見たら、原発を捨てざるを得ない」というのが正解だ。

    あるいは、彼らは東京電力を非難する資格はないと言い出す。なぜなら「普通にテレビをみたりゲームをしたりして原発の恩恵にあずかっていたから」なのだという。

    安全神話で洗脳させておき、爆発したら「お前たちもテレビやゲームで遊んで来たから非難する資格はない」と言う。おかしくないだろうか。

    別に多くの日本人は、テレビやゲームをしたいから原発を容認してきたわけではない。原発のことを考えさせないようにさせられていたのである。

    原発がどんなに危険なものなのか、毎日、テレビや新聞で語っていてくれたら、そんなものを作れとは東電関係者以外には誰も言わなった。

    それを「お前たちもテレビやゲームで遊んで来たから非難する資格はない」というのである。こういうのを「人の弱みにつけこむ」という。

    すべての悪も危険も排除して生きていくことは不可能だとも言うが、そんなことは当たり前だ。

    しかし、だから原発も必要だというのは議論のすり替えだ。最初から危険だと分かっているのであれば作らなければいい。まして、原発の危険度はケタ違いに大きく、その影響は子孫に及ぶ。

    最初から作らなければ、最初から問題は起きない。危険で、かつ必要ではないものは作らなければいいのである。

    正当な怒りは持ち続けなければならない

    多くの日本人は今、東京電力に対して本気で怒っている。中には「会社をつぶせ」「社員の給料をゼロにしろ」という過激な人もいるが、そんな声が出るほどまで怒っているということだ。

    日本をめちゃくちゃにした企業なのに、反省すらしないで原発を再稼働させようとする。だから、「いったい、どういうことなのだ」と人々は怒っている。

    怒りには、無意味な怒りと、正当な怒りがある。

    日本人はいつも、上から目線の人に「憎しみは忘れて、水に流そう」だとか「人を簡単に憎まないほうがいい」と言われて、どんなに怒りを持っていても、まわりからそれを放棄させられるのだ。

    日本人はいつも泣き寝入りさせられている。正当な怒りなのに、それを飲み込み、耐え、苦しみ、そして忘れるようにまわりから強制させられる。

    むちゃくちゃだ。なぜ、そこまでして正当な怒りを捨てなければならないのか。原発を許すことによって、将来の日本の子供たちがツケを払うのである。

    正当な怒りは持ち続けなければならない。

    正当な怒りを持ち、東京電力の犯した大きな罪を追及し、この甚大な災厄をもたらした責任者にきちんと罪を償わせる。それが「当たり前」のことだ。

    その当たり前をまったく無視して、ただただ「東京電力を憎むのはやめたほうがいい」と上から目線で言うのはどういう神経をしているのだろうか。

    このまま放置していれば、また第二、第三の原発事故が起きてくる。このまま放っておけば、そうなる。それでいいとでも言うのだろうか。

    世の中には許してはならないこともある

    簡単に人を「許す」のはやめたほうがいい。心の機構がそうなってしまうと、次は人を「許す」ことでしか自分の確認ができなくなってしまう。

    簡単に人を「許す」と、悪人を反省もなくつけ上がらせる。そして、さらに譲歩を強いられる。許せば許すほど自分の立場が危うくなる。

    憎しみを持つのは権利である。原発問題は、全日本人が憎しみを持って反対する権利がある。

    「憎しみ」という言葉のマイナスのイメージは非常に強く、その言葉だけで人を怖じ気させる。

    「許す」という言葉は非常にプラスのイメージが強く、その言葉だけで人を癒すような効果がある。

    だから、人に好かれたい人は何でもかんでも「許す」「許す」「許す」と、それを連発していく。

    しかし、取り返しの付かないひどい状況に追い込まれたとき、八方美人になって「許す」と言い続けていくのは、とても罪なことである。世の中には許してはならないことも中にはあるのだ。

    日本人は東京電力と原発を憎むのを「やめない」ほうがいい。口当たりのいい「詭弁」に騙されてはだめだ。

    原発 放射能 水道 食品汚染 TPP
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    this way

    それでも日本人は、原発の再稼働を選んだ。
    一億総ざんげへの道。動き出したら止まらない。
    この道は、いつか来た道。ああ、そうだよ、民族の歴史は繰り返す。

    意思のあるところに方法はある。(Where there’s a will, there’s a way).
    意思のないところに解決法はない。
    意思は未来時制の内容であり、日本語には時制がない。
    それで、日本人には意思がなく、解決法が見つけられない。
    自然鎮火を待つのみか。

    耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで、もって万世のために太平を開かんと欲す。
    不自由を常と思えば不足なし。
    座して死を待つか、それとも腹切りするか。
    私の父は、玉砕した。何のお役に立てたのかしら。
    安らかに眠ってください。過ちは繰り返しますから、、、、

    わかっている、わかっている。皆、わかっている。
    ああしてこうすりゃこうなると、わかっていながらこうなった、、、、、
    十二歳のメンタリィティには、知恵の深さが見られない。教養がない。
    わかっちゃいるけど やめられない。ア、ホレ、スイスイ、、、、

    白く塗られた黒いオオカミの足を見破ることは難しい。
    だます人は悪い人。だまされる人は善良な人。おとり捜査は難しい。
    この調子では、人の命はいくつあっても足りるものではない。
    我々は、自らは望むことなく危機に陥る民族なのか。

    http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
    http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

    URL | noga #sqx2p0JE

    2013/03/18 15:57 * 編集 *

    赦されざること

    同意です。分を超え過ぎていますから。
    ただ当方は「憎む」でなく「絶対に赦さない」ですけど。

    日本人は日常的に「我慢する」人の何と多いことか。我慢した結果の不利益が予想出来ない、見えないからでしょう。それが取り返しの付かないこと、結果的に泣き寝入りになることですら、ですからね。

    「我慢」の訳は、例え正当なことでも相手からの報復を怖れる「畏怖」「回避」「逃避」、または声に出して良い、言って良いということを知らない「無知」のようです。で、「みんなが、みんなが」。

    …それでは日本人には無い悪意を持った侵略者に容易く喰われてしまいます、身を守るということを学ばなくてはならないのです。

    URL | スズナ #-

    2013/03/18 16:05 * 編集 *

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