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    原発問題 -The Truth is Out There-

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    岩上安身のIWJ特報 第63号「自民党憲法改正草案は立憲主義に反している~澤藤統一郎弁護士、梓澤和幸弁護士インタビュー」 

    第63号
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                岩上安身のIWJ特報
           自民党の憲法改正草案は立憲主義に反している
            澤藤統一郎弁護士、梓澤和幸弁護士インタビュー
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    2012/12/28
    (IWJ転載許可済み)

     12月26日、衆参両院で自民党の安倍晋三総裁が首班指名され、安倍内閣が正式に発足した。2%のインフレターゲットを掲げた大幅な金融緩和、10年間で200兆円の公共投資を行なうという国土強靭化計画など、デフレ脱却に向けた経済政策、いわゆる「アベノミクス」が注目を集めている。しかし、前号でもお伝えしたように、安倍政権の真の狙いは、間違いなく憲法改正である。

     安倍政権は、来年の参院選までは、憲法、外交安全保障、歴史認識といった、イデオロギー的な方面で本音を出すこと無く、経済政策に集中する心づもりのようだ。そして、参院選でも勝利し、衆参両院で3分の2の議席を獲得した暁には、一気に憲法改正に持ち込もうという腹なのである。有権者は、憲法改正の意図が、安倍政権の中に常に内蔵されていることを、知らなければならない。

     IWJでは、衆院選の投開票を前にした12月12日、自民党の憲法改正草案がはらむ問題点について、NPJの澤藤統一郎弁護士と梓澤和幸弁護士にお話をうかがっていた。

    なお、この日私は、急性のウイルス性腸炎を患ってしまい、予定していたインタビューと、毎週レギュラー出演しているMXテレビ「ニッポン・ダンディ」を欠席することになってしまった。本来ならば延期をするところであるが、事態の緊急性に鑑み、代役として、IWJの平山茂樹記者にインタビュアーを務めてもらった。今回お届けするのは、そのインタビューの模様である。

      本日12月28日(金)、澤藤弁護士と梓澤弁護士に、私が再度インタビューを行なう。14時半からCh1で→http://iwj.co.jp/channels/main/channel.php?CN=1 是非、多くの方にご覧いただきたい。

    ===================================
    ◆日本国憲法は、死者の記憶の結晶である
    ===================================

    IWJ平山記者「みなさん、こんにちは、IWJの平山茂樹です。本日は東京千代田法律事務所にお邪魔しまして、弁護士の梓澤和幸先生。それから、澤藤統一郎先生にお話をおうかがいいたします。先生、よろしくお願いいたします。

     本来でしたら、弊社代表の岩上安身がインタビュアーとしてこの放送をお届けすることになっていたのですが、岩上が昨日、急に体調不良となってしまい、今日は終日身動きが取れないという状態になってしまいました。代役としまして、わたくしが本日のインタビュアーを務めさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします。

     今日は、12月16日の、衆議院選挙の投開票を控えて、話題になっている自民党の憲法改正草案の問題点について、先生方にお話をおうかがいしたいと思います。

     まず、今、マスコミ各社が報じている選挙の情勢としまして、自民党が圧勝するのではないか、過半数越え、あるいは300議席を獲得するのではないか、といったような予測が出ています。

     さらに、第三極と言われる日本維新の会、ここも憲法改正に踏み込んだ発言をしています。例えば、石原慎太郎代表は街頭演説で『自民党と協力して改憲し、そのうえで拉致問題を解決しよう』と発言しています。

     16日の投開票を迎えて、今のこの政治の状況と、憲法というものを考えてみるのに、まずどのような見方をされているかということを、率直に先生方におうかがいしたいと思います。まず澤藤先生から、よろしくお願いします」

    澤藤統一郎弁護士「澤藤と申します。わたくしは大変な危機感を持っています。憲法の危機だと言っても過言ではない。もちろん、憲法は、いつも危機だと言われてきました。2009年に鳩山政権ができて、しばらくは憲法は安泰ではないか、という時期が3年あったと思います。しかしここにきて、危機感が急浮上している。

     実際に今度、安倍さんというたいへん国家主義的な方が大勝して、総理ということになった場合は、本当に日本国憲法が現在の自民党の改正案で発議されるのではないか。かつてない憲法の危機だと言ってよろしいかと思います。

     もうちょっと敷衍しますと、日本国憲法ができた時には、たとえば憲法音頭できたり、花電車が走ったりしました。民衆が新しい憲法、とりわけ、この民主主義と平和主義、もう戦争はないんだということで、しかも戦争をやるような国家体制はもうなくなったということで、たいへん歓迎されたはずなんです。それが、保守体制が確立し、そして冷戦構造と言われる体制の中で、保守政権の現行憲法に対する嫌悪感はずっと顕在化して、たくさんの民衆との戦いの中でようやく憲法が守られてきたという、こういう状況だったと思います。

     わたしは社会を見たときに、一握りの権力、あるいは富める者対多くの民衆という構造で捉えるのですけれど、明らかに日本国憲法は民衆の立場に立ったものです。そして、権力者や富を持つ者にとっては、やや不都合と。そういうものですけれども、いま権力を持つ者、富を持つ者にとってたいへん好都合な風が吹いてきているのではないか。これは、憲法にとっては危機ですし、戦前、私たちが国民として舐めた辛酸の道をふたたび歩きかねないのではないかという意味での、国民の危機でもあるというふうに思っています。

     人類の英知が結集した日本国憲法。それから、戦前のたいへん苦い国民的な体験を反省してできた日本国憲法。その反省が忘れられてしまうのではないか。あるいは人類の英知として到達されたものが捨て去られてしまうのではないか。具体的な内容は後で申しあげますけれども、たいへん大きな危機だというふうに考えています」

    平山「はい、分かりました。ありがとうございます。梓澤先生、お願いします」

    梓澤和幸弁護士「わたくしは、自民党の政見放送で、安倍自民党総裁が語るのを見ました。その中で、強い印象を持ったのは、自衛隊と言っているのではダメだと。軍隊という言葉を使わなければならないと。国防軍と言うべきだと。

     現在、自衛隊と言っているのは、自衛隊法という法律があって、それに基づいて、自衛隊という言葉が使われているわけです。安倍さんの言葉によれば、国防軍法というのを作るつもりなのでしょうか。そうするとそれは、ある種、独特の存在感を持って、この国が変えられるんだなという危機感を覚えました。

     もう一つの危機感は、憲法に96条(*)という条文があります。衆議院と参議院の3分の2の議決がなければ、現在の憲法では、憲法改正を提案、発議できません。ところが、安倍さんは、この96条を2分の1の議決でよろしいじゃないかと。なんで、憲法だけ特別扱いで、3分の2にするんだと。過半数というのが普通の民主主義でしょと。したがって、ここから変えていきますということを言っています。

    (*)日本国憲法第96条 条文:この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
    憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。(Wikipediaよりhttp://ja.wikipedia.org/wiki/日本国憲法第96条)

     私、街頭で、維新の会の旗をさげた議員さんという人がいたので『憲法を変えるんですか?』と言ったら『変えます』と。それで『当面、どうするんですか?』と言ったら、同じく『3分の2を2分の1にするところから変えます』と。『これだけはすぐ言います』と。『ただし、2段階で初めから憲法9条を変えて、戦争ができるようにするということは、今は言いません』という言い方をしていましたね。

     よって、これは例えば、衆議院選挙とか参議院選挙のときに、普通の政党選挙と一緒に、国民投票というのを、憲法を変えたい人が改正を発議して、3分の2を、今度取られて、投票の日にそれをやってくると、これは大変なことになるなと。

     だから、よっぽど、この国の未来。それから、この国というと抽象的だけど、わたくしや妻や子供や孫たちという、そういうふうに自分たちというところで、この問題を引き寄せて考えなきゃいけないんじゃないかなというふうに考えています」

    平山「ありがとうございます。今お話にありましたけれども、戦後、55年体制において、自民党が綱領の中で改憲を掲げ、社会党がそれに歯止めをかける、という構造がありました。しかし、55年体制の終焉にともない、ここにきて、憲法を変えようという力が一気に台頭してきている。その中の一つの主張としてよく言われるのが、戦後の日本国憲法というのは、日本人が自主的に決めたものではないのだ、というロジックだと思います。

     アメリカによって決めてもらった憲法なので、我々が改めて、決め直さなければならない。それでこそ、主体的な国民なのであって、憲法と向き合うことができる。国として自立することができるというロジックが使われるかと思うんですけれども、この点に関して、どのように思われるかということをお聞きしたいです」

    澤藤「率直に言って、そのロジックは色あせて、あまり効果的でないんだろうというふうに思っています。常に、どういういきさつで憲法ができたかという議論があります。その中に、GHQの意向が反映していたことは、明らかですね。しかし、手続き的には、完全に日本の国民が作ったものです。そして、それを日本国民は歓迎した。問題は、その後なんですね。

     誰が変えようとしたか。これは、はっきり言ってアメリカと日本の権力層。あるいは、保守政治家であったわけです。それを、日本の国民は反対して、ここまで守り抜いてきた。社会党が3分の1の壁を作っていたわけですけれども、これは国民の側からの憲法擁護の大きな壁だった。社会党が解体した後も、到底、これは憲法改正発議ができるような状況にはなかった。

     これは、日本の国民の意識が、わたくしには日本の国民の運動によって作られた意識というふうに言いたいわけですけれども、そういう日本国民が日々、選びとってきた憲法であって、それは出自にかかわらず、きちんとした国民に定着した憲法であるということは、わたくしは自信を持って言えると思うんですね。

     とりわけ、この間、憲法9条を守るための国民運動として、9条の会ができました。著名人9名の方の呼びかけで、7千人の全国組織ができて、これがたいへん大きな世論を動かす役割を果たしてきました。そういう意味から言うと、出自よりは、育てが大事。そういう意味では、わたしども国民が育ててきた憲法。

     出自についても、議論はあるわけですけれども、分かりやすく反論するときには,私たちが育ててきた。私たちが選びとってきた。私たちが守り育ててきた日本国憲法である。これを変えようとしているのは、むしろアメリカ側の圧力であり、あるいは保守政治家の圧力なわけですから、それはなんとなく向こうのロジックが合わないんじゃないかというふうに思います。

     前の政権のときに、憲法調査会ができて、それなりの衆参両院で憲法改正が是か非かという議論をしたわけですけども、その時に、今の押し付け憲法論というのはほとんど説得力のある議論として取り上げていません。ですから、今頃なにを蒸し返しているんだというのが率直な印象で、あまり影響はないのではないか。ひとことで言って、私たちがちゃんと定着させてきた憲法だというふうに言えばいいんだろうというふうに思っています」

    梓澤「当時、憲法草案を作る時に、アメリカの側の人たちが色々とGHQなんかのいわゆるリベラル派というのが頑張って作ったというのが歴史の研究で確かに出ています。しかし、なぜあの時に、吉田茂になって、サンフランシスコ条約で独立した時には、政権の側も、国民も、じゃあ俺たち、独立したのだから、憲法を作りなおそうじゃないかという声が出なかったというのは、当時の人たちの、国民として生きていた人たちの記憶というものがあると思うんですね。記憶とはなんぞやと言えば、よく日本人の戦死者300万人と言われます」

    澤藤「310万とかね」

    梓澤「それから、アジア大陸では1千万人以上の人たちが殺害されたと言われています。その記憶とは何かというと、それは人数で言うと、それは、ああそうかという、これ自体、巨大だけど、しかし人々の家族の歴史の中に、自分たちが、父や母がひどい目に遭ったと。私たちの世代の父や母が、具体的にこんなにひどかったと。兵隊に行けば、ビンタをくらって、ガンとやられたとか、母親は子どもに食わせるのがこんなに大変だったと。

     私の場合は、長男が戦争中に、戦争に関係する原因で亡くなってるんですけど、そういう悲しみを繰り返し、繰り返し、聞かされているわけですよ。その巨大な記憶の固まりが、300万、1千万という記憶の固まりが日本国憲法なんですよ。

     だから、それはいわゆる字だけで勝負している人。頭だけで勝負している人は、そういうふうに行きやすいけど、その記憶を辿るに、そんなことはない。それで、さっき出てた憲法9条の会の呼びかけ人の中に井上ひさしさんという作家の方がおられて、非常に面白いものをいろいろ書いてくれた人ですね。

     あの人が言うに、人間というのは、一人の人が亡くなると、長期記憶が失われるというんですよ。その長期記憶。失われたけれども、語りかけてくる人々の長期記憶を私たちはもう一回、復活させる必要があると思うね。

     そして、復活させて、我々の胸の中に、その時に立ちあがってくる気持ちと、いま澤藤くんが言ったような理屈で。石原さんは、『あんなもの』って言うんだけど、とんでもない。なにが、300万人の人たちの命が『あんなもの』ですか!1千万人の人たちの命が『あんなもの』ですか!。そんなことはないと思います」

    澤藤「付け加えて言えば、私はやはり押し付け憲法論であるかどうかはともかく、現行憲法に、あなたはどういう態度をとるんですか、ということが一番大事だと思います。だから、それが今、改正を押し付けようとしている勢力の言いなりになるのか。そうではなく、この憲法が、自分たちの権利や、あるいは生き方にきちんと沿うものであって、これを選びとるのか。本当にどこか直さなければいけないか。そういう問題だと思うんですね。

     だから、私は日々、この憲法を選んでいますと、自信を持って言えれば、それが押しつけられたものではなく、主体的に自分たちが日々、選択している憲法だというふうに言っていいはずなんですね。

     ぜひみなさんに、あまり日々、憲法を意識することのない方にも、ぜひこの憲法の条文などを読んでいただく。あるいは、いろんな事件と憲法とのかかわりを考えていただく。憲法というものが身近なもので、本当に大切なものだという実感を伴うことが一番だと思うんですね。押し付け憲法論というのは、なにか非常にトリッキーな感じがしてしょうがないわけですね。

     私は、経過については、色んな議論があることはさっきも言った通りです。しかし、この内容が本当に、一つは人類の英知の結晶という部分。それから、日本独自の本当に国民の辛酸の中から、この戦争の惨禍を繰り返してはいけない。そのためには人権の尊重や民主主義や、そして軍隊の危険性に警鐘を鳴らさなければいけない。こういう教訓が生かされた、そういう優れた憲法であるということを自覚できれば、日々、それを選びとるという行為ができるはずだというふうに思っています」

    ===================================
    ◆立憲主義とは何か
    ===================================

    平山「はい。分かりました。今お話の中にもありましたように、憲法とは一体なんなのか。そのことを大切だと思う実感が重要だということなんですけれども、憲法にはいったいどういった思想がベースになっているのか。どういう考え方がベースになっているのかということを、知っていく、学んでいくということが大事だと思うんですけれども、その一つに、天賦人権という考え方があると思います。

     それで、最近インターネットのツイッター上で、憲法改正草案を作成した委員の一人でもある、参議院議員の自民党の片山さつき議員が、このような書き込みをしています。

    『国民が権利は天から付与される、義務は果たさなくていいと思ってしまうような天賦人権論をとるのは止めよう、というのが私たちの基本的考え方です。国があなたに何をしてくれるか、ではなくて国を維持するには自分に何ができるか、を皆が考えるような前文にしました! 』

    こういうふうに書いているんですね。

     天賦人権論を、いわば否定するような言い方を、この憲法草案を作った片山さつき議員が言っているわけなんですけれども、そもそも、憲法には、どのような部分で天賦人権という考え方がベースになっているのか。

     それで、片山さつき議員の、この言い方がどのような点で問題なのかということを、憲法に普段、馴染みのないような方にも分かりやすく教えていただければ、と思います」

    澤藤「そうですね。片山さんがおっしゃることは、ずいぶんと本音をあからさまに言ったなという感じがします。つまり、普通はなかなか言えないこと。恥ずかしくて、普通は口にできないことを相当な覚悟で言ったのかなと。なるほど、そういう形で、この日本国憲法改正草案、今年の4月25日に自民党が発表したものが、そういう形ででているんだなということが大変よく分かりますね。こういう発言をしてもらうと、大変ありがたいと言いますか。

     つまり、何が本音なのかということがよく分かります。さきほどから、人類の英知の結晶が憲法に反映をしているのだと申し上げましたけれども、18世紀以来、先進国と言われるところで、あるいは民主主義国家、あるいは自由主義国家と言われるところでは、憲法に基づく統治をするんだということが、常識になったわけですね。

     なぜ憲法を作るのか。どんな憲法を作るのか。憲法の中には何を盛り込むのか。根本的な思想は何か。こういうことをひっくるめて、近代立憲主義という言葉を使います。つまり、憲法を立てて、それに基づいて統治をするというわけですね。

     立憲主義というものの根本的な思想が何かと言えば、私は、これは一人ひとりの人間を大切にするということだと思うんです。一人ひとりの人間の尊厳、これが最高の価値であるという。この考え方がまず根底になければいけない。

     一人ひとりの尊厳というのは、一人ひとりの命であり、健康であり、精神的な自由であり、あるいは経済活動の自由であるわけですね。こういうことを自由にできるということが、一番大切だと。個人が大事にされて、個人の活動が自由にできるということが基本的な価値であるという約束。これが、数学で言えば公理のようなものなもので、ここから出発をしているということが立憲主義なわけです。

     ここに到達するまでは、人類は長い歴史を経てきた。18世紀の末でも、まだ日本ではそこまでも行っていない。19世紀の末にできた日本国憲法も必ずしも近代立憲主義に基づいたものにはなっていない。ここで分かりやすく説明をするとすれば、憲法がもっとも関心を寄せるのは、権力という概念なんですね。

     それは、国家というふうに置き換えてもいい。国家がどうして存在をして、何をすべきなのか。これは、国民の福利、国民の利益、国民一人一人の人権がまっとうされるように、国民主権者が、国家というものを便宜的に作ったわけですね。

     人権、人間一人ひとりが大切だというこれが本当の根本原理である。その人たちが、自分たちの福利のために、国家というものを作るほうが便利だと。そこで、そこに権力を与える。権力者に権力を与えてみんなの人権を調整し、みんなの福利が最高に達せられるように、あなた方プロに一定期間、委託します、というのが、国家を作ったそもそもなわけですね。

     だから、人権は、天賦と言ってもいいし、天の概念じゃなくて、抽象的な概念からは除いてもいいわけですけれども、根源的な憲法価値としては、個人の尊厳というものがある。

     一方、国家というものは、たまたま便宜的にできたものにしか過ぎない。これは暴走するとたいへん危険なものになるわけですね。そこで、憲法というものを作って、こういう手続きで権力の構成はします。しかし、権力はこれだけのことしかできません。これ以上のことをしてはならないという大きな仕組みを作るわけですね。

     これがコンスティチューション。日本語で訳せば、憲法ということになったわけです。ですから、片山さんたちのお考えですと、国家というものが非常に重要視される。国家があってこそ、国民の権利、利益も守られるだろうという考えで、国家を主軸に考えるのか、国民を主軸に考えるのかと。この考えが非常に角逐しているわけですね。

     私たちは、こんなものは当たり前だと。議論するまでもなく、それは個人の尊厳が憲法の出発点であるということは、もうなんと言おうと、殺人罪がどうしていけないんですか?と言われるくらいの、同じレベルで疑問なく、私たちもそういうふうに考えてきたわけですね」

    梓澤「第一次世界大戦と、第二次世界大戦の、まさにさっき言った長期記憶によって、世界中の人たちが、これはなんでヒットラーの過ち、ムッソリーニの過ち、日本の、天皇を含めた日本の軍部の過ち。これをなぜ、誰がこれを許したのかということを、ものすごく哲学的に反省したわけですね。

     それはなにかと言うと、民主主義と言うと普通、多数決ってすぐ行くでしょ。多数決でヒットラーはあの政権を作ったんですから。反ユダヤを煽って。ものすごいヒットラーの髭を思い出すんだけど、最近もあの髭を思い出すような演説が流行ってるけど、その演説の力で、公衆をアジって、多数の力で戦争をやったんですよ。

     日本の軍部も、その時々の政権がちゃんと選挙を経て、支えていたわけですよ。その歴史を鑑みるに、これはなんだと。これは、一人ひとりの多数決を超える命というものの大切さをもっと上に持ってこないと、こういう戦争というのは防げないぞというのが結実して、世界人権宣言というのができたんですね。そして、いまそれは国際人権規約というのに、各国が入って、日本国も条約が入ってます。

     その国際社会に行って、こういう、いま片山さんたちが言ってるような言説を見せると、みんなのけぞると思いますよ。なんだ、ヒットラーの髭が復活してきたのか。日本は変な国だなというふうになりますね。これが一つ言いたいこと。

     もう一つ、さっき質問があったので、憲法のどこに書いてあるというのを。11条に。僕はロースクールに行って、学生にこういう大切な条文を読む時は歌うように読みなさいって言ってるんですけど。歌うように。第11条で、こう言ってます。

     『日本国憲法第11条 国民は全ての基本的人権の共有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在、および将来の国民に与えられる』

    こういうふうに言ってるんですね。これは何かと言うと、現在および将来の国民にと言ってるのは、その時々の多数決は、その時々の多数決で構成された権力は、えてして、戦争のようなひどい過ちもやることがある。えてして、未来を配っている人の個人の尊厳を上から警察の力で抑圧することがあり得る。

     そういう時々の権力者の演説の力だけで、個人の尊厳を奪うことがあってはいけない。これが、僕は澤藤くんが言ってくれた立憲主義の考え方だと思いますね」

    澤藤「現行憲法の中で立憲主義というのは、99条(*)に表れています。

    (*)日本国憲法第99条 条文:天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。(Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/日本国憲法第99条)

     この憲法の名宛人は誰なのかというと、国民ではないわけですよね。主権者国民が作ったもので、その規範が与えられているのは、天皇であり、摂政であり、国務大臣であり、それから公務員であり、裁判官である。つまり、権力に預かる者に対して、主権者国民が、この憲法を守りなさいと。これが国民の人権、人間の尊厳、いま言った11条、あるいは13条(*)を擁護するために、国民に与えられた憲法という構造を示しているわけですね。

    (*)日本国憲法第13条 条文:すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。(Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/日本国憲法第13条)

     ところが、これを今度は日本国憲法改正草案、自民党案というのは、国民に説教をするんですよ。国民に憲法尊重義務を課す。102条でしたか。あたらしい、そういう条文を作るわけですね」

    平山「ちょっと読み上げてみます」

    澤藤「そうですね。お願いします」

    平山「日本国憲法第99条では、このようになっています。

     『天皇または摂政および国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し、擁護する義務を負う』

    つまり、義務を負っているのは、天皇であり、摂政であり、国務大臣、国会議員、裁判官、その他公務員。公の権力を持っている」

    澤藤「権力に関与する、ですね」

    平山「関与する、ですね。それが、自民党の憲法改正草案ではこのようになっています。

     第102条『すべて国民はこの憲法を尊重しなければならない。国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員はこの憲法を擁護する義務を負う』

    このように変わっています」

    澤藤「だから、憲法尊重擁護義務というのが現行の公務員にはありますから、公務員は、公務員になるときに、憲法擁護の宣誓をするわけですね。これはずっと定着をしている。

     ところが、今度は、国民に尊重義務を負わせるというのは、これは立憲主義そのものの構造を理解していないか、立憲主義というものを崩す。

     つまり、憲法というものは、基本的に権力の手を縛る、あるいは足かせとして、人権擁護の防波堤としての役割を作るんだという考え方を突き崩すもの。これは根本的な転換というふうに言ってよろしいかと思います。

     それから、さきほど、国家と国民との間の関係を成立するのは憲法の最大関心事だと。これは、新しく、国旗国歌条項を作るわけですね。これも、動顛するわけですが、今まで、国旗国歌というのは憲法にはない。明治憲法にすらなかったと。

     それを、1999年には、国旗国歌法ができていますけれども、これは国旗は日章旗とする。国家は君が代とする。これだけの法律なわけですね。ところが、尊重するというのは絶対に入れないということで、つまり、そんなことはありませんよ、国民に押し付けることはありませんよという前提で、あの法律ができた。

     今度の自民党案では、第3条の2項に、『日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない』とあります。これはあり得ないと思う。つまり、国旗国歌というのは、国の象徴ですから、国旗国歌イコール日本国ということになります。

     日本国家というのは、日本の国と統治の関係にあるわけですが、つまり、日本の国民に対して、日本国を尊重しなければならない。これは、私は裁判をやっていますけれども、石原教育行政は、国旗や国歌に敬意を表明するということは当然だと言っているわけですね。

     この考え方。つまり、主権者よりも、あるいは国民一人よりも、国のほうが偉いんだと。国が、私に敬意を表しなさい、私を尊重しなさいというようなことを憲法に書き込むというようなことは、国民一人一人と国家とどちらが大切かという原則において、完全に歴史に逆らうものだと言わざるを得ない。そこのところは、非常に立憲主義に対する挑戦として、私は意識しなければならないところだろうと思っています」

    ===================================
    ◆国防軍と集団的自衛権
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    平山「はい、分かりました。具体的に、自民党の憲法改正草案の、条文の内容に踏み込んでいったと思うんですけれども、何点か、ここが問題なんじゃないかというところがあると思いますので、具体的に聞いていきたいと思うんですけれども、まず梓澤先生からお話がありました国防軍の規定が出てますよね。

     丸々、もともと、もちろん日本国憲法の中にはなかったものが、第9条の2で、完全に新設というかたちで国防軍の規定がでているんですけれども、まずこの国防軍を憲法に明記するということの問題点と、自民党の狙い。このあたり、どのように?」

    澤藤「いままで憲法の危機だと言われてきたのは、まさにその9条を巡る危機だったと言ってよろしいかと思いますね。とりわけ9条の2項。9条の1項につきましては、いろいろ議論はありますけれども、とにかく9条2項は、明確に軍隊の存在を否定しているわけですから、これが国威発揚派にとっては、たいへんな邪魔な存在であったことは間違いない。

     これをどうしようかということなわけですから、現在はともかく、すべての国には固有の自衛権がある。その自衛の範囲の実力、装備は軍隊ではない。勢力ではないということで自衛隊の存在は合憲だというふうになっているわけですね。

     これを何とかしたいということは、結局、現在ある自衛隊。たいへん大きな組織でもちろん予算も大変たくさん使っている。ハイテクの装備も完備している。これでは足りないというのは、何が足りないのかと言うと、はっきり言えば、外国に行って戦争をするということは、現在の憲法9条、なかんずく2項があると、これができない。

     外国に行って戦争することが、自衛のためであるというのは、どう理屈をひねり出してもできない。今はだから、できないわけですね。イラクまで確かに自衛隊は行きました。行ったけれど、弾ひとつ撃つことはできない。なにか危ない事があったら、みんなもう中に引っ込んで、穴ぐらの中でやり過ごせという。これは憲法がまだ生きているからなんですね。

     これを何とかしようというふうに考えれば、二つのやり方があるわけで、一つは明文改憲をして、まさにこの9条の2のような形で国防軍にする。これは、自衛のための軍隊というものの、矩を超えて(人の道に外れて。論語の一説『七十にして心の欲するところに従いて矩を越えず』より)、普通の国として戦争ができる。

     戦争ができる、軍隊が持てるというのは普通の国の当たり前の国家であって、軍隊が持てない、戦争なんかしませんというふうに言っているのは、これはもうまさに軟弱きわまる普通ではない国のあり方だというのが、自民党のおっしゃることで、憲法は改正して、国防軍を持つというのは、自衛ではなく、外国に行っても戦争ができるような国づくりをするんだという表明でしかない。

     現在の自衛隊ではできないこと、現在の憲法ではできないことと言えば、そういうことなわけですね。実際にそういう要求は、むしろ押し付けられて、アメリカ軍のほうからあるわけです。そういう要求はある。もし、本当に自主的に、へんな憲法と言うならば、そこは断固拒否せざるを得ないというふうに思います。

     もう一つのやりかた、つまり、名文で9条の2を作るというようなドラスティックなやり方と、もう一つは解釈を変える。その解釈の変え方でいま話題になっているのは、集団的自衛権(*)を認めるというやり方。

    (*)集団的自衛権:他の国家が武力攻撃を受けた場合に、直接に攻撃を受けていない第三国がこれを援助し、攻撃に対して共同で防衛を行う国際法上の権利である。集団的自衛権の本質は、自衛権を行使している他国を援助して、これと共同で武力攻撃に対処するというところにある。(Wikipediaより http://ja.wikipedia.org/wiki/集団的自衛権)

     これが解釈を変えるだけで出来るんだというのが歴代の自民党の考え方で、これに内閣法制局が抵抗しているという、不思議な構図が出来上がっているわけですけれども、集団的自衛権の行使ができるようにするんだということと、明文改憲するんだということがセットになって出てきて、どちらかでも出来ればいいというのが、安倍自民党の考え方だろうというふうに、私は見ています」

    梓澤「よく、いま言われていることの意味。外交的、軍事的な意味について、効果について、言いたいことがあります。

     ひとつの効果は、アメリカが世界中で、アメリカというのは好戦国家ですからね。戦争をやる国ですから、世界中でどこで戦争を起こすか分からない。とくに、当面危険なのは、イランだと思いますけどね。

     イスラエルとイランの関係からいくと、イランが核開発しているという、このあたりのことで、アメリカが出かけて行くときに、日本で戦争をやれない戦力だったら、つまり今の憲法ですね。それならば、政府は出せないわけですよ。アメリカさん、勘弁してください。うちには憲法がありますから、と。こう言えばいい。でも、変わったらいつでもいいから来て下さいよと。こうなるわけですね。

     だから、イラクの時に、限界を守って、なかなかじりじりと鉄砲を持たなかったという、その限界が超えられて、今度は国防軍の兵隊の中に、戦死者、負傷者が出てくるという結果が一つ出てくると。

     二番目。二番目は、中国と、いま日本が抱えている緊張状態。尖閣列島を巡って。これは、両方の国に好戦派というのがいます。中国にも好戦派がおり、あるいはバランスをとる人がいるでしょう。

     ところが、こういう総選挙で次に政権をとるかもしれないと言われているヘッドの人が、こういうことで、軍隊で戦争がやれる日本だということを言えば、いまアメリカが中国との間で、お互いに国債の持ち合いだとか、投資の対象だとか言って、アメリカと中国はドンパチやらないと。

     日本は、そういう好戦政府ってどうなのって。つまり、アメリカと中国が手を握っておいて、日本が軍事的な失敗しちゃうと。そういうきっかけになりかねないんですよ。こういうことを言うことは。

     だから、この放送を誰か保守系の政治家の人が見ていたら、あの中曽根内閣、後藤田官房長官の時に、掃海艇をあっちのほうの海に出すか、出さないかというところで、後藤田さんが、中曽根さん、これは止めてくれと。ああいう知恵を、つまり、リアルな知恵ですよ。

     それは、自分の色々感情があるかもしれない。しかし、政治や外交というものはリアルに、つまり日本国を生き残らせるために知恵を働かせなきゃいけない。アメリカと中国が非常に大国化して、中国が日本を追い越しているという中で、日本を生かしていくという知恵をぜひ、保守政治家の人にも働かせていただきたいなというふうに思いますね」

    澤藤「集団的自衛権というのは、個別的自衛権に対比させられるようですけども、国家はそれぞれが自衛権を持っているかもしれません、そうでないという人もいますけれども、しかし、集団的自衛権というのは、自分が攻撃されたわけではない。しかし、同盟国が攻撃されれば、一緒に戦争ができるという考え方ですよね。

     私は高校2年生の時に、安保反対の声が全国津々浦々に響いたわけですけれども、あんな危険なアメリカと一緒に戦争させられる。巻き込まれちゃたまらんというのが、それが高校生のわたくしにもよく分かった理屈です。

     今度は、憲法レベルで、それをやろうということで、これはたいへん危険なことだというふうに思っています。アメリカの戦争に巻き込まれるという表現が適切かどうかはともかく、もう本当にアメリカの戦争になると、お前も一緒にやれと言われて、それは拒否できない関係になる。そういう危険を感じます」

    梓澤「澤藤くんがさっき言ったことは大事なことね。憲法を変えなくても、集団的自衛権を解釈で認めましょうと。すなわち、アメリカの船がやられたら、いわゆる日本の軍隊だか、自衛隊だかが出ていくと。そういう、出ていかざるを得ないというアメリカの要求を受け入れやすくする。そういう解釈でいきましょうという議論が、憲法の改正とともに、一緒に出てくる。

     だから、憲法を改正しなくても、これでいこうじゃないか、というのもあるわけですよね。そこを注意しなきゃいけないですよ。だから、集団的自衛権というむずかしい言葉の分かりにくいなというところに行かないで、それこそ、アメリカに引っ張りだされると。その危険を見たほうがいいと思いますね」

    ===================================
    ◆緊急事態の宣言
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    平山「時間がそろそろ迫って来てるんですけど。一点、この内容から聞いておきたい部分があるんですけれども、第98条(*)に、まるまる新しくできている緊急事態を宣言することができるというのがあります。緊急事態の発動。これは、まるまる新しく付け加えられているんですけれども、これに関して、お考えをお聞きしたいと思います」

    (*)自民党草案 第98条 条文:内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる

    澤藤「分かりました。私たちが憲法を習った頃ですけれども、人権の尊重というのは普通の憲法。今までの日本国憲法を除いた普通の国の憲法では、無制限には尊重しない。あるときには例外がありますよ、という。それが例えば戦争であったり、あるいは緊急事態であったり。つまり基本的人権の尊重というのは、条件が付けられていた。

     しかし、日本国憲法はそうではない。いかなる場合にも基本的人権は守られる。もちろん、基本的人権の調整原理は働きますから、例えば、消防法だの、災害防止法だの、対処するときには、それなりに例えば、火災が炎上してくれば、一定の家屋の取り壊しもできる、そういうような規定はあるわけですけれども、そんなものを憲法に書く必要はない。

     つまりは、戦争とか大災害の事態に、権力を集中するということが本当に合理的な必要性があると。なんというか、戦争の事態を想定するということがそもそもおかしいし、それから、戦争以外の天災、緊急事態のようなことも、そのときに合理的な理由があれば、それなりの立法で対処することができる。なにもこういうものを( 憲法に)書く必要がない。これも、国家というものの権限を大きくして、人権を制限する。そういう役割を果たしているんだと思います。

     これは3.11以来の、ある程度、政府の不手際があって、それに、そういう事態を奇禍として、突然出てきたものですけれども、憲法の改正の必要などというのは毛頭ない。これは、非常に邪悪な意図を感じます」

    梓澤「これを分かりやすく言うと、法律的に完全に正確かどうか分からないけど、例え的に言うと、戒厳令ですよ。つまり、軍隊や警察が中心になって、裁判権も行政権も把握していくことを可能にしていく。

     前のほうの改憲の条文のところに、軍のことをやる裁判所を作るのがあります。そういうことを考えると、例えば、原発事故が非常に分かりやすいと思いますね。福島原発のようなことがあったときに、例えば原発反対のビラ撒きは禁止。それから、原発の情報を外に流すことは禁止。そういう特別に人権を極端に制限させる機関を作るわけですよ。

     今、例えば逮捕、勾留を23日しか出来ないというやつを、無期限に。そういう秩序自体に反対する者を無期限に制約していくような。アメリカの愛国者法(*)というのをオバマが恒久化したというのを、昨日の会合で堤(未果)さんが言ってたけども、そういうような特別の長期に、そういう活動家を逮捕したら、原発反対の活動家を逮捕したら、ぶち込んでおくというような法律までこの条文によって可能にしていくというような、これはたいへんなことだと思います」

    (*)愛国者法:テロリズムの阻止と回避のために必要な適切な手段を提供することによりアメリカを統合し強化する2001年の法。2001年10月26日に米国大統領ジョージ・W・ブッシュが署名して発効したアメリカ合衆国の法律である。

    平山「例えば、この憲法が日本国憲法にとって代わった場合、3.11のような原発事故があったとして、緊急事態というものが発令されて、政府から情報がまず下りてこない。政府に対して、デモをしたり、抗議をしたり、原発反対の運動をしたり、こういうものが一切禁止?」

    梓澤「一切というか、一応の理屈をとってバランスとれたふうにしながら、ちゃんとそういう集会の自由やデモ行進の自由を制限していくような。極端に制限していくような」

    澤藤「いま、梓澤くんの十八番のところだけど、関東大震災があったときの、日本の軍隊の内務省がなにをやったのかというのを考えてみれば、非常によく分かることだと思います。

     あのなかで、本当に朝鮮の方が当時2万人いた人のうち、9千人が殺されたのではないか。あるいは、6千人という説もありますけれども、そういうことが本当に行なわれる可能性が。そういう事態を作りだそうと思えば、国家はできるわけですね。それが、戒厳令というのもそうですけれども、なにか事態のときに、全面的に人権は停止。国家権力が好きなことができるという、こういう条項は本当に危険なことだというふうにわたくしは思います」

    ===================================
    ◆憲法改正は百害あって一理なし
    ===================================

    平山「はい。分かりました。そろそろお時間ですので、最後のまとめをさせていただきたいと思うんですけれども、いまお話にあったように、自民党の憲法改正草案は、明確に立憲主義に反した憲法の改正草案になっているわけですよね。

     本来であれば、国家というのは方法、手段であるべきところが、完全に目的化してしまっている。権利と義務がワンセットになってしまっている。義務を果たさなければ、権利は与えられないという形になっているわけですよね。

     このような、明確に立憲主義に反しているような憲法を、果たして自民党は、確信犯的に出してきているのかどうか。そのことに対して、選挙が迫っているんですけれども、私たちはこれから投票をする立場として、どのような態度で、どのような意識で臨んでいけばいいのかということを、最後にまとめとしてお話頂ければ、と思うんですけれども」

    澤藤「私は、国民に説教するような資格も立場でもありませんけれども、やっぱり基本は、本当に私たちの一人ひとりの命や生活や、あるいは精神的な自由が大切だと思う方は、憲法改正は反対をせざるを得ない。いま立憲主義のことを言いましたけれども、立憲主義のもとに日本国憲法は人権、民主主義、そして恒久平和、この三つが三本柱だと言ってますけれども、この三本柱のすべてが、これはないがしろにされてしまう。そういうことについては、危機感を持たないといけない。

     確かに、これは自民党の本音だと思います。できればこうしたい。しかし、なかなかこうできなければ、ここから少し降りて、どこかのところで妥協して、憲法改正案の発議をするということはあり得るんだと思いますけれども、本音がここにあるということは、国民はきちんと耳に入ったうえで、憲法改正には反対。権力を持たない人、あるいは富を持たない人には、この憲法改正は百害あって一理なしというふうに私は考えます」

    平山「分かりました。じゃあ、お願いします」

    梓澤「一番大事なことは、この条文に盛られている情報ですね。この情報が伝えてくるリアリティ。アメリカに引っ張り込まれる。戦争に引っ張り込まれるだとか、それから、人々の自由が根底的に破壊されそうだというようなことを、自分の腹の中に引き寄せて、自分がこの国の主人公ですから。

     一人ひとりが。政治家たちが主人公じゃなくて、自分たちが主人公だとすれば、その主人公であることに、干渉してくる勢力と、きっぱりと心の中で決別をして、頭を研ぎ澄まして、一歩、行動に踏み出すと。選挙だけじゃなくて、行動に踏み出すというところまで、私は一緒に歩みたいですね」

    平山「行動というのは、具体的にどういったことですか?」

    梓澤「例えば、原発反対のデモが1960年の安保から初めて、あそこから数えて初めて何十年という、全国で見ればずいぶんたくさんの人が、普通の人が、買い物に行くような気持ちで、子どもの手を引いて、デモ行進に出たと思うんですよね。

     これは自分のためでしょ、子どものためでしょ、という大きな物語を描いて、じゃなくて、自分の家庭のことや、自分の幸せに結び付けて、こういう問題を考える。僕は、20代30代のおかあさんたちにそういう姿を今回は見ましたね。これは頼もしい。

     こういうたいへんな、たいへんな災害があり、原発問題があり、たいへんな、たいへんな苦難だったけども、この苦難がなければ、見ることのできなかった希望なんじゃないかなというふうに思います」

    平山「はい。分かりました。ありがとうございます。やはり、最低限、まず読んでおくべきですよね。必ず。この自由民主党の日本国憲法改正草案なんですけれども、こちらは自民党のホームページで誰でもダウンロードすることができるようになっています。自民党案と現行憲法との対照表がついていますので、こちらをぜひみなさんにご覧いただいて、一度、目を通していただければと思います。それでは先生方、今日はどうもお忙しい中、有難うございました」

    澤藤、梓澤「ありがとうございました」

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