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    原発問題 -The Truth is Out There-

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    岩上安身のIWJ特報 第92号「自民党憲法改正草案についての鼎談・第5弾」(2) 

    第92号
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                 岩上安身のIWJ特報!
      自民党の改憲の先にあるのは、行政による制限と明治下の家制度の復活
          ~自民党憲法改正草案についての鼎談・第5弾(2)
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    (IWJより転載許可済み)

    【鼎談・第5弾(1)からの続き】

     23条の「学問の自由」には、ただ学ぶ自由だけでなく、「大学の自治」や小中高校の教職員が持っている「教育の自由」も含まれる。

     安倍政権はそうした「教育の自由」をどう変えようとしているのか。第一次安倍内閣は、2006年12月に教育基本法を改正した。教育の目標として「愛国心」などの言葉を新たに入れ、自主的な教育ではなく、行政主導の教育へと法の性格を変えた。

     鼎談の続きでは、この教育基本法を例として挙げながら、自民党が目指す「教育」の姿を批判している。また、最後に自民党改憲案の24条と大日本帝国憲法とを比べながら、自民党がもくろむ「家制度の復活」について断じている。


    ===================================
    ◆ 教育行政の「不当な支配」がまかり通る現実
    ===================================

    【現行憲法】

    第26条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

    2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする


    【自民党憲法改正案】

    第26条 全て国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、等しく教育を受ける権利を有する。

    2 全て国民は、法律の定めるところにより、その保護する子に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、無償とする。

    3 国は、教育が国の未来を切り拓ひらく上で欠くことのできないものであることに鑑み、教育環境の整備に努めなければならない。

    ──────────────────────────────────

    澤藤「私は、26条は、大変素晴らしいものだと考えています。かつて教育とは、国家が『忠良なる臣民』である心得を教えこむことでした」

    岩上「『忠良なる』とは、つまり『忠実でよい』ということ、国家にとって都合がよいということですね」

    澤藤「大日本帝国憲法の発布勅語には、『忠良なる臣民』という言葉が出てきます。明治は、天皇が神であり神の子孫であって、神聖にして侵すべからずという存在だったことをまず徹底的に叩きこまれました。一種の宗教ですが、そういうことが行われていました。そして、誰もそれに異議を挟む者はいませんでした。

     ところが、現行憲法はそうではなくて、教育を受けることが『権利』になりました。ここで大切なのは、教育の内容を決める者は国家ではない、という大原則があることです。


     国家は、明治維新から敗戦までの87年間、間違ったことを教え続けてきた。天皇制に寄りかかり、『天皇は神様だ』ということから始まる教育を受けさせた。そして、中高で国家に対する、あるいは、天皇に対する忠誠を教えてきました。

     そうした間違いを繰り返させないために、教育の内容は国家が決めてはならない、ということが大原則なわけです。では、それを誰が決めるのかと言えば、教師集団であり、国民です。国民とは、父母であり、地域であり、そこから委託を受けた専門家集団である教員、教師集団が決めるということです。

     一方、国家や地方自治体は何をするのかと言えば、教育条件の整備をすることです。予算を組み、人を募集し、学校敷地を買い取り、制度を決める。これらを、国家や地方自治体はしなければならない。しかし、教育内容に介入してはならない。これは、実は大変重要なことなんです。

     第一次安倍内閣のときに教育基本法が変わってしまい、以前は10条1項にありましたが、今は16条に移行した『教育行政』というものがあります。移行はしましたが、原則は守られています。教育基本法にはいろいろな基本法がありますが、制定当時文部大臣だった田中耕太郎(※25)は『根本法』という言葉を使いました。

     つまり、それが基本法の第一号です。教育基本法は、憲法の教育に関する条項の一部を譲り受けて作られているわけで、その意味では准憲法なんです。そこに『手を付けられた』ということが、大変嘆かわしいことです。この旧教育基本法は読んでいると、涙が出るほど素晴らしい条文です」

    (※25)田中耕太郎:1890年生~1974年没。鹿児島生まれの法哲学者。東大卒業後、同大学の助教授を経て、23年に教授に就任。1946年の第1次吉田内閣のときに文部大臣を務め、教育基本法制定に関わった。


    岩上「おっしゃっていることが、中江兆民(※26)みたいですね。『泣いて読むルソー』(※27)のような」

    (※26)中江兆民(なかえちょうみん):1847年生~1901年没。高知出身の思想家。長崎、江戸でフランス語を学び、その後フランスへ留学。帰国後、フランス学の私塾「仏蘭西学舎」を開校し、語学や思想史などを教えた。その中でも、ジャン=ジャック・ルソーを日本に紹介した功績は大きく評価され、「東洋のルソー」とも呼ばれる。

    (※27)「泣いて読むルソーの民約論(泣読蘆騒民約論)」:肥後(熊本)出身の宮崎八郎(1851年~1877年)が読んだ漢詩。八郎が、中江兆民が訳したルソーの「民約論」を初めて読んだとき、あまりの感動からつくったもの。本を読み終えるや、八郎はルソーに傾倒し、「これぞ自由民権のよりどころ」と叫んだといわれる。
    (出典:「熊本県観光サイト なごみ紀行」http://kumanago.jp/

    澤藤「南原繁(※28)という東大総長は、教育基本法制定のとき、『これは永遠普遍である。なぜならば、これが真実だから』と言っています。ですから、これは変えようがない。だから、安倍ですら根本的には変えられなかった、と見るか、それですら手を付けられてしまった、と見るか。

     しかし、根本的に変わっていないと言えば、変わっていないんです。根本的ならざるところで変わっている、とは言えますが。

     重要なのは、基本法16条の『不当な支配』というところです。『教育は、不当な支配に服することなく』と言っています。まず、『教育と教育行政はまったく違う』ということをご理解いただきたいと思います。

     教育というのは、教育の内容のことであり、教育の進め方のことです。これに教育行政が介入してはならない。誰が不当な支配をするのかと言えば、第一は公権力、つまり行政です。行政は教育に介入してはならないし、不当な支配をしてはならない。

     どこまで介入をすれば不当な支配になるのか。これが、教育法学のAでありZであると言っていいと思います。ですから、『旭川学テ』の判決は、基本的には、非常に真面目な大法廷判決なのですが、一方で、非常に玉虫色なのです。

     なぜなら、『行政権力は教育への介入はできない』とは言っていない。教育の機会均等や、全国の教育水準の統一ということに関して、必要な限りでは、大綱的な基準において教育内容に介入することは可能である、と言っています。謙抑的でなければならないということも、非常に明確に言ってはいますが。

     しかしながら、最終的には、1審、2審で無罪だったものを逆転有罪にしています。その点では、私たちは若い頃、『反動判決だ!』と言っていました。しかし、今読み返してみると、大変真面目に書いてある判決であることに間違はないと思います。

     ですから、『行政権力は基本的には教育内容には介入しない』ということが、一番大切なところですから、26条をお読みになるときにはそこにご留意いただければと思います」


    (※28)南原繁(なんばらしげる):1889年生~1974年没。香川県出身の政治哲学者。東京帝国大学の最後の総長であり、東京大学の初代総長。教育基本法案作成の際、中心的役割を担った。南原は、その著書『日本における教育改革』(1977年)の中で、「今後、いかなる反動の嵐の時代が訪れようとも、何人も教育基本法の精神を根本的に書き換えることはできないであろう。なぜならば、それは真理であり、これを否定するのは歴史の流れをせき止めようとするに等しい」と述べている。


    岩上「そして問題になるのは、自民党改憲草案の新設されたところですよね」

    梓澤「細かいところなのですが、現行憲法の26条第1項では『ひとしく』となっています。しかし、自民党の改憲草案では、漢字で、『等しく』となっています」

    岩上「これは同じ意味ではないのでしょうか」

    梓澤「私はこう読んでいます。文学的かもしれませんが、ひらがなの『ひとしく』は、漢字をあてるとすれば、平均の『均』です。すなわち、それは『普遍的に』という意味だと思います。『均しく』とか『あまねく』とか。

     つまり、澤藤さんがおっしゃったように、『教育を受ける権利は基本的人権である』ということ。その基本的人権を、さらに強調して、普遍的に均しく。つまり、『平等』ということと『普遍的に』という両方を含んだ、美しい言葉として読んでおきたいと思います」

    岩上「なるほど。そうすると、漢字の『等しく』になると、『普遍的に』というニュアンスよりも、『平等』という意味が強調されている気がする、ということなのでしょうか?」

    梓澤「一応『差別のない』という意味にはなるとは思いますが、私は意味が違うのではないかと思っています」

    岩上「『ひとしく教育を』というのは『平等、もしくは普遍的』という意味を含んでいる。しかし『等しく』というと、意味が変わってくる。なるほど。言われなければ気が付きませんね」

    澤藤「それは私も気が付きませんでした。せっかくですから、もうひとつだけ。26条についてはたくさん言いたいことがありますが、やはり、戦後改革には、政治改革、経済改革、社会改革といろいろありましたが、とくに、この教育改革は、非常に重要な位置を占めていたということをもう一度よく考えるべきだと思います。おそらく、もう私ぐらいが教育勅語(※29)を言える最後の世代かもしれません」

    (※29)教育勅語(教育ニ関スル勅語):1890年、明治天皇によって発せられた、日本の教育基本方針を示した勅語。この中には、「親孝行」や「夫婦の和」、「学問に励む」、「国家の非常事態には天皇と国に命を尽くす」などの12の徳目が記されている。1948年に廃止された。


    岩上「先生は何年生まれですか?」

    澤藤「1943年生まれです。教育勅語の中には、12の徳目があると言われています。その最後から2番目の『11.國憲ヲ重シ、國法ニ遵ヒ(こっけんをおもんじ、こくほうにしたがい)。そして最後の『12.一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ(いったんかんきゅうあればぎゆうこうにほうじ)天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ』(てんじょうむきゅうのこううんをふよくすべし)』と書いてあります」

    岩上「『天壌無窮』というのは『比較するものがない』という意味でしょうか?」

    澤藤「『天と地と永遠に続く』という意味です。『扶翼』は、翼賛の『翼』と、助けるという意味の『扶』です」

    岩上「助けるという意味でしょうか?」

    澤藤「そうですね。『爾臣民』と呼びかけ、『克ク忠ニ克ク孝ニ、億兆心ヲ一ニシ』から始まります。要するに、天皇が臣民、家来に対して、お説教を垂れている。つまり、国家が教育の内容を決め、しかも、天皇大権として天皇が決めることに疑いの余地がありませんでした。

     これを中央が決めれば、全国にいる官選の知事から、地方長官、学校長に同じ訓導を伝える伝声管としての装置ができていたことについても、誰も疑問に思わなかったわけです。どこかで決めたことが、全国一億人に、瞬ときにして届く体制ができていた。

     そして、『忠良な人民を作る』ということが、教育の目的だった。これが戦前の教育でした。しかし、教育とは、そういうものではありません。それに替わるものが、1947年の教育基本法です。この前文を読むと涙が出ます」

    岩上「では前文を紹介します。

    『われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。

     われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。


     ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する』

     やはり、ついこの間までの時代というものを徹底的に批判して、そして新たな理想的な世界を開こうという、意志、気迫みたいなものが文章にみなぎっていますね。

    『第1条(教育の目的)

     教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない』

     よく、自民党の議員などが教育基本法の話をするときに、『自己の権利だけを主張するエゴイストを産み育てた』と言う場合がありますが、これを読む限りそうではないと思います。この教育基本法は、権利と義務・責任が、バランスのとれた内容になっていると思います」

     続いて、10条1項。

    『第10条(教育行政)1項

     教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。2項 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない』」

    澤藤「つまり、教育行政のすることは教育条件の整備であって、内容には本来触れてはならない。それは、不当な支配に当たるということなのです。それなのに、『日の丸、君が代に敬意を表しろ』『式で日の丸に対して起立をして、正対をし、君が代を歌え』などということが、教育の一環として行われるわけですから、私は、これは不当な支配だと信じて疑わないわけです。同様のことを言った下級審判決がなくはない(※30)のですが、最高裁はそこまで踏み切ってはくれなかった」

    (※30)東京都教育委員会が「日の丸・君が代」を強制する通達を出したことは違法であるとして、都立学校の教職員ら401人が、東京都と東京都教育委員会を相手に起こした裁判で、2006年9月21日、東京地裁は、原告の主張を全面的に認める判決を言い渡した。判決では、この通達が教育基本法第10条の「不当な支配」に該当し、教職員には憲法第19条の思想・良心の自由に基づいて起立・斉唱を拒否する自由がある、とした。


    岩上「そうすると、自民党の改憲案、26条第3項の新設部分は、教育基本法にのっとるような話だと思いますし、その根拠をあらためて示すものだと思います。しかし、どうしてこれを新設しなければならなかったのかという疑問がわいてきます。

     『教育は国の未来を切り拓く上で』ということは、国の未来のために国民がある。つまり国家のために国民がある。目的と、その目的に従属する存在になっているとも感じられます。この新設の第3項は、どのような意味があるのでしょうか?」

    澤藤「おっしゃる通りだと思います。『鑑み』までの第1文がおかしいと思います。その後の『教育環境の整備に努めなければならない』というのは、今までは『教育条件』という言葉を使ってきたのですが、これは当たり前のことです。

     そして、本来なら、『国は教育内容には携わってはならない』あるいは『抑制的でなければいけない』と書いてあればそれなりなのですが、そうしていない。『国の未来を切り拓く上で』という部分がひっかかります。やはり、国民や一人一人の権利の問題として教育を扱うというよりも、国や国家、あるいは国民集団、ナショナリズムを見て取ることができると思います」

    岩上「そうですね。この憲法鼎談の初めの頃に、立憲主義についてお話ししていただきました。『近代立憲主義とは、国民の側が支配者である』と。そうすると、『国家が未来を切り拓いていく上で、国民に対する教育は欠くことができないもの』とするならば、これは、やはり向けているベクトルが逆になっていると感じます」

    澤藤「国の未来より、国民一人一人の人格の開花の方が重要だろうと思いますので、少しベクトルが違います」


    ===================================
    ◆ 自民党は「家制度」を復活させようとしている
    ===================================

    【現行憲法】

    第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

    2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。


    【自民党憲法改正案】

    第24条 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。

    2 婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

    3 家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

    ──────────────────────────────────

    岩上「次に、24条にうつりたいと思います。戦前は、男性・女性それぞれの合意で行われる結婚が、まったくなかったとは言いませんが、少なかった。強いられた結婚もありました。それを戦後は、『婚姻は個々の合意によって成立されるべきだ』、あるいは『男性も女性も同等の権利を有するんだ』などということが明記されています。

     このようなことは、明治憲法には書いてありません。現行憲法には、男女の平等が明記され、婚姻は両性の自由、つまり、親の恣意によって決められるなどということはあってはならない、とはっきりと打ち出されていると思います。

     この部分も、明治憲法という非常に不平等な憲法と大きく異なります。明治憲法の不平等性は、国家と国民の非対称性、男女の非対称性や不平等性ということが言えます。そして、自民党の改正草案の第24条は、1項として新しく『家族』に関することが新設されています。ここを見ると、昨今の自民党の憲法改正の動きについて、9条だけを見て『良いことだ』と言っている人たち、特に女性に、『本当によいのですか?』とお伝えしたいと
    思います。

     話が飛ぶようで申し訳ないのですが、実は、安倍晋三総理は、国際勝共連合(※31)や統一教会(※32)などに祝電を送ったりしていると言われています。そして、父である安倍晋太郎氏や、祖父の岸信介氏も、統一教会や国際勝共連合と深い関わりがあったと言われています(※33)。これはある程度は事実だと思います。それだけならば、『だから、彼は政治家としてだめだ』などという話でもないのですが、驚いたのは、国際勝共連合のホームページに出ている『自主憲法制定運動』というところです。

     ここに、『自主憲法制定における要点』として、ポイントをいくつか挙げているのですが、これが、自民党の改憲案と実によく似ているんです。似ているだけではなく、とくに目を引いたのが、『反共』と言っている点です。

     そして、『新憲法の前文は、日本の国の成り立ち、国柄や国のかたちを明示し、歴史と伝統をふまえたものとするべき』などの記述や、家族条項の部分には『家族は大事だ』などとも書かれています。

     さらに、国防のことも書いてあります。国防と言いながら、『集団的自衛権の確立』とも言っています。『集団的自衛権の確立』ということになれば、日本が単独で、自分たちの軍隊の統帥権を持つということではなく、結局、米軍の下請けになっていくという話です。ここに本質が現れていると思います。米国の影響下のもと、米国に追随していく国家になっていくことになると思います。

     教育の再生も書かれています。『教育、既婚、愛国心を植え付けろ』と。『家庭』という言葉を何度も使い、『ジェンダーフリーは制定阻止』『男女平等ということを掲げているような条例は阻止』などと主張している。

     しかし、男女平等に反対ということは、どういうことなのかわかりません。統一教会は合同結婚式をしていますから、そこに関連して響き合うものがきっとあるのだろう、とは思うのですが。これは少し注意を払って読まなければならないと思います。

     家族の尊重は、悪いことではありません。しかしなぜ、こんなに国際勝共連合と自民党の改憲案が似ているのかが、非常に気になります」


    (※31)国際勝共連合(こくさいしょうきょうれんごう):1968年に「世界基督教統一神霊協会(統一教会)」の教祖である文鮮明氏が創設した反共産主義の政治団体。自主憲法制定運動を行っており、「国柄」や「歴史・伝統」に重きを置き、家族条項の策定や、自衛隊の軍事力保持の明示などを目的に掲げている。

    (※32)統一教会(世界基督教統一神霊協会[せかいきりすときょうとういつしんれいきょうかい]):1954年に韓国・ソウルで創立されたキリスト教系の宗教団体で、世界194カ国に教会員が存在している。創始者は文鮮明(ぶんせんめい)。

    (※33)安倍家と統一教会との関係: 2006年6月13日付のしんぶん赤旗によると、同年5月に開催された統一協会の集団結婚を兼ねた大会に安倍晋三官房長官(当時)ら自民党幹部が祝電を送っていた。また、2013年5月16日に岩上安身がインタビューした有田芳生参院議員によると、安倍総理の祖父である岸信介は、渋谷にある日本統一教会の本部で講演したこともある。(岩上安身による有田芳生議員インタビュー http://iwj.co.jp/wj/open/archives/79170


    澤藤「24条は、注目すべきところだと思います。ここはいろいろなことと関わっていますから。戦前回帰的な保守主義と非常に親和性を持った条項です。端的に言えば、『家制度(※34)の復活』と言ってよいと思います」

    (※34)家制度:1898年(明治31年)に制定された民法で採用された家族制度。家を戸主と家族から構成されているものとし、戸主には家の統率者として身分が与えられ、家族の入籍・婚姻に対する同意権や家族の居住指定権、あるいは家族の保証人となる権利義務などの機能を有していた。


    岩上「家制度や家父長制については、具体的にどういうものだったのか、世の中のほとんどの方は戦後生まれですから、わからない人が多くなってきています。少し説明していただけますか?」

    澤藤「これは儒教から来ていると言われています。儒教の『大学』(※35)という書物の中に、『修身斉家治国平天下』という言葉があります。『修身』とは、自らを修めること。『斉家』とは、家を整えること。しかるのちに、『治国』、つまり、国を治め、そして天下が平らぐと。

     つまり、ここで言われている『家庭の秩序』ということが、国の秩序のモデルなんです。もう少し端的に言えば、国という単位での身分制度は家庭の中の身分制度と相似形のものだ、という考え方です。

     つまり、家長が家長として待遇を受け、俗な言葉で言えば、威張っていられるということです。家庭の中の身分秩序は、国の中での階級秩序の維持そのまま、ということに繋がるわけです。

     先ほど、教育勅語の話をしましたが、その中に、『我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ』とあります。『忠』と『孝』が基本です。『孝』とは、親孝行の『孝』。『親に孝』という家庭の道徳は、押し付けというだけでなく、人間の本性に根ざしているという強みを持っています。

     誰でも、親には孝したいと思いますよね。しかし、それを道徳化やモデルにして、主君への『忠』にそのまま引き写すことになるわけです。ですから、『子どもは親に孝をするごとく、君主に対して忠の態度でいなさい』と。家庭が君主制度のモデルになっているわけです。

     とりわけ、家庭の中では、父子関係もあるし、夫婦関係もある。『父子に親あり、夫婦に別あり』というのが五倫(※36)などにあります。『親あり』とは、親しむの『親』です。夫婦は別ありなのですが」

    (※35)大学(だいがく):中国、儒教の経典の一。一巻。もと「礼記」の中の一編であるが、宋代に四書の一つとされて重視された。身を修めることから天下を治めることに至る治世の根本原則を述べる。(出典:三省堂『大辞林』)

    (※36)五倫(ごりん):儒教において、5種類に整理された人間関係、すなわち父子、君臣、夫婦、長幼、朋友。またそれぞれの関係の間でもっとも重要とされる徳、すなわち親、義、別、序、信を含めていう。古く『書経』舜典(しゅんてん)に「五教」の語があり、聖王の権威に託して道徳の普遍性を求め、これを体系化する試みがみえるが、孟子(もうし)が「(舜)契をして司徒たらしめ、教ふるに人倫を以てす。父子親有り、君臣義有り、夫婦別有り、長幼序有り、朋友信有り」(滕文公(とうぶんこう)上篇)と述べるに至り、「五倫の教え」として確定した。(出典:小学館『日本大百科全書』)


    岩上「『別あり』というのは、どう解釈したらよろしいのでしょうか?」

    澤藤「一緒ではないということです。続いて『長幼の序あり』と続きます。このように、家庭という身近なところで、それぞれの立場や地位が固定化されることによって、それが忠義の形に引き写される。こういう原型の中で、女性は家制度に縛られていたわけです。戦前は、例外もありましたが、女性は民事的には『無能力者』でした」

    岩上「『自分で財産を持てない』『財産の処分権もない』ということですね」

    梓澤「取引主体になれない、ということです。もちろん選挙権もありません」

    岩上「ものとして扱われるに等しいことですね。私は、家制度については、家族から聞いたことがあります。私は昭和34年生まれですが、両親が大正ひとケタ生まれでした。そして、その兄弟である叔父や叔母がおり、『昔はこうだった』という話をたくさん聞いていました。それでも、わからないことがたくさんありました。

     あるとき、先祖供養の必要があり、お墓を再建するときに先祖の戸籍謄本を取りました。そうしたら、戸籍のところに『戸主』という欄が本当にあったんです。

     その欄を見たときに、『こういう制度だったのか』という驚きがあったんです。つまり、単に『あなたはリーダーですよ』という言葉として、『家長』や『戸主』と言われていたわけではなく、制度としてあった。

     私の曾祖父が引退するときに、生きているうちに家督を譲る、ということで、戸籍が改められ、『○月○日、その息子が戸主になった』と書いてありました。こうした、その家族が戸籍の中に引き入れられていくという制度なのだ、という驚きがあったんです。

     両先生方は、『そんなことに驚いているのか。無知だな』と驚かれるかもしれません。しかし、今、これをご覧になっている、50代以下の方はそういう制度をまったく知らないと思います」

    澤藤「そうですね。戦前、家族というものは、男性にとって女性を支配するために都合のよい制度であったというだけでなく、社会の単位として、家族内の身分秩序が、国、あるいは国を支える社会の秩序になっていたのです。現行の憲法秩序とはまったく違うものであり、基本的人権の観念には入らないものだったと思います。

     その家族制度を壊すことによって、個人の人権、とりわけ女性の人権が確立していきました。それなのに、自民党の草案では、再び家族を社会の自然かつ基礎的な単位として復活させようとしています。これには、非常に大きな抵抗感を感じざるを得ません」

    岩上「つまり、自民党の改正草案24条第1項『家族は自然かつ社会の基礎的な単位として、尊重される』には、家族が社会あるいは国家のモデルになっていくということが含まれている、ということですね。


     しかし、2項と3項はあまり変わっていません。現行憲法にもある『男女平等』が明記されています。もしかしたら、1項と2・3項の間には亀裂や矛盾があるのかもしれません。あるいは、今回の改定案ではこのままにしておき、将来的には変わってく可能性があるのかもしれません。どう思われますか?」

    澤藤「これは、誰が見ても戦前の家制度を想起させる文言になっています。『自然』という言葉にも非常に引っかかります。つまり、家族がある。一夫一婦制で子どもが生まれる。これが自然だ、と書いてあるわけです。しかし、現実はそうではありません。たとえば、『両性の合意』ではなく、『同性の合意』でもよいわけですよね。婚姻制度をそうしてもかまわないと思うのですが」

    岩上「確かに、現行憲法には同性愛者の権利は書かれていませんね」

    澤藤「それに、男性と女性から子どもができるということを、『自然だ』と言われてしまうと、シングルマザーに育てられたお子さんは、『それは自然ではない』という否定的な評価を受けざるを得ない。こうした問題を克服しよう、とさまざまな努力がされ続けてきたのに、それをまた元に引き戻そうとする、非常に保守的な文言だと言わざるを得ません」

    岩上「私は今、一人暮らしで、シングル世帯です。しかし、この改憲案の『家族』とは、誰かと一緒に暮らしていなければならないというように取れます」

    澤藤「おっしゃる通りです。今、学校の教科書にも同様の問題が起きています。家庭科の教科書の検定が非常に厳しく、例えば、挿し絵などで、父親がいて、母親がいて、子どもが食卓を囲んでいるという姿が標準ですよ、と教科書の中で植えつけられるわけです。

     しかし、現実には、親がシングルの場合もありますし、離婚をしている場合もあります。死別もあります。あるいは、婚姻した夫婦でないところから生まれる子どももたくさんいるわけです。そういうものは、非標準的だ、自然ではない、などと憲法で言ってはならないと思います。それは人権の思想に反することだと思います。その意味で、この草案はどうしても承服しがたい。


     また、『家族は、互いに助け合わなければならない』という文言は、自助・共助・公助のうち、公助をできるだけ減らして自助努力をしなさい、家族で責任をもちなさい、ということに必ず使われると思います。

     確かに民法では、『生活保持義務』があります。夫婦でも対立することがありうるわけですから、その時の裁判規範として、そういう条項が必要なわけです。民法の世界では、平等な者同士の権利関係として、『扶助義務』を使います。しかし、憲法に書くとなると、国が国民にお説教することになります」

    梓澤「生活保護の制限のための理屈に使われるわけです」

    岩上「そうですね。すでにそういうキャンペーンが、大変、猖獗(※37)を極めています。


     改めて、男女の平等についてですが、自民党の草案では、一見、2項と3項で保たれているように見えます。しかし、先々の96条の改定も含めて、繰り返しの改定ということを考えますと、もしかすると『家制度の復活』のようなことが想定されているのではないでしょうか?」

    (※37)猖獗(しょうけつ):悪いものがはびこって、勢いを増すこと。


    澤藤「例えば、夫婦の選択的別姓が10年前からの課題になっています。法制審議会は通っていながら、法案としては成立しない状態が続いています(※38)。私たちは、選択的夫婦別姓は当然だと思っていますが、この自民党改憲草案は、その流れに対する大きな牽制になりますね。女性も、子どもも、それから、男性も、この条項を許してはならないと思います」

    (※38)夫婦別姓の問題:日本の民法では、婚姻時に夫または妻のいずれか一方が、必ず氏を改めなければならない(民法750条)。その場合、男性の氏が選択されることが圧倒的に多いが、女性の社会進出などに伴って、改氏による社会的な不便・不利益が指摘されており、選択的夫婦別氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度)の導入を求める意見がある。現在、民法750条改正の是非を争点とする論争が続いている。

     2013年5月29日、夫婦別姓を認めていない民法の規定を改正しないのは憲法違反として、東京、富山、京都在住の男女5人が国に計600万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が東京地裁であり、石栗正子裁判長は「夫婦がそれぞれ婚姻前の姓を名乗る権利が憲法上保障されているとはいえない」として、原告側の請求を棄却した。(出典:2013年5月29日「産経ニュース」http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130529/trl13052911460001-n1.html


    岩上「話を少し戻しますが、国際勝共連合の自主憲法と、自民党の憲法草案が極めて似ていること、特に家族条項が似ているのですが、これに関してどう思われますか?」

    澤藤「私にとっては意外でした。私は、自民党はそんな極右団体と肩を並べていることを潔しとしない大政党だろう、と思っていましたから。そして、自民党自身も『国民政党だ』と言ってきたわけです。

     必ずしも右のウィングだけでなく、福祉などにも目配りをしていますよ、ということで国民の支持を得てきたはずなのです。それがいつのまにか、右ウィングだけの政党になってしまったのか、という感じがします。

     国際勝共連合は、『極右の組織』と言って差し支えない組織です。とりわけ、家族制度などに関しては、そうした思考を持っているところだ、と理解しています。それと同じだということを、自民党は恥ずかしいと思わなければならないと思います。少なくとも、大政党、国民政党が、国際勝共連合と同じということについては」


    岩上「自民党という名前だけを見ると、『中道』『リベラル』という印象が思い浮かびます。実際、冷戦時代には、かなり社会民主主義的な要素も取りこんで成り立っていた国民政党であり、全階級に支持者がいるような政党でした。しかし、もうそうではなくなった。


     この国際勝共連合の自主憲法には、『国防』から『家庭条項』、そして『人権の過剰を是正』などと書かれています。それから、『集団的自衛権の確立』『スパイ防止法の制定』『教育正常化』『文化共産主義の浸透を阻止』……」

    梓澤「今の事例を聞いても、私はそれほど意外には思いません。『スパイ防止法の制定(※39)』というものがあり、国家機密法の廃止運動が盛り上がったときがありました。そのとき、国際勝共連合が、何百という地方自治体に『スパイ防止法を制定せよ』という陳情運動をして自治体の決議をあげさせています。

     今回の改憲をめぐり、まず96条が問題になり、今後も、取り上げられていけば、国民の少なからざる人々が立ち上がって批判を始めると思いますが、一方で、あのときと同様に、国際勝共連合が、自民党の手足となって、署名を集めたり、街頭で演説したりと、『国際勝共連合』の名前や看板は出さずに、『自由民主党』と名乗りながら出てくる可能性はあるだろう、と見ています」


    (※39)スパイ防止法(国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案):1985年の中曽根政権時代に、自民党議員によって提出された議員立法。マスメディアの取材活動を制限し、また国民の「知る権利」をも侵害するとの批判を各方面から浴び、廃案となった。日弁連もこのとき、同法案に反対する決議を行っている。


    岩上「統一教会は、きわめて政治性を帯びた、外国の宗教団体です。その宗教団体が、日本国内の愛国心を鼓吹しているということは、おかしな話だと思います。『スパイ防止法』を言うのであれば、外国に本拠を置いている宗教団体がそこまで政治化をするということも含めて、自らが対象にならないのかとも思うのです。

     憲法改正草案の吟味は、これからも厳しくしていかなければならないと思います。また、続けてお話をうかがわせてください。先生方、どうもありがとうございました」

    ■リンク:澤藤統一郎の憲法日記 http://www.jdla.jp/cgi-bin04/column/sawafuji/

    【了】
    【文字起こし:長尾理、校正:徳永なおみ・大西雅明、文責:岩上安身】

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