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    原発問題 -The Truth is Out There-

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    【日本が戦場になったその事実】「沖縄戦を学ぶ5」 私が幼かったころ マラリアの薬なかった 食料不足で虫も食べた 前原恵子さん(72)下 

    <未来に伝える沖縄戦>5
    前原恵子さん(72)下
    私が幼かったころ
    マラリアの薬なかった 食料不足で虫も食べた
    2011.10.09 琉球新報


    《西表島西部にある白浜という集落で生活していた前原恵子さん一家は、度重なる空襲から逃れるため、避難壕を転々とする生活をしますが、避難先ではマラリアという病気がまん延していました》

     避難生活中に、母がマラリアにかかりました。高熱とか、髪が抜けるほどの栄養失調も加わって。薬もなく、治療もままならなかったです。

     西表はマラリアの蚊がいることで有名でした。みんな栄養もないので、抵抗力が落ちるし。おそらくかかりやすかったと思います。

     母がマラリアにかかった時、私には特別な感情がありませんでした。寂しいとか、死んでしまうかもという怖さはなかったです。私も栄養失調でおなかなどもふくれていて。腹水などがたまっていたと思います。手足も細くてカエルみたいで。

     《避難先では空襲や艦砲射撃なども続きましたが、8月までには徐々に少なくなり、日本軍による避難通告も解除されました》

     終戦の気配を感じたのか、8月ぐらいにはみんな引き揚げていたけれど、私たち家族だけが残っていました。

     避難先から帰って来ても海、山が爆弾でやられて何もありませんでした。母は食べ物を求めるために、栄養失調の状態で、高い山に芋を取りに行ったりしていて。ふもとまで戻って来た時にはひょろひょろとなって立ち上がれない。その時に「お母さんが大変、かわいそう」と思いました。自分は食べないで、私たちにあげていたんだと思います。

     戦後も米はなかったので、カタツムリやトンボ、バッタを食べてタンパク源にしていました。そんな生活が1年ぐらい続きました。

     戦争は終わったけれど、腐った魚を食べて中毒したり、病気になったり、赤痢や疫痢、戦争直後は大変でした。食べるのはなく、カンダバー(サツマイモの葉)だけ食べていました。塩もお米もなくて。

     生後6カ月の妹は引き揚げ後にすぐ栄養不足で亡くなりました。その時も死の感情はなかったけれど、3日後に「せっかく戦争から助かったのに」と悔しい思いがわきました。

     「戦争はやっていけない」と誰でも言います。でもいつの間にか戦争に流れていった。だから、あなたたちも今、世の中がどこに向いているのかをしっかりと見る必要があります。


    <メモ>八重山戦争マラリア

     沖縄戦末期、八重山地区で日本軍の命令により、住民がマラリア有病地への移動を余儀なくされ、3千人余りの人が亡くなりました。

     マラリアはマラリア原虫を保有しているハマダラカという蚊に刺されて感染する病気。発熱や下痢などが起き、早く治療しなければ脳性マラリアとなって亡くなることもあります。

     1945年6月、日本軍は先島への米軍の上陸を予想し、住民に移動命令を出しました。日本軍は事前にその地域がマラリア有病地であることを知っていましたが、住民を強制移動させ、予防対策も講じず、治療薬も準備していませんでした。

     戦時中の八重山は現地の部隊の指揮下に置かれ、住民の生活まで軍の統制下に置かれていたため、住民は命令に従うしかありませんでした。

    <聞いて学んだ>

    「感情」さえ奪う残酷さ/比嘉優見さん(那覇商高2年)

     今までの沖縄戦のイメージは「二度とあってはならない悲惨なもの」だった。しかし、今回話を聞くことで、一言では収まらないことを知った。

     沖縄戦で家族などを亡くし、食べ物もなく、さまざまな病気が広がる-。「あの時の感情は今でも思い出せない、覚えているのは途切れ途切れ」と言うのを聞き、「感情」さえも奪っていく戦争の残酷さなどが伝わり、心が痛かった。

     「知ることができた」で終わらせるのではなく、沖縄戦について考え直し、社会に目を向けることや理解することが必要だと思った。

    戦争起こさないこと義務/神谷鈴さん(那覇商高2年)

     話を聞き、戦争が人の心を暗くさせるだけでなく、笑顔や命を奪っていくものということを痛感しました。

     印象に残ったことは、避難場所に飛行機が近づき、逃げようとしたところ、近くにいたおじさんが助けようとはせず、一人で逃げていった話です。「悔しかった」と涙ながらに語った前原さんに「子供ながらにそんな経験をしてつらかっただろうな」と思いました。

     話を聞き、戦争について考え、起こさないように努めることが私たちの義務ではないかと考えています。


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