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    原発問題 -The Truth is Out There-

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    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

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    NHK解説主幹、長谷川浩氏の NHK内変死事件とNHKの終わりについて 

    NHK職員はこの事件を境に「真実を報道すれば殺される」という強迫観念にとらわれ、ジャーナリスト魂を売り渡したのでしょうか。

    魂を売り渡すことを拒否した人はNHKを辞め、体制の奴隷のみが今のNHKを構成しているのか。

    だから「原子力ムラの広報局」「自民党の広報局」として嬉々として偏向、捏造報道をや放送し、人々を内部被曝させ、不正選挙の共犯者になり、戦争への水先案内を勤めても、良心の呵責さえ感じないのでしょう。

    NHKは狂気の世界へ既に突入しています。もう元には戻れないのです。

    こんなNHKは潰し、新たにCSの新チャンネル、「安倍ちゃんネル」として有料放送で出直すべきだと思います。

    まずはテレビを1台売りましょう。ゼロ円でも領収書を忘れずに。

    そしてNHKに電話して「テレビを売ったので解約申請書を下さい」と言いましょう。

    そうすれば渋々解約申請書を送ってきます。その書類に記入し、売却領収書と一緒にNHKに郵送します。

    これで長年払ってきた受信料とおさらば出来ます。是非皆さんも!




    NHK 長谷川浩解説主幹の変死 2001年10月 じっくり掘り下げてみました
    2012/07/16 22:41 911-311 真実を求めて
    http://60265724.at.webry.info/201204/article_4.html より

    NHK解説主幹、長谷川浩氏
    9.11事件の1ヶ月後に
    NHK内で変死

    2001年10月17日の朝日新聞夕刊にNHKの解説委員主幹である長谷川浩氏(55歳)の変死を報じる小さな記事が掲載される。

    同氏はNHK放送センタービルの近くで発見されたもようで、自室の窓から転落したと見られている。

    同氏は国際テロについての専門家で、同年10月10日に放映された9.11同時多発テロをテーマにしたNHK特別番組「あすを読む:新しい戦争と世界」で自説を述べていた。

    その中で同氏は世界貿易センタービルの攻撃の犠牲者の中にユダヤ人が一人もいないという事実を指摘していた。

    長谷川浩解説主幹は同番組の中で、世界貿易センタービルに勤務するユダヤ系の職員のほとんどが、9.11のまさにその朝に奇妙にも欠勤していたと語った。



    2001年9月11日:起算日
    いわゆる“9.11事件”が起こる。


    2001年10月10日:29日目(9.11から)
    9.11事件の1ヶ月後に、長谷川浩氏はテレビの特別ニュース番組で同事件について話をしていた。

    NHK特別番組「あすを読む:新しい戦争と世界」という番組で、9.11事件後の約1カ月間に、長谷川浩解説委員を主幹とするNHKの解説委員たちが総力をあげてこの大事件について調査・研究した成果を発表したものである。

    長谷川氏は8名のパネリストのうちの1人として、自らの徹底した調査に基づいて、世界貿易センタービルの犠牲者の中に奇妙にもユダヤ人がいなかったことに触れた。

    そして、9.11同時多発テロの首謀者がアラブのテロリストであるというブッシュ大統領の声明を鵜呑みにすることについて、視聴者に注意を促した。



    2001年10月15日:34日目(9.11から)
    長谷川浩氏は、上記のテレビ出演のわずか5日後にNHK内で変死しているのが発見される。

    NHKの解説委員である長谷川浩氏はテレビ出演での発言のわずか5日後に自らの職場であるNHKの敷地内で横たわっているのが午前11時すぎに発見される。

    正確に言えば、発見された時点ではまだ死んでいなかったもようである。

    状況からして高層部の自室の窓から転落したように思われたが、けっきょく検死解剖もされなかったので事実はわからない。


    遺書などはいっさい残されていなかった。家族も同僚も同氏が自殺するような動機はまったく思い当たらないとしている。


    長谷川氏の死亡について日本のメディア内で組織的な無視もしくは隠ぺいと思われる動きがあった。

    奇妙にも、同氏の死亡はその日に報道されなかった。


    同氏のまさに職場であるNHKのテレビニュースでも、民放のニュース番組でも、そしてその日の日本のどの新聞でも報じられなかった。

    もしこうした変死が午前中に警察に通報されれば、夕刊には報道されるはずである。

    長谷川氏の死亡事件の場合、同日の夕刊に優に間に合うはずであったが、実際は報道されていない。

    かりに夕刊に掲載されるのに間に合わなかったとしても、テレビの午後や夕方のニュースではいくらでも報道できたはずである。

    NHKの場合、自局の敷地内で起きたことであるから、まさに降ってわいた“スクープ”だったかもしれない。しかし、けっきょくどのテレビ局も長谷川氏の死亡事件をその日に報道することはなかった。

    これは戦後の日本のメディアの歴史において非常に異例で異常なケースである。


    2001年10月17日:36日目(9.11から)
    記事の“差し止め”がついに解除、しかし不当に小さな扱い

    長谷川氏の死亡を報じる小さな記事が“発見”の2日目についに大新聞に掲載される。

    しかし、朝刊ではなく夕刊であった。実は、報知新聞は大新聞に先駆けて16日に報道していた。

    大新聞の場合、“差し止め”は50時間を超えたことになる。そしてその解除も差し止めと同様、日本のメディアの上層の誰か、もしくは何らかの力によって、もしくは日本政府の、はたまた何らかの海外からの力によってなされたのかもしれない。

    さて、大新聞に掲載された同氏の死亡記事はいずれもごく小さな紙面を割くにすぎず、その大きさは名刺大ほどで、写真もなく、どれも同様のそっけない記事である。

    どの新聞の記事も、死者1名の交通事故の記事のような書きぶりである。長谷川氏の場合、明らかに死因が不審であるにもかかわらずである。

    報道されるまで50時間以上もかかっているわりには、詳細が書かれていない。

    新聞紙上のそれらの記事はあまりにも小さく、しかも変死にしてはあまりに扱いが軽かったために、当時、長谷川氏の死亡事件は一般の注意をほとんど引かなかった。背後で忙しく暗躍していた人間にとってはまずまずの成功であったのかもしれない。


    こうした報道は“予防的な最小限のメデイアリリース”というものかもしれない。

    全面的な無視はいずれにしても不可能であるし、むしろ余計に疑惑を招いてしまう。

    いくら完全な隠ぺいを図っても、けっきょくいつかは暴露され、逆に隠ぺいを図ったことを追及されることになるのがオチである。

    長谷川氏の変死に対する注意・関心のレベルを可能な限り低く抑えるという目的のためには、死亡記事を、桁違いに小さな紙面で、しかも2日間という冷却期間を置いてから出させるほうが、受け入れ難い度合いがより少ない選択肢だったのかもしれない。

    いくら不当に小さな扱いであっても、隠ぺいはしなかったという言い訳にできるかもしれない。

    警察は検死解剖をすることもなく、自殺と断定した。

    問題の2日間ものの差し止めの期間に、同氏の遺体の検死解剖はなされていない。

    これは変死、不審死の場合、通常考えられないことである。殺人の可能性の線での捜査もなされていない。遺書も残されておらず、遺族や同僚たちも自殺の動機は思い当らないとしている。


    ”転落死”であるとするならば、事故の可能性もあるだろうが、警察はその可能性すらも排除し、検死解剖もすることなく単に”自殺”と断定した。遺体は検死解剖されることなく火葬された。


    長谷川浩氏に関する情報はネット上で今でもコントロールされている。

    長谷川氏のかつての存在と業績は、彼の死後、組織的に可能な限り消されてきている。

    NHKといえども、さすがにそのウェブサイト上の放送の記録から彼に関するものをすべて消すことはできない。たしかに記録はある。ただし、タイトルだけである。中身はない。

    逆に彼の活動の痕跡すべてを消したら、却って怪しまれるだけであろう。長谷川氏は、亡くなるまでの数年間、NHKニュースの解説主幹として非常に活発な仕事ぶりであった。

    “あすを読む”という自分の番組を持ち、主に国際関係、防衛問題、国際テロに関したテーマで鋭い分析、解説を披露していた。

    9.11事件が起きると、同氏は同事件に取り組む上でNHKの中で自然にリーダーシップを取ったし、日本の中でも同氏がリードしていた。

    彼は自分の“あすを読む”に1997年から 2001年10月まで60回近く出演している。しかし、今日現在、それらをNHKは公開しない。

    また、それらの番組について触れたウェブサイトも多数あったに違いないが、現在ネット上ではほとんど見つからない。それらは組織的に回収されたか削除されたように思われる。

    長谷川浩氏の写真について言えば、NHKの看板解説委員で信頼性のあるコメンテイターとして数多くの写真がネット上に流布していたはずであるが、現在ネット上には、たった1点、それも小さくて、ざらついていて、色の薄いものしか見つからない。

    これも、余計に疑惑を招くことを避けるためにすべてを消さずにおく“最小限のリリース”の例の1つであろうか。彼の写真のこの少なさ(1点!)は、他のふつうに物故したニュースキャスターの場合と比べてみても極めて異常である。ここには何らかの見えざる力による組織的な抹殺の臭いがする。


    素朴な質問:
    -長谷川浩氏の変死と、亡くなる5日前のNHKのニュース番組での同氏の指摘とのあいだには何らかの関係があったのだろうか。

    -もしあったとしたら、それは同氏の指摘が本当だったからなのか、まちがいだったからなのか。

    -同氏の指摘は、誰かに、もしくは地球上のある人々にとってそんなにも不都合なことだったのだろうか。

    ”NHKの長谷川浩氏”がタブーであってはならない。彼は希有な功労者である。

    9.11事件には多くの謎がある。ジャーナリストであれ、一般人であれ、同事件に関係して謎めいた死をとげたひとは少なくない。

    ある人々は9.11についての真実を知ろうとしていて、また別の人々は図らずも9.11の真実をたまたま知ってしまったように思われる。

    9.11についての真実を追求する人々はしばしば“9.11の真実追求者(9/11 truthers)”と呼ばれる。

    長谷川浩氏は、9.11についての真実を追求するなかで最初に命を奪われた “9.11の真実追求者”だったのかもしれない。ジャーナリストは、そもそも好奇心が旺盛である。本物のジャーナリストは真実の追求をやめはしない。真実の追求が抑圧されたり、妨害されてはならない。

    長谷川浩氏と彼の死を闇に葬ってはならない。

    彼の変死は、彼が世界に伝えようとした事実の重大性を物語っている。また同時にその重大さを十分認識しながらも真実の追求、公表をやめなかった彼の勇気も物語っている。

    しかし、彼の変死についてのその後のメディアの沈黙は日本のマスコミが死んだことを意味する。(何も報道しなかったわけではないと後で言い訳できるように小さな記事だけは掲載してあるだろうが、それっきりである)

    ここで、ご注意願いたいが、日本のマスコミが死んだのは長谷川氏が死んだからではない。そうではなく、日本のマスコミが長谷川氏の変死について触れることをずっと避けているからである。

    真実から逃げるジャーナリストはニセモノであり、死んだも同然である。日本のジャーナリズムにとって“NHKの長谷川氏の変死”に触れることはタブーなのである。

    あなたが今まで“NHKの長谷川氏の変死”について知らずにいたという事実そのものが日本のジャーナリズムの闇と現代史の深淵を物語っている。


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