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    原発問題 -The Truth is Out There-

      : 

    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

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    【必読手記】我々は既に政府から見捨てられた棄民である。報道で隠蔽されている事実は余りにも悲惨だ。 このことを自覚して怒りを爆発させることが無ければ、我々は死に絶える。 

    我々は既に政府から見捨てられた棄民である。報道で隠蔽されている事実は余りにも悲惨だ。このことを自覚して怒りを爆発させることが無ければ、我々は死に絶える。

    いわき市miko

    ようやく新聞の小さなコラムになったが、人々は読まず、そして知られることは無いだろう。既に過去の新聞だ。




    糸島「ひなん者お話会」から、mikoさんの話ーーーーーーーーーーーーーーーーー
    http://ameblo.jp/kitakyu-mamoru/entry-11559344816.html

    3.11福島原発事故で、故郷いわき市から、昨年1月に北九州市に自主避難してきました。

    今日は、主に北九州市に来るまでの9ヶ月、私が見てきたこと、体験したこと、感じたこと、そして今を話します。

    福島原発から42kmのいわき市に住んでいました。

    私は、そこで、ピアノ教室の主宰として、夫は市職員、子供2人と生徒たちに囲まれて、毎日、楽しい時間を過ごしていました。

    さて、3.11後私たちの生活は一変しました。

    いわき市の北のほうは、30km圏内だったのに、市長が「風評被害」という言葉をつくり、圏内からはずしました。


    事故前は1時間あたり、0.05マイクロシーベルトだった放射線量は、23マイクロシーベルト。460倍に。

    当時、長崎大学の山下俊一教授が100ミリシーベルトまで安全だと大キャンペーンを、テレビ、新聞、ラジオ、学校、講演会で行き渡ったころには、学校で0.5マイクロシーベルト、通常値の10倍でも、外の活動を安全だとして行いました。


    100ミリシーベルトが安全ですので、当然、給食は最初(事故1ヶ月後)地産地消ということになり、私たちは署名活動を根気よく続けて地産池消をすぐにやめさせました。

    尚、教育委員会が給食を食べない自由を認めたのは、2学期になってからです。

    ですから、安全説を信じた人の子供たちは、給食を食べさせていました。先生や学校に言っても無駄でした。

    外の放射線量は同じではありません10cm違っても、2.3マイクロ、5マイクロ、普段の46倍、100倍、と様々です。

    私が、疑問に思ったのは、市の職員、学校の教員が放射能汚染から子供を守らなかったことです。

    さて、原発が爆発したときのことを、話しましょう。

    3月11日の大地震での被害は、私の家は殆どありませんでした。ただ、いわき市の水道が20日間とまりました。
    水道が止まったので、次の日、給水車に2時間ほど子供と一緒に並びました。

    3月12日1回目の爆発がありました。あとで測定データを見ると、23マイクロ普段の460倍でした。

    この時、「危ないから屋内退避しなさい」 という広報車もなく、私たちは、爆発したことも知らず、2時間外にいました。


    日本は安全といっていましたが、今現在私達母子3人ともに、甲状腺に異常有りの血液検査の結果と、息子には、5mmののう胞があります。

    今、報道をみると、甲状腺がんは生活習慣病になりました。たとえ癌になっても自己管理のせいといわれ、放射能の影響と国はいわないと思います。

    私は、子供たちのホールボディカウンターを事故後すぐにうけようとしました。しかし、どこに問い合わせても受けられませんでした。

    東京まで行って、受けてきた人がいましたが、データーを渡してもらえませんでした。
    私も、何箇所か電話で確認しましたが、データーを渡してくれるところはありませんでした。

    では、甲状腺の血液検査と思い、電話しましたが、いわき市内一斉に甲状腺の検査はしないと、耳を疑う結果になりました。

    どこで被曝した証拠を残せるかと福島県に聞きましたが、「ない」と回答されました。


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    私の主人は市の職員です。何かあったら、1番に連絡があるはずだと主人は言ってましたが、結果は爆発も知らされず、母子ともに外で被曝しました。

    また、私の主人(市職員)は放射能の知識は0ですが、国から与えられた文書を丸暗記するほど、電話対応に追われていました。

    事故から5か月後、いわき市発表の放射線量は0.12μsv/hでした。私が市役所からガイガーカウンターを借りて測ると、0.24~ 22.14μsv/h。また、有志で土壌検査や剪定した木の測定をすると、20000bq/kgありました。

    行政は私たちを守らないと、主人と放射能の測定結果を見てそう感じました。

    例えば、水道水NDといわき市のホームページで発表されています。

    それで、ストロンチウムやプルトニウムなどの核種の測定値を見たいというと、「市民が混乱する」という理由で詳細なデーターを出さず、ヨウ素とセシウムNDの文書を出されました。私たちの無知に付け込んで、本当に腹が立ちます。


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    私の避難の選択は、放射能を怖がるというよりは、行政、学校、の対応と自分たちの目でみた測定値と家族におこった体の異変で判断しました。

    毎日続く下痢、鼻血、口内炎、鼻の中のできもの。これらは、原発事故後に家族、友人に実際おきたからだの変化です。放射能の影響は癌だけではないと知ったのも後になってです。

    国の発表と事実はちがう。国は明らかに法律違反を市民に強要しているのに、職員は国の言いなりにしか動きません。文書公開制度すら、嘘にならない嘘で市民を騙し、出させない、書かせない、時間をかせぎます。

    学校は生徒、児童を守らない。放射能に気をつける父兄を許さない。放射能をなるべくさけようと、お弁当にすると、他のクラスメートからいじめられ、暴力をうけても、いじめた児童父兄を指導せず、放射能を怖がらないように私が指導をうけました。


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    私が、避難を決意したのは、娘の登校拒否でした。

    放射能を防御することを周りの空気が許しませんでした。


    私は、それでも、いわきで暮らせる方法をたくさん探し、行政に文書で色々請求しましたが、のらりくらりとかわされました。
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    年老いた両親と共に避難を説得しましたが、今更ふるさとから離れたくない。と言われ、夫は安全論。夫の母には、「立場をわきまえなさい」と避難することを許してもらえませんでした。

    結局、行政と格闘しながら、悩み、私の両親から子供を1番に考えなさいと言われ、夫を捨て、年老いた両親を福島に残し、北九州に避難しました。


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    今、話したように、報道と事実は違います。

    先日、産廃の中間報告書を文書公開したら、福岡県のある企業では、福島、茨城、山形、神奈川からも汚泥、ばいじんを受け入れ、北九州瓦礫受け入れ以前から今も処理しています。瓦礫受け入れ騒動のかげで、粛々と放射性物質の焼却をバグフィルターのない状態で処分しています。


    今報道では、PM2.5は中国からやってくると、大キャンペーン中ですが、本当にこのPMは中国産でしょうか?

    九州の産廃、セメント工場では、福島の石炭の焼却灰を受け入れ、リサイクルしています。

    北九州の公文書を見ると、PM2.5が昨年4月に230超え、他の月でも100超えがよくありました。国産、九州産PM2.5で間違いありません。

    これからは、福島県民におきたことが、日本国民におこるでしょう。


    それは、呼吸と食品からになると思います。先日も、北九州の「Dマンマ」という情報誌で、大学の教授や講師、行政職員が、放射能安全と言ってました。放射能安全説が完全に全国に行き渡ってしまいました。

    放射能が薄めて安全という一方で実際に福島では人が死んでいます。私の従兄弟が亡くなった次の日に友人の旦那が死にました。私はなんでもかんでも放射能のせいとは言いません。



    チェルノブイリの教訓があるだけです。


    国は、認めません。でも私たちは安全論、危険論、両方聞き、見たこと、聞いたことで 「選ぶ権利」 があります。


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    私が、今このような状況にあるのは、原発の危険性を知らなかったからです。
    放射能が消えないことを知らないで、家の前をひとりで除染し、放射能を吸い込みました。

    今、福島には人が住んでいます。みんな、「どうせ、わたしら、モルモットだし、保障がないから逃げても貧乏、生活できない」 「今の生活レベルを落としたくない」「国が安全といってるから安全だっぺよ」 「死ぬ人多いねー」 「でも、何もできない、変わらない、やっても無駄」 「楽しいことだけ考える」 と言いながら、除染し、生活排水は、汚泥、焼却灰となって、高濃度の放射性廃棄物を毎日排出しています。それが自分に帰ってくる事実と向き合うことはありません。

    除染は無駄です。自分でやったので知っています。0.5が0.2にさがり、2週間後には、0.5に戻ります。ということです。


    大量の除染後の汚染土壌はどこへいくのでしょうか?


    国が責任をもって処理するとは、産廃に出すということだと思うのですが.....
    産廃に出したものは、セメントやなべ、腐葉土になって、全部自分に帰ってきます。


    保養を否定はしませんが、根本的な救いにはなりません。


    私は、測定、事実の公表、十分な補償を約束して、福島県民に選んでもらうことが唯一の復興だと思っています。


    放射能は拡散させず、福島に閉じ込める。

    私の先祖の墓は福島原発から2kmです。放射性廃棄物を置いてください。

    お墓どころか、家、広大な土地の所有者であっても、そう思っている福島県民は沢山いますが、その声は消されています。

    じつは、今年の3月、福島県の鮫川村で8000bqの稲わら焼却の実験炉の建設を止めに行きました。あと一歩、書類の提出と記者会見を予定していましたが、なんと、反対していた本人に邪魔され止められませんでした。反対派が賛成派である事実。わたしは体験しました。

    北九州の瓦礫反対運動の中でも、「瓦礫反対」の署名はOKで、「公害防止協定の締結を求める署名」はNG。

    北九で漁協の反対が最後の砦という話を聞きましたが、実際に公文書請求したら、漁協からの「反対声明文」の提出はありませんでした。明確に「反対」とかいてないのです。

    瓦礫焼却されてからも、反対派がテント村に集まっている頃、私は「反対声明文」を出してくれるよう漁協にお願いして回りましたが、会って下さったのは2箇所で、どちらも反対声明を出してくださいませんでした。

    あの時、どこか1つの漁協で反対声明文、焼却炉周辺住民2人以上の「公害防止協定書の締結を求める声明文」を出せれば....それらをさせないため、数々の妨害を受け、フクシマからの避難者である私だけが陥れられました。 


    反対運動の実態を見て、「フクシマが救われることは無理」と絶望しました。



    さて、これから、バグフィルターをほぼ100%セシウムを取るという嘘を通したように、まず、福島ではヘパフィルターを付け安全といって、全国に8000bqの焼却炉建設。

    また、福島の森林を使ったバイオマス発電所が全国に建つのではないでしょうか。

    国はお金持ちなので、テレビで考えることを止めさせ、殆ど嘘の報道で国民に一定の空気を作り、そこから漏れた人たちを、様々な運動で取り込み、

    「私たちはまたも、うっかり、同じ方向を向くようにされています。」



    私の考える本当の繋がりは、トップの言うことに従うのではなく、わからないことを教え合い、一人一人の知識レベルをあげて、事実の共有をして、それを、身近なところへ伝える。

    もう少し勇気があれば、企業、行政が1番に抱き込む漁協、清掃工場や産廃、セメント工場の周辺住民へ事実を伝える。

    北九州が瓦礫受け入れの時に、清掃工場周辺自治会長へお一人様説明会をしたように、私たちも周辺住民にお一人様勉強会をしていくことが、子供たちを守っていくことに繋がると思います。

    私は報道に騙され、子供たちを被曝させてしまいました。無知でうわべだけしか知らなかったので、避難しても、子供たちを守ることができませんでした。

    私にできることは、経験した事実を話すことだけです。知って選んでください。できれば、知って伝えてください。

    事実を見誤ってはいけません。「勇気」を持って「自分で考えて行動」すれば、事実が見えるはずです。

    私達の最後の盾は地方自治体です。地道に「住民教育」からはじまり、知識を持った住民が教師、職員を教育していくしかありません。やっぱり、面倒でも自分が動かないと自分の子供を守ることはできないことがわかりました。


    忙しくても、おいしいごはんを作りながら、出来ることをできる範囲で続けていきます。




    “Miko”, evacuee from Iwaki City, Fukushima:

    I evacuated voluntarily from my hometown Iwaki City to Kitakyushu City last January because of the Fukushima Nuclear Power Plant disaster on March 11.

    Today I’d like to talk about what I saw, experienced and felt during the 9 months up to my move to Kitakyushu, as well as my current situation.


    I lived in Iwaki City, 42 kilometers from Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant.

    I taught piano lessons and my husband worked as a municipal employee. With our 2 children and my students, we were living happily.

    After 3/11 our life changed completely.

    The northern part of Iwaki City was within the 30 kilometer radius, but the mayor created the term “harmful rumor”and the radiation exclusion zone was extended to our area.

    The radiation level, which was at 0.05 microsieverts per hourbefore the accident, rose to 23 microsieverts. That’s 460 times [the normal level].

    Professor Shunichi Yamashita of Nagasaki University launched a mass campaign stating that it was safe up to 100 millisieverts, and this was accepted widely by the television, newspaper, radio, schools and in lectures. At the time, schools considered it safe to engage in outdoor activities even though the radioation level was at 0.5 microsieverts, 10 times that of the normal value.

    Since 100 millisieverts was regarded as ‘safe,’ school lunches were initially prepared from local produce(1 month after the accident). We worked hard to collect signatures to cancel the ‘local production for local consumption’ rule immediately. It wasn’t until the second academic term, though, that the board of education recognized the freedom to refuse school lunches. In other words, those who trusted the ‘safety principle’ continued to let their children eat school lunches. It was useless trying to reason with the school or teachers.

    The outdoor radiation level isn’t consistent. Ten centimeters apart, and itcan vary by 2~3 microsieverts or 5 microsieverts, which are 46 times and 100 times that of the everyday level.

    What I couldn’t understand was the fact that the municipal employees and school teachers did nothing to protect the children from radiation exposure.


    Now, let me talk about the time when the nuclear power plant exploded.

    Our home suffered minimal damage from the 3/11 earthquake itself. But we had no running water in Iwaki City for 20 days. My children and I lined up for two hours the following day to get our supply from the water distribution truck.

    The first explosion happened on March 12. The data we saw later measured 23 microsieverts, 460 times that of the normal level.

    There were no local public announcements warning us to stay indoors, and we remained outside for 2 whole hours,unaware of the explosion.

    We were told that Japan was safe, but blood tests have shown that my two children and I have thyroid problems, and my son has a 5-millimeter pustule.

    News reports now say that thyroid cancer is a lifestyle-related disease. If we develop cancer, I suspect we’ll be told that it’s a result of negligence and the government will not admit that it has anything to do with radiation exposure.

    I wanted my children to get a whole-body counting immediately after the explosion. But I couldn’t find a single facility that would admit us. Some people went as far as Tokyo to get themselves examined, but couldn’t get their own data. I called several places to confirm myself, but none of them would provide the data.

    So I made an inquiry about blood tests to check the thyroid condition, and was shocked to be told that there would be no mass thyroid examinations in Iwaki City.

    I asked Fukushima Prefecture how I could obtain evidence about the location of our radiation exposure, and was told that “there was no way.”


    My husband is a municipal employee. He said that if there was anything to know, he would have immediate access to such information. But no one informed us about the explosion and both my children and I were exposed to radiation while we were outside.

    My husband handled a flood of telephone calls even though he has zero knowledge of radiation, and he practically memorized the content of documents distributed by the government.


    Five months after the accident, the radiation level announced by Iwaki City was 0.12Sv per hour. But when I borrowed a Geiger counter from the city hall, I found that it was actually between0.24 and 22.14 Sv per hour. Volunteers inspected trimmed trees and the soil, and the radiation level was at 20,000 bq/kg.

    After seeing these radiation figures, my husband and I both agreed that the government was not going to protect us.

    For example, tap water is “ND [not dangerous]” according to the official Iwaki City website.

    So I asked for data on radionuclides such as strontium and plutonium, but was denied access to any detailed information on the grounds that it would “confuse the residents.” Instead, they gave us a document explaining that iodine and cesium were “not dangerous.” It made me furious because they were taking advantage of our lack of knowledge.
     
    My decision to evacuate had less to do with the fear of radiation than it had to do with the attitudes of the government and the schools, the radiation measurements that we saw with our own eyes, and the health problems my family began to suffer.

    Diarrhea every day, nose-bleeding, canker sores, abnormal growths inside the nose. These are all symptoms that my family and friends began experiencing after the nuclear power plant explosion. I realized much later that there are health issues besides cancer that can be caused by radiation.
     

    What the state announces is different from the reality. The state obviouslyexpects people to accept any violation of the law, while public employees merely follow orders from above. The public disclosure system works to deceiveuswithdistorted information – nothing is disclosed and nothing is put in written form, all in the attempt to buy time.

    The schools won’t protect their students, our children. They are unforgiving towards parents and guardians who express concern about radiation. If I make a lunchbox for my children to avoid radiation exposure, they are bullied by other classmates. Even when physical violence was involved, the school did nothing to reprimand the bullies and their parents but instead called me in to ‘instruct’ me not to overreactto radiation.


    I decided to evacuate when my daughter developed school phobia. I tried looking for ways to continue living in Iwaki and sent many letters of request to the government, only to get evasive responses.

    I tried to reason with my elderly parents about evacuating, but they didn’t want to leave their hometown. My husband felt it was safe enough. My mother-in-law wouldn’t allow the evacuation and said that I was “out of line.”

    I fought against the government, I was distressed, and when my own parents told me to consider the children’s wellbeing first, I chose to evacuate to Kitakyushu, leaving my husband and elderly parents behind in Fukushima.


    As I just told you, what the media says and the facts are entirely different.

    The other day, an interim report on industrial waste disposal was made public. It stated that one company in Fukushima was acceptingcontaminated sludge and dust from Fukushima, Ibaraki, Yamagata and even Kanagawa. This company began operating beforeKitakyushu agreed to accept the debris, and continues to do so now. There is uproar regarding the acceptance of debris, yet all the while radioactive materials are being incinerated without a fuss, even though there is no bug filter installed.

    The media is preoccupied with PM2.5 air pollutants coming from China, but is this really true?
     

    Kitakyushu’s industrial waste disposal factories and cement factories are taking in Fukushima’s coal ash for recycling.

    According to Kitakyushu’s official document, the pollutant PM2.5 rose over 230 in April last year, and the level often exceeded 100 during other months. There’s no doubt that the pollution originates in Kyushu, in other words, it’s‘domestic.’

    What happened to Fukushima residents will soon affect all Japanese people.

    I think it will start from the air we breathe and the food we eat. The other day, there was an article in a local information magazine “Donna Mamma” with statements made by university professors and lecturers as well as administrative officers who said that the radiation level was not a threat. The claim that radiation is safe has completely spread throughout Japan.
     

    While some say that the radiation has dispersed and we are now safe, people are in fact dying in Fukushima. The day after my cousin died, my friend’s husband passed away. I am not saying that everything is caused by radiation.


    But there is the Chernobyl example.

    The state won’t admit it. But we do have the “right to choose”– based on what we hear and see, and by examining both arguments thatradiation is harmful or safe.

    I was unaware of the dangers of nuclear power plants, and that’s the reason why I find myself in the current situation. I was ignorant of the fact that radiation doesn’tsimply disappear and was trying to decontaminate the front of my home – all the while inhaling contaminated air.

    There are people living in Fukushima, now. They all say:
    “We’re guinea pigs after all, and if we try to evacuate we won’t be able to make a living since there is no government compensation”
    “I don’t want to let go of my lifestyle”
    “If the state says it’s safe, then it’s safe”
    “Many people are dying, huh?”
    “There’s nothing we can do, it’s useless, so why bother?”
    “I’d rather focus on happy things”
    and continue with their decontamination, but the polluted sewage turns into sludge and incinerated ash, which in turn produce highly radioactive waste. People refuse to face the fact that these will eventually come back to haunt them.


    Decontamination is useless. I tried it myself and I know. The level decreases from 0.5 to 0.2, then returns to 0.5 two weeks later. That’s the reality. Where does that massive amount of polluted soil go after decontamination?

    If the state were to manage the waste materials responsibly, they would have them handled by industrial waste disposal companies… but then again, they will be recycled as cement and pots and muck, and eventually come back to us.


    It’s important for us to rest and recuperate, but it won’t help anyone at the fundamental level.

    I believe the only way to recover is by measuring radiation levels, disclosing the facts, guaranteeing sufficient compensation, and then allowing the residents of Fukushima to make their own decisions.

    Don’t disperse the radiation, but contain it inside Fukushima. My ancestral grave is 2 kilometers away from Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant. Please leave the radioactive wastes there.

    There are many Fukushima residents who feel this way, whether they have ancestral graves, homes or are large landowners. But they’re ignored.


    In March this year, I went to Samekawa Village in Fukushima to stop the construction of an experimental facility that would incinerate rice straws, which measured a radiation level of 8,000 bq.A press conference was scheduled and all we had to do was to submit some paperwork, but at the last moment, an individual who was ostensibly against the construction interfered and prevented us from proceeding. An opponentturned out to be a supporter. That’s the reality I experienced.

    Even during the campaign against Kitakyushu’s acceptance of contaminated debris, it was considered “OK” to sign up for the protest, but not to support the conclusion of the agreement on pollution prevention.


    I had heard that the last hope would be a statement of protest by Kitakyushu’s fisheries cooperative association, but when a request was made for the official document, I found out that the association had not submitted a statement of protest. Or rather, the “protest’”was not stated in clear terms.

    Protestors used to gather at the tent village after the incineration of contaminated debris started, and during that time I visited a number of fisheries associations to ask them to submit a “protest statement,” but only 2 agreed to see me, and neither of them issued a statement.

    If even one association had presented a protest document, or a demand for the conclusion of the agreement on pollution prevention had been made by even 2 residents living in the vicinity of the incinerator… There was so much resistance to prevent people from taking such action, and I, an evacuee from Fukushima, felt like I had been set up to fail.

    Seeing the reality of the so-called protest campaign, I lost all hope that Fukushima would ever be ‘saved.’


    Just like the blatant lie that a bug filter can remove practically 100% of cesium, I suspect that [the government] will install a hepa-filter and declare that Fukushima is safe, then construct 8,000 bq incinerating facilities across Japan as well as biomass power stations that useFukushima timber.

    The state has plenty of money to stop people from asking questions by manipulating the media, create a certain ‘mood’in the countryby releasing false information, and endorse campaigns to win over those people who disagree, and

    “Yet again, we unknowingly end up being a part of the herd.”

    What I believe to be a genuine connection can’t be madeby blindly following the words of those ‘at the top.’ Rather, it’s about teaching each other what we don’t know, sharing information and learning more, then passing on that information to those around us. If we have more courage, we can disclose the facts to fisheries associations and people residing near garbage disposal facilities, industrial waste incinerators and cement factories– facilities that the state will try to influence and control.

    In the same wayKitakyushu held ‘one-person explanatory meetings’for the leader of the residents’ association when the city agreed to accept the debris, we need to have ‘one-person study sessions’ for local residents because it’s the only way to protect our children.


    I was deceived by media reports and allowed my children to be exposed to radiation. Because I was ignorant and knew only superficial information, I couldn’t protect my children even though we evacuated. The only thing I can do is to tell others what I experienced. I hope you learn something to make the right choice. If at all possible, learn and share with others.

    Don’t misread the facts. The facts will become evident if you have the courage and take the initiative to think and act for yourself.

    Our very last hope is found in the local municipality. We must begin with “resident education,” then the education of teachers and municipal employees by knowledgeable residents. It’s the only choice we have. I learned first hand that there is no way to protect my children unless I take action, regardless of how tiresome it may seem.

    No matter how busy I am taking care of my children, I hope to continue doing what I can within my limits.


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