11« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»01

    原発問題 -The Truth is Out There-

      : 

    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

    スポンサーサイト 

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。
    スポンサー広告  /  tb: --  /  cm: --  /  △top

    【日本が戦場になったその事実】「沖縄戦を学ぶ 7」ゲリラ戦で次々に戦死 親友と「死んだらいかん」仲里茂直さん(84)下 

    <未来に伝える沖縄戦> 7
    仲里茂直さん(84)下
    ゲリラ戦で次々に戦死
    親友と「死んだらいかん」
    2011.10.23 琉球新報

     《第1護郷隊第2中隊(菅江敬三(すがえ・けいぞう)隊長)に配属された仲里茂直(なかざと・しげなお)さんは、1945年4月の米軍上陸後、名護市多野岳(たのだけ)を中心にゲリラ戦に参加しました》

     アメリカーとの銃撃戦は(名護市)真喜屋(まきや)で1回あった。一番親しい友達と、「死んだらいかんよ」と話していたよ。このときに今帰仁出身(なきじんしゅっしん)が4人戦死した。「戦争というのはこんなものかな」としか考えられない。怖くてね。

     《4月下旬には菅江中隊長が戦死しました。このころから隊を抜ける人が出てきました》

     今の北部病院(名護市大中(おおなか))の手前は原野で、右側には(米軍の)弾薬があるからそれを破壊しろ、また左には詰め所があるからと言われた。(仲間と)「絶対成功しような」って出たわけ。足音ですぐ(米軍の)照明弾が上がって。アメリカーの斥候(せっこう)(偵察などが役割の兵士)が3人くらい銃を持って真ん前まで来るわけ。これは怖かったよ。「もう大変だよ。逃げよう」と言って、爆薬ほったらかして捨てた。

     帰ったら小隊長に「友軍の秘密の兵器なのに捨てて来るとは。取ってきなさい」と大きな声で言われた。うちら何とも言わないで黙ってね。びんたやられて。向こうに行くより良かったよ。

     (名護市)東江(あがりえ)では青年が地雷に足をやられた。分隊長が見たらもう動きもできない。「担いで連れて行きなさい」と言うから3人でおんぶしたよ。ズボンがもう血で、体の中まで血が入ってパタパタするわけよ。1人が担いで、2人はタラタラ落ちる血の痕消して。ようやくみんながいる場所まで連れて行った。「うちらはこれで解散しよう」という気持ちでね。

     《沖縄戦末期には護郷隊はちりぢりになりました。仲里さんは5月末に地元の今帰仁村越地(こえち)に戻りました》

     帰っても家の近くの壕で生活した。約1カ月後にね、(名護市久志(くし)の)大浦崎(おおうらざき)に民間人もまとめてアメリカーが避難させた。「1人でこのガマにいるより一緒に行こう」と言われて出たら、(肌の)色は真っ白でしょう。名護(なご)のヒンプンガジュマルの所にMP(軍警察)が立っててね。「これは確かにとられるな」ってもう胸騒ぎしてよ。黙っていたらね、アメリカーがいいって感じで手を振ってね。「逃(のが)れられたんだな」と思ったよ。

     うちらが若い時分は戦だったからね。今の若い方は世の中にも非常に恵まれている。若い方たちには戦争は絶対にしてはいけないと言いたい。


    <メモ>護郷隊

     1944年9月、本島北部を拠点に活動する遊撃隊として護郷隊(ごきょうたい)は組織されました。その幹部の多くは、スパイ養成機関とされる陸軍中野学校出身者でした。

     護郷隊の目的は、正規軍の崩壊後、敵の後方をかく乱して戦力を消耗させることでした。名護市多野岳(たのだけ)に第1護郷隊(正式名・第3遊撃隊)、恩納村(おんなそん)恩納岳(おんなだけ)に第2護郷隊(正式名・第4遊撃隊)が配備されました。

     護郷隊には、主に徴兵適齢期の16歳から19歳の青少年が召集され、情報収集やゲリラ戦に参加させられました。第1護郷隊91人、第2護郷隊73人が米軍上陸後に戦死しました。

    <聞いて学んだ>

    「戦争起こさない」胸に/内間英之さん(北山高2年)

     何も言えずに聞き入っていました。今の自分とちょうど同じ年で、戦争という悲惨な現場に向かわないといけないというのは、とても悲しいことだなぁと思いました。

     銃や爆弾を手に持ち人を殺しに行く。ウジムシやギンバエが集まっているご飯しか食べる物がない。仲間が目の前で殺される。

     それは、この地「沖縄」で実際に起こった現実でした。

     「絶対に戦争を起こしてはいけない!」。仲里さんの力強い言葉が深く胸の奥に突き刺さりました。

     今、自分たち若い世代にできることは何か。考えさせられました。

    同級生の死に悲しみ/島敬人さん(北山高3年)

     今回、仲里さんの話を聞いて強く思ったことは、国と国との戦いで人と人とが殺し合うということです。また同級生が戦死する、という今では考えられない出来事が実際に起きていたと思うと、切なく、悔しく、行き場のない悲しみで胸が張り裂けるような思いです。

     同じ隊の男の子が、地雷で足をけがしたそうです。そのとき男の子をおぶっていると、ズボンの中まで血で浸ったそうです。想像するだけで鳥肌が立ちました。将来の子どもたちに、戦争という事実、そして決して戦争をしてはいけないと伝え続けていきたいです。

    原発 放射能 食品汚染 TPP 沖縄戦 
    関連記事
    スポンサーサイト
    沖縄戦  /  tb: --  /  cm: --  /  △top
    原発 放射能 食品汚染 by freeseo1
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。