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    原発問題 -The Truth is Out There-

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    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

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    福島第1原発事故で対応が後手に回った真因 

    福島第1原発事故で対応が後手に回った真因
    原子力関係者に欠落していた危機管理の基本

    樋口 晴彦  2011年4月20日(水)日経ビジネスオンライン

     筆者は、組織不祥事という特殊な分野を研究対象とするに当たり、当該事案に関する事実関係が判明するまでは論評を避けることを原則としている。事実の裏付けがないまま推測だけを積み重ねても原因究明には結びつかないうえに、むしろ誤解を世間に広める危険性が大きいからだ。

     しかし本稿は、あえてその原則に違背して、東京電力の福島第1原子力発電所の事故をテーマに取り上げる。本事故については、事実関係の調査どころか、いまだ終息の見通しさえ立たない状況であるが、国内各地の原発では既に対策に着手しており、この段階で私見を示すことに意義があると考えるからだ。なお、今回は燃料棒の破損を防止できなかった点に絞って論じることとする。

    津波で冠水して電源を喪失、原子炉の冷却手段を失う

     3月11日午後2時46分、三陸沖でマグニチュード9.0の巨大地震が発生した。福島第1原発では1~3号機が稼働中であったが、直ちに制御棒が挿入されて自動停止した。しかし、核分裂が止まった後も、核燃料が「崩壊熱」と呼ばれる熱を放出するので、時間をかけて燃料棒を冷却しなければならない。そのため、緊急炉心冷却装置(ECCS)などの冷却システムが原子炉内に冷却水を注入するとともに、その冷却水をポンプで循環させて、熱交換装置を介して海水中に排熱する。

     この冷却システムの電源としては、ほかの発電所からの送電と非常用ディーゼル発電機による自家発電が用意されていた。特に重要なのは後者のディーゼル発電機で、万一の故障に備えて、予備の発電機も設置されていた。今回の震災でも、外部からの送電は途絶えたが、発電機が作動して冷却システムは正常に機能した。

     ところが、津波によって事態が一変する。福島第1原発では最大5.7mの津波を想定していたが、実際の津波の高さは約14~15mに達したのである。堤防を楽々と乗り越えた津波は、海抜10mに建設されていた1~4号機を襲い、海側に面した発電用タービン建屋に重大な被害を与えた。その結果、同建屋の地下に設置された非常用ディーゼル発電機が冠水して使用不能となり、午後4時36分の時点で福島第1原発は電源を喪失した。

     この電源喪失により、交流モーターポンプを使用するECCSはことごとく停止した。炉内の蒸気でタービンを回す原子炉隔離時冷却系だけは引き続き作動したが、その注水口が電動弁であったため、停電して数時間経つとバッテリーが切れて電動弁が閉じてしまった。かくして福島第1原発では、原子炉を冷却する手段を失ったのである。

    多重防護に対する理解不足と日航機墜落事故との共通点

     原発は、「多重防護」の発想で設計されている。この多重防護とは、文字通り何重にも安全対策を施している状態を意味し、1つの安全対策が機能しなくても第2の対策で安全を確保し、さらに第2の対策まで駄目になっても第3の対策で持ちこたえるという趣旨である。

     福島第1原発でも、電源については外部からの送電とディーゼル発電機各2台の3系統、ECCSについても4系統を整備し、見掛け上は多重防護の仕組みとなっていた。しかし、津波という単一の原因で複数の安全対策が同時に停止してしまっては、『多重』防護とは言えない。

     送電線による外部電源は一般的に災害に対して脆弱なので、電力確保の面ではディーゼル発電機が柱となる。そのディーゼル発電機が故障した場合に備えて、2台の発電機を用意して『多重』防護としていた。しかし、その2台を近接した場所に据え付ければ、単一の原因(津波以外にもテロや建屋の崩落などの態様が考えられる)によって、両方とも使用不能となるリスクが生じるのは当然だ。ECCSにしても、電源を喪失すればすべての系統が使用不能になるのでは、『多重』防護にならない。

    類似の例としては、1985年8月に起きた日本航空123便の墜落事故が挙げられる。墜落したジャンボ旅客機の機体設計にも多重防護の発想が取り入れられ、同機の操縦用油圧システムは4系統とされていた。ところが、機体の後部圧力隔壁が損壊した際に客室内の空気が機体尾部に噴出し、4系統の油圧パイプがすべて破壊されたことで、同機は操縦不能に陥ったのである。

     旅客機では機体のスペースに限りがあるので、多重防護にもおのずと限度があるが、原発の設計には十分な余裕がある。例えば、ディーゼル発電機の1つを、発電用タービン建屋よりもずっと頑丈な原子炉建屋や、山側の高所などに設置していれば、電源喪失という事態を回避することができただろう。原発の設計に当たって、こうした多重防護に関する理解が不足していた点は否めない。ただし、同原発の建設が始まったのは40年も前であるうえに、当時は米ゼネラル・エレクトリック(GE)の設計をそのまま受け入れざるを得ないという事情もあったようだ。

     それよりも重大な問題は、長年にわたって関係者が多重防護の不備に気づかなかったことだ。そのために、いまだに相当数の原発が同様の脆弱性を抱えている。背景には、専門分野に関しては非常に深い知識を有するが、その範囲が狭いために思考がパターン化しやすいという専門技術者にありがちな視野狭窄や、いわゆる「原子力村」におけるグループシンクが存在するように思われる。

    海水の注入が遅れて燃料棒が損傷し、水素爆発を誘発

     電源喪失により冷却システムが機能停止したことを受けて、東京電力は電源車を手配した。地震が発生した3月11日の午後9時には電源車が現地に到着したが、電源車と原子炉をつなぐケーブルの長さが足りない、接続口が津波のため浸水しているなどのトラブルが重なり、電源を回復できなかった。

     原子炉内では冷却水が蒸発して水位が低下し始め、翌12日の午前9時半には1号機の燃料棒の上部55cmが水面から露出し、午後12時35分にはそれが170cmに達した。露出した燃料棒は高温になり、合金製の被覆管が溶けて破損する。

     午後2時12分には、燃料棒内に封じ込められているはずの放射性物質セシウムが1号機周辺で検出され、燃料棒の破損が明らかとなった。さらに、高熱の被覆管が水蒸気と反応したことで水素が発生し、午後3時36分には水素爆発が起きて、1号機の建屋上部を吹き飛ばした。

     事態のさらなる悪化を防ぐために、午後8時20分から1号機へ海水の注入が始まった。3号機については、13日午後1時12分から海水注入を開始したが、翌14日午前11時1分に水素爆発が発生した。2号機については、14日午後4時34分から海水注入を始めたが、翌15日午前6時10分に水素爆発が起きた。

     震災発生時に定期点検中で稼働していなかった4号機でも、15日午前6時に水素爆発が発生した。やはり冷却機能が停止したことで使用済み核燃料プールの水位が低下し、露出した使用済みの燃料棒が高熱となって水素が発生したものである。さらに3号機についても、使用済み核燃料プールの水位低下が判明した。そのため、3号機については17日、4号機については20日から、プール内への放水をそれぞれ開始した。

     以上のように1号機から4号機まで燃料棒の損傷が相次いで発生した。その直接の原因は、1~3号機については海水注入のタイミングが遅れたこと、そして4号機の場合には、使用済み核燃料プールの状態監視を怠っていたことである。

    海水注入のタイミングが遅れた理由として、東京電力が決断を躊躇したと批判する論者が多い。その論拠としては、海水を注入すれば廃炉にせざるを得なくなるが、原子炉の新規建設には3000億円もの巨費を要するうえに、福島第1原発は既に減価償却が終わっていて、利益をどんどん生み出すドル箱だったためと指摘されている。

     非常にうがった見方であるが、本稿は必ずしもそれに与しない。筆者が注目しているのは、過酷な作業環境とマンパワーの不足である。

    過酷な作業環境にマンパワー不足が重なる

     当時、福島第1原発には約800人の人員が存在したが、職種・技能・経験などの関係で実戦力となる作業者は50人前後にすぎなかった。海外メディアが称賛した「Fukushima 50」である。交代要員や支援要員の人数を勘案すると、この50人体制では、現場に数人の作業者を配置するのがやっとで、複数の作業を同時並行的にこなすことは困難だったはずだ。

     さらに、作業環境はこのうえなく過酷であった。電源喪失により遠隔操作ができないので、現場に出向いて人力で作業するしかない。普段は実施したことのない作業ばかりなので、作業計画を練るだけでも相当な時間がかかる。

     道路上には津波のために障害物が散乱し、車両が通行できないので機材の搬入も難しい。建屋内は真っ暗であるうえに物品が散乱しており、懐中電灯だけを頼りにそろそろと進むしかない。扉が衝撃で損壊していれば、それをこじ開けるのにも時間がかかる。ようやく現場にたどりついても、高い放射線量のために数分間しか作業できない場所もある。これでは1つの作業を終えるのに何時間もかかるのは当然のことだ。

     かくして、1号機のベント(原子炉内の蒸気を大気中に放出して、炉内の圧力を下げる措置)に始まり、1号機の海水注入、3号機のベント、2号機のベント、3号機の海水注入、2号機の海水注入と、1つひとつの作業を進めていった結果、対策がことごとく後手に回り、燃料棒の破損を拡大させてしまったと考えられる。4号機の使用済み核燃料プールの状態監視を怠ったのも、上記の作業に人手を取られて、4号機に要員を振り向ける余裕がなかったためだろう。

    「原子力村」に閉じこもらずに外部の知見を取り込め

     もしも24時間以内に100人程度の熟練技術者を速やかに派遣し、福島第1原発の担当者とペアを組ませて諸作業を同時並行的に進めていれば、1号機は間に合わなかったとしても、2~4号機の燃料棒の損傷を防止できたかもしれない。

     しかし、こうした緊急派遣には普段からの周到な準備と訓練が不可欠である。災害が起きてから泥縄的に実施してもうまくいくものではない。少し視点を変えれば、これまで原子力関係者は、予備戦力の迅速かつ集中的な投入という危機管理の基本を認識していなかったのではないだろうか。

     筆者としては、今後の原子力事故に備えるために、警察の広域緊急援助隊に相当する組織を創設すべきと考える。具体的には、各電力会社から要員を選抜してオールジャパンの緊急対策チームを編成し、定期的に実地訓練を行ってノウハウを蓄積する。そして緊急時には、発電機や通信機器、ポンプ、ケーブルなどの機材と一緒にヘリで空輸し、現地の発電所長の指揮下で活動させるのである。

     いずれにせよ、今回の重大事故を防ぐことができなかった以上、「原子力村」という閉じたサークル内での議論には限界があると言わざるを得ない。今後、原子力の安全対策を再考するに当たっては、リスク管理や危機管理など諸分野の知見をもっと取り入れることが必要だろう。


    樋口 晴彦(ひぐち・はるひこ)
    1961年生まれ。東京大学経済学部を卒業後、国家公務員上級職として警察庁入庁。愛知県警察本部警備部長、外務省情報調査局、内閣官房内閣安全保障室などを経て現在は警察大学校警察政策研究センター主任教授として危機管理分野を担当。94年、フルブライト奨学生として米ダートマス大学経営大学院でMBA(経営学修士号)を取得。危機管理システム研究学会常任理事。失敗学会理事。主な著書に『不祥事は財産だ プラスに転じる組織行動の基本則』『組織行動の「まずい!!」学』『「まずい!!」学 組織はこうしてウソをつく』(以上、祥伝社)、『企業不祥事はアリの穴から』(PHP研究所)など。

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