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    原発問題 -The Truth is Out There-

      : 

    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

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    IWJ特報第146号「能川元一氏インタビュー 第2部~従軍慰安婦編(その4)」 

    第146号
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                 岩上安身のIWJ特報
              歴史修正主義者の詭弁を徹底論破!
          能川元一氏インタビュー 第2部~従軍慰安婦編(その4)
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    (IWJより転載許可済)

    ===================================
    ◆ヘイトスピーチの問題を現象学的に捉える◆
    ===================================

    岩上「日本人の一人一人の心のなかに、自己肯定のゆがんだ心の動きがありま
    すよね。そういうことの分析について、先生は詳しくていらっしゃいますが、
    そもそもその分析の仕方についておうかがいすることなく、ここまで事実を列
    挙していただきました。ショッキングな話も、いっぱいありました。

     もともと、先生は歴史学がご専門ではないですよね。これだけの歴史資料を
    取り扱われながら、実は歴史学者ではなくて、哲学をやっていらっしゃる。も
    ともと能川さんは、どういうことを研究されているのでしょうか」

    能川「教科書などに載っているような言葉でいえば、現象学という哲学の一部
    門があって、その研究から出発したのですが、個人的な関心としてあったのは、
    身体を持っているということが我々の心にいったいどういうかかわりがあるの
    か、あるいは人間という存在に、どういうかかわりがあるのか、ということで
    す」

    岩上「これは、哲学の歴史のなかでは非常にエポックな出来事だったのですよ
    ね。つまり、哲学をするときには、普遍を求めるあまり、視座とかいうものが
    それぞれ限定的であるということはすべて捨象してしまい、観念的な真理とか
    真実とか、本質とかいうところに向かいがちだった。でもそうではないでしょ
    う、と」

    能川「人間の本質というのが、例えば理性にあるとすれば、その理性というの
    も心の機能、働きであるわけです。つまりは、身体というのは人間の存在にと
    って二義的である、みたいなことでした。古くはプラトンなどにも非常に鮮明
    に表れている思想です。

     それに対して、20世紀ぐらいから、その人間の在り方の非常に重要な基盤とし
    て、身体性、身体を持っていることというのがある、と。そういう分野で研究
    をしてきました。いかにも歴史学などとは直接の関係はなさそうなものだった
    のですが」

    岩上「認知の仕方というのには、いろいろな限定や制約がある。そして、その
    限定された認知のシステムを通って得た情報を、我々は脳みそで処理して理解
    していく。そういうことを捨ててしまったら、人間理解にならないでしょう、
    ということでしょうか」

    能川「的確におまとめいただいたと思います。私も最初にインターネットでこ
    のヘイトスピーチとか歴史修正主義を見聞きするようになったときには一市民
    としての関心しかなかったのが、徐々に、これはひょっとして、自分の研究し
    たことの延長線上で扱えるのではないか、と思い始めました。

     それは、簡単に言うと、一なんでこんな荒唐無稽なことを信じてしまえるのだ
    ろう、ということです」

    岩上「なるほど。これはUFOなんかとつながる、いわゆるトンデモ本などの領
    域ですよね。あるいは陰謀論とか」

    能川「それがひとつですね。もう一つが、例えばヘイトスピーチにしても、彼
    らは、自分たちこそが実は道徳的に正しいことをしていると思っていることで
    す。

     彼らのなかで、ヘイトスピーチや歴史修正主義などが、道徳的にどういふう
    に正当化されているのか、なぜ彼らはあれを正しいことだと思えるのか、とい
    う点です。私自身がまったく正しいと思えないことを、彼らはいったいなぜ正
    しいと思えるんだろうか。

     なぜ人はこんなに荒唐無稽なことを信じられるのか。まあ、これは、伝統的な
    哲学でいえば、認識論にかかわることですし、もう一つは倫理学とか道徳哲学
    にかかわる問題で、どちらも哲学の守備範囲内になるわけです。どちらも、私
    自身がそれまでやってきた研究の手法でアプローチすることができるのではな
    いかということで、数年前から、ぼちぼち考えたり書いたりしています」

    岩上「なるほど。さきほど本番に入る前、打ち合わせの段階で、メルロ=ポン
    ティ(※29)を研究なさっていたとおっしゃっていましたね。そこから、認知
    意味論ということをおやりになって、アメリカのある研究者の書物に影響を受
    けたとうかがっていますが」

    能川「ジョージ・レイコフ(※30)という人です」

    岩上「これはどういう方で、どんな書物で、どういうものだったのか、少しお
    話願えますか?」

    能川「そうですね。なにがいいかな? 例えば、株価が上がるというふうな言
    い方をしますよね。株価が上がる。我々はそれをごく当たり前の表現として理
    解して、使って、かつ、経済現象をそれによって理解しています。ですが、そ
    の株価というものが、ぷかぷかと上がっていくところを、ご覧になったことは
    ありますか?」

    岩上「例えば、東証で、電子的な動きの表現と言いますか、タタタタタと上が
    っているような、ああいったのを意味しているのかな。その昔は、セリみたい
    なことをやっていて、値段が吊り上がっていくシーン。今でも、築地なんかで
    はセリをやっていますが、ああいうイメージはあります。それ以外に何かある
    のでしょうか?」

    能川「株価というのは実は抽象的な存在ですから、株価というのが別にどこか
    にあるわけではないですよね。その場所が、位置が高くなるといっても、文字
    通りに、実際に上に行く、というわけではないですよね。ですから、実は、
    我々は意識していないけれども、株価が上がるというのは、本当は比喩的な表
    現なのだというわけです」

    岩上「ああ、確かに比喩的な表現ですね」

    能川「我々が自覚してないだけです。ではなぜ、そもそも、数が増えることを
    上がると表現するのだろうか。日本語でも英語でもその表現をしますよね」

    岩上「アップするという言い方をしますよね」

    能川「このレイコフの発想のひとつの核になっているのは、人間が抽象的なも
    のを理解するときには、より具体的な、それこそ身体を使ってやるレベルでの
    経験をもとにした、それをメタファー的に拡張した図式が理解されるのだとい
    うことです。

     例えば今、私が身体を使って、こうやって積み上げますよね。積み上げると、
    本の数が増えるにしたがって、高くなっていきますよね。こういうふうな経験
    というのは結構、日常的にするわけです。例えば、お皿を洗うと、それを重ね
    ていくと高くなると。そうすると、数が増えることと高くなるということの身
    体レベルでの結びつきというのができてくる。

     それをなんていうかな、隠喩的に拡張してやれば、数が増えること全般を上
    がるというふうに表現できるようになる。それが理解できるようになる。こう
    いうふうな発想が核にあります」

    岩上「抽象的な思考とか、意味とか、そういうものは、実はとても素朴な経験
    を身体的な経験を手掛かりにして、表現し、その表現された言葉を通じて、ま
    たコミュニケーションしたり、考えたりしてるということですね」

    能川「レイコフというのは、まあそういうふうにして、人々が言葉を理解する
    ということを考え直そうとした人なのです。彼自身が、『比喩によるモラルと
    政治-米国における保守とリベラル』という著書で、そのアイデアをアメリカ
    政治の分析に応用したんですね。今のアメリカでは、共和党と民主党の対立が
    かなり深刻になっていますが、例えば、妊娠中絶などを巡って、非常にそれが
    熱いアジェンダになります。

     保守派側は、リベラル派は矛盾していると考えるわけです。例えば、一般に
    リベラル派は死刑制度に反対だろう、と。それなのに、人口妊娠中絶は許容し
    ているじゃないかというわけです。ところが、リベラル派からみると、“保守
    派は人工妊娠中絶に反対だ、つまり自分たちはプロライフだと言っているくせ
    に、死刑に賛成するのはなぜか”ということになる。お互いに、相手は矛盾し
    ていると思っているわけです」

    岩上「なるほど。非常に不道徳だと、両者ともに言っているわけですね」

    能川「そういった対立があると。一方で、例えば、保守派のほうは、税金とい
    うのは、努力した人に対する罰だというふうに主張したりする。反対に、リベ
    ラル派にとっては、例えば福祉の打ち切りのほうが不道徳だというように思え
    る。

     非常に、異なった価値判断をしているわけですよ。お互いに、相手が矛盾し
    ていると、一貫していないと思っているわけです。ここで考えられる可能性の
    一つは、『我々は本当に、矛盾した道徳的な概念を持っていて、しかも、保守
    派とリベラル派には共通の地盤はまったくない。まったく異質な人間だ』とい
    うことです。

     二つ目は、『人間というのは、そんなに根本的には変わるものではない。人
    間には、ある種、普遍的な人間性というのはあるけれども、しかし何らかの仕
    組みで、まったく異なった道徳の仕組みが出来上がってしまう』という可能性
    です。レイコフは、後者の仮説をとるわけですね。

     人間にとっての基本的な幸福というのはそんなに違うものではない、と。誰
    にとっても、例えば健康であるということは、他の条件が違ってもいいことだ
    ろう、ということですね。満たされていることは、満たされていないよりいい
    ことじゃないか、と。

     そういうふうに、非常に要素的な道徳感情にまで還元していけば、リベラル
    も保守もみんな一緒だというわけです。たとえば、自由であること。誰にも拘
    束されてないことというのは、それだけとれば、誰にとってもいいことだと。

     それは、保守もリベラルも一緒じゃないかというわけです。ただ、そうした
    様々な道徳的な価値のなかには、お互いに衝突するものもあるわけですね。例
    えば、自由と平等というのは時として衝突する。そういうときに、いったいど
    っちを優先するか。

     この優先順位の違いだけで全く違った道徳の体系が出来上がるということを、
    明らかにしようとした。その時に、彼がかつて考えた仮説というのは、例えば、
    政治の問題を考えるときに、政治の場合、例えば国家と市民との関係を考える。
    そういう時に、例えば、今の国民国家なんて、まあせいぜい数千年の歴史しか
    ない。長く見ても、数千年の歴史。文字通りの国民国家なら、何百年の歴史し
    かないわけですよね」

    岩上「2、300年ですよね」

    能川「要するに、人類の進化の過程からいうと、本当に最近できたものなので
    すね。当然、我々の心というのは、そんな、今の国民国家みたいなものをその
    まま認識できるような仕組みを持ってはいないわけです。せいぜい、数百人の
    集団しか認知できない、考えられないようにしかできていない、と」

    岩上「それは身体の限界ですよね」

    能川「だから、国家のような、ある種抽象的な存在を考えるときには、もっと
    身近で、具体的な集団を手掛かりにして考えるはず」

    岩上「なるほど」

    能川「で、その有力なものが家族です。つまり、親と子の関係をベースとして、
    国家と市民との関係を考える。そのときに、アメリカ社会にある二つの有力な
    家族のモデルとして、ひとつは厳しいお父さん。厳しいお父さんが、一家をが
    ちっと守り、かつ支配している。

     そういう家庭のモデルと、もう一つは、やさしい親ですよね。レイコフは意
    識的に、厳しい父親と、やさしい両親、慈しみの両親という言い方をしていま
    すが、こちらはジェンダーニュートラルな、そういうモデルです。

     要するに、そういう強い父親、厳しい父親のモデルで、国家と市民との関係
    を考えると、これは保守的な道徳がでてくる、と。つまり、子どもというのは、
    とにかく自立を目指していかないといけない。

     そのために、父親は子供を厳しくしつける必要がある、という発想ですよね。
    それに対して、やさしい両親のモデルで国家と市民との関係を考える人間は、
    もちろんその考えるというのは、意識的にそういうモデルを使って、というよ
    りもっと無意識的なものですが、リベラルな道徳的判断をするようになる。

     同じことが、例えば同じ家族モデルが、日本にただちにそのまま当てはまる
    かどうかというのはいろいろ議論が必要なところだとは思いますが、ただ、同
    じ価値観でも、同じ道徳的な価値でも、優先順位のつけられ方の違いだけでか
    なり違った道徳的判断が出てくるという。

     この部分は、日本でも基本的には同じだろうと考えるわけですね。じゃあ、
    いま、現に戦争をめぐって、例えば慰安婦の強制連行を巡って日本の右派と左
    派が対立している、と。で、その対立をそうした方法論で理解できないだろう
    か、と。これまでのところ、主にやってきたのは、さきほどお話しした道徳的
    な側面なんですね。これに主に力を入れてきて、去年の10月に、そのことで論
    文を書いた本が、アンソロジーですが、出ました」

    岩上「なんていう本ですか?」

    能川「『レイシズムと外国人嫌悪』(※31)です。明石書店から出させていた
    だきました」

    ----------------------------------------------------------------------
    (※29)メルロ=ポンティ:フランスの哲学者。フッサールによって確立され
    た現象学を、近くのレベルにまで還元し、発展させた。身体性や知覚経験など
    人間存在がもつ両義性の現象学的記述に新生面を切り開いた。また、フランス
    の哲学者サルトルとともに雑誌「現代」を創刊し、実存主義の展開に指導的役
    割をはたした。主著は『近くの現象学』『弁証法の冒険』『シーニュ』など
    (参照:コトバンク【URL】http://bit.ly/1r38N0M)

    (※30)ジョージ・レイコフ:アメリカの言語学者。カリフォルニア大学バー
    クレー校教授。認知言語学の創設者の一人であり、特に、従来文章技巧の問題
    として言語学からは周辺的な現象として扱われてきたメタファーを、日常の言
    語活動に必須の認知能力(概念メタファー)として捉え直したことで知られる。
    著書に『レトリックと人生』『詩と認知』『認知意味論-言語から見た人間の
    心』『メタファーによるモラルと政治』など。

    (※31)小林真生・駒井洋『レイシズムと外国人嫌悪』(明石書店、2013年10
    月)出版社による紹介文:インターネットの普及、経済の低迷などを背景に、
    日本でもアジアに対する極端な民族差別発言が公然と語られ、叫ばれるように
    なった。ナチスの台頭、ヨーロッパの反ユダヤ主義などの分析と比較のなかか
    らレイシズム、ゼノフォビアに対する原理的批判の試み。(【URL】http://
    amzn.to/1tovxu3)

    ===================================
    ◆ネットウヨクの行動原理◆
    ===================================

    能川「もうひとつの関心として、今、なんでそんなことを信じてしまうのかと
    いうことがあって、これについてもいろんな要素がもちろんあるのですが、さ
    きほど言葉に出ましたけども、疑似科学に関しては、結構研究の蓄積がありま
    すよね。その知見も参考にしたいと。

     さきほどの、ゴールポストを下げるという戦略もそうですが、これはまあ、今
    からまさに取り組もうとしているというところです。いくつか、それなりに見
    えてきたかなということの一つは、社会心理学などで、曖昧さへの耐性、”
    Ambiguity Tolerance”というものがあります」

    岩上「耐性と言いながら、寛容性みたいなことなんですね」

    能川「まあそうですね。だから、Intoleranceと言い換えてもいいのですが、
    要するにこれは、人の個人差、特に人間が世界を認知する時の癖みたいなもの
    の個人差、ですね。

     例えば、断言するのが好きな人と、簡単に断言しなくて、いろいろと保留を
    付けたりする人がいますよね。実際に、それを測定するのに使われている尺度
    の設問で面白いのがあります。

     ジグソーパズルをするときに一番楽しいのは、最後のピースをはめるときで
    あるとして、それをそうだと思うか、そうだと思わないか、みたいな質問があ
    ったりするのですが、これは、そうだと思うと答えると、あいまいさへの耐性
    が低いと判断されるのです。

     要するに、ジグソーパズルの最後のピースをはめるときというのは、全部の
    絵柄が明らかになるときですよね。ああ、すべてがわかった。すっきりした、
    と。しかしその一方で、はめるピースはこれしかない、はめるところはここし
    かないのだから、謎解きの楽しみというのはそこにはまったくないわけです
    よ」

    岩上「そうですね。だから、途中で、よくわかんらなかったけれど茫漠した絵
    が見えてきてこのへんだな、というあたりがおそらく一番の山場ではないかと
    思うのですけが」

    能川「そういうふうに思う人もいれば、最後のピースをはめたときのすっきり
    感が一番楽しいという人もいる。そういうふうに個人差があります。

     これ自体は、実は単に個人差であって、それ自体としては、別にいいことで
    も悪いことでもない。ここを非常に強調しておきたいのですが、一般には、曖
    昧さへの耐性というのが政治的なイデオロギーの傾向性とかなり強い相関があ
    ると言われている、ということです。簡単に言うと、保守的な人というのは概
    して曖昧さへの耐性が低い、ということです」

    岩上「曖昧さを受け入れない。断言したい。できるだけ断言したいと思ってい
    る、と」

    能川「あるいは、ものごとを白か黒かとか。あるいは敵か味方かというように
    分けることを、どちらかというと好む。もちろん、比較の問題で、ですが。

    左派的な人、リベラルな人というのは、相対的に言えば、その曖昧さへの耐性
    の高いひとが多い、と。これが比較的繰り返し、実証されているデータらしい
    のです。

     そして実は、私自身が長年、ネットで観察してきたネットウヨクの行動原理
    に照らし合わせてみたときに、結構、それがよく当てはまっていると思うので
    す。

     とにかく、なるべく物事を単純化してとらえたいという、そういう指向性が
    彼らにはありますね。これも、実は、常に悪いというわけではない。結局は、
    単純化してとらえたその結果として、早い意思決定ができた。それで、問題に
    早く手を打てた、というようにつながることもありますから。

     イギリスのチャーチルとチェンバレンを比較してみると、チャーチルのほうが、
    曖昧さへの耐性が低い、という言い方をしています。じゃあ、結果的にどっち
    が正解だったのか。今、歴史の審判としてはチャーチルが正しかったというこ
    とになっていますよね。

     だからこれは、それ自体としてどちらが正しいということではないというの
    を繰り返し強調したうえで、しかし、テレビであるとか、特にテレビの編集技
    法とか、あるいはツイッターのように、短いフレーズでパッパッと効果的な印
    象的なものを言う人間が受けるという今のメディア環境というのは、その曖昧
    さへの耐性が低いタイプの人ほど、水を得た魚のように生き生きと活躍できる
    環境になっているのではないか、ということです。

     特に、白か黒か、敵か味方かという意識の強い人、もともとそういうものの
    見方をしがちな人が、そうしたネット環境とか、あるいは政治的な環境にいる
    と、それに輪がかけられてしまう。

     そうなると、特に、領土問題などが典型的ですが、領土問題というのは、こ
    の国のこの島は、こっちの国のものか、こっちの国のものか、という問題とし
    て理解されやすいですから。

     竹島は日本の領土に決まっているという人にとってみれば、いや、よく分か
    らないですと判断を保留すること自体が、お前は利敵行為をするつもりか、と
    いうことになってしまう。

     そして、自分とは違って竹島を日本領だと思ってはいない人間というのは、
    韓国人を含めて、つまりは我々の敵である、というふうな認知になってしまう
    というわけです。

     その単純化思考というのが、メディア環境とか社会的な状況によって、いわ
    ば強化されることが、彼らの認知がゆがむひとつの要因ではないかと思ってい
    ます」

    岩上「なるほど。私は情報を扱う仕事をしていますし、メディアに、とりわけ
    新しいメディアに関わっているものですから、いろんなところで、メディアに
    ついてとか、情報について、質問をうけます。そういうときに必ず出る質問と
    いうのが、何パターンかあります。

     必ずお答えするようにはしていますが、それでも、それは答えられないとか、
    それは分からないというような答えにならざるを得ないものもあるわけです。
    そうすると、落胆されるのですよ。落胆されると、その次に僕が必ず付け加え
    ることがあって、『人間は、イエスとかノーとか、白とか黒以外の、分からな
    いボックスを頭のなかに絶対作っておかなきゃいけないと僕は思っています』
    と、そう言うんですね。

     その分からないボックスをふくめて、つまり三種類の箱は最低限用意してお
    かないと、どちからかに決めて間違ったらどうするのですか、と。今はよく分
    からないと言うと残念に思われるかもしれないけれど、なかには積極的な意味
    で分からないということもあって、それは、このあとも僕らにはまったく理解
    できないとか、あるいは知的に無能だということの証明になるわけではない。

     実際、構造的に私たちは、世界の情報のすべてを知りえないわけなので、分か
    らないものは分からないボックスの中に入れておいて、いつの日か、例えばこ
    ういう資料が発掘されました、はい、だからやっと事実が分かりましたね、と
    いうことだってありうる。むしろ、分からないくせにこうだと断言するほうが
    過ちを大きくする、ということを、いつも言います。

     その分からないボックスがきちんと整理されていると、陰謀論に陥らずにす
    むのだろうと思うのです。私は仕事上、瞬時に判断していかなければならない
    ので、判断をパッパとする癖がついていますが、わからないことは、瞬時の判
    断で分からないボックスに入れておきます。

     そうすれば、人は大きな誤謬、例えばコミンテルンが全ての陰謀のかげにいる
    とか、イルミナティがどうしたかとかいう思い込みには向かわないのではない
    のか、と。

     あるいは歴史修正主義的な過ちには、向かわないのではないのかと思うので
    すが、どうでしょうか」

    能川「実際にネットウヨクの人が、南京事件とか慰安婦問題について書いてい
    るのをみると、こういうふうに思います。彼らは、歴史的な事実というのが、
    あたかも紙っぺら一枚で決まるかのように思っているのじゃないのか、と。そ
    んな気がすることがあります。

     証拠を出せ、と彼らは気軽に言います。証拠を出せというけれど、ここへ持っ
    てきているのはごく一部ですから」

    岩上「膨大な証拠があるわけですものね」

    能川「そうなのですよね。さっきジグソーパズルの話が出ましたが、ひとつの
    歴史記述を完成させるというのは、例えていうのなら、ピースの数が何十万と
    か何百万個のジグソーパズルを完成させるようなものです。しかも、歴史の場
    合、ピースが揃っているという保証もないわけですよ」

    岩上「むしろ、それは散逸しているのが普通ですよね」

    能川「そうです。そういう中で、少しずつ苦労しながら、ジグソーパズルを組
    み立てていくというのが歴史学者の仕事です。ところが、ネットウヨクの人た
    ちというのは、5つか6つのピースで歴史ができているように思っているんじゃ
    ないのかと、そう考えたくなる時があるのです。

     実際には、例えば南京事件ひとつとっても、かなり高い確率でそれは本当だ
    といえるような部分もあれば、そこそこ正しいだろうという部分もあれば、か
    なりあいまいな部分と、いろいろあるわけですよ。グラデーションが。

     かなり確実にそうだと言える部分から、まあその可能性もないわけではない
    ぐらいの部分まで、そういった濃淡までをも含めて非常に複雑な様相を呈して
    いるのが、南京事件あるいは慰安婦問題です。

     それを、30万人なのかどうか答えろとか、あるいは、強制連行があったのか
    それともなかったのか、というようによく言われるわけですよ。しかし、強制
    連行があったのかなかったのかと言われても、あったかなかったかでは答えら
    れないですよ。まずもってそれは、地域によって違いますから。

     あるいは、時期によっても違います。そもそも、強制とは何を指すのかとい
    う、その定義によっても違う。最低でも、この三つの問題をクリアしないと答
    えられないのですが、ところが彼らは、問題なのは強制連行があったかなかっ
    たかなのだと、こういうふうになるわけです。

    そういう極端な二分法、極端な白か黒かという図式で複雑な問題をとらえてし
    まえば、特にこういう非常にセンシティブなというか、デリケートな問題を取
    り扱えば、それは当然、実態から非常にかい離した認識が出てくるでしょう」

    岩上「しかも、ただの単細胞というわけでもなく」

    能川「そうです。別に頭が悪いとかそういうことが言いたいわけではないで
    す」

    岩上「ただの単細胞だったら、『あったのかなかったのか、早く答えてくれ』
    と言って、それに対して、『ありましたよ、だってほら、ここにあるでしょ』
    と言われたら、『そうか、やったんだね。分かりました。じゃあ今日から僕は
    それを信じる』となるのでしょうが、そう簡単に話が解決するのか、と。そう
    ではなくて、そういわれたら今度はまた、問題の設定を変えて、少しずつ身を
    ずらしていって結局のところ…」

    能川「そうです。そういう意味では非常に、巧妙ではありますね。よく、お前
    はネトウヨを見下しているだろとか、バカにしているだろうと、言われること
    があるのですが、執念深さと、こんなものどこで見つけてきたのだろうという
    ような情報を見つけてくるところとか、あるいは、ある種の巧妙さについては、
    感心するといったら変ですが、まあ、そういうところはありますね」

    岩上「あるんですよね。非常に今日は思いましたね。やっぱり難しいな、と。
    これが今日的なテーマだなと。ずっと続いているテーマではありますが、それ
    を今日的だなと申し上げるのは、これがいよいよ政治の実態に強く反映されて
    きている、という意味です。

     政治の最高権力者やその周囲、閣僚やあるいは内閣官房参与とか、首相の補佐
    官とかいった人たちが次々と発言を繰り返し、もっとも影響力のあるメディア
    のトップが似たような発言を繰り返すということがあり、それが実際の政治に
    影響し、その実際に政治に影響するというのが、これはなんと、政治の根本で
    ある憲法を改正してしまおうとか、解釈改憲で乗り越えてしまうとか、集団的
    自衛権を認めようとしているとか、武器輸出三原則を変えようとしているとか、
    ということになってきている。これは、とんでもない大きな、大文字の政治の
    曲がり角ですね」

    能川「それも、かかっている物事の重みたるや、とんでもないような話ばかり
    ですよね」

    ===================================
    ◆日本の極右とヨーロッパの極右◆
    ===================================

    岩上「とんでもないことですよね。町中の、陰でひそひそ話をしている無責任
    な噂話のようなレベルと、政治の中枢がほぼ同じレベルになっているというこ
    とですね」

    能川「そして、現実にそれが効果を発揮しようとしている、ということですよ
    ね」

    岩上「発揮しているというこの怖さと、それから、世界で同時多発的と言いま
    すか、共通性があるといいますか。日本でアンネの日記が破られる事件があり
    ましたけれど、ホロコーストの関連書籍も破られたらしいですね。

     事件の全容はまだ明らかになっていませんが、アンネの日記という本だけで
    はなく、ホロコースト全体を傷つけたいという象徴的な事件だったと思うので
    す。

     ホロコーストはなかったということを言う、ホロコーストリビジョニストとい
    うのが、ヨーロッパにはいるわけですよ。

     本来、ヨーロッパにいる人たち、ネオナチみたいな人たちと、日本のネトウ
    ヨみたいな人間はまったく別の世界にいて、それぞれ違う歴史修正主義を語っ
    ていました。こちらは、南京大虐殺はなかった、従軍慰安婦はいなかった、と。
    あちらは、ホロコーストはなかった、と。

     ところが今、それがくっつきつつあって、田母神さんを支援した右翼団体のト
    ップがブログで、南京大虐殺も従軍慰安婦もナチのホロコーストもなかった、
    全部は戦勝国が作ったデマなのだと言っています。こういうように、統合され
    ようとしている。

     これは、その統合されようとしているさなかに起きた事件です。そこに象徴
    的な意味を読み取ることは可能だろうと思います。まだ犯人はつかまっていな
    いので、犯人に思想性があるのか、愉快犯なのかは分かりません(※32)。

     これを破いたのは誰か突き止めろと、サイモン・ヴィーゼンタール・センター
    は言っているわけですが、しかし僕は、破かせた時代の空気とは何かというこ
    とを問うことなしにはすまないだろうというふうに思うのです。

     世の大罪とあっという間に手をつなぐ動きが、今、表面化しているというこ
    とについては、例えばウクライナの政変を見るとよく分かります。ウクライナ
    で大統領を駆逐した政変がソチオリンピックのさなかに起きていて、そして、
    そこの中心的な行動部隊のメンバーが極右なのですよ」

    能川「そうらしいですね」

    岩上「ネオナチですよ。つまり、ネオナチも、ただ町場で外国人に暴力をふる
    うだけの愚連隊というレベルから、ひとつの地政学的な変化をもたらす力を持
    ちうるようになったということで、僕は、これはたいへんなことになってきた
    のではないかという気がしています。そのへんはどういうふうにご覧になって
    いますか?」

    能川「大きな話になってきましたが…」

    岩上「ついでではありますからお聞かせ願いたい。まあ、時事的な話で、日頃
    見ているものから、少々違う話もぜんぶ視野を広げてごっちゃ混ぜではありま
    すけれど、能川さんの見解を、お聞きしたいなと思いまして」

    能川「そうですね。日本と、例えばヨーロッパの極右がつながるのかというの
    は、自分自身の専門とはあんまり関係はないですが、まあ、興味を持っている
    ところではありますね。

     ただ、最近、ヨーロッパの極右などは特に、彼らにとっての一番の大きな課
    題がアンチイスラムというか、イスラムフォビアですから、ある種の戦術とし
    て、きわめて普遍主義的な主張に訴えかけるという手法をとっていますよね。
    以前、それを見て、笑ってしまったのですが、イギリスの極右団体を取り上げ
    たドキュメンタリーで、極右団体が、我々は女性の人権のために戦っているみ
    たいなことを言っていました。

     これは、20年前なら、まずはありえない主張ですよね。ところが、アンチイ
    スラムのために何が有効かというのを考えたときに彼らが思いついたのが、あ
    る種のヨーロッパ回帰で、要するに、イスラムは女性に対して抑圧的だから女
    性の人権を全面に出す、と。それでこういうふうな話をしているわけですね。

     そういうような発想を日本の極右層ができるかどうか、するかどうかという
    のが、ひとつ、両者がつながるかどうかのポイントだろう、と思います」

    岩上「自分たちは道徳的であるというその正当化のために、何を持ってくるか。
    特殊と普遍を自在に使い分けて、都合良く特殊を使い、都合良く普遍を使う。
    そのときに、ことと次第によってはネオナチと日本のネトウヨが同じようなと
    ころで連帯するということがありうるかもしれない」

    能川「ただ、例えば、アメリカの極右が日本の極右の従軍慰安婦問題に関する
    主張に共感したり、あるいは同情したりするかというと、それはあまりなさそ
    うな気もします。

     そこはむしろ彼らにとっては、普遍的な価値にかなり抵触する問題なので、
    とすれば、じゃあ、日本の極右がそれに配慮して、慰安婦問題に関しての自分
    たちの主張をひっこめることができるのかどうか。そのあたりが、結びつきが
    実際にどのぐらい進むのかのポイントなのかな、と」

    岩上「これは、考えようによっては実際の政治思想にも、それから実際の政治
    選択にも大きな影響を与えそうですね」

    能川「そうですね」

    ===================================
    ◆日本の劣化と右翼の変質をどう捉えるべきか◆
    ===================================

    岩上「というのは、日本の保守というのは、戦後ずっと従米でした。しかし、
    かなり今、軋みが出てきていますね。安倍政権は、一方でアメリカ追随なので
    すが、他方では、この従軍慰安婦、靖国参拝、南京大虐殺はなかった、歴史修
    正主義、歴史認識、というあたりでどうか。アメリカは安倍政権に譲る気はな
    いですから」

    能川「そして、あまりにも普遍性に欠けた主張に、今の日本の右派はこだわっ
    ているわけですよね。それにアメリカが手を焼いているという状況です」

    岩上「この状況というものを日本の右派は、いま、非常に軽視しているような
    状態です。そして、メディアも軽視したような報道の仕方しかしていませんが、
    アラームは鳴りやまないような状態ですよ。

     毎日のように、アメリカの主要な新聞が、日本の危険な傾向ということに関
    して、アラームを鳴らしていますが、それを日本社会は受け取っていません」

    能川「要するに、慰安婦問題、まあ靖国もそうですし、慰安婦問題もそうです
    けれど、とにかくそうしたことについての日米の認識のギャップ、日本の保守
    派と、アメリカの認識とのギャップというのがものすごく巨大なわけです。そ
    の巨大さに見合った報道がされているとは、まったく思わないですね」

    岩上「そうですね。これについては、日本の右派のなかでも割れる日が来るか
    もしれないという気がしています。従米右派。それから、アメリカをも敵に回
    す、アメリカ許せないということを言い出す右派も出てきていますし」

    能川「田母神支持層なんかがそうですよね」

    岩上「そうですね。だから、核武装独立ということを田母神さんは言っている
    わけで、アメリカが一番悪いというような本もたくさん書いています。だから、
    そこの支持者は、もっともすっきりと本音を言ってくれているから、田母神さ
    んは一番いいんだと言っている。そういう支持者のなかには、驚いたことに、
    右派なのに、天皇陛下に対して非常に失礼な発言をするものも現れています。

     驚いたのですが、ネトウヨの中に、『天皇陛下は在日だ』と書いた者がいまし
    た。びっくりしましたが、書いてありますよ。天皇家というのはどう考えても、
    もっとも血統が確かにたどれる血筋です。それがもし、在日と定義されるのな
    ら、もちろん途中で、韓国人の血が入ったりは当然しているわけですが、それ
    だったら、我々日本人は、そのネトウヨも含めて、全員在日ですよね。

     早い話が一人残らずそうだということになってしまう。在日かそうでないかは、
    もはや、意味をなさない。天皇および皇太子が護憲という姿勢をみせたら、反
    日在日だと、彼らはそのようなことまで言い出している。天皇制だけは最後ま
    で死守するというのは右翼の中核の信念だったのではないのか、と」

    能川「まあ若い世代だと、必ずしもそうではないということなのでしょうね」

    岩上「そういうことなのですね。そうすると、ここは今度、世代でも分かれて
    いて、天皇のいらないナショナリズムとか、あるいは天皇を政治利用するとか。
    そうなると、尊崇の念などというのはないですね」

    能川「実際問題、前の韓国の李明博大統領が、もし天皇が韓国を訪問するなら
    ば、植民地支配について謝ってもらわなければならない、みたいなことを言っ
    たことがありましたよね。

     あのときには、いわゆる行動する保守などの街宣でも、天皇陛下を侮辱したよ
    うな言葉が散々出てきましたが、それまでは、いわゆるネットウヨクにとって
    天皇というのは、それほどアツいトピックではなかったですよね」

    岩上「三島由紀夫は、『などてすめろぎはひととなりたまひしや』、と書いた
    わけですよね。何故、天皇は神ではなくて人間だと言ってしまったのだ、と
    (※33)。

     つまり、神でいてくれないと、天皇に対する尊敬というのが維持できない。
    天皇への幻想が維持できない。それがすべてで、後は革命が起ころうが社会主
    義になろうが、なんであろうがどうでもいいと。アメリカのまねをしても、な
    んでもいいと。それを全部してでも、そこまで大事なんだというように言って
    いた。

     しかし、それぐらいのことを言える右派というのはもういないんだろうな、と
    思うのですよ。それぐらい芯の消えている右派って、もうなんなんだろうと思
    います。そこにある、もっともはっきりした感情は、嫌韓反中という排外的な
    嫌悪感情だけだったりする」

    能川「いま非常に深刻なのは、たとえば、本当にドメスティックな市場で食っ
    ている雑誌社が、嫌韓記事、嫌中記事で儲けている。これはまあ、ある意味、
    分かるといえば分かるのですが、例えば、財界系の雑誌なんかも平気で嫌韓ネ
    タ、嫌中ネタですよね」

    岩上「『WEDGE』みたいなとこですか」

    能川「たとえば、『VOICE』なんかもそうですよ。『WEDGE』ももちろんそうで
    す。あれは、ほんとうにいったい何を考えているんだろうなというのが、不思
    議で仕方がないというか。日本経済をいったいどうしたいのだろうと思うので
    すが」

    岩上「そうですね。戦争をすることによって、武器輸出三原則を緩和しようと
    しています。戦争をできるようにする。そして、武器を作る。国防産業にお金
    がいくようにする。そういうふうに日本を作り変えようとしているのでしょう
    が、そのあげく、国防産業の一部は儲かる、三菱重工が儲かるのは結構かもし
    れないが、じゃあ、日本はどうするのですか、戦争をして。

     帝国主義の日本は、明治以降、領土拡大という合理的な目的を持っていたわ
    けじゃないですか。それが今度は、朝鮮、台湾、中国に出兵するといって、そ
    こに何の目的があるというのですか。まったく、今日、領土を拡大し、帝国主
    義的に領土を取ろうということは不可能で、メリットは何もないですよ。

     だから、完全に、政治も財界も官僚もマスコミも一般の人々も、目的性と言い
    ますか、戦略性と言いますか、それをまったく見失っているとしかいいようが
    ないですよ。明治以降、1945年までの歴史の愚かさというのを考えなきゃいけ
    ないのに、それより数段愚かというか、劣化した状態というか、いったいどう
    したらいいのかと、そう思わざるをえません。

     まさにその、『とんでも本』的な思考を人は、なぜするのかというところか
    ら哲学的に考え直さなければいけない、と。この認知のゆがみから考え直さな
    きゃいけないという話に、まさかなるとは思いませんでした。しかし、能川さ
    んは、そこから原理的に、非常に根本的なところから考えられていらっしゃる
    ので、たいへん頼もしく思っております。またお話をぜひ、聞かせていただけ
    ればと思います」

    能川「よろしくお願いします」

    岩上「ということで、長くなりましたけど、能川元一先生にお話をうかがいま
    した。能川さんどうもありがとうございました」

    能川「ありがとうございました」

    (了)

    ----------------------------------------------------------------------
    (※32)3月12日、警視庁は、「アンネの日記」が相次いで破られた事件で、
    被害にあった豊島区内の書店に不法侵入したとして、30代の男を逮捕した。男
    は書店で被害が確認される前に、破られた本があった書棚に近づくなど店内で
    不審な行動をする姿が防犯カメラに写っていた。(産経新聞、3月13日【URL】
    http://on-msn.com/1hou2Eq)

    (※33)三島由紀夫の小説『英霊の聲』では、二・二六事件で処刑された青年
    将校たちや、神風特攻隊で戦死した兵士たちの霊が、「などてすめろぎは(ひ
    と)となりたまひし」と語っている。

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