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    原発問題 -The Truth is Out There-

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    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

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    追悼:菅原文太さん。そんなにも重いご病気をおして来て下さったとは知りませんでした。今でも文太さんの言葉が、私の心を揺さぶり続けています。日本を決して戦争のできる国にさせてはならない。安倍政権を倒す。今後もそのことに力を注いでいきます。 

    菅原文太さん。

    お陰さまで、翁長雄志は、仲井眞に10万票の大差をつけて、新しい県知事になることができました。

    沖縄県民の総意が叶いました。

    あの時の文太さんの演説、忘れません。

    改めて、安倍晋三が「戦争をやろうとしている」ことを、実感しました。

    その危機感を力に、我々はこれからも行動していきます。

    本当にありがとうございました。


    菅原文太 2014.11.1 沖縄セルラースタジアム
    翁長雄志 沖縄県知事候補 うまんちゅ1万人大集会 にて





    菅原文太「沖縄は、何度来ても、気持ちがいいね。

     カートに乗って、楽をさせてもらったけど、80過ぎたんで、さっきの2人みたいに走れないよ。30年前なら、あの倍くらいのスピードで走ったけどね。

     今日は立候補して、ピッチャー交代、知事交代、ということで押し掛けてきました。

     プロでない私が言うんだから、あてになるかならないか分かりませんけど、政治の役割はふたつあります。

     ひとつは、国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。

     もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと!

     私が小学校の頃、戦国少年でした。なんでゲートルを巻いて、戦闘帽をかぶって、竹槍持たされたのか、今振り返ると、本当に笑止千万です。

     もう二度と、ああいう経験は子どもたちに(させてはいけない)、子どもたちだけじゃない、あの雨のなか、大勢の将来大事な大学生も戦地へ運ばれて、半数が帰ってこなかった。

     今の政府と、本土の政府ですよ、仲井眞知事は、まさに戦争が起きること、戦争をすることを前提に、沖縄を考えていた。現知事は、今、最も危険な政権と手を結んだ。沖縄の人々を裏切り、公約をほごにして、辺野古を売り渡した。

    (そうだ!の声)

     古い映画だけど、「仁義なき闘い」に、裏切り者の山守(やまもり)、覚えてらっしゃらない方もいるかな?

    (覚えてるよー!の声)

     映画の最後で、『山守さん、弾はまだ残っとるがよ。一発残っとるがよ』というセリフをぶつけた。

     その談でいくと、

     『仲井眞さん、弾はまだ一発残っとるがよ。』

     と、ぶつけてやりたい。

     沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も、空気も風も、すべて国家のものではありません。
     そこに住んでいる人たちのものです。
     辺野古もしかり!
     勝手に他国へ売り飛ばさないでくれ。

     まあそうは言っても、アメリカにも、良心厚い人々はいます。中国にもいる。韓国にもいる。その良心ある人々は、国が違えど、同じ人間だ。みな、手を結び合おうよ。

     翁長さんは、きっと、そのことを、実行してくれると信じてる。

     今日来てるみなさんも、そのことを、肝に銘じて実行してください。
     それができない人は、沖縄から、日本から、去ってもらおう。

     甚だ短いけど、終わり」




    菅原文太さん妻文子さん コメント全文 小さな種を蒔いて去りました
    デイリースポーツ 12月1日(月)

    映画「仁義なき戦い」「トラック野郎」などのシリーズで人気を博した俳優の菅原文太さんが11月28日に転移性肝がんによる肝不全のため亡くなっていたことが1日、分かった。宮城県出身。菅原さんは最近は福岡県福岡市内に住み、家族によって密葬が県内の太宰府天満宮祖霊殿で営まれた。妻の文子さんが報道各社にFAXで心境を明かした。全文は以下の通り。

    「7年前に膀胱がんを発症して以来、以前の人生とは違う学びの時間を持ち『朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり』の心境で日々を過ごしてきたと察しております。

     『落花は枝に還らず』と申しますが、小さな種を蒔いて去りました。1つは、先進諸国に比べて格段に生産量の少ない無農薬有機農業を広めること。もう1粒の種は、日本が再び戦争をしないという願いが立ち枯れ、荒野に戻ってしまわないよう、共に声を上げることでした。すでに祖霊の1人となった今も、生者とともにあって、これらを願い続けているだろうと思います。

     恩義ある方々に、何も別れも告げずに旅立ちましたことを、ここにお詫び申し上げます」。


    原発 放射能 食品汚染 TPP 沖縄戦 
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