11« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.»01

    原発問題 -The Truth is Out There-

      : 

    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

    スポンサーサイト 

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。
    スポンサー広告  /  tb: --  /  cm: --  /  △top

    IWJ特報 第135号 日米原子力協定に迫る 元外務省審議官 遠藤哲也氏インタビュー(その2) 

    第135号
    ──────────────────
    岩上安身のIWJ特報!
    日米原子力協定、その交渉の舞台裏に迫る
    元外務省科学審議官・遠藤哲也氏インタビュー(その2)
    ──────────────────
    (IWJより転許可済み)

    ===================================
    ◆NPTとIAEA◆
    ===================================

    岩上「この当時、日本は70年代初頭ということで、外交上の大きな曲がり角に
    あったと思います。『ニクソン・ショック』ということで、ニクソンが日本の
    頭越しに訪中をするということがありました。

     米国は長い間ベトナム戦争をやって疲弊していて、中国と和解したのも、そ
    のような背景があったのでしょう。そして、米国は、台湾、つまり国民党政府
    を承認していたものを、中国共産党、つまり北京の政府を承認するというふう
    に、切り替えていこうとしました。

     その時、頭越しにやられた日本は、田中角栄さんが訪中して、中国と国交を
    樹立したわけですね。

     これは当時、米国と日本との間でも、ギクシャクしたやり取りが相当あった
    のではないかと思います。この辺も、原子力政策の話からは少しずれるようで
    すが、ご解説いただけたらありがたいと思います。中国と和解をしていく時代、
    インドが核実験を行う中で、日本はNPTに入るか入らないかで、相当悩んだと
    いう話を聞いております。その時の国際情勢と、原子力政策との関係について、
    そのあたりの事情を教えていただけたらと思います」

    遠藤「NPTができたのは、1970年です。そして、日本がNPTに入ったのは、1976
    年です。この間、6年のブランクがあります。

     先ほど申し上げたように、NPTというのは、ドイツと日本を抑えこむという
    要素が非常に大きかったものですから、その日本が、NPTに入ってくれなけれ
    ば困るわけですね。なので、日本に対し、『入れ』という圧力が強くかかって
    くるわけです。

     それに対して、日本には二つの悩みがありました。一つは、NPTに入ると、
    核武装のオプションを捨てることになる。核武装すると、日本はまだ言い切っ
    ていないし、それを言う人はあまりいなかったと思います。少なくとも、公に
    は。腹の中で思っていても、表には言えませんでした。しかし、核武装のオプ
    ションを、未来永劫に捨てるというのは、いかがなものかという思いがありま
    した」

    岩上「これはやはり、中国の核実験以降、強くなっていったのでしょうか」

    遠藤「それはそうでしょうね。それ以前からも、底流としてはあったと思いま
    すが、やはり近くの国が核実験をやったということは、大変なことだと思うん
    です。

     もう一つ、日本は、平和利用としての原子力はやっていくんだという考えは
    強くありました。しかし、NPTに入ると、平和利用の原子力についても、ウ
    ィーンのIAEAの査察が入って、新しい技術、つまり企業秘密というものを、盗
    まれるのではないかという懸念があったのですね。したがって、原子力の平和
    利用自体が、NPTによって抑えられるのではないかと。この2つの心配があった
    んですね」

    岩上「なるほど。この、NPTとIAEAの関係についても、ご説明いただけます
    か? IAEAのような国際機関に、がんじがらめにされる前から、日米原子力協
    定で、一対一の関係でがんじがらめになっていたわけですよね。一対一でがん
    じがらめになっているより、さらに国際機関の中でがんじがらめになるほうが、
    やはり困ったことだったんでしょうか?」

    遠藤「それは、日本もやはり独立国ですから、一対一で、米国にギュッと押さ
    え込まれるよりは、国際機関という、日本も一員である機関で査察を受けるほ
    うがいいという判断があったのだと思います。

     それから、より中立的であるということで、米国の査察を受けるよりは、
    IAEAという国際機関の査察のほうがいいという考えはありましたし、私自身も
    そういう考えでした。

     NPTとIAEAの関係というのは、NPTには執行機関、事務局がないんです。つま
    り、NPTでやることを、IAEAに委託しているんですね。能力もない、専門知識
    もないから、IAEAに頼んで査察をやってもらっているのです」

    岩上「国家公安委員会と検察庁のような関係ですね。NPTは核不拡散条約です
    から、核兵器が拡散していくことを防止する条約です。そしてIAEAは、国際原
    子力機関ということで、原子力の平和利用を促進すると言っています。しかし、
    これでは結局、核拡散の可能性を広げるだけで、NPTとIAEAの関係は矛盾して
    いるようにも思うのですが」

    遠藤「いや、平和利用であるからには、査察をさせるということですね。査察
    官を送って、ちゃんとチェックするよ、という」

    岩上「一時期のIAEAの査察の予算とか、労力のかけ方というのは、全予算の半
    分くらいが、日本をターゲットにしたものだったと聞いていますが」

    遠藤「私も正確な数字は覚えていませんが、ドイツと日本が相当な部分を占め
    ていたのは事実です。今でも、やはり、比較的日本が多いのではないでしょう
    か?

    岩上「こういう査察を受けて、公明正大なチェックを受け、『私たちはやって
    いませんよ』ということを示すことによって、原子力の平和利用をスムーズに
    進めていきたい、と。そういった考えなのでしょうか? 信頼されれば、段々
    と監視も緩くなり、面倒臭いことを言われなくなるだろうという、そういう考
    えや思惑があったのでしょうか」

    遠藤「まさにその通りです」

    岩上「他方、先ほどおっしゃった、原子力の軍事転用、つまり核オプションと
    いうものを、どこかで保持しておきたいという思惑もあった、と。大きな声で
    言えないが、腹の中にあったと。これがNPTに入ると、できなくなるのではな
    いかということでした。では、どのような経緯で、日本もNPTに入ろうという
    ことになったのでしょうか」

    遠藤「とにかく、日本は軍事利用をするつもりはないんだ、と。少なくとも表
    向きには完全にないと。その証しのためには、NPTに入る以外ないということ
    になりました」

    岩上「要するに、『自分に二心なし』と証明するために入る」

    遠藤「入って、IAEAの中立な査察を受け、査察制度等にも日本は協力していく
    ということですね」

    ===================================
    ◆核燃料サイクルに固執する日本◆
    ===================================

    岩上「このとき、やはり皮肉な感じがしますが、日本国憲法の9条とか、平和
    主義とか、それから非核三原則とか、日本は平和国家ですよ、というアピール
    があったと思います。

     政府は、今日よりも、60年代、70年代の時のほうが、日本は平和国家である
    ということを、国内でも国外でも言っていたと思います。メディアも、それが
    当たり前だという論調だったと思うんです。一方で、そのこと自体が、核オプ
    ションを保存していくための非常に重要な盾になっていたような気もします」

    遠藤「私は、核オプションを保存する云々というのは、意図ではなくて、結果
    論ではないかと思うんですよ。どうしてかというと、原子力技術というのは、
    軍事利用と平和利用が背中合わせ、不可分になったものです。原子力の軍事利
    用というのは、あくまで結果論であって、意図したものではないと思います。
    まあ、意図を持っていた人もいるかも分かりません。しかし、少なくとも、そ
    れは表には現れませんでした」

    岩上「そうですか。防衛関係者では、研究はずいぶんしていたということも聞
    いていますが、それは、静かにやっていたということなのでしょうか」

    遠藤「公にしたら、反発をくらいますからね」

    岩上「そういう時代だったんですね。今とはずいぶん空気が違うということに
    なりますけれども。

     そのときに、核燃料サイクル(※17)が非常に大きな焦点になってきます。
    この核燃料サイクルというものが、なぜ日本において必要だと思われ、かつ、
    どのような形で、これを米国やIAEAに認知させていったんでしょうか?

     核燃料サイクル自体は、複数の技術で成り立っていると思うのですが、その
    技術全部がフルセットで揃っているという国は少ないですよね。日本は、その
    核の技術をフルセットで持っています。これは、繰り返しになりますけど、軍
    事転用も可能な技術を持つことになるわけです。核燃料サイクルの導入は、ど
    ういうプロセスだったんでしょうか?」

    遠藤「核燃料サイクルには、長い長い歴史があります。日本が原子力の導入を
    考え始めた頃から、日本の原子力の政策の中核として、核燃料サイクルを考え
    ていたわけですね。

     原子力委員会ができたのが、1956年(昭和31年)なのですが、その頃から、
    核燃料サイクルを日本の原子力の中核にするということを考えていました」

    岩上「原子力委員会の初代委員長は、正力松太郎さんですよね?」

    遠藤「ええ。そうですね」

    岩上「そして、科学技術庁が新しく作られて、その初代長官も正力松太郎さん
    ですね。正力さんの時代に、すでに核燃料サイクルは、頭に入っていたんです
    か?」

    遠藤「はい。要するに、原子力でウランを使うのですが、使いっぱなしにして、
    使ったものを捨ててしまうのなら、石炭を燃やしているのと同じではないか、
    と。ウランというのは、やがてなくなっていくものですね。

     そこで、やはり原子力の原子力たるゆえんというのは、使用済み燃料から、
    プルトニウムが抽出できて、それを高速増殖炉にかければ、またそれ以上のプ
    ルトニウムができる。そうやって、ぐるぐる回していけば、永遠と言わないま
    でも、ほぼ永遠にエネルギー問題に困ることはないと。こういうビジョンは、
    最初からあったんです」

    岩上「しかし、実際問題として、今日に至っても、この増殖炉というのは、軌
    道に乗っていませんよね。トラブルが続いていて、もんじゅは運転ができる状
    態にはありません。核燃料サイクルというのは、やはり失敗だったのではない
    ですか?」

    遠藤「いや、失敗ということはないと、私は思うんです。これは、やはり、相
    当難しい技術なんですね。フランスは、スーパーフェニックス(※18)という
    かたちで、再びこれをやろうとしているわけですね」

    岩上「これは、うまくいっているんですか?」

    遠藤「比較的、うまくいっているんじゃないですか。もちろん、いろいろな問
    題はあります。トラブルもあったようですけどね。しかし、ロシアも高速炉を
    開発していますし、それからインド、中国も高速炉に対しては非常に積極的で
    すね」

    岩上「日本も技術立国ということで、技術の先進国と胸を張る方が多いんです
    が、原子力の関係者の方も、基本技術は米国からもらったかもしれないけれど、
    そのあとの応用技術は、自分たちで先進的なものをやってきたんだと胸を張っ
    ていますね。今は、実際に事故が起こって、胸を張れない状態にあるかもしれ
    ませんけれども。

     この核燃料サイクル、多くの国が諦めても、日本はずっと執着してやってき
    て、先進的に進めてきたんだと言われていました。でも実際、もんじゅは動い
    ていません。先進国で技術立国である日本が動かせないのに、他の国々がチャ
    レンジしている、と。これは、実るんでしょうか?」

    遠藤「日本の場合、技術的な問題もありましたが、むしろ、組織的な問題があ
    ったのではないでしょうか。つまり、隠さなくてもいい事故を隠してみたり、
    やるべきチェックをさぼっていたとか、そういう組織的な問題が、私は非常に
    多いような気がします」

    岩上「本来なら、自主、公開、民主という原則ですけれども、自主でもないし、
    公開は全然されないし、少しも民主的ではないというのは、東電の態度をみて
    いれば、本当に明らかではないかと思うのですが。

     これはいっこうに改まらないし、いわゆる原子力ムラという人たちは、自省
    的であるというよりは、かばい合いをやっていますね。メディアも広告をいた
    だいているということで、ひたすらかばいます。

     3.11の原発事故はもちろんですけど、それ以前も大きな事故がいくつかあり
    ました。でも、それに対して、できるだけ目立たないようにしようということ
    ばかりやってきたと思うんです。このような体質は、どうしたら直るんです
    か?」

    ----------------------------------------------------------------------
    (※17)核燃料サイクル:使用済み核燃料を再処理してプルトニウムとウラン
    を抽出し、そのプルトニウムと濃縮度を調整したウランを混合し焼結した混合
    酸化物(MOX)燃料を高速増殖炉などで燃焼し、さらにそこからプルトニウム
    とウランを抽出して利用するもの。原子力利用国の多くが核燃料サイクル路線
    を進めていたが、要となる高速増殖炉が技術的に難しく経済的にも割高で、核
    不拡散上も問題が大きいため、ロシアを除く欧米諸国は1990年代までに相次い
    で撤退、直接処分(ワンススルー)路線に転換した。余剰のプルトニウムを減ら
    す目的で、MOX燃料を軽水炉で燃やすプルサーマルが前面に登場し、欧州の約
    30の原発で実施中であるが、日本は、95年の高速増殖原型炉「もんじゅ」の事
    故で高速増殖炉の開発が中断、プルサーマル計画も相次ぐ事故不祥事で暗礁に
    乗り上げている。(Kotobank 【URL】http://bit.ly/1fvYtXF)

    (※18)スーパーフェニックス:フランスの高速増殖炉。本格的に稼働を開始
    したのは1986年であるが、その後燃料漏れや冷却システムの故障が相次ぎ、
    1990年7月に一旦稼働を停止。1994年8月に核廃棄物を燃焼させる実験炉として
    運転を再開した。しかし、最終的にフランス政府は1998年2月に閉鎖を正式決
    定し、同年12月に運転を終了した。フランスは後継のスーパーフェニックスII
    は凍結したが、新たに高速増殖炉ASTRIDの開発を進めている。(参照:
    Wikipedia【URL】http://bit.ly/1rNMSfe)

    ===================================
    ◆情報公開のあり方をめぐって◆
    ===================================

    遠藤「冒頭でご紹介いただいたように、私は民間事故調査委員会の一員で、3.
    11の件をつぶさに見たわけですけども、東電や政府には、反省がない感じです
    ね。ではどうしたらいいかというのは、非常に難しいんですけども。それで、
    自主、民主、公開、というのは、なかなか難しい。この体制は、変えなきゃい
    かんですね」

    岩上「でも、変えるべき力というのが、この国のどこを見渡せば存在するので
    しょうか? 今の自民党の政治家に、そうした意思があるとは到底思えません。
    官界はどうでしょう? 財界はどうでしょう? マスコミはどうでしょう? と
    見ると、大変残念な状態にあるように思うんです」

    遠藤「ただ、変わりつつないですか? 東電とか、電力界。なんていうか、よ
    りオープンになっている」

    岩上「記者会見は、我々のようなネットメディアが入りこんで行ったために、
    どうにか全部オープン化してくれました。我々IWJは、3.11直後の24時間体制
    の時から、ぶっ続けで、公開し続けています。意地でもやめないということで、
    我々はやり続けています。

     ただ、記者会見で突っ込んだ質問をすると、『それに関しては、後日お答え
    させていただきます』とか、あるいは『それはちょっといろいろな事情があっ
    て出せません』とか、出てこないものが多いわけです。

     さらに、記者会見だけではなくて、情報公開を求める請求を行うと、真っ黒
    に塗りつぶされた資料がでてきます。どうして、まだこんなに情報を秘匿する
    のか? と思わされるケースが非常に多いのですが。

     さらには、社会全体が、特定秘密保護法などというものを制定して、この中
    に、原発関連というものも、当然入ってくるのでしょう。そうすると、ますま
    す、色んなことが公開されにくい世の中になっていくのではないかというふう
    に思えてなりません。いかがでしょうか?」

    遠藤「私は、原発については、どうしても公開できない部分というのはあると
    思います」

    岩上「例えば、どういうことですか?」

    遠藤「原発というのは、テロに狙われる可能性がありますね。テロリストがど
    ういうところを狙うかといえば、今回の福島第一原発での事故で図らずも露呈
    したように、冷却装置であり、電源装置なんですね。

     何も、原発に飛行機で突入する必要なんてないんです。冷却装置や電源装置
    という部分を壊すということ。そのあたりのテロに対する技術というのは、公
    開はできないでしょうね。私は、それ以外の部分はなるべく公開したらいいと
    思いますが、できない部分もあると思うんです」

    岩上「冷却装置に関しては、事故が起こったことによって、どこの冷却装置が、
    今、どんなふうになっているか、ということを報道せざるを得ないわけです。
    この間、だいぶ明らかになったと思うんですよ。脆弱なものがあるということ
    を、できるだけ表に出して、徹底的に安心できるようなものにしようというこ
    とが。

     でも、再稼働にあたって、例えば新潟県の泉田裕彦知事が、非常にたくさん
    問題点があると言って難色を示しているのは、そういう改良点が十二分じゃな
    いからではないかと思うんです」

    遠藤「私は、テロリストが具体的に何を狙うだろうかという一般論として申し
    上げました。そういった点は、やはり公開できない部分もあるんじゃないんで
    しょうか。

     日本のテロリスト対策というのは、非常に弱いという評価があるんです。ア
    メリカのシンク・タンクで、NTI(Nuclear Threat Initiative)という機関が、
    世界の原発のテロリスト対策を、点数で評価しています。これによると、日本
    はビリに近い評価なんですよ。なぜ、日本の点数が悪いかというと、二つあっ
    て、一つは、内部、つまり従業員というか、職員のチェックができていないと
    いうことです。これは他の国は全部やっているんですね。どのぐらいやるかと
    いうのは、プライバシーの関係があって難しいところがあると思うんですが。
    しかし、日本は、ほとんどできていないという評価です。

     それからもう一つは、これはあとで議論になると思うんですけども、プルト
    ニウムの数が日本国内に多すぎると。この二つが、テロリスト対策に弱い理由
    であるということです」

    岩上「プルトニウムに関しては、特に爆破をするとか、そういうことではなく
    て、プルトニウムを盗まれる可能性があるということですよね。日本にも、兵
    器級プルトニウムはあるわけですからね。今回、米国から返還を要求されたも
    のですとか」

    遠藤「あれは、研究所の話であって、それは返したらいいと思うんですよ。も
    う高濃縮ウランは全部返しましたから。しかし、それでも、仮に精巧な爆弾に
    ならなくても、爆発ぐらいはするかも分かりません。それから、例えば、貯水
    槽に放り込まれたりしたら大変です。実際の効果よりも、社会的な効果がすご
    いですよね」

    ===================================
    ◆カーター大統領の「拒否権」◆
    ===================================

    岩上「そういうことを考えていくと、本当に重大な問題というのは、1988年に
    結ばれた日米原子力協定の包括協定なのだろうと思います。日本は76年にNPT
    に入りました。そして日本の核の平和利用というのは、核燃料サイクルを中核
    にして進めてきたわけです。そこで、何が非常に困ったかというと、国内的な
    側面と、国際的な側面があるのではないかと思います。

     国際的な側面は、インドの核実験ではないでしょうか。世界は、これは大変
    だ、インドの核が他の国に拡散していったら大変だと言って、核不拡散政策を
    非常に強めてきました。

     そうしますと、核不拡散政策というのは、やはり核兵器に近いところ、つま
    り濃縮と再処理に対して、厳しい目を向けるわけですね」

    遠藤「ところが、日本は逆に核燃料サイクルをやろうとしていて、濃縮なり、
    再処理をやろうとしていました。当時、日本は、濃縮は全部アメリカに頼って
    いて、日本ではポツポツとやっていたんですけど、たいした量ではなかったの
    で、あまり問題になりませんでした。もちろん、IAEAの査察がかかっているわ
    けですが。

     ところが再処理のほうは、日本は再処理設備がなかったわけですから、使用
    済み燃料を全部イギリスとフランスに持って行って、再処理をしてもらってい
    ました。持って行くといっても、いちいち全部、米国の許可が必要でした。米
    国では何かにつけて、行政府だけではなくて、議会の許可が要ります。従って、
    一件ごとに、1メートルぐらいの書類を各電力会社で作りました」

    岩上「プルトニウムなり、あるいは使用済み燃料なりを移動させるというだけ
    で、大量の書類が必要だったと聞いています」

    遠藤「一件ごとにね。これは、本当にえらいことだったんですよ。その時の電
    力会社の人は、いつ許可がおりるか分からないものですから、船をいつ手配し
    ていいかも分からなくて、大変だったらしいです。

     それから、日本国内でも、実験規模で、東海村で再処理設備を作り始めまし
    た。今でもありますけど、そこで実験をしようとした時に、米国からちょっと
    待てよと来たわけです。インドの核実験の後、カーターが大統領になった時で
    すね」

    岩上「カーター大統領は、核に対して大変厳しかったというふうに聞いていま
    す」

    遠藤「カーターがなぜ厳しかったのかは、よく分かりません。ただ、彼は海軍
    兵学校出身で、海軍軍人で、原子力潜水艦に乗っていました。だから、原子力
    について素人じゃないんですね。それで、東海村の再処理工場に対して、運転
    をやめろと言ってきたわけです」

    岩上「日米原子力協定に入っているからには、『余計なことを言わないで』な
    どと言って、振り切ってやるわけにはいかなかったわけですよね」

    遠藤「88年以前の協定というのは、そういうことについて、いちいち、おうか
    がいを立てる必要がありました。協定の文書には、米国の許可という言葉は書
    いてなかったんです。“Joint Determination”、つまり、共同決定とありま
    した。共同決定というのは、向こうがノーと言えば、駄目になるということで
    す」

    岩上「米国に拒否権があると。そして、カーターは拒否権を発動してきた」

    遠藤「そうです。日本としては、既に設備を作って、まさに入れようとした時
    に、待て、と。これは、日本にしてみれば、びっくり仰天したわけです。この
    時は、それはもう日本国内全員が、米国は何を言っているんだ? というよう
    なことになったみたいですね。これは、国難だ、と」

    岩上「国難、ですか。分かってもらうために、説得に行ったわけですか?」

    遠藤「それで、米国と交渉しました。米国は、ちょっと細かいことになります
    が、プルトニウムだけを取り出しちゃいかん、これは危ないから、ということ
    でした。ウランと合わせて、混合抽出をやれと。ところが、混合抽出といって
    も、機械はそういう仕様にはなっていないわけですよ。それで、福田赳夫総理
    が、『ビールを作るつもりで機械を作ったら、突然サイダーを作れというよう
    なもんだ』と、言ったらしいんですよ。

     その後も交渉を続けて、結局、期間は1年間、量はこれぐらい、というふう
    に、量と期間の限定で操業が許可されたんです」

    岩上「なるほど。これはやはり、プルトニウムだけを抽出し、純粋なプルトニ
    ウムを保持するということになると、兵器転用が容易になるということなので
    しょうね。より、夾雑物(きょうざつぶつ)の多いものにして、兵器への転用
    がしづらいようにしようということですね」

    遠藤「はい。そういうことを言ってきたわけです。しかし、突然言われても、
    さっき申し上げたように、機械はそんなふうにはなっていないのです」

    岩上「なるほど。そうすると、カーターのように軍人で、そして原子力に精通
    している人間が『待った』と言った理由というのは、核不拡散ということなん
    ですね。日本が核武装する、あるいは日本からプルトニウムが流出する。また、
    そういうものを標的にして、テロや何かの標的になる。いろんなパターンがあ
    るのかもしれません」

    遠藤「ええ。だから、日本だけ許したら、ほかの国もやらせろと言ってくる。
    まだ現実にはできてないけど、あり得ることです」

    ===================================
    ◆日米原子力協定、交渉の舞台裏◆
    ===================================

    岩上「ウラン濃縮、原子炉、そして再処理、この三つの技術が核兵器を自前で
    保有するために必須の技術であるとされていますね。核兵器を保有してない国
    の中で、この三つの技術をフルセットですべて持っているのは、日本だけです
    ね」

    遠藤「かつてのドイツも持っていました。かつてというか、今はやめてしまい
    ましたけど」

    岩上「ああ、EURATOM(※19)というものですね。この点について、ご説明い
    ただけますか。フルセットで持っていたのは、日本と、EURATOM、その中核国
    であるドイツだけであった、と。例えば、韓国などには認めていないんですよ
    ね。これはどういうことなのかと。最も怖い国は、日本とドイツだということ
    でした。そこを重々監視しろと言いながら、日本はどうしてフルセットで持つ
    ことが許されてきたのでしょう」

    遠藤「それは、日本と米国との信頼関係ではないでしょうか」

    岩上「日米安保を結び、改訂し、それ以外の経済交流などが深まり、そういう
    ことを通じて、日本は米国に逆らうようなことはしないだろうというようなこ
    とでしょうか」

    遠藤「それから、それ以上に、米ソ冷戦が大きかったと思います。当時は、非
    常に、安全保障面で日米間の摩擦があったんですね。70年代、80年代と、日米
    の貿易摩擦がありました。しかし、それを上回るかたちで、安全保障面で、日
    本を防共の砦として位置づけるという、日米の関係がありました。

     また、日本は核の不拡散体制に対して、非常に協力的だったんですね。日本
    はIAEAの強化に対して、ずいぶんとお金を出しています。したがって、日本は
    世界の核不拡散のために、まじめにやっていると思われたのでしょうね」

    岩上「それで、信頼を得ていたと。ただ、カーターは厳しかったわけですね」

    遠藤「はい。それで、カーターの次は、レーガンが大統領になりました。レー
    ガンの時に、『それじゃあ、変えてやるか』ということになりました。包括同
    意を検討してもいい、という具合です。これが、1988年の日米原子力協定へと
    つながっていきます」

    岩上「この時に、日本政府の代表として交渉に関わったということで、遠藤さ
    んがまさに主役になっているわけですよね。これはもう、大変な交渉だったと
    聞いていますが」

    遠藤「ええ。これは大変な交渉でした。なぜ大変だったかというと、やはり米
    国の行政府の中にも、反対者がいるわけです。なんで日本に30年もプルトニウ
    ムを自由にさせるんだ、と」

    岩上「主に反対したのはどこなんですか?」

    遠藤「主に国防省ですね。それから、NRC(米原子力規制委員会)も、IAEAの
    保障措置がかかっていると言うが、あんなものはちゃんとしたものじゃない、
    などと言っていました。あれは頼りにならん、と」

    岩上「国防省とNRC、つまり、原子力の平和利用の側面を司るところと、軍事
    利用を司るところが、両方とも反対したわけですね」

    遠藤「他方、エネルギー省と国務省は賛成でした」

    岩上「なるほど。外交面から考えたら、国務省は、日本がすごくよくやってく
    れているからいいじゃないかと」

    遠藤「エネルギー省は、濃縮ウランを売り込めると考えていましたね」

    岩上「ああ、商売になるということですね。しかし、やはり米国も、一枚岩で
    はなかったんですね」

    遠藤「結局、これを決着したのはレーガンです。日本は信頼できると。しかし、
    議会に持っていったら、また反対が起こりました。核不拡散の強硬派がいるわ
    けですよ。グレン(※20)という、有名な反対派の議員がいました。反対派は、
    民主党に多かったですけど、共和党にも若干いました。要するに、議会から反
    対が起きたわけです」

    岩上「これを通すために、どういうふうにされたんですか?」

    遠藤「まあ、これは結局米国のことですからね。米国の中に入っていって、
    我々が何かやるわけにはいかないんです。間接的なロビイングというのは、日
    本の電力関係者が、米国のパートナーに頼むといったようなことはありました。

     結局のところ、やはりレーガンと、駐日大使だったマンスフィールド(※
    21)の存在が大きかったですね。マンスフィールドは民主党の議員ですけど、
    共和党にも顔が効くし、民主党の院内総務をやっていましたからね。マンスフ
    ィールドが、反対派の上院議員に手紙を書いたり、といったようなことがあり
    ました」

    岩上「じゃあ、この日本は信頼できますよと、大丈夫だ、日本のことを信頼し
    ても問題はない、というような説得を、知日派がしてくれたということなんで
    すね」

    遠藤「そうです。それに5,6年かかっているんですよね」

    ----------------------------------------------------------------------
    (※19)EURATOM(ユーラトム):ヨーロッパ原子力共同体European Atomic
    Energy Communityの略称。ユーラトムは第二次大戦後、西欧諸国として共同で
    原子力産業を速やかに育成し発展させるために必要な基盤を整備するため、
    1958年1月に設立された。1967年1月にはヨーロッパ経済共同体(EEC)および
    ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)と統合されヨーロッパ共同体(EC)が発足して
    いる。(Kotobank【URL】http://kotobank.jp/word/EURATOM

    (※20)ジョン・ハーシェル・グレン:アメリカの元海兵隊戦闘機パイロット、
    宇宙飛行士、政治家。(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1mzDgUd)

    (※21)マイケル・マンスフィールド:アメリカ合衆国の政治家。知日派とし
    ても知られ、1977年から1989年までの長期にわたって駐日大使を務めた。(参
    照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1k30yxu)

    ===================================
    ◆30年が経過して忘れられてしまった包括協定◆
    ===================================

    岩上「このような経緯でもって、1988年に、包括協定が結ばれました。これは、
    原子力政策を遂行していく人たちにとっては、大変画期的なことだったのでは
    ないですか?」

    遠藤「特に、核燃料サイクルの実現にとってはそうですね。以前は、さっき申
    し上げたような、1メートルもの書類が必要だとか、再処理に文句を言われる
    とか、そういうことが一切なくなったわけです」

    岩上「3.11の事故が起こった後、国内で『脱原発しろ』という声が非常に大き
    くなりました。遠藤さんは、『脱原発なんてできない』というお立場かもしれ
    ませんが。

     福島第一原発の事故が起こって、国内の論理だけで完結できるかのように、
    脱原発を言っている人が多いと思います。けれども実は、日本の原子力政策に
    対して、外側から枠をはめているのは日米原子力協定なので、米国の同意がな
    ければ、実際のところ、何もできないわけですね。しかし、包括協定の存在が、
    空気のように感じられて、忘れられてしまっているのではないかと思うのです
    が」

    遠藤「そうですね。忘れちゃっているんですよ」

    岩上「原発を推進している人は、忘れていないでしょうけれども」

    遠藤「いや、電力会社でも、かつて大量の書類を作ったような人は、もうとっ
    くに引退していまして、今の役員は、みんな知らないんじゃないですか? も
    う、30年近いですからね。だから、私が時々講演をする時に、米国の法律を説
    明すると、みんなはじめて聞いたような顔をしていますよ」

    岩上「先人が苦労して結んだ包括協定の存在を、推進派であろうと、脱原発派
    であろうと、すっかり忘れて議論していると。ここは重要なポイントだと思い
    ます。脱原発派の人たちを批判しているわけでもないし、推進派の人たちに文
    句を言っているわけでもなくて、自分たちがいまどこにいるかを、みんな忘れ
    てしまっているということですよね。

     さらに、この推進派の向こう側には、核兵器保有派というべき強硬派もいる
    わけです。この人達にもたぶん、包括協定のことは、すっかり頭の中にないで
    すよね。ここ、クギを刺さなきゃいけないですよね。

     この包括協定以降、1988年から30年近い歳月が経とうとしています。この間、
    チェルノブイリの事故がありましたね。そして北朝鮮が核開発をしました。六
    ヶ所村を作りましたけど、ここの再処理工場のトラブルもありました。もんじ
    ゅのナトリウム事故もありましたよね。

     それから、高速増殖炉でプルトニウムを燃やす代わりに、MOX燃料として燃
    やすというプルサーマルをあちこちで実施したけど、決して効率がよくないと
    いうことも明らかになってきました。核燃料サイクルが、表の動機としては資
    源小国である日本にとって夢のエネルギー計画だと先ほどもおっしゃられまし
    たがが、実際には、安全性でも経済性でもあまりうまくいっておらず、非常に
    厳しいということになってきて、段々批判が高まってきています。

     他方、安全保障の面からも、この状態をキープできるかどうかということが、
    難しくなってきているように思います。それから福島第一原発事故があり、朝
    鮮半島の非核化もうまくいってない。こういうようなことが、たくさん起きて
    いるんですね。

     順風満帆というわけではなく、実は問題だらけだったわけです。どうにかこ
    うにか原子力を推進してきた人たちは、こういった問題をかわしにかわして、
    今日まで続けて来れた、と。いかがでしょう。この間を振り返ってみて、何が
    一番苦しくて、何がどう問題だったとお考えでしょうか」

    ===================================
    ◆六ヶ所村再処理工場ともんじゅのこれから◆
    ===================================

    遠藤「私としては、やはり核燃料サイクルの中核である再処理、六ヶ所村での
    再処理がうまくいかなかったことが最大の問題だと思います。それから、もん
    じゅがナトリウム事故を起こしてしまって、もう20年ぐらい動いていないです
    ね。

     プルサーマルのほうも、数が期待通りには増えていないんですね。プルサー
    マルというのは、本来はつなぎのものなんですね、高速炉に対する。ですから、
    高速炉の将来がはっきりしないというのでは困るんですね。これが一番大きな
    問題じゃないでしょうかね」

    岩上「そうですか。このもんじゅと、それから六ヶ所村の再処理工場ですけど、
    これは、未来はあるとお考えですか?」

    遠藤「私は、これを確立しない限り、核燃料サイクルというのは成り立たない
    と思うんです。もんじゅというのは実験炉ですから。やがては実施炉を作り、
    そして商業炉につないでいく。だから、ここがちゃんとしない限り、次には進
    めませんよね」

    岩上「エネルギー基本計画がまもなく閣議決定されると言われています。この
    中でもんじゅはどのように位置づけられるのでしょうか。菅義偉官房長官はい
    ちおう否定していて、もんじゅについては何も決まっていないということをア
    ナウンスしたようですけど(※22)。この点、本当はどうなんですか?」

    遠藤「私は知りません。というのは、私はもう政府の人間でありませんから。
    ただ、繰り返しになりますけども、六ヶ所村の再処理工場ともんじゅの二つが
    うまくいかないと、次に進めないのです。つまり、何のために核燃料サイクル
    をやっているんだという話になりますから」

    岩上「ずっとこれを推進してきたお立場から、うまくいってほしいという願望
    や希望はあると思うんですが、そこを離れて客観的に見て、当初の予定通り、
    夢のエネルギーが実現する可能性はあるんでしょうか?」

    遠藤「私としては、これは実現させなければいけないと思うんです。そうしな
    ければ、原子力というのは、結局のところはウランを燃やしていて、石炭や石
    油とあまり変わらない、質的に変わらないということになってしまいますか
    ら」

    岩上「これは、願望、希望ではなく、ほぼ意思をおっしゃっていると思います。
    おそらくこれは、同じような思いが、原子力ムラと言われるような推進してい
    る人たちの中では、共通認識になっているのでしょうか?」

    遠藤「私はそうだと思います。核燃料サイクルというのは、つまり再処理なり
    なんなりというのは、軍事で技術を持っているんですね。核爆弾を作るには、
    プルトニウムを生むための再処理は必須ですから。

     米国には、技術も経験も、軍事という側面で蓄えられています。それをバッ
    クアップする、国立研究所というものがあります。有名なのは、ロスアラモス
    とか、モンタナとかの研究所ですね。米国には、原子力関係の国立研究所とい
    うのは、非常に多いんですよね」

    岩上「そして、日米原子力コンソーシアムが作られ、米国のメーカーと日本の
    メーカーが合弁を作っていき、日本に原子炉を売っていくセールスマンとして
    の下請け工場みたいなことを、米国がやらせているという現状がありますね。

     だから、米国は、日本に『原発ゼロなんていうことは言うなよ』ということ
    を言ったりするわけですよね」

    遠藤「アメリカが日本に原発を続けてくれという理由は、これは先日偶然アメ
    リカのCSIS(戦略国際問題研究所)所長のハムレさん(※23)が、日本経済新
    聞のシンポジウムで一緒だったんですけど」

     私はその時、こう言ったんです。日本が原発をやめようが続けようが、とに
    かく少なくともアジアの原発というのは増えている。増えていく趨勢になると。
    アジアの原発が増えていく中で、やっぱり守ってもらいたいことが三つあると。
    『スリーエス』(3S)と表現しました。

     『スリーエス』というのは、語呂合わせみたいなんですけどね。セーフティ
    (Safety)、それからセキュリティ(Security)、それからセーフガード
    (Safeguard)、核不拡散ですね」

    岩上「なるほど」

    遠藤「この『スリーエス』を、少なくともこれから原子力をやろうとするアジ
    アの新興国には守ってほしい、と。だから、日本としては、米国と一緒になっ
    て、『スリーエス』の旗振り役をすべきであるということですね」

    ---------------------------------------------------------------------
    (※22)菅義偉官房長官は2月7日の定例会見で、エネルギー基本計画における
    もんじゅの位置づけについて、「方向性を決めた事実は全くない」と述べた。
    「エネルギー基本計画については、もんじゅを含め、さまざまな意見を踏まえ
    て徹底的に検討を行い、与党ともしっかり調整した上で決定することとしてお
    り、政府として責任をもって対応していきたい」と語った。(ロイター、2014
    年2月7日【URL】http://bit.ly/1c9o9rA)

    (※23)ジョン・J・ハムレ(John J.Hamre):国際問題研究の専門家である。
    元ワシントンの官僚であり、2000年4月からはシンク・タンク「戦略国際問題
    研究所」の社長兼CEOの地位にある。(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly
    /Qi0nG5)

    原発 放射能 食品汚染 TPP 沖縄戦 
    関連記事
    スポンサーサイト
    真実の追求  /  tb: --  /  cm: --  /  △top
    原発 放射能 食品汚染 by freeseo1
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。