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    原発問題 -The Truth is Out There-

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    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

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    福島原発事故と原子力ルネッサンス 

    福島原発事故と原子力ルネッサンス
    2011年4月18日(月曜日) Martin Schulz (株)富士通総研 経済研究所 主任研究員

    これまで世界が見守る中で原発が爆発したことはなかった。福島原発の事故は、信頼性と安全性について極めて高い評価を受けてきた技術先進国で生じた事故であることとあいまって、低炭素技術である原子力の開発を大幅に後退させることになるだろう。

    日本における原発の惨事は、原子力発電が国際的なルネッサンスを迎える、まさにその時に生じた。中国やインドを代表とする多くの新興国は、二酸化炭素排出量をできるだけ抑えながらも膨大なエネルギー需要に応えるというバランスをとるため、原子力技術に期待を寄せていた。先進国もまた、代替的な持続可能エネルギー源が広く利用可能となり費用対効果がよくなるまでは「橋渡し技術」として原子力を利用すべく、およそ休眠状態にあった核開発計画を改めて見直し始めていたところであった。産業内では、小規模原子炉を現場(オンサイト)のエネルギー源として、より広く利用することができるよう、規模の調整を可能にする技術が進展をみせている。欧州、米国および日本の各政府は、新興国におけるインフラ開発を支援する(そして販売もする)という国家戦略において、(高速鉄道と医療技術に加えて)原子力技術を盛り込んでいた。それゆえ、各国は公的信用保証を供与し、また公的研究開発の枠を拡大したのである。

    福島における原子力事故をきっかけに、これらの計画の多くが延期されるだけでなく、日本や米国を含め、多くの国で原子力発電の拡充が停止されることとなり、原子力の安全性と制御可能性についての大規模な議論が再開されるだろう。この議論は、国家安全保障戦略、使用可能なその他のエネルギー供給源、そしてあらゆる有害な排出物を発する石炭のような伝統的エネルギー源に伴う問題といった、広範な要素を考慮せねばならないものである。この議論は、さらに、危険な技術に関する歴史的経験、並びに、技術や産業一般をコントロールする政府の能力といった観点から、非常に異なった展開をみせるだろう。

    この最新の話題に関する本稿は、上述の議論に影響を与えると考えられる主要な論点を概観するものである。まずは、リスク受容に関する「非理性的な側面」を論じた上で、新興国におけるさらなる困難、そして福島原発の事故からの直接的な教訓を検討する。

    原子力リスクの受容に関する極論:ドイツ・フランス隣国における両極の対峙

    日本における原子力事故から得られる教訓に関する議論のスコープを評価するにあたり、まずは国家の原子力戦略に関する最も極端な立場に注目してみよう。原子力の持続可能性についての議論の一極がみられるドイツでは、「知られし不知」(元米国国務長官ラムズフェルドの言葉)のみを説明するリスクシナリオの受容に強い抵抗が示されている。通常、ドイツ国民は、原子力の安全性に関する専門家の意見や政府の出した結論を割り引いて考え、「制御できない」技術上の不測のリスクについて懸念を持ち続ける傾向にある。議論のもう一極は、ドイツのまさに隣国であるフランスにみられるが、同国では原子力は未だ国家エネルギー戦略の主たる柱である。フランス国民は、この戦略についてめったに疑問を抱かず、それはチェルノブイリのようなこれまでの事例に際しても同様であった。この違いは何によるのだろうか?

    ドイツが、自国に対して放射性物質を撒き散らし、一部の地域や食品に今日でも残留するほどまでに放射能レベルを上昇させた1986年のチェルノブイリの原子力事故を未だに強く意識しているのは明らかである。だが、原発懐疑論は、これよりも深いところに根づいているようである。その大きな理由は、ドイツ人が、「考えも及ばない」あるいは「極めて稀」な事象が、あたかも予見可能な障害物のように容易に実現してしまうということを、辛い経験から学んだことにあるのではないだろうか。ドイツのすべての学生は、自国が世界で行ったホロコーストの恐怖と、現在の自らの住む平和な―しばしば平和主義的な―社会とを関連付けてみざるを得ないのである。これはおよそ不可能にも近いことであるため、学生らは次のように考えるだろう。「国家戦略が世界でホロコーストを行うことができるのであれば、核によるハルマゲドンも行うことができるのではないだろうか?」

    他に挙げられる理由は政治的なものである。フランスはドイツに比べて、より中央集権的な組織を持っている。フランスでは、強力な中央官僚制度により、原子力産業に対する強い監視を保証することが可能であり、また他方では、地方の不平が国家的な議論になる前にこれを沈黙させることが十分に可能であるようだ。これに対してドイツでは、強力な連邦主義と地域への権限移譲ゆえに、個々の発電所が事ある毎に国内全体の反響を呼ぶ政治問題となり得るのである。

    そして最後の理由として、ドイツの議論が、エネルギー生産の独立および自給の重要性をフランスに比べてあまり強調しないことが挙げられる。すなわち、ドイツは、ロシアからのガスの輸入に高く依存することについて居心地の悪さをそれほど感じていないようなのである。欧州における中心的役割を担う巨大な国際通商国として、そして極めて限られた軍事力しか持たない国として、ドイツは国際的なエネルギー供給源への依存を他国よりも受容しているように見受けられる。

    以上を理由として、福島の事故より10年前に、ドイツの社会民主党政府は、2021年までにすべての原子力発電所を閉鎖することを決定した。だが、発電の必要性が急速に追いついてしまった。結局、同国は未だ電力の29%(日本と同程度)を原子力発電所で発電している。二酸化炭素削減の必要性と、関連する費用、そして原子力発電の事故が比較的長い期間なかったことが手伝って、現政府は既存の原発の生存を平均で12年延長したのである。しかしながら、福島原発の事故直後、態度を一変させ、政府はこの決定を再び覆した。政府はすべての産業計画をモラトリアムの3か月間保留しており、その後には恐らく7基の非常に古い発電所を停止するだろう。安定した政府がある上に、地震や津波といった特定の原子力発電のリスクをほとんど持たない国が右往左往する姿は、原子力(のリスク)に関する議論というものが、いかに感情的で実際のリスクに関係ないものとなり得るかを示している。

    原子力によるエネルギー供給の持続可能性に関して対照的な議論がフランスにみられる。このドイツの隣人ほど、原子力に好意的な国は世界にも他にあるまい。電力の75%以上が原発で発電されており、また、すべてのフランス人が58基ある原子炉(より人口の多い日本と比べても4基多い)のいずれかから150マイル以内に居住しているといわれている。チェルノブイリ危機の間ですら、フランスは自国の原子力戦略について大きな疑いをもたず、政府はそれを維持することを望んでいた。

    だが、フランス政府は、潜在的に危険なエネルギー源に対する公衆の信頼を維持することは、懸念を無視したり、議論を回避しようとしたりしては実現しないことを十分に承知している。フランス政府の福島の事故に対する反応は、それゆえ、迅速で積極的なものであった。当初、あるフランスの原子力官僚はメルトダウンを対処可能な「事故」として軽く扱おうとしたのだが、東京のフランス大使館はまず自国民に対して東京から離れるように助言した。フランス原子力安全当局は、福島の惨事を国際原子力事象評価尺度のレベル6(最高でレベル7)とする評価を最初にしている。他方で、IAEAは長い間、この評価をレベル4としていた。問題が発生した場合の透明性および迅速かつ修正的な行動は、原子力エネルギーを富裕国の現実性ある選択肢として支持するというフランスの戦略において最も重要である。

    新興国はさらなる課題に直面

    福島の事故により最も直接的に影響を受ける新興国は、日本の隣国である中国である。日本における従前の原子力事故の際、中国政府はまず、中国の原子炉は新しい、技術は既に進展している、そして中国政府の監視は日本の民間産業よりも厳格だといった、お決まりのコメントをもって懸念を払拭しようとした。

    だが、状況は非常に早いスピードで変化したのである。「インターネット上」の中国では、日本からのすべてのニュースと混乱したイメージが一瞬で広がり、これと起こり得る放射能の飛散に関する風説とが混ざり合い、そして適切な政府からの情報と対応がなかったことにより、風説に基いて予防のための(ヨウ素添加)食卓塩の大流行が生じたのである。パニックに陥った買い物客はその日のうちにすべてのスーパーの棚を空にしてしまった。そのため、政府高官は方針を転換し、ドイツのように、既存の原子力施設の適切な再評価を約束し、新たな安全規則が制定されるまでのすべての新規発電所の凍結を宣言し、より透明性の高い情報を提供し始めたのである。

    中国政府は既に、進んだ原子力プログラムをもつ国々にあるすべての困難、そしてさらなる課題に直面している。中国には非常に心配性な国民がいて、強い地方政府があり、そして高リスク地域(地震や津波など)に発電所を建設する必要がある。だが、中国にはまた、不透明な規制、汚職、そして公的企業に対する弱い統制の歴史もあり、このことにより再点検や厳格な安全基準の実現が困難となっている。従って、中国は、原子力産業へのガバナンスをより強化しなければならない。基本的に中国は、厳格な公的統制、高度の透明性、そして事故に際しての迅速な行動というフランスのシナリオに従わざるを得ないだろう。

    中国にみられるように、国家核安全局が十分な数の専門家を雇用して訓練し、国内の遠隔地の複数箇所へと急速に拡大する原発を監視することは特に困難である。計画を最新原子力技術による発電に急速に移行することもまた無理であろう。というのは、中国は技術のいくつかとインフラのほとんどを自国で開発することを予定しているからである。そして最後に、中国政府は、現在、福島で極めて重大な懸念を増している放射性廃棄物の処置に関する計画を策定せねばならなくなるだろう。これは、どの政府も今のところ十分に取り組めていない問題である。中国にとって、これらの障害は爆発的に増大する費用だけが問題となるのではない。というのは、進んだ原子力プログラムをもつ国では、伝統的、代替的エネルギーは同様に需要があるため、他の伝統的、代替的エネルギーの開発から資源を引き出すことでは追いつかない、時間との戦いだからである。

    しかし、中国は最終的には自らの原子力戦略の方針から外れることはないだろう。何故ならば、中国は一貫して原子力に好意的であり続け、一連の困難に対処せざるを得ないからである。特に石炭のようなエネルギー源からの排出物(スモッグ)は、放射能漏れのリスクを上回る健康問題の主原因である。石炭生産のみを取り上げても、そこで失われる人命は毎年数千に上る。水力のような代替的エネルギー源は、既に限界に至っているか、同国の成長率に十分に追いつくことは決してできないだろう。そのため、中国政府はほとんど選択肢をもたず、2020年までに10ギガワットから86ギガワットまで原子力による発電量を増加させるという現在の計画に固執せざるを得ないのである。だが、福島原発の事故以降、それは費用あるいは時間(恐らくは両方)がよりかかるようになるだろう。

    インドの状況はさほど変わらない。インドでもまた、電力供給施設の建築が最も重要となっている。しかしながら、今のところインドはすべての技術を自ら開発しようとはしておらず、そのため、最新技術をより自由に輸入し、応用することができる。しかし、公益事業において多くのスキャンダルと汚職事件があったため、インドでは、必要なガバナンスの改善を実施することは非常に困難かもしれない。高まる懸念から、インドの主要紙は、より高い安全基準を実施するための最低限の前提条件だと考えられる既存の通常建築物向け耐震基準ですら、地域政府が知らないことを既に指摘している。

    他の国際的な政策的対応

    多くの東欧諸国、そしてトルコ、ロシアは原子力による発電容量の早急の拡張の最中にある。したがって、これらの国は、原子力プログラムへの大幅な変更は検討せず、再評価を約束し、さらなる透明性の要請を受け入れ、政府規制当局の統制を厳格化するという、フランス型に寄っている。これらの国のほとんどは、他国に依存しない発電の資源を確保することを優先するが、多くの代替的エネルギーは未だ手が届かないからである。EU委員会はこれらの国に対して、説得力のある安全基準を開発し、その適用を実施するという素晴らしいサービスを提供することが可能である。だが、そのような監視は未だ真面目に議題には挙がっておらず、既に今夏にEUが実施するストレステストが自主的で非拘束であるため不十分であるとされてしまっている。

    米国では、1979年のスリーマイル島の原子力事故により、原子力産業は基本的に凍結されている。1986年のチェルノブイリの事故は、さらに米国における原子力に対する懐疑を深めた。30年間、新たな免許は付与されていない。しかし現在、原子力規制委員会は古い原子炉の免許を延長せねばならなくなっている。中には、福島の原子炉と同じ技術を用いたものもある。また、同委員会は10数社からの新規発電所に対する20件の免許申請を審査しているところである。産業界は米国内において、現在の104基に加え、2020年までに8基の新原子炉の増加を期待している。さらに現在の民主党政府は、共和党の支援を得て、非石油系で低炭素の技術として原子力を強く支持している。政府は新規の原発建設のために185億ドルの融資を保障し、さらに360億ドルを追加するとみられている。そして数億ドルが原子力エネルギーの研究開発に用意されている。

    しかし、福島の事故以降、古い原子炉の免許延長は、現地の強い反対にあっている。多くの安全基準は、起こり得る最悪のシナリオよりほんの僅かに上回っているに過ぎない(例えば、バーモントの旧式のGE製原子炉はマグニチュード6.2までの耐震性しかない)としばしば批判されており、改善されねばならない。それは、多くの古い原子炉の終焉を意味する。米国にとってさらに問題なのは、原子力産業が日本と同様の廃棄物「処理」方針をとっていることである。使用済み燃料棒は数10年にもわたり原子炉のプールに蓄積されている。このプールは福島では「アキレス腱」であり、今後確実に問題となるだろう。とはいえ、電気料金や二酸化炭素排出量を僅かに節約するために、米国民がこれらの問題と対峙するということは、まずもってなさそうである。

    全般的に、富裕国では、原子力ルネッサンスは始まる前に終わってしまうかもしれない。東欧各国のような、これから追いつこうとする国々は、ほとんど中断なしに計画を推進するだろうが、費用と民間企業に対する政府統制はかなり増大するだろう。このことにより民間投資家にとって原子力産業の魅力を減ずることになり、他の電力源や、節電政策の推進、そしてグリーン技術がより魅力を増すようになるだろう。ほとんどの新興国では、原子力開発計画はおそらく推進されるだろうが、計画通りではないだろう。大規模な再点検と改善が必要となるだろうが、それは費用と時間がかかるものとなり、現在の開発計画に対する大きな障害となるので、これらの国においても他の技術が有利になるかもしれない。

    福島原発事故の教訓

    福島原発事故の後でも、日本が原子力戦略を放棄するとは考えにくい。エネルギー自給の優先度が非常に高く、大企業が技術に多大な投資をしてきた。しかし、新規の原発が日本に再び建設されることもなさそうである。福島の事故以前ですら、現地の反対によって、新たに原子炉を時宜を得て建設することはほとんど不可能であった。福島の事故後では、新規発電所の建設を受け入れる自治体があるとは考えられない。したがって、中央では原子力賛成、実際に原発を受け入れる地方では抵抗が再燃というように、政策的にはかい離がみられるようになるだろう。したがって、ドイツと同様に、政府は事実上国内における原子力開発を諦めざるを得なくなり、産業界は輸出と海外投資に注力することになるだろう。これは、明らかに日本の原子力開発者にとって容易ではなく、利益にもならない。

    福島の原発事故では実際に何がいけなかったのかの分析・綿密な調査が重要である。以下の5つの論点が重要になろう。

    リスク

    日本の原発のほとんどはリスクの高い地点に建築されている。日本は世界で最も地震が発生する国であって、日本発の「tsunami(ツナミ)」という言葉は世界で広く知られている。建設地のリスクを再評価すると必然的にリスクの評価が上がり、それを理由に計画中のプロジェクトの多くが頓挫することになるだろう。だが、この再評価を通じて、そのようなリスクは他の多くの地域においては対処可能なものであることが明らかになるだろう。結局、すべての原子炉は大規模地震を十分に生き抜いており、また安全システムについても、福島原発では地震に続く津波によって押し流されてしまっただけである。自然の猛威が直撃したことによりコントロールを失ったとはいえ、福島原発の惨事は、地域的な災害にとどまる可能性がまだあるといえる(むろん地域が被った被害は莫大なものであるが)。

    ガバナンス

    日本は、有効なガバナンス、安全への強い関心、そして高い品質を誇る。だが、日本国内の原子力産業についていえば、長い間これらが不足していた。再評価では、過信、計画ミス、隠ぺい、そして規制の怠慢という問題が山積みになっていることが重視されるだろう。他国はこれらの問題の回避を試みることができるが、ほとんどの新興国では、そのような高い目標を実際に実現することは非常に困難であることをきっと認識するだろう(特に特定の1つの産業のみで実現を図るならば)。

    費用

    他の多くの産業にみられるように、原子力産業における利益は民間のものであるにもかかわらず、リスク(あるいは何かがうまくいかないときの費用)は社会化(公的なものと)されてしまう。日本では、福島原発の惨事の費用によって、原子力発電から数十年間あるいは数世紀にわたり得られる利益が、潜在的には皆無になってしまったともいえる。進んだ原子力プログラムをもつ多くの国では、現地コミュニティへのリスクから生じるコストは、福島原発事故以降は受容できないほど高くなると考えられる。

    技術

    他の産業とは異なり、原子力発電所は、数十年間の操業の間にアップグレードされることはほとんどない。福島の原発は40年前のものであった。原子炉の炉心は交換できず、また新しい、より安全な技術が利用可能となっても、施設を解体する費用は極めて高いものとなる。それゆえ、利用可能な最新技術を選択することは必須であるが、有効なモジュール化を可能にすることもまた重要なのである。いずれの国の原子力産業の未来も、これらの要素にどれだけ注力できるかにかかっている。

    持続可能性

    福島原発の惨事において、潜在的な最大の危険は使用済み核燃料棒のプールに隠れていた。数十年間にわたり、1本あたり300キロのウランを含有する使用済み燃料棒が12,000本近くも福島に蓄積されていたのである。もっとも激しい爆発が生じた原子炉3号基には、514本の使用済み燃料棒が格納されており、その多くは極めて危険なプルトニウムを含有する混合酸化物燃料(MOX)から成っている。冷却装置が機能せずに原子炉の建屋が吹き飛ばされた後、これらの使用済み燃料棒も多くは再び温度を上昇させており、戸外でのメルトダウンが起こるリスクを生んだのである。リスクの大部分は最近利用した燃料棒と未だ「熱い」燃料棒から生じたのではあるが、戸外でのメルトダウンというシナリオを回避するためには、放射性廃棄物についての説得力ある解決策が求められる。

    原子力産業の未来

    原子力産業の未来に関する今後の議論を評価する際に重要となるのは、ドイツ共和国での否定的な反応や、中国沿岸部における「塩争奪戦」を考慮することである。福島原発の事故のイメージに対するそのような公衆の反応は、過度に感情的あるいは不合理ですらあるが、ドイツの立場は、新規・既存の原発から直接の影響を受ける市民や地方自治体と共鳴するだろう。新たな発電所の受け入れ用地を探すことはより一層難しくなり、既存の発電所における潜在リスクの精査は厳格になるだろう。福島の事故以降、原発関連費用は、日本や米国のような富裕国の多くで、受容できないほどまで高まるだろう。そして、それにより、原発の拡大は押しとどめられると考えられる。また福島原発の事故をきっかけに、原子力に関する安全性や制御可能性に関する議論が始められ、新興国においても原子力利用の拡大が減速するだろう。

    これらの懸念に対処するために唯一有効なのは、厳格な規制、効果的なガバナンス、そして高度の情報透明性というフランスの方策である。そのような厳格な環境では、原子力が発展的で費用対効果の良いエネルギー源であり続けるかどうかが、現地の条件に大きく依存することとなる。多くの富裕国では、おそらくそのようなエネルギー源たり得ないだろう。エネルギー自給が重要な目標である新興国の多くでは、原子力は重要な「橋渡し技術」として残るだろう。ほとんどの新興国は、健康の危険やその他のリスクなど、多くの点を考慮せねばならないので、ほとんど確実に原子力は国内エネルギー戦略の重要な柱であり続けるだろう。しかしながら、高度成長下において、高度の安全性基準や、優れたガバナンス、厳格な監視といった品質を確保するのは非常に難しく、これらの国においても原子力は多大な困難を伴う技術となるだろう。

    schulz201104.jpg

    【図1】地域別の世界における原子力発電の総量 (1兆kW/h)
    出典:(C) FRI 2011. Data from US EIA (2010) - Nuclear Power Generation.


    Martin Schulz(マルティン・シュルツ)
    (株)富士通総研 経済研究所 主任研究員
    1990年ベルリン自由大学経済学経済学修士(Dipl.Ec.)。1991年東京大学社会科学研究所研究員。1993年ベルリン自由大学政治経済研究所専任講師。1996年同助教授。1998年日本銀行金融研究所滞在者。2000年より現職。
    専門領域は国際経済、金融政策、企業戦略、対外投資。

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