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    原発問題 -The Truth is Out There-

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    経産省の姑息な「脅しの手口」 

    本人に直接言わず、上司に電話「オフレコ破り」と抗議してきた経産省の姑息な「脅しの手口」
    2011年05月17日(火) 長谷川 幸洋 現代ビジネス

    「銀行は債権放棄を」という枝野幸男官房長官発言に対して、細野哲弘資源エネルギー庁長官が「いまさら、そんなことを言うなら、これまでの私たちの苦労はいったい、なんだったのか」と言ったオフレコ発言を14日付けの当コラムで紹介した。

     幸いにも多くの読者を得たようだ。その中の1人、経済産業省の成田達治大臣官房広報室長が私の職場に"抗議電話"をかけてきた。霞が関がマスコミ操縦に使う「脅しの手口」がよく分かるので、紹介したい。

     成田は私に直接、電話してきたのではない。私の「上司」に電話したのだ。

     上司がすぐ私に教えてくれたので、こちらも気がついたが、私はすぐ成田に電話した。以下は、その際のやりとりである。

    「それは上司に聞いてください」

    「なにか私の記事の件で『上司』(やりとりでは実名、以下同じ)に電話したそうだが、どういうお話だったのか」

    「それは『上司』に聞いてください」

    「オフレコ話を書くのはけしからんとか、書いては困るといったような話と聞いたが」

    「いや、私は書くなとは言ってませんよ」

    「じゃ、どういう話なのか」

    「私が言ったのは、懇談会の冒頭で私から『一部オフレコの部分もある』と言い、細野からも「ここはオフレコで」と言ったが、とくに反論や意見はなかった。終わった後で長谷川さんからも反論や意見はなかった。それなのにネットで書いたのは、どういう判断なのか。そちらはそういう会社なんですね。信頼関係が崩れている。とても信頼できない。これからは、そういう前提で対応を考えさせてもらう」

    「対応を考えさせてもらう、というのは、どういう意味か」

    「こちらは信頼できないと言っている。どうするかは、そちらの判断だ」

    「分かりました。ありがとうございました。あなたから、そういう電話があった件もまた書かせてもらう」

    「ちょっと待ってください。どういうつもりか」

    「忙しいので、これで失礼する」

     以上である。ほんの2、3分の会話だ。

     官僚はこのようにマスコミと困った事態になると、記者当人ではなく「上司」に文句を言ってくる。たいていの記者は上司から注意されると出世に響くと思って、口をつぐんでしまう。「記者もサラリーマン」という弱みにつけ込んだ「恫喝」である。

     本人との直接対決はできるだけ避けようとする。直接対決すると新たな接触が、またネタになる可能性がある。「もしかすると、また書かれてしまうかもしれない」と考えて、リスクを最小化するのである。まったく卑しい手口である。

     そういう事情なので、相手は初めから私とまともに議論するつもりはない。「脅せば十分」という話である。

    「オフレコ」という情報操作の手口

     ここでは問題の本質である「官僚のオフレコ話」について書いておこう。

     記事について、元官僚で現在、ある大学教授の方もツイッターで「私も官僚時代はよくオフレコで話をした。これは信義則違反ではないか」という「つぶやき」を記している。官僚にとって「オフレコ」というのは極めて重要なマスコミ操作の手段になっている。だから、記者のオフレコ破りは官僚にとって無視できない重要事なのだ。

     官僚は記者クラブの会見などで「ここはオフレコだが」と前置きして、ちょっとした背景説明とか裏話を披露する。マスコミに書いてもらいたくないからではない。まったく逆で、実は自分の正体は明かさずに、マスコミにぜひ広めてもらいたいのだ。

    背景説明とは、簡単に言えば官僚が世間に広めたい一定の「相場観や理解の仕方」と考えればいい。たとえば官僚に都合のいい解釈や政治家の悪口話、ほめ言葉などだ。

     「あの人は政策通」とか「あの人は官僚を使いこなせない」とかいった話がよくマスコミに出るだろう。それはたいてい、官僚の話が出所になっている。

     記者のほうは、そういう話を聞くと、なにか秘密の話を聞いたような気になって、知らず知らずのうちに官僚の相場観に染み込まされていく。それがオフレコの狙いである。

     だから、官僚が「ここはオフレコで」といったときこそ、本当は記者が官僚の狙いに気づかなければいけない。今回の例で言えば、細野長官の狙いは二つ考えられる。

     まず「枝野長官の『債権放棄話』などとんでもない」という相場観を記者に染み込ませたかった。「霞が関は絶対、受け入れない」という相場観である。これが一つ。もう一つは本当に枝野発言に頭に来ていて、枝野の評判を落としたかった。これが二つ目だ。私はおそらく二つ目の思惑がより大きかったと思う。枝野が邪魔者になってきたのだ。

     枝野発言はその限りでは「もっともな話」であり、今回は細野たち官僚の相場観と世間の相場観があまりにかけ離れていた。今回のオフレコ話は、それくらい経産省という役所がダメになっている証拠でもある。

    「オフレコ破り」をつるしあげる記者クラブの記者

     では、論説懇のオフレコ破りは許されるのか。

     私は基本的に大勢の記者が参加した場で「オフレコ」はあり得ない、と思っている。

     官僚1人に対して記者数十人では、だれかがどこかで喋ったり記事にすることは十分にあり得る。官僚はそんな可能性はとっくに承知していて、書かれることを前提に喋っている。ただし、絶対匿名で。相場観を広めることが狙いだから、自分の正体が明かされては元も子もない。

     私はそんな相場操縦を狙った官僚の手伝いをする「ポチ」ではない。重要局面で官僚の立場と基本的発想、狙いを書くのは大事な仕事の一部と思っている。今回はオフレコ話に経産省・資源エネルギー庁の考え方が象徴的に出ていた。だから書いた。当たり前だ。


    論説懇は記者クラブでもない。役所が記者に呼びかけて開いた「政策説明会」のようなものだ。記者クラブだと、オフレコ破りした記者はしばしば、他のクラブ記者からつるし上げられたりするので書けなかったりする。記者クラブのもっとも悪い面である。

     だからといって、私がオフレコに応じないというわけでもない。基本的に1対1で、しかも十分に信頼に値する相手なら応じる場合はある。1対1でなければ、自分と情報源以外の第三者によって情報が外に漏れる可能性があるので、意味がない。先に言ったとおりだ。

     だいたい数十人もの記者を相手に、初めから「信頼関係」うんぬんを持ち出すほうがおかしい。自分たちが「ここはオフレコ」といえば、記者がみなその通り、黙って従うとでも思っているのだろうか。そうだとすれば、記者もよほど官僚になめられたものだ。

     残念ながら、なめられ切ってしまったのが現状である。この件は面白いテーマなので、折に触れてまた続報を書くことにしよう。

    講談社

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