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    原発問題 -The Truth is Out There-

      : 

    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

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    茨城県でもこのような強烈な汚染により日常が破壊されている  

    衝撃的な寄稿です。

    ジャーナリスト 木下黄太のブログより引用させて頂きます。


    原発震災に追い込まれ続ける主婦の訴え、茨城県常陸太田市より。

    茨城県常陸太田市に住んでいます。市町村合併で
    隣町が福島県の矢祭町です。
    福島県境までは車で1時間以内に行けるロケーション。

    自宅は隣が東海村の臨界事故現場も遠くにかすんで見える距離。
    遠くに東海村の原子力発電の施設も目視できます。
    主人の転勤がきっかけで、臨界事故の数年後に
    この土地に引っ越してきました。
    99年の東海村の臨界事故当時、
    近所の奥さんの子どもが4歳児くらいでした。
    (事故当時日立市在住で引越して常陸太田へ)
    現在高校3年生くらい。
    その子の同級生のお子さんが2人も白血病との事。
    (小さい頃からのお知り合いでこのエリアの方)
    今回の事故をきっかけに耳に入ってきた情報。

    茨城県常陸太田市の真弓に設置してあるモニタリングポスト。
    いつもその小学校の先生方が数字を見ているから

    異変に気づいた。
    震災後に通常時の約10000倍の放射能を記録したのを
    知識が無かったのか、壊れたかと騒動になったらしい。
    平常時0.02μSv/hr→200μSv/hr
    くらいだったらしい。
    (聞いた話ですので、平常時のほぼ10000倍との事)
    ただし、3月12日の何時かは不明です。


    この値がどのくらいまで続いたのか、モニタリングポストの
    数値探しましたが、データが無いのです。
    (文科省無し、茨城県モニタリングポスト平成22年度データ無し)

    冷静に判断すれば、それは真実なんでしょう。
    私たち家族は停電と断水。
    地元ラジオ局の情報しかなく、
    福島第一原発の様子はわからなかった。
    その間、我々は生きるために外で水を汲み、外を歩き
    電話ボックスに走った。長蛇の列で外で外気を吸っていた。
    家族3人が喉が痛いという急性症状があった。
    (私は焼けるような、喉の痛みが2週間続いた。)
    電気が来てテレビをつけたら原発が爆発していた。
    生命の危機を感じて、3月15日21時半過ぎ、逃避行の旅に出た。
    私は完全に思考が停止するくらいの衝撃でしたが、
    旦那が断水続きで風呂に入らないと気持ち悪いという理由の方が当時強かった。
    しかし、そうでもして、引っ張って
    行ってくれなければ、私は思考停止していたので、動こうとしなかったかもしれない。
    その時は放射能もそうだけど、
    この地域の事情、逃げたくても逃げられない
    状態であったのです。
    地震で地滑り地割れと橋の段差の増大で
    通行止めが各所にあり、
    第一にガソリンが無く、思考が停止してしまう要素が
    たくさんあった事は記憶に新しい。
    心身ともに痛めつけられている感覚。
    茨城県の現状はテレビ報道される事もほとんどなく、
    どんな惨状かは、いまだに知られてはいない。
    運よく脱出に成功した我々家族も冷静な判断ができるようになるまで、
    しばらく時間がかかった。
    確かに津波現場に比べればとても小さな被害だったかもしれない。
    今、生きている事に感謝するだけです。

    当時を振り返り、こんな事が・・・
    震災直後、プロパンガスが使えた。
    水さえあれば、温かいコーヒーがうちでは飲めた。

    うちは、冬でも青カビが生える家。
    コーヒー豆をフィルターごと 乾かして、
    土に返すだが、
    震災後、
    カビが全く生えていない。
    それが何を意味するかを考えた時・・ハッとした。
    医療用具工場に勤めていた時、滅菌という仕事をしていた。
    厚生省に申請するデータを作成していた時、
    滅菌のD値まで出さないといけない。
    その時の事を思い出した。
    これは、もしや、
    自宅がガンマ線滅菌器状態なのではないか。
    カビを殺す難しさは知っていたので、
    これが本当なら恐ろしい事である。

    スーパーにはガイガーカウンターを持って行くようにしている。
    埼玉の友人がやはりガイガーカウンターで
    野菜を調べたところ、産地偽装も埼玉ではあるようだ。
    という話も聞いていて、チェックしている。
    たとえば、地元の野菜である程度信頼できる農家の
    野菜であっても、天候風向きに左右されるわけで、
    毎回ガイガーカウンターの反応が同じではないのだ。
    それは、買うたびに傾向を取っていけば、おのずと
    見えてくるものがある。
    (雨、風向き、育った期間、ハウス栽培は露地物か)

    常陸太田市で
    水田の作付が始まる以前は地上1mくらいならば、
    0.16μSv/hrくらいの線量だったが、
    トラクターが入り作付準備をしたとたん、
    0.45μSv/hrくらいに上昇。
    (放射性セシウムが土の中にあって、
    それがかきまぜられた事によって出てきた。と仮定)
    その後、田植えが始まり水田には水がはられ、
    現在0.2μSv/hrくらいになった。
    おそらく雨に流された
    セシウムは地下水や川を汚しているようです。
    空中線量はあまり上がらなくなりました。

    今の方が水道水が危険と思いますが、
    自治体は分析していません。
    常陸太田市役所ホームページでは5月2日以降
    分析の記録はない。

    5/17大子のお茶からセシウムが出てきているという事は
    川の上流だから、セシウムが出てきて数値が出せないのか・・・

    昨日は八郷のブルーベリー農家を訪ねた。
    私に何かできないかという事で、被災地の農業など、
    オーナーがサーフィンをする人なので、茨城の海側の事も
    含め、今の現実を語りあってきた。

    私の行った、農家は本当に消費者の笑顔を見るため、
    農薬を一切使わず、ブルーベリーを育ててきた。
    毎年我々もお世話になっている家族のような存在だ。
    その方が、農業をやっているサイドから見ても
    近所のよその農家を見ていると、農協の特に指導もなく、
    放射線検査はしないで出荷しているのが現状。
    出荷は無法地帯化しているようだ。

    同じ農家としてのポリシーが無い事については
    非常に落胆されていた。
    私は、何か自分にできないかと思って行ったけれども、
    逆に子どもの事を心配してくれた。
    その農家では、キチンと分析先も依頼済みで、
    ブルーベリーができてから、サンプルを送り、それを、
    住友化学系の分析会社で緻密な年代測定レベルの
    放射線分析を行い、その結果を見て、
    今後の進路を決定するという。
    実に潔い言葉だった。
    また、その方、海をきれいにするために、
    毎週、海のがれき処理のボランティア活動をされていて、
    茨城県の北側にも行きたいと思うと話したところ、
    自衛隊の関係者より、
    「北には行くな。本当に危険だ。」
    と止められたそうだ。
    海の汚染の深刻さは、言い表せないだろう。
    正直、魚業というのはこの先、原発エリア、太平洋側は
    アウトなのではなかろうか。
    もっと、しっかりとした生データがほしいところだ。
    しかし、想像してみれば、
    サンプリングは命がけということを意味するんだろう。
    ブルーベリー農家の方とは
    日本の現状に関してお話ができて本当に良かった。
    確かに農家は被害者ではあるのは十分理解できるのだが、
    農作物の作者としての個々の農家の考えや取り組み方の
    意識の違いというものは、ハッキリ分かった。
    安易に何の疑問も持たないで出荷できる人も多い。
    その行為は、結果、消費者にとっては加害者になりうる。
    (消費者を無意識に内部被ばくさせているという
    重大な事実を知らずに、生きるためのお金を
    得る事に走っているという究極の選択ではあるが
    破滅への序章でもある。)

    未来を作る子どもたちのために
    大人がしなければならない事がある。
    子どもを守らなければならない。被ばくから少しでも。
    また、未来に少しでも美しい環境を残してあげたい。

    関東の農業の現状を改善するためには、
    現場の農家の方に、事実がハッキリわかるように
    指導してあげる必要がある。
    分析をして、出荷をする仕組みを構築する。
    日本全国でこのような取組が必要ではないのだろうか。
    このような仕事を作ることで雇用を創世できないのであろうか。

    真剣に取り組んでいらっしゃる農家の皆さまは
    結局、自分たちで分析費用を自腹で工面して、必死で
    取り組んでいるという不公平な現状をもう少し
    クローズアップした方が良さそうだ。

    真摯に取り組む農家はどれだけいるのか。
    不明だ。
    この状況を打開しなければ、我々は食べる物を失う。
    いや、もう関東では農業は無理なのでは?
    いろんな事が巡る。

    帰り、水戸のイオンショッピングモールの
    野菜売り場に行ってガイガーカウンターで測定してみた。

    昨日の水戸は食品売り場の野菜売り場から離れると
    濃度が低く
    0.08μSv/hrくらいまで落ちる場所があったので、
    割と感度良く傾向が見られた。
    「方法」
    野菜にガイガーカウンターを近づけ、
    バックグラウンドよりも上にカウントするかを
    目視する。

    旭村 ミズナ アウト
    なめかた さつまいも アウト
    (↑いつ取れたものか?保管方法がまずかったのか?)
    産地不明ちんげんさい アウト
    ホウレンソウと小松菜もグレー。
    産地不明4種類あって、単に埼玉とかいているものも。

    が今日の状況。
    野菜売り場が比較的汚染濃度が濃いのがそれを
    物語っている。

    もちろん、きれいな野菜もまれにあるのだが。
    この計り方はあまりガイガーカウンターを使い慣れていない人には
    おススメしませんが、参考程度にはなる。
    地名を出した農家の皆さまあしからず。
    このような消費者もまれに居るということです。
    食中毒のお肉が話題になる昨今、食肉のチェックも
    怠ってはいけない。基本的には国産と書かれている肉は
    我が家では買わない。

    青森でも経験したが、青森のスーパーでも
    怪しい野菜も魚もある。
    青森県は福島、群馬、茨城の野菜がたくさん置いてあった。
    正直、原子力疎開をしている自分にとっては、
    不快な気持を正直持ったのだ。(ごめんなさい。)

    茨城県にいつしか、茨城の野菜しかならばなくなった。
    事故直後は関西からたくさんお野菜が入って来て、
    助かっていた。
    現在、関東で食べられる物はないのかもしれない。

    被災地の農業を救おうという消費者意識に
    つけ込む不可抗力でもあり、故意でもある
    野菜の放射能汚染の無法地帯化。

    魚はもっと厳しいかもしれない。

    4月中旬、鶏卵の異変に気付いた事もあった。
    卵を調理する際、殻を割って、かき混ぜて
    焼いた瞬間に
    ガイガーカウンターの数値が跳ね上がった。
    0.16が0.25へ。
    子どもがまさに食べようとした瞬間奪い取って
    ゴミ箱に捨てた。
    犯人はおそらく、黄身なんだろう。
    放射性物質が中心にあって、まわりを白身が多い
    殻が覆っていると、さらにポリのパックに
    入っていて、それをガイガーカウンター当てても、
    なかなか数値が判別できない。
    当時、鶏卵は大丈夫と報道されているが、分析しているのか、
    どうかは不明で、私は全く信用していない。
    (まるで戦時中のどさくさに紛れるっていうのと同じような気がする。)
    あの頃は放射性ヨウ素がまだあった時期に
    オーバーラップするので、あれだけ跳ね上がるのは
    ヨウ素か?とも考えている。
    近所の卵は避けるようにしているが、
    遠い産地のものはなかなか手に入らないのが現状だ。

    豚や牛に比べると鶏は体が小さい。
    小さいものから被ばくする。いずれ食物連鎖で
    必ず人間に帰ってくる事を忘れずに。
    うちの子どもが鳥のから揚げが好きだけれども、
    外国産と国産鳥取の大山の鳥が入ってこないと
    鶏肉は食えない。

    原発から約108キロに位置する自宅。

    京都大の小出先生のある日の講演会の動画で
    東京の空気を
    サンプリングして測定された生データがあり、
    1.76μSv/hrという結果で組成まで出ています。
    ペーパーフィルターにてエアーサンプリングをして
    ヨウ素は紙に吸着されにくいため、
    ヨウ素は少なめに検出される傾向がある。
    そのため、この1.76という数字は
    実際より低い値ではないかと考察していらっしゃる。
    実際この濃度の空気をを呼吸により取り込めば
    内部被ばくは17.6μSv/hrとなる。
    とのことだった。

    その話を少々乱暴ではあるのだが、
    常陸太田の真弓のモニタリングポストの数値に
    置き換えてみると

    仮に、本当にそのデータが当たりだったとして、
    200μSv/hrだから
    内部被ばく
    2000μSv/hr→2mSv/hr
    2mSv/hr×24時間=48mSv/day
    3月12日~3月15日ざっくり4日
    48mSv/day×4日=
    192mSv/4日
    4日で192mSvも呼吸で内部被ばくしたのか?
    我々家族。

    真弓のモニタリングポストの数値を
    今回の自宅付近にあてはめれば、
    以上のような計算式になり、
    この地域の人は、
    たった4日で原発作業者並み以上の内部被ばくを
    しているのか?

    この件については、
    木下 黄太さんからの指摘もあり、
    高濃度だった時間はもっと短かったのではないか。
    というお話もありました。

    真相は・・・? 不明だ。

    3月27日、東名富士のあたりで、
    富士山の向こうの空気がねずみ色に見えた。
    利根川を越えて北に入った時、空気が重かった。

    濃度が分からない茨城県に3月27日夜から3月29日
    昼まで滞在している。
    主人は、その後、ずっと常陸太田にいる。

    私と子どもは青森に行く。
    4月6日夜、常陸太田に戻る。
    それから、23日間常陸太田に滞在。
    4月29日から5月7日学校を途中2日休ませ
    青森に再び疎開。5月8日から現在は常陸太田。

    子どもの内部被ばく線量をある程度、親としては、
    計算して健康管理する必要がある。

    したがって、地域のモニタリングポストの
    データが必要だ。

    しかし、この状態では年間20mSvは軽く超えるのであろう。

    今回の事故の初期から、現在までの、
    内部被ばくの積算量を計算したいのに
    モニタリングポストの数値が4月以前のデータが
    どこを探してもない。

    先日も4月24~25日頃、一斉に近所の複数の
    モニタリングポストの数値が上昇した事があった。
    埼玉の友人から数値が急激に上がっている
    チェックしてと悲鳴にも似た連絡があったのだ。
    翌朝になるとデータは消え、何もなかったように平らに
    なっていた。

    誰かが情報操作していると思った。
    だから、何も信じられないのです。
    一応、公に見られるモニタリングポストではありますが。
    その本来の役目は果たされていないという事になる。

    先に記述したモニタリングポストの件だが、私の目で
    確かめたわけではない。
    小学校の運動会を欠席させる事を担任に伝え、
    その件について、校長先生と話合いが持たれた時に
    耳に入ったつい最近の話である。
    全校生徒でたった一人運動会を欠席する我が子。
    同級生に「お前のお母さん気にし過ぎなんだよ」とか
    揶揄される事もあるようです。
    小学校6年生の最後の思い出になる運動会ではあったが、
    思いでよりも
    少しでも被ばく量を抑える事を選択してきたつもり。
    だが、これでは、すでに決着がついているかもしれない。
    (病気になるとか命に関わる量の被ばくをすでに
    十分越えていて多少被ばくを避けたとしても無駄ということかも)
    そんな風に思うと悲しい気分になる。

    内部被ばく量を自分で解読するすべが無い。
    おそらく、我々茨城県北(お隣の町は福島県)に住む人は
    桁違いの放射能を浴びている事になり、
    もう、生きていても死んでいると同じとも考えられます。
    症状が出ていないだけで。
    生き続けるためには何らかの奇蹟を待つしかない。
    ある意味、命に対する執着が消えた。
    福島の皆さんがこれを読んだらとても傷つくと思うけど、
    政府が今まで我々にしてきた事はこういうことだとは
    思われませんか?

    政府が本気で誠意があるのなら、
    直ちに避難しなさい。とあの時に言うべきであり、
    今であれば、
    子どもを疎開させて、
    汚染地域の子どもから始まって、希望者全員、
    ホールボディカウンターで
    緊急調査を死に物狂いで今、するしかないでしょう。

    いや、もう、死ぬ人間なんかにお金使いたくない。って
    政府が思っていれば、全く期待はできませんが。

    そこで、本当にこの先、どうやって生きて行こうかと
    意志決定のための重要な情報になると思う。

    私が今、児童疎開を断念した理由は
    子どもが、今いる小学校の友達と一緒に学びたい
    (卒業までいたい。)という意志に負けた。
    そのまま、青森にとどまって転校させようともしたのだが、
    常陸太田に帰って来てしまったのだ。
    家族一緒が一番に決まっている。
    離婚したり、別居したり、奥さんが子どもを連れて
    関西に引越すケースが増えているようだ。

    そういう意味では我々はとても今、幸せなんだと思う。
    恵まれている。
    子どもの未来を考えていない母親であるかとは
    反省している。
    子どもを思うと胸が痛いのだが。
    3月は四国(主人実家)青森(私実家)では
    3月末から5月と飛び石疎開していました。

    小学校の校庭に行って、
    ガイガーカウンターで表土の放射線量を計測。
    校庭のおよそ40か所を測定
    地表に置くと高いところで、0.45μSv/hr
    低いところは0.17くらい。
    平均してあげても0.25は下回らない。

    校庭に出るなという事は子どもに伝えた。

    しばらくして、子どもが言いました。

    「運動会が5月にあるけれど、
    どうしても僕は放射性セシウムが
    怖いので、素足で組体操ができない。」

    私は言いました。

    「それは、正しい選択だ。
    小学校とはお母さんが話をつけてくるから
    お前は何も心配しなくていい。
    運動会は欠席しなさい。練習もでなくていい。」

    それで、担任の先生と
    校長先生との話し合いがもたれた持たれたわけです。
    担任の先生とは、家庭訪問の時に1時間以上も
    放射能汚染の件で話をして、よくわかっていただいた。
    私も現場の先生方の立場を尊重し、それ以上は
    突っ込まなかった。
    教育委員会に校長先生は私の測定したデータを
    持って行ってくれたが、
    「これ、一ケタ多くない?」と言われたそうだ。
    その裏を取ろうとはしていないのだろう。
    校長先生も私に何か直接来ないようには
    防波堤になってくれたようで、感謝している。

    学校を休ませるたびに、教育委員会から、休んでいる人の
    名前と避難している地域を報告しろと現場の先生方から
    何度も電話が避難先にあった。

    角度をかえれば、世の中の皆さんに
    「あなたは自分の子供だけ助ければいいのか?」
    そういう行動に私の行動は見えるかもしれない。
    だが、私は思う。
    あの時、政府が直ちに避難して下さい。と
    一言、言えば、もう少し、多くの人が、被ばくで苦しむ事は
    防げたかもしれない。

    この2カ月の生き方がみんなそれぞれ違っていたはずだ。
    震災直後、なすすべが無かった茨城県の被災地で、
    無理だったかもしれないけれども、
    少なくとも無駄に出校日に小中学生を学校に通学させて
    高濃度の汚染にさらす事もなかったであろう。

    私は究極のマイノリティだ。常陸太田市の中では、
    それでも、何とか抵抗し続けて、私も少しづつ全容が
    見えてきたようにも思いました。
    私をこれまで支えてくれたのはママ友のブログだ。
    ミクシィでしか見られないが、ものすごい機動力で
    私を支えてくれた。
    ニュースよりは、信頼できる人の個人のブログであったり
    ドイツなど海外の情報の方がよほど冷静に日本を捉えており、
    正しい情報が詰まっていると感じる。

    私はこの2カ月の間、内閣や各省庁も含め何通もメールを
    送っている。だけど、政府の出す答えは、みんな違う方向性ばかり。
    いつからか、そこに労力を割く無意味さに気付き、
    メールするのをやめた。
    福島を中心に、放射能汚染が広がる関東、近隣の東北の
    お母さんたちの子どもを守りたい気持ち、
    離れたくない気持ち、いろいろなせめぎ合いが
    私の中でもあります。ストレートに割り切れたら
    どんなに楽な事でしょうか。
    この事故で涙を流しているお母さんが何万人いるかと
    思うと思考が停止してしまう。私自身も同じです。

    子どもも私も不可抗力に高濃度の被ばくを受け、
    ある意味、もう、すでに命は取られてしまっている
    とも考えられる。
    だったら、この命を無駄にすることなく、
    日本の未来のために
    何かを動かせるような形にしたいと思っています。

    ハッキリ人類に言おう。
    地球とか宇宙の摂理には勝てない。
    地震津波で、原発が破壊される事も今、ご覧に
    なられていますね。
    原発は人類とは共存できないもの。
    そういうことでしょう。
    私が、この先、何らかの放射能汚染に起因する、
    また引き金になるような病気で死んだ時、また、
    私の大切な家族に何かが起きた時、
    さらにリアルにくみ取って下さい。
    北海道や、西日本の皆さま、そして、世界の皆さま。
    普通に汚れていない空気を吸う事と
    汚れていない食べ物を食べること、
    普通の事のようでとても、尊い事です。
    たった一瞬の原発事故で我々はささやかな自由を
    奪われています。
    普通にこの地球という名の星に生まれて
    一生物として最低限平和と言われるような時間を
    持つためには、我々は核という次元の違う物質を放棄し、
    今後、一切関わらない事が重要なのではないのでしょうか。
    それでも、長い年月を子孫の代まで現在使ってる核の灰を
    お願いする事に罪の意識を持ってもう、止めましょう。
    ソフトバンクの孫さんが東日本ソーラーベルトの
    提案してくれた時、ものすごく感激した。
    原発を無くするという事が難しいのは、
    原発関係で働いている人たちがいられる新しい職場を
    用意する事がなされていれば、
    皆さん不安なく新しい道に進める事ができるのだ。
    原発というものが無くなっても、電力というものを作ろうとなると、
    今後、自然エネルギーなど、違う方面のインフラの整備や
    技術開発、また、現場の物づくりも必要になり、
    雇用は絶対に生まれるはず。
    そういう時代を先取りした構想が同時に生まれないから
    みんなはどんどん不安に陥るんだ。←これは日本政府に
    言っている言葉だ。

    未来は長生きする人と、子どもたちに任せます。

    大切なのは命。
    正しい判断と正しい知識で、
    放射能から、子どもを守ろう。

    人間として生きるべき道を間違わないように。
    祈るような気持ちで
    寄稿させていただきます。

    2011年5月18日 東 路子

    原発 放射能 水道 食品汚染
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