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    原発問題 -The Truth is Out There-

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    化学兵器と沖縄  

    劣化ウラン弾は今もこの弾薬庫にあるのでしょうか。。


    毒ガス移送40年 元対策委員・仲宗根さん「弾薬庫今もそばに」
    2011年7月15日  琉球新報

    【沖縄】米軍が知花弾薬庫にマスタードガスやサリン、VXガスなどを貯蔵していたことが発覚し、毒ガス1万3千トンを北太平洋上の米国ジョンストン島へ運び出した毒ガス2次移送から、15日で40年を迎える。2次移送が完了した1971年9月9日までの約2カ月間、知花弾薬庫からうるま市天願桟橋の移送経路に住む住民は避難を余儀なくされ、日常と隣り合わせの化学兵器に不安な日々を送った。

     毒ガスの1次移送計画が発表された2日前の70年12月3日、沖縄市倉敷にあった共同ごみ処理場の従業員が目や喉の痛みを相次いで訴えた。付近にある瑞慶山ダム(現・倉敷ダム)の監視塔からは、弾薬庫地区から白煙が立ち上るのが目撃されていた。

     「毒ガス事故か―」。同市登川で移送の対策委員を務めていた仲宗根正雄さん(72)も緊張に包まれた。米軍は毒ガス事故を否定した。しかし移送開始を前に周辺住民の胸中は、不安や疑念でいっぱいだった。
     69年に米紙が知花弾薬庫の神経ガス漏れ事故を報じたことを機に、米軍は沖縄での毒ガス貯蔵を初めて認めた。

     一方、琉球政府の調査団による報告書(71年)によると、沖縄では60年代から皮膚の炎症や目の痛み、咳き込みや植物が枯れるなど原因不明の事象が基地付近で発生し、化学兵器による被害が推定されていたことも指摘されている。

     2次移送から40年。仲宗根さんは「反対運動の末に毒ガス移送が完了し、当時は何かが解決したようにも思ったが、弾薬庫は今もそばにある」と指摘する。

     「どんな事故が起こるか分からない。その状況は変わらない」。地域が恐怖に包まれた当時のことを風化させないよう、登川の字史を編集している。
    (島袋良太)

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