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    原発問題 -The Truth is Out There-

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    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

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    朝日新聞OBグループは東電のPR誌を作り、それをすべて買い上げてもらっていた。その額、年間1億4000万円 

    メディア 最大のタブー 東電マネーと 朝日新聞
    2011年08月22日(月) 週刊現代

    東電が朝日に出した年間広告料2億3000万円(推定、電事連等は除く)。それだけじゃない。朝日有力OBグループは東電のPR誌を作り、それをすべて買い上げてもらっていた。その額、年間1億4000万円!------原発推進のため、メディアにカネをばらまき続けた東電、そしてそこにタカる大手マスコミ。歪な原発大国の生成過程を暴く

     腐っても鯛。朝日新聞社は今でも有力なオピニオンリーダーだ。だからこそ、原発を推進したい東京電力は是が非でも抱き込みたかった---この国の原発推進の一翼を担ってきたのは大手マスコミである。

    事故後にも買い上げていた

     東京電力が、「カネのなる木」原発を維持するため、あの手この手でメディア各社にカネをばら撒き、懐柔を図っていたことはよく知られている。

     いちばんの「ターゲット」にされていたのが、朝日新聞である。ライバルの読売は社主・正力松太郎氏の号令で原発推進キャンペーンを張ったが、朝日は'70年代に社論を統一し、「イエス、バット」(基本的に原発を容認)とした。その背景には、東電からの広告受け入れや、東電幹部からの接待、出張費肩代わりなどがあったと、元朝日新聞経済部記者の志村嘉一郎氏が近著で証言している。


     それだけではない。

     東電は朝日の有力OBに対し、異例の厚遇をしていた。電力マネーと日本を代表する新聞社の知られざる野合ぶりを追った---。

     昨年1年間で、東京電力が会社名で朝日新聞に出した広告は合計13本。ほかに電事連名義のものや、日本原子力文化振興財団などの広告も大量にあるが、それを除いてもかなりの数である。掲載された面によって価格は違うが、朝日の規定の広告料に従って計算すると、その合計は2億3000万円あまりになる。しかも、その内容は、東京電力が保有する尾瀬の環境を守ろうと呼びかけるものや、イメージキャラクター「でんこ」の歌の歌詞・楽譜など直接ビジネスには結びつかないものばかり。

     事情は他の新聞でも同じだが、東電の気前のいい広告には改めて驚かされる。ちなみに6月30日に公表された有価証券報告書によると、東電はテレビ朝日の株3100株(全体の0・3%)を持つ大株主でもある。


    今年2月の『SOLA』に登場した武黒一郎・元東電副社長。『SOLA』はこれまでに104号が発行されている
     東電と朝日グループの絆は想像以上に深いが、そのことを裏付けるのが、『SOLA』と題する情報誌である。

     A4サイズ、カラーと2色刷りで約50ページ。裏表紙に「定価350円(税込)」と謳ってあるが、街の書店では一切売られていない。

     カラフルなイラストをあしらった表紙に始まり、芸能人インタビューや健康法紹介、料理レシピ、エッセイなど、言ってみれば生活情報誌だ。オール電化の利点などを紹介する記事も多く、事実上東電のPR誌と言って差し支えないだろう。1989年8月の創刊で、当初は年6回の発行、途中から年4回発行の季刊誌となった。

    実はこの雑誌は、東電の本店営業部が一括して買い上げたあと、各営業所に配布されている。そこで、興味のある来客に無償で配られているのだ。つまり、身銭を切ってこの雑誌を買っている読者は東電以外、一人もいない。

     横浜市内の東電営業センターに行ったところ、窓口職員はしばらく考え込んだ末、「あっ、あれのことかな」と向かいの棚を自信なさげに指差した。見ると、5ヵ月前に出された春号(2月20日付)が20部余りも山積みになったまま。バックナンバーの有無を尋ねると、余ったものはその都度、廃棄処分にしており、ここにはないという。おそらく、東電の各営業所では毎号この雑誌が大量に余り、廃棄され続けてきたのだろう。

     本来なら5月20日に104号目となる夏号が出ているはずなのに、置いていない。

     確認すると、夏号は予定より1ヵ月遅れて6月下旬に発行され、従前通り、東電が大量に購入したことがわかった。しかし、広く配布することはなぜかとりやめたという。

     東電広報部が説明する。

    「住宅や暮らしなど、多くの人に興味を持っていただける内容なので、お客様への情報提供に活用できるということで購入してきました。しかし、福島の事故で合理化が進められていることもあり、夏号は購入部数を大幅に減らすことを6月に入ってから決めています。一部は図書館や福祉施設に寄贈しているが、残りの活用方法は今後考えていきたい」

     夏号は事実上のお蔵入りの扱いなのだ。

     さらに注目すべきは、東電お抱えの情報誌でありながら、複数の朝日新聞OBの手によって作られているという事実である。

    『SOLA』の発行元は東京・赤坂にある「井田企画」という会社だ。信用調査会社のデータによると、社長の井田敏夫氏は'47年生まれで、早稲田大学政経学部卒業後、朝日新聞に入社、社会部と政治部に在籍し、'82年1月に退社した。独立後、'83年11月に広告エージェントやテレビ番組制作を手がける「朝日クリエイティブ」を設立、'86年4月に井田企画を立ち上げた。

     井田企画と朝日クリエイティブの取引先には東電を始めとする電力各社や日本原燃、原子力発電環境整備機構、コスモ石油など主にエネルギー関連の法人名がずらりと並ぶ。中でも設立間もなく獲得した大型案件が『SOLA』の仕事だった。


     東電も井田企画も詳細を明かそうとしないため取引規模は推測するしかない。直近まで『SOLA』の公称部数は8万~10万部。1部あたり350円とすれば、年間取引額は最大1億4000万円。信用調査会社には10年前の古いデータしか残っていないが、それによれば、井田企画の売上高は1億4400万円。大量購入の割引があるにせよ、『SOLA』が井田企画の手がける事業の大黒柱なのは間違いない。

    東電の丸抱え

     井田氏は『SOLA』の制作に朝日新聞OBの人脈をフル活用してきた。

     創刊以来、編集長を務めるのは元『週刊朝日』副編集長の江森陽弘氏。また、看板企画の要人インタビューでは元取締役論説主幹の田中豊蔵氏を起用、ほかにも元論説委員の岡田幹治氏が環境問題にまつわる論考を毎号寄稿している。

    編集長の江森氏は'60年に朝日新聞に入社。社会部次長や編集委員を務めた。その名が全国区に広まったのはテレビ朝日系列の「モーニングショー」でキャスターに抜擢されてからだ。'83年から3年半にわたって朝の顔となり、その後もテレビにたびたび出演、'88年に朝日新聞を退社してからはジャーナリストとして教育問題などについて発言してきた。江森氏自身が、『SOLA』とのかかわりを説明する。

    「井田君は朝日新聞時代の先輩との縁で知っていましたが、個人的な付き合いはありませんでした。その井田君から、『江森さん、東電から頼まれて雑誌をつくることになったので編集長をしてくれませんか』と言われたのが二十数年前だったと思います。

    『東電がお金を出す』という言葉は聞いた気もするけど、はっきりとは覚えていません。家庭や生活に密着した雑誌をつくってくれとの要望だけで、東電が口を挟んできたりしたことはないです。もっとも、編集長として、本当はダメなんだけど、僕は編集会議に出るわけでなく、編集方針を決めていたわけでもありません。担当したのは女優さんとの対談とか柔らかい系の記事。お金は原稿料として毎回、請求書を出す形で(井田企画から)貰っていました。当初は年間500万~600万円を貰ったこともありましたが、だんだん下がって、ここしばらくは200万~250万円でした」

     他方、元論説主幹の田中氏が担当するのは「まじめにトーク&トーク」と題する政財界人インタビューだ。

     ここには、荒木浩元会長や武黒一郎元副社長(現・国際原子力開発社長)、元副社長で前参議院議員の加納時男氏ら、東電関係の要人もたびたび登場する。武黒氏は対談で、

    「日本の原子力発電は過去50年間、安全をしっかり守って利用することは確実に行われてきました」

    「原子力発電を担う人は、厳しい風雪に耐えられるだけの強さ、正しさがあることが前提です」

     などと得意げに持論を述べ、聞き手の田中氏もそれを賞賛しているが、いまとなっては恥ずかしい限り。

     直近の夏号では環境事務次官の南川秀樹氏が登場しているが、驚くべきは取材が行われた日である。震災対応で多忙を極めていたはずの、3月17日に実施されているのだ。

     田中氏は'56年の入社で主に政治部畑を歩んだ。自民党取材が長い。'78年に論説委員に就任、'91年には社説の最高責任者である論説主幹にまで上り詰めた。

     朝日新聞を退社後、財務省の財政制度等審議会の委員なども務めている。その一方で、井田氏の会社である朝日クリエイティブでは取締役でないものの会長職を務めている。

     政治部畑の田中氏は本来、東電との接点はないはずだ。が、朝日退社後の田中氏は電力人脈でたびたび顔を覗かせてきた。その最たる例が、東電がスポンサーとなり行われてきた毎年恒例の「訪中団」への参加だ。

    「愛華訪中団」と称する、東電幹部とメディア各社の元幹部たちによるツアーを続けてきたのは「自由社」の石原萠記氏。元会長の故平岩外四氏ら東電首脳と昵懇だったことで知られ、マスコミ界の裏側で情報サロン的集まりを主宰してきた人物だ。その石原氏がこう話す。

    「ああ、田中君。ある高校の役員で一緒になったことがあって、その後、付き合いを始めましたが、特に親しいわけじゃありません。ある時、中国に行く話をしたら、『行きます』ということで2回(2004年と'07年に)参加してもらいました。彼が東電関係の仕事をしているというのは知りませんでした。そうだとしたら、巧妙だわね」

    東電のカネでNPOも設立

     井田企画を基点とする朝日新聞OBとの関係はまだある。

     '00年11月、井田企画内に「地球こどもクラブ」という特定非営利活動(NPO)法人が設立された。このNPOは東電からも寄付を受け入れており、今年6月までは東電の皷つづみ紀男副社長や前出の加納前議員も副会長を務めていた。

     小学生らを対象にポスターコンクールなどを主催し、'09年度の支出額は約2100万円。

     そのほかの理事や会員企業の顔ぶれを見ると、『SOLA』にかかわる朝日OBたちと見事に重なっている。井田、江森、田中、岡田の各氏が名を連ねているほか、元朝日新聞社長の中江利忠氏の名まであるのだ。

     会員企業には東電のほか、北海道電力、東北電力、四国電力、日本原燃が名を連ねていた。中江氏に聞いた。

    「井田君に『こういうNPOがあるんだけど会長になってくれませんか』と頼まれたのが最初でした。ほかに役職を抱えていたので会長は荷が重く、悩んだ結果、『なかなか顔を出せないけど、副会長なら受けるよ』と受諾した次第です。『SOLA』という雑誌は聞いたことがあるけど、見たことはありません」

     井田企画はほかに「ナレッジ」と題した言論サイトを開設し、田中氏ら8人の新聞OBをレギュラー執筆陣に揃えている。

     そのうち、元読売新聞論説委員の中村政雄氏は電力中央研究所の名誉研究顧問の肩書を持ち、原発推進を声高に叫ぶ言論人として有名。'97年には有志で「原子力報道を考える会」を結成し、各方面に手紙を出す運動を展開中だ。

    「(SOLAの)原稿料は400字で3000円程度だったんじゃないか。安かったけど、田中さんに頼まれたから仕方がないよ」

     そう話す中村氏は自著で井田企画幹部への謝辞を述べていたりもする。

     ともあれ、井田氏の東電への食い込みようは大変なもので、「井田企画の忘年会には東電のお偉いさんや東電にゆかりのある政治家が50~60人来ていた」(江森氏)という。

    世間一般では朝日新聞を反原発寄りの論調と見る向きが多いが、歴史を紐解けば戦後一貫して総論では原発推進に賛成し、安全性など各論に限って慎重なスタンスをとってきたのである。

     朝日社内で原発に関する社論をリードしてきたのは田中慎次郎氏に始まる「田中学校」の門下生たちだった。田中氏は米国の原子爆弾開発計画に関する報告書を入手、社内資料として翻訳した記者。『朝日ジャーナル』を創刊するなど、朝日社内でも左寄りの考えの持ち主で知られたが、原発には好意的だった。

     その田中氏の一番弟子が後に'77~'84年まで社長を務めることとなる故渡邉誠毅氏。田中氏と渡邉氏は「原発の父」とも呼ばれる読売新聞トップの故正力松太郎氏にかけ合い、原発開発を推進する「日本原子力産業会議」(現・日本原子力産業協会)の創設に一役買ったとされる。

    もうカネは出せないと言われた

    「田中学校」の系譜はさらに岸田純之助、柴田鉄治、武部俊一の各氏らに引き継がれた。中でも科学部畑が長く'77~'83年まで論説主幹を務めた岸田氏は電力業界にどっぷりと浸かっていた。岸田氏は『八十年の回想』と題する自叙伝を著しているが、その中で電力業界との親密ぶりを明け透けに披露している。

     定年退職を間近に控えた'84年、岸田氏は関西電力の楢崎正博支配人(後に副社長)に頼まれ、関電の広報誌『縁』の監修者となった。

     さらに岸田氏は'88年、東電から出向していた「政策科学研究所」の理事の誘いで、「岸田懇談会」なる勉強会を他の電力シンパ記者らとともに開くようになった。

     '92年には関電子会社の「原子力安全システム研究所」の最高顧問会議メンバーになっている。いずれも前述した元読売の中村氏と一緒だった。岸田氏は91歳の今日でも「日本原子力文化振興財団」の監事だ。

     元論説主幹を始めとする有力OBが群がった『SOLA』を、ほかの朝日OBはどう見るのか。近著『東電帝国 その失敗の本質』(文春新書)が話題の元経済部記者・志村嘉一郎氏はこう話す。

    「東電の広報態勢は、広報部だけでなく総務部や営業部などいろんな部署が担っていて非常に巧妙。そういう雑誌を買い上げて朝日OBを抱き込んでいるとしたら、東電の体質を表しているといえるだろう。東電に限らず電力各社は日頃から競争していろんな記者に食い込もうとしている。経営を進めるにあたってそれが有利に働くと考えているんでしょう」

     原発推進だろうが、電力会社擁護だろうが、記者が個人の信念に基づいて論陣を張ることは何ら問題はない。しかし、取材対象から金銭を供与される関係に陥ってはおしまいだ。

     都内の自宅に夜8時頃、田中豊蔵氏を訪ねたところ、はなから興奮気味だった。

    「ボクは(記事を)書いているだけだから。『SOLA』は東電が買い上げている? そうだよ。それがどうしたんだ! こんな夜中にアポなしで取材に来るなんて、君の会社に抗議するよ。ここ(名刺の番号)に電話をかければいいんだな。警察を呼ぶよ。119番(110番の誤り)するぞ!」

    井田企画、朝日クリエイティブなどを経営する井田氏には電子メールなどで取材を申し入れた上、赤坂の雑居ビルに入る事務所、千葉県内の自宅も訪ねたが、ドアは固く施錠され、何度かのノックで若い社員が出てきたと思ったら、「本人は外出中なので」と言われたきり、無理やりドアを閉められてしまった。

     前出の江森氏は最後に、サバサバとした表情でこう語った。

    「井田君から家内に『最後のSOLAを出しました』と報告がありました。『(東電に)もうお金は出せません』と言われたそうです。編集長を引き受ける際、井田君に対して原発の話題は一切触れないと念を押しました。これまでも、もし原発が最悪の問題を起こしたら、いつかこんな事態になるのではと気にはなっていました。恥ずかしい話ですが、地震が起きてやっと気付いたんです。これは東電が朝日新聞を巻き込んだ世論操作のための隠れ蓑だったのかもしれない、と。かかわっているメンバーを見れば、それは否定できないですよね。気付くのが遅かったんです」


    「週刊現代」2011年8月20・27日号より

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