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    原発問題 -The Truth is Out There-

      : 

    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

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    「死の地域に生きる」原発事故後の日常 

    西ドイツ放送(WDR、Westdeutscher Rundfunk):本部ケルン
    2011年10月18日放送 



    「死の地域に生きる」原発事故後の日常

    福島原発周辺の汚染地域に行きたいと思う人はいない。それでも行かなければならない場合…
    このような防護が必要だ。
    彼らが汚染地域に行くのは、そこにまだ人が住んでいるから。
    年寄り、若者、赤ん坊、みんな援助を必要としている。
    緊急に

    お米、麺類、食用油、飲み水
    三浦万尚さんは避難区域の世話を続けている。
    私達は南相馬の彼の事務所を訪ねた。
    ここで三浦さんは避難区域での救援計画を立てる。
    老人や一人暮らしの人々に食料を届けるため。

    この日台風が接近して空は陰鬱だ。
    原発事故以来、雨は危険である。
    「雨の日には被曝する危険が高まります。
    雨水の中には放射性物質が溜まっていますので、
    肌が雨に濡れるとガンマ線を吸収します。
    ですから雨に当たらないようにしなければなりません。」

    HCR =“ハート・ケア・レスキュー“
    ”心の救護者“と三浦万尚さんはこの組織を名付けた。
    我々は一週間三浦僧侶と行動を共にし、
    南相馬市での人々の日常を追った。

    福島原発からは20キロしか離れていない南相馬市は、
    原発事故のどん底にある。
    羽田マサハルさんを訪ねる。
    原発に最も近い家に住んでいる人だ。
    三浦さんはまず家を一周して、線量を確認する。
    雨水が溜まる場所は明らかに線量が高い。

    「ものすごく高い線量ではありませんが、ここに住み続けるには高すぎます。
    羽田さんは一刻も早く避難して賠償金をもらうべきです。」
    羽田さんは絶望している。

    繰り返し家の除染を試みてきた。
    屋根も洗ったし、庭の土も取り除いた。
    木の幹まで洗って、線量は数週間下がっていたが、
    再び上がり始めたのだ。

    何故逃げないかって? 私の家族は千年もここに住み続けて来ました。
    「逃げるわけにいきません。死ぬまでここに留まらねれば…」
    「やるせないです。ここの人々は土地との精神的な絆が深いのです。
    早く逃げなければいけないのに逃げられないジレンマがあるのですね。」

    庭で出来た果物は今では特別ゴミである。
    三浦僧侶はこの果物を、羽田さんが使っている湧き水と一緒に測定所で検査してもらうことにした。
    役人は「大丈夫」という結果を出したが、三浦さんは信じない。

    実は羽田さんは東電に勤めていた。
    事故の起きた時は原発内にいたのだ。
    「3号基の爆発は普通のものではありません。
    ウランとプルトニウムが核分裂を起こしてすべてを吹き飛ばした。
    でも誰も測定を行いません。政府が望んでいないのでしょう。
    嘘をついてるのは東電だけでない、国も真実を隠しています。」

    本当にウランとプルトニウムの核分裂による爆発ならば、原爆のようなものである。
    タサク・アユミさんにとっても雨は嬉しいものではない。
    これから子供を学校に連れて行かなければならないのだ。
    この若い一家は舅の家で避難生活をしている。
    自分の家は汚染されてしまったから。

    「事故以来生活は完全に変わってしまいました。
    特に子供のストレスは大変です。
    外ではもう遊べないので、いつも家の中にいます。
    長袖の上にさらにジャケット着なければいけません。夏もです。」

    あゆみさんは毎朝車で子供を学校に送る。
    雨の日には子供達は校舎まで走らねばならない。
    濡れるのが恐いから。
    他の子供達は町中からバスで登校する。この一校だけが、津波と原発事故を生き延びた。

    今日は生徒達に線量計が配布された。
    線量計はずっと保護者の求めてきたものだが、
    配布する教師の心は重い。
    「この線量計は嬉しくないです。生徒達は実験台にされるのです。
    現在の線量を表示するわけではなく、データを保存するだけです。
    警報を出して逃げさせてくれるような線量計ならずっと良かったのに…」

    久保木先生は子供達に気をつけて線量計を扱うように説明する。
    寝る時につぶさないように…
    服を洗濯する時ポケットから出すように…
    線量計に縛られた子供時代。
    「放射能はそれほど恐くないけど、線量計をなくして怒られるのが恐いです。
    気をつけます。」

    小林サダオ校長も新しく測定器を入手して、毎朝線量を測定している。
    校庭は大掛かりな除染を行ったばかりだ。汚染された砂を取り除きいて2mの深さに埋め、線量は下がった。
    「専門家が来て除染を行いました。教員や保護者も手伝いました。
    しかしどうやって被曝から身を守るかわかりませんから、汚染された埃をずいぶん吸い込んでしまいました。
    自殺行為だと思います。」

    小林先生は学校の屋根に案内してくれた。
    ここでは空間線量から身を守らなければならない。
    津波の襲った3月11日の様子を説明してくれた。
    「津波はあの松くらいの高さでした。
    巨大な黒い波が瓦礫を押し流して来て、
    ちょうど学校の壁の前で止まりました。」

    津波の爪跡
    瓦礫はアスベスト、ダイオキシン、そしてセシウムに汚染されている。
    被災した沿岸一帯2千6百万トン残された瓦礫をどこに運んだらいいのか…
    通常の百年分の量である。

    津波の襲った日に人生が変わったのは…
    菅原マサキさんと青田カツヒロさんも同じだ。
    二人は昔からのサーファー友達
    福島県の海岸はかつてはサーファー天国だった。
    週に二三回、二人はここで波乗りをした。

    「福島はサーフィンにもってこいだったのに、津波後はいい波が来なくなりました。
    地震で海底が変わったのでしょう。」
    3月11日は菅原さんにとって生涯忘れることが出来ない日となった。
    彼の愛してきた波に両親を奪われたのだ。
    「両親は津波にさらわれました。
    兄は仕事から大急ぎで帰ってきたのですが、家は消えていました。
    両親の消息を尋ね続け、
    二週間後に遺体が発見されました。」

    南相馬ではサーフィンはとっくに禁止されている。
    砂も所々セシウムに汚染されている。
    それでも時々誘惑に負けて海に入るサーファーがいる。

    食料を買出しするタサク・アユミさん。買わなければいけないものは沢山ある。
    オレンジは安心。福島産ではない。
    原発事故以来、買い物には気を遣っている。
    「福島産を買うのはためらいます。子供のためにはこの地方の物は避けたいです。
    北海道産とか、なるべく遠い所の物がいいです。」

    店主の大津ケイイチさんは事故後品揃えをすべて変えた。
    九州産の野菜や北海道産のきゅうり、
    福島産は検査済みの桃だけだ。
    店長は二日ごとにセシウム汚染値を入手する。
    「年寄りの方はそれほどでもないですが、若い方は気にされています。
    食品が検査されているかよく聞かれます。」

    汚染値ゼロ保証の新鮮豚肉
    一つ一つのパックに安全シールを貼ってから冷蔵室へ、
    いずれにせよ、福島産の食品は南相馬よりも他県での方が売れると店主は言う。
    「福島から遠い所の人ほど、あまり深く考えていません。
    東京では福島産の食品はよく売れます。
    福島を応援しようと言うのです。
    ここではみんな放射能の恐ろしさをよく知っていますから、福島産の食品を買うお客さんはほとんどいません。」

    原発廃墟からわずか20キロのこの土地の方が、むしろあゆみさんにとっては安心して買い物が出来るというわけだ。
    学校の昼休み。今までと違って子供達は毎日教室を掃除しなければならない。
    福島原発からは今でも放射能が流出を続け、極めて危険な放射性物質が町に降り続けている。
    掃除は効果があると言われるのだ。手を洗うことも。
    この子にとっては、今日が最後の登校日。家族が南相馬から避難することになった。もう帰ってくることはない。。

    「悲しんじゃだめ。一番のお友達ももう山形に引っ越したでしょ。」
    大丈夫」
    「放射能から身を守るために引っ越す家族もありますが、
    別の苦労が待ち受けてます。

    “福島から来た”というイジメが多く、それで精神科にかかった母親もいます。」
    子供達はお別れ会を催した。
    「椅子取りゲームをしようか?」
    「それとも歌とかダンスがいい?」
    “忘れないでね”“友達でいようね”と言う寄せ書き。

    「もうクラスの子もたくさんいなくなりました。」
    「ゆき、りょうご、みつる、ひかり」
    「夏休みの間にいなくなりました。」
    「黙って行ってしまいました。」
    「原発事故がなかったら、みんな一緒に外で遊べたのに」

    常に心配しながら生活することで心が壊れてしまうと三浦万尚さんは言う。
    町を出て行く者もあるし、残っても人が変わる者もある。
    食べるのを拒んだり、アルコールに溺れるようになったり、
    自殺する者もある。
    福島だけでも震災後70人が自殺をしている。

    「墓地に響く海鳴りがまるで死者の声に思えます。
    助けを呼んでいるようです。
    私達はもっと団結しなければなりません。
    そして放射能の恐ろしさをよく説明しなければ、本当の幸せは訪れません。」

    市立病院に来たあゆみさん
    子供達の内部被曝を調べるホールボディカウンターを受けるのだ。
    「検査は大切だと思いますが、やっぱり落ち着きません。
    結果が怖い、でも本当のことも知りたい。
    複雑な気持ちです。」

    事故以来医者や看護士は出来高払いで働いている。
    南相馬の子供達75人は全員年に一回検査を受けることになったのだ。
    「難しい説明をしなくても、ほとんどの子供はすぐに何を行うのかわかるようですが、
    不安な気持ちはあまり言葉にしません。
    隠している子が多いのだと思います。」

    三台のホールボディカウンターは絶え間なく動いている。
    骨に溜まったセシウムや甲状腺のヨウ素などの微細な放射性核種が、
    スキャンされる。

    福島市ではすでに結果が出ている。
    子供達の二人に一人からセシウムが発見された。
    今後小児癌が増加することを多くの保護者が恐れている。
    妊娠五ヶ月のこの看護婦も不安に思っている。
    「今のところみんな心配する必要はありませんが、
    5年後10年後はわかりません。
    いつか避難しなかったことを後悔する日が来るかもしれません。」

    それでもしかし生活は楽しいものでありえるのだ…
    我々は翌日南相馬のゴルフ場に出掛けた。
    最近再開されたばかりなのだ。
    オーナーの福躍好勝氏が案内をしてくれる。
    原発事故前この松はまだ瑞々しい青色をしていたそうだ。
    今は枯れ死してしまっている。
    線量は毎時1マイクロシーベルト、
    プレイ中レントゲンと同量の被曝を受けることになる。

    「原発事故後の変化と言えば、南コースの汚染が激しかったこと。
    丘の上に放射能雲が留まったからです。
    この部分の閉鎖を検討中です。ゴルフには危険すぎます。」
    鹿島カントリークラブの会員は4千人
    そのうち20人が津波で亡くなった。
    残りのメンバーは再び定期的にゴルフ場を訪れている。
    チェック模様で汚染芝生に立つ。

    「ストレス解消です。
    心配ですが、何も変えられませんし、
    気にしてばかりいるほうがストレスになります。」

    福躍氏は本当はゴルフ場再開に反対だった。
    弁護士も未知の危険があるから止めるように忠告した。
    念のため毎日線量を表示することにしている。

    私達にはお客様の健康が一番大切です。
    20年後にどなたかが癌になる原因にはなりたくありませんから、
    どんな状態のゴルフ場かお知らせし、ご自分で判断していただきたいです。」

    三浦万尚さんはとっくに次の仕事に向かっている。
    南相馬の端にある新興住宅地。二人の子供がいる若い家族の家だ。
    この場所の一年間の被曝量は、ドイツの原発作業員の3倍だ。
    三浦さんはその状況を改善させたい。

    「今日どこまで行くかわかりませんが、屋根をまず除染、
    それから家の壁、ベランダ、そして玄関前のコンクリート。」
    家族は除染作業を気味悪がり、
    事前に避難した。
    けれど近所の人は逃げず、興味深そうに見に来た。
    自分の家の除染したいと思ってるのだ。

    「前もって電話で危険を知らされました。
    けれどもびっくりです。
    こんなすごい防護服で来るとは思ってもいませんでした。」
    マスクをもらい、屋内に留まるようアドヴァイスを受ける。
    三浦さんチームは警告シールを貼って、“死の仕事”の準備を整えた。
    キャップ、マスク、そして防護服
    この装備で三浦さんは家を放射能から解放するのだ。
    大袈裟だと言う人もいる。

    「家の除染? 考えてません。」
    「手を良く洗って、うがいをすればいい。」
    南相馬は段階的に除染されていく予定だ。学校、道路、そして個人宅。
    それは危険な上に、終わりのない計画である。
    冬になれば山おろしが再び放射性物質を住宅街に運んでくるからだ。

    たまにはすべて忘れてリラックス。
    あゆみさんはこの日を楽しみにしていた。
    初めて赤ちゃん体操に参加したのだ。
    「すごく安心しました。赤ちゃんのいるうちはほとんどないと思っていましたから。外ではほとんど見かけません。
    でも他にもたくさんいるのを見て嬉しかったです。」

    お母さん達に呼びかけたのは宮原けい子さんだ。
    3月11日の震災以来助産婦の宮原さんは、若い家族のケアに専心している。
    週に一度集まって母子体操を主催。
    「どんな話でもします。
    例えば散歩の時には木に近づいてはダメですとか、
    放射性物質がたくさんついているから、
    外出しないわけにはいきませんが、気をつけなければいけないことがあります。」

    市の行政はなるべく沢山の若い家族が町に戻ってくるように呼びかけている。
    しかしあゆみさん達は、母親の不安がまともに相手にされていないと感じている。
    「食べ物も水も安全だと言いますが、信じられません。心配です。」
    「避難した方がいいのかもしれませんが、夫が大丈夫だと言うので…
    一人で逃げるわけにいきませんでした。」
    「こんなことが後どれくらい続くのか知りたいです。
    いつになったらまた元通りになるのか情報が欲しいです。」

    菅原マサキさんも今日は海でリラックスをするつもりだ。
    両親を失った息子にとってサーフィンはセラピーのようなものだ。
    「津波に父と母を奪われましたから、
    海が怖いということもありますが、
    けれど海は偉大ですし、
    海を友達にしたいと思います。
    きれいな海を見ると心がすこし癒されます。」

    菅原さんが選んだ海はよりによって東海村
    サーフ場は福島原発から100キロ南にあり、
    波乗りが許可されているのはこの場所からなのだ。
    3月11日以来初めてサーフボードに乗る菅原さん
    日常への回帰は、サーファーにとっては太平洋の冷たい波から始まる…

    「また南相馬でサーフィンをしたいと心から思います。
    原発事故が収束してくれることを願ってやみません。
    故郷でまた不安のない生活がしたいです。」

    不安のない生活… あゆみさんも望んでいるものだ。
    今日は郵便が届いた。
    ホールボディカウンターの結果
    息子達は健康だろうか?

    「大丈夫でした。でも弟の方がすこし値が高いようです。
    でも基準値以下で安心しました。」
    病院は「無害」と書いてきた。
    子供達の被曝量は心配するものではないと、
    福島事故による被曝はレントゲン検査が一回増えただけのようなものだと医者は言うのだ。

    南相馬の週末
    町はロックコンサートを催した。
    人々が毎日の不安を忘れ、楽しめるように。
    短い間でも

    「いつも家にばかりいて、他の人に会うことがほとんどありません。
    すごく楽しいです。」
    南相馬の市長も参加して、
    市民を守る約束をした
    しかしどうやって? 三浦万尚さんは懐疑的だ。

    「市長は人々の味方のように振舞っていますが、何も行いません。
    子供達の検査もひどいものです。もっと正確に行わなければいけません。
    ここでは誰もマスクをしていません。何も問題がないかのように見せたいからです。」

    三浦さんはマスクを配った。人々に危険を教える義務を感じているのだ。
    しかし主催者にパニックをふりまくなと抗議される。せっかくの晴れた楽しい日なのに…

    人々が熱望しているのは原発事故のなかった福島なのだ。
    以前のようなごく普通の生活だ。


    原発 放射能 水道 食品汚染 TPP

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