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    原発問題 -The Truth is Out There-

      : 

    東電福島原発事故の真実 放射能汚染の真実 食物汚染の真実 正しい情報を求めて

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    原発と前福島県佐藤知事 

    前福島県知事・佐藤栄佐久氏に聞く
    山岡 淳一郎  2011年10月27日(木)日経ビジネス

    ノンフィクション作家、山岡淳一郎氏の「原発は何処から、何処へ――」では、原発が日本にもたらされるまでの歴史と、原発をめぐる人物について、5回にわたってひもといてきました。今回からは特別編として、前福島県知事の佐藤栄佐久氏との対談をお送りします。山岡氏が佐藤氏に会うのはこれが2回目。原発を抱える県の知事として、県民の立場に立ってどのように“権力”と対峙してきたかについて聞きました。

    山岡:福島第一原発事故は、いまも続いています。少なくとも11万人以上の方が「区域外」へと追いやられて生活を壊され、その困難な移動のなかで高齢者を中心に多数の方が亡くなりました。南相馬市の監察医からの報告で、10人以上の餓死者が出たと国会でとり上げられています。津波の被害だけだったら、住民は無理な移動を強いられなかったはずです。この事実は記憶しておきたい。

     原発事故での被害額は、数兆円、あるいは10兆円以上とも言われています。これだけの事態に至ったのだから、原子力政策は大転換を迫られるだろうとみていたのですが、夏が過ぎて急速に元の形にUターンしつつあります。野田佳彦総理は「脱原発」対「推進」の対立ではなく、国民的な幅広い議論が必要としながらも、再稼働に向けて積極的発言をくり返しています。この状況を、率直にどう感じておられますか。

    「世代間の共生は無理だと言いました」

    佐藤:今度の福島原発事故は、原子力政策を見直すチャンスだと思っていたんです。原子力基本法が日本の原子力政策の根本を定めていますが、そこでは、機密をなくしてすべての情報を「公開」すること、軍事機密が日本に入るのを防ぐために外国人に依存しない「自主」の姿勢を貫くこと、そして政府や産業界などの独占的選考を防ぐ「民主」の原則が定められています。この事故で、公開・自主・民主の三大原則に立ち戻り、状況が少しはよくなるだろうと思っていたんです。ところが、事故から半年以上経っても、全然その動きがない。このまま原発利権のおいしいところだけ残そうなんて考えていたら、日本は三流国、四流国に落ちぶれていくでしょう。若い世代にとっては、大変な問題ですよ。

    山岡:原発と核燃料サイクルを組み合わせたシステム自体が、途方もない先送り構造のうえに載っていて、おまけに日本は地震国。すがりつくのは危険ですね。

    佐藤:昨年、原発建設で揺れる山口県上関町で話をしました。そのときは、原発を造るも造らないも、あなた方の判断です、私はああしろ、こうしろとは言えないと申し上げた。ただ福島県知事としての経験から、世代間の共生は無理だと言いました。原発を建てた地域は、関連産業で一世代30年は潤う。しかし、次の世代はそこに住めなくなる。原発が二基もあって、未来永劫幸せな町と言っていた双葉町は、町長の給料も払えないほど財政が悪化しました。同時に莫大な高レベル廃棄物を抱え込んだ。震災前に、です。

     瀬戸内海は、生物多様性が保たれたすばらしいところですが、原発を造ればスナメリは棲めなくなり、農業や漁業は衰退するでしょう。判断は、皆さんでしっかりしてください、と上関で言いました。近々、伊方原発がある愛媛県で講演をするのですが、今度は、もし伊方原発で事故が起きたら、瀬戸内海の魚は全部食べられなくなりますね、と言います。福島が、いま直面している現実から、そう申し上げるつもりです。

    山岡:権力機構は、リスクの高い原発政策を見直そうとしません。佐藤さんは核燃料サイクルのプルサーマル受け入れを巡って、国とぶつかりました(「核燃料サイクルを巡る権力の真意」参照)。その経緯はご著書の『福島原発の真実』に詳しく書かれていますが、少し時間をさかのぼっておたずねします。原発との最初のかかわりは、1987年1月、東欧訪問の時ですね。

    佐藤:はい。参議院議員だった私は、あなたのご本『原発と権力』の主役の一人で、首相だった中曽根康弘さんの随行で解放前の東ドイツ、ユーゴスラビア、ポーランドなどを訪問しました。その際、行く先々の晩さん会で肉料理が出されたのですが、必ず、「(チェルノブイリ原発事故で)汚染されていない肉です」と言い訳がついた。大ごとだなと思うとともに、ソ連の60年続いた全体主義がチェルノブイリ原発事故を引き起こしたのだと確信しました。公開・自主・民主とかけ離れた国家体質が事故を招いたのです。

     あの事故の結果、ソ連はますますペレストロイカ(再構築)、グラスノスチ(情報公開)が叫ばれるようになり、東欧民主化革命、ソ連邦崩壊へと続きます。原発の大事故は、歴史的に大きな意味を持つ。そしてチェルノブイリに次ぐ事故が福島で起きた。日本にも似た病巣が拡がっていて、国家的な転換点にさしかかっているのです。


    山岡:88年に福島県知事に就任された当初、国の原発政策には必ずしも反対ではなかったですよね。高速増殖炉「もんじゅ」の事故後、国からプルサーマルの受入れを打診されると福島県では検討を重ねたうえで、事前了解の条件をおつけになりましたね。

    佐藤:そうです。(1)MOX燃料の品質管理、(2)作業員の被ばく低減、(3)使用済みMOX燃料対策の長期展望の明確化、(4)核燃料サイクルの国民理解です。なかでもMOX燃料の扱いは、とても重要です。核燃料は燃やせば燃やすほど、危険な高レベル廃棄物が溜まります。そのまま溜め続けたら、大変なことになる。県民の命を守るには、燃料は持ってきて、燃やして、持ち出す。それが原則でした。


    山岡淳一郎氏
    山岡:しかし、MOX燃料の対策どころか、使用済み核燃料の再処理を行うはずの六ヶ所再処理工場さえ技術的な壁で、建設が遅れる。99年9月にジェイ・シー・オーで臨界事故、その年末には関電高浜4号機でMOX燃料データのねつ造。2000年に東電は、自らプルサーマル実施を延期する。翌01年2月、佐藤さんは4条件の信頼回復がまだだと指摘し、プルサーマル強行に「待った」をかけた。すると東電の副社長が「すべての新規電源開発を凍結」と発表しました。これは火力、水力、原子力の電源開発を抱える福島への恫喝でしょう。対決した電力・経産省一体の権力機構の感触はどのようなものでしたか?

    韓国出張中に電源開発凍結を発表

    佐藤:東電は力がないな、と思ったですね。副社長がすべての新規電源開発凍結を発表したのは、知事の私が韓国出張中です。これは後ろで経産省の役人が、ちょろちょろしているとピンときた(笑)。社長が会見して開発凍結を言うなら分かりますよ。

     福島県と東電は、明治以来、深いつながりがありました。大正期に建設された猪苗代第一発電所でつくられた電気は、はるばる送電されて、東京銀座の柳を照らした。戦後の復興、高度成長期には奥只見ダムの発電所の電力が首都圏を支えました。01年2月時点では、広野町で火力発電所も建設中でした。福島の電源は原発だけではない。そうしたつながりを無視した役人の小賢しい智恵で言わされていると直感した。広野火力まで止めたら福島は慌てるだろうと……。

     私は、新規電源開発だけでなく、核燃料サイクル政策を含めたエネルギー政策全般を抜本的に見直し、国民、県民に説明し、理解を求める必要がある、と一緒にソウルにいた部長に話し、部長がコメントを発表しました。

    山岡:受けて立ったわけですね。

    佐藤:すると翌日、東電の南直哉社長が記者会見で原子力については、今後も着実に開発すると副社長会見を否定した。さらに3月末に南社長は広野火力も凍結せず、プルサーマルの実施は見送ると発表しました。ひと月足らずで、元の状態に戻った。福島県では、県民のエネルギー政策検討会を立ち上げて、公開で議論して中間とりまとめを発表する準備を進めました。公開でのゼロからの討論は、民主主義の基本でしょう。その最中に資源エネルギー庁の原山泰人原子力政策課長の主導で、この「プルサーマルと原子力安全」と題したチラシが、双葉郡の町村2万2150戸、全戸に配られたのです(と、現物をスキャニングしたコピーが示される)。

    山岡:「国ではエネルギー利用に関する原子力の安全規制を一元的に行うために、経済産業省に『原子力安全・保安院』を設置し、原子力安全規制のための行政体制強化を図りました」とあります。中央省庁再編で科学技術庁は解体され、経産省に安全面をチェックする保安院がつくられた。そのことをアピールしていますね。

    佐藤:いま、全員がいなくなっている双葉郡、すべての住戸にこのチラシをくばっているんです。県でこれから検討会を開き、日本の頭脳と言われる人たち(村上陽一郎氏、米本昌平氏、飯田哲也氏、佐和隆光氏、西澤潤一氏、吉岡斉氏、山地憲治氏ほか)を招いて議論を重ねようとしていた矢先のことです。このチラシは、地方自治への重大な挑戦です。中央政府が地方政府の領域に直接手を突っ込んで、県民世論をプルサーマル容認に導こうとした。私も県の職員も、あきれ果てました。チラシのここを見てください。

    山岡:「原子力の安全対策については、常に緊張感をもって慎重の上にも慎重を重ねて臨みます」か。わざわざ「重」の字に色をつけて、重ね重ね慎重にする、と力説しています。

    佐藤:これは「多重防護思想」ですよ。すなわち地震だろうと、津波だろうと、海水をかぶろうと、どんなことがあっても安全です、と……。


    山岡:想定外なんて言えたものではない。双葉郡で、これ、配ってるんだから……。

    佐藤:福島県のエネルギー政策検討会では、首都圏には電力供給県への感謝がない、と痛烈な批判も出ました。石原慎太郎都知事は、「石原知事と議論する会」で「極端なことを言うと東京湾に原子力発電所を作ってもいい。しかし、いきなりというわけにはいかない」とまで発言した。河野博文資源エネルギー庁長官は、プルサーマルについて「力ずくでも進めていくべき課題であります」と述べました。

    あくまで福島県民の立場で闘った

    山岡:中央は何が何でも福島県にプルサーマルを呑ませようと躍起になっていましたね。ところが、02年8月29日、東電の原発点検データの改ざんが発覚して大騒ぎとなり、プルサーマルどころではなくなる。

    佐藤:データ改ざんを説明するファクスが原子力安全・保安院から県の担当局に入ったのですが、なぜかまた私が県庁にいない時間帯を狙ってくる(笑)。担当職員から自宅にファクスを転送してもらって、2年も前に通産省(当時)が内部告発を受けていたことを知りました。点検をごまかしたのは東電だけど、経産省も保安院もグルになって放置した。国は、プルサーマルは安全だ、福島県が邪魔するなら責任をとれ、と言う一方で、データ改ざんを隠した。考えられない不正行為ですよ。私は副知事に電話をして、本丸は国だ、敵を間違えるな、と檄を飛ばしました。

    山岡:データ改ざん事件で、東電の社長経験者5人が辞任して、体制は刷新されるかにみえました。東電も本音では、魔の轍のようなプルサーマルから抜けだしたいが、それを口にすれば責任をかぶせられるので言えない、と伝わってきました。04年の春、経産省のプルサーマルに反対する改革官僚がつくった「19兆円の請求書」に関連して、平河町の都道府県会館でインタビューをさせていただいたころは、あちこちから核燃料サイクルへの見直し論がわき上がっていましたね。

    佐藤:国会議員、官僚、文化人、一般市民、将来を本気で憂える人びとから、一斉に声が上がっていた。まるで炭鉱でガス漏れを検知するカナリアが鳴きだしたようでした。だから、カナリアをブルドーザー(国)が押しつぶさないでほしい、と申し上げた。


    山岡:「19兆円の請求書」の背景には、経産省内の電力自由化を巡る権力闘争があったのですが、いわゆる自由化派の官僚と連携して、というようなことは考えませんでしたか。

    佐藤:いや。そういうことは全然、ない。そういう政治的な動きとかは、まったく考えていなかった。あくまでも福島県民の立場で、中央から出てきたものと闘っていました。

    山岡:04~05年にかけては、大きなヤマ場でした。というのも、05年10月に原子力委員会が「原子力政策大綱」を発表することが決まっていた。大綱は、従来の原発推進の制度的核心だった原子力長期計画を改めたものです。この大綱のなかで核燃料サイクルの見直しが謳われるのではないか、とカナリアたちは期待していました。

    佐藤:確かに、あれは分水嶺でしたね。05年8月に福島県は、大綱案に意見を提出しました。同年9月には福島県主催の国際シンポジウム「核燃料サイクルを考える」を、わざわざ東京の大手町で開きました。推進派と反対派、それぞれの論客をドイツ、フランス、アメリカからも招き、議論は白熱しました。主張は平行線をたどりましたが、核燃料サイクルの課題に関する議論は深まったと思います。しかしながら、閣議で決定された原子力政策大綱には福島県の意見はまったく反映されなかった。形式的に国民の意見を聞いたふりをして、官僚が決めた路線を追認して強引に進めていく。旧来の原子力行政そのものの決定の仕方でした。

    山岡:そこなんです。いま、まさに「新原子力政策大綱」の策定に向けた審議が行われています。新大綱策定会議は東日本大震災で中断していたのですが、再開されました。今後1年間かけて新大綱を決めるそうですが、その内容は原子力委員会のウェブサイトに公開されています。

     相変わらず、所用で欠席する委員が多く、経産官僚の掌の上で議事が進んでいるようですが、音声や映像もついている。今後10年程度の原子力政策の基本路線が、新大綱で決まります。ここは強調したい。原子力委員会はウェブサイトで「国民の皆様からのご意見」を募集しているので、どんどん意見を送ればいい。そして送った意見がどのように扱われたのか、しっかり見届けましょう。

    佐藤:大綱を決める委員ひとり一人に、ほんとうに核燃サイクルがうまくいくと思っているのか、と問えば、高速増殖炉がちゃんと稼動するとは誰も思っていないでしょう。六ヶ所村の再処理施設が稼動して生産されるプルトニウムは、とてもプルサーマル程度では減らせないとわかっているでしょう。使用済み核燃料の処理について、歴史の批判に耐えられる具体案を誰も持っていない。しかし、誰も責任をとらない体制で、昔決めたことだからと破局に向かって突き進んでいるようにしか思えません。


    山岡:さて、06年9月、佐藤さんは弟さんの土地取引に関する競争入札妨害による逮捕を受けて知事を辞任されました。翌月、ご自身が収賄容疑で逮捕、起訴され、2審の東京高裁で「収賄額0円」の有罪判決を受け、最高裁に上告中です。佐藤さんが失脚されてから、プルサーマルが九州電力玄海原発、四国電力伊方原発、関西電力高浜原発、そして東京電力福島第一原発に導入され、営業運転が開始されました。この間にも国は、ちょっと信じ難い対応をしているようですね。

    佐藤:09年11月26日、福島県議会エネルギー協議会に呼ばれた資源エネルギー庁の森本英雄原子力立地・核燃料サイクル産業課長は、県議に使用済み燃料の原発サイトからの搬出(再処理施設へ運ぶこと)について質され、こう答えました。「これ(使用済み核燃料)をどのように運用するかは発電所ごとに事業者が考えなければならない」「それ(使用済み核燃料)を再処理することを政策として定めたところであるが、一方でその時期、どこで貯蔵するかについては各事業者が一義的に考えることである」。あれだけ国策としてプルサーマルは安全だ、心配ないと推進しておきながら、使用済み核燃料の始末に国は関知しない、原発を管理する東電と六ヶ所村で貯蔵や再処理をする日本原燃が決めろ、というのです。責任放棄ですね。

     さらに昨年8月、現在の佐藤雄平福島県知事は人がいいものだから、プルサーマルの受け入れを了解しました。8月30日に福島県議会もOKした。そうすると、わずか3日後の9月2日、日本原燃は完成を17回延期して10月にオープンするはずの六ヶ所再処理工場を、なんと18回目の完成延期。完成をさらに2年引き延ばすと発表したのです。これは、偶然ではないでしょう。再処理工場の完成延期が先に分かっていたら、いくら人のいい福島県だってプルサーマルを受け入れなかったでしょう。挙句は、使用済み核燃料をモンゴルへ持っていこうなんて話まで出てくる。いくらモンゴルは人が少ないからって、先進国の日本がやることですか。文明論として許されない。

    山岡:……絶句するばかりですね。なぜ、そこまでして権力機構は、核燃料サイクル、プルサーマルに執着するのでしょうか。論理的には破綻しているでしょう。

    ブラックボックスがある限り変わらない

    佐藤:関係者にとって原発ほどおいしいものはないからね。ブラックボックスですべてを吸収して、お金をかけるしくみで動いています。そのうまみがあるからです。

    山岡:総括原価方式で、原発関連施設の建設費から燃料費、運転費、宣伝費、従業員の給与や諸経費まですべて原価に含め、さらに一定のパーセンテージの報酬を上乗せできるシステムが、ブラックボックスをつくっている。

    佐藤:その通りです。まず、このブラックボックスを透明にして、コストを明らかにする必要がある。電力を自由化しなくては、ブラックボックスは残り続けるでしょう。

    山岡:なるほど。原発利権の中心にブラックボックスがある。それをさらにたどっていくと、戦後の原発導入期から、連綿と続いている核武装への憧れがあると思います。読売新聞は社説で、プルトニウム利用が認められている現状が「外交的には、潜在的な核抑止力として機能していることも事実だ」(2011年9月7日)と踏み込んだ。自民党の石破茂政調会長は雑誌で「原発を維持するということは、核兵器を作ろうと思えば一定期間のうちに作れるという『核の潜在的抑止力』になっている」「原発をなくすということはその潜在的抑止力をも放棄することになる」(サピオ2011年10月5日号)と述べた。国論を二分するような大問題を、あたかも既成事実のように口にしている。はたして国民は、そのような考え方にいつ合意したのでしょう。原発を推進するために潜在的核抑止力が正式に唱えられたことを、僕は寡聞にして知りません。

    佐藤:くりかえしますが、だからこそ、公開・自主・民主の三大原則に立ち戻って、私たちは原発の将来、世代間の共生を考えねばならない。東日本大震災の発生からひと月後の4月11日、ドイツの雑誌シュピーゲルの記者とカメラマンが、取材でうちに来ていたのですが、震度6弱の大きな余震がありました。男性カメラマンは、驚いてクルマに戻りましたが、女性記者は意外に落ち着いていました。そのとき、ロベルト・ユンクの『原子力帝国』の話になりました。ユンクは、原子力発電のような危険な技術がいかに民主主義を阻み、その国を監視国家に変えていくか、1970年代に見通していました。政・官・財・学に報道や司法が一体となって不可侵の聖域をつくりだす。ユンクの予測はドイツでは当たらなかったが、日本で現実のものとなった、とその記者は言いました。日本は、民主主義を取り戻せるかどうかの瀬戸際にきている。国民一人一人が、考え、決断しなくては、いけないのです。


    山岡:地震と津波、原発事故という複合災害に見舞われた福島を、これから、どうやって立て直していけばいいのか。野田佳彦総理は「福島の再生なくして、元気な日本の再生はない」と断言しました。しかし首都圏で生活している僕らは、じつは福島のことをよく知りません。再生を云々するには、もっと福島を知る必要がある。たとえば、原発サイトがある双葉郡。爆発が起こる以前の双葉地域を知る人は少ないと思います。

    原発のある双葉郡が潰れたら福島全体が立ち行かない

    佐藤:双葉郡はね、福島のとっても大切な「要所」なんですよ。双葉郡には300の鎮守の森、神社があって、300のコミュニティーが存在しました。集落があり、伝統と田畑と、人びとの暮らしがありました。それが、原発事故で崩壊したのです。

     原発サイトの周りが、もし人が住めなくなって潰れたら、福島県全体が立ち行かなくなる、と言っても過言ではない。それほど重要な場所なのです。浜通りの双葉地域が生きているから、南のいわき市、北の南相馬市や相馬市が地方都市として機能できています。しかし双葉地域が潰れたら、いわきも南相馬、相馬も完全に陸の孤島と化して、産業や文化の血流は止まってしまう。

     一例をあげれば、阿武隈山地では質、量ともすごい材木が採れます。県知事時代、阿武隈の杉の梁を浜通り経由で大都市圏に出すのを、感心して眺めたことがあります。いわき市の材木市場は阿武隈山地が控えているので成り立っている。でも、双葉地域が使えなくなれば材木の搬送路は途絶し、市場を維持できなくなる。さまざまな分野で似たような現象が起きる恐れがあります。

     双葉地域を失う怖さを、まだみんな感じていないんですよ。

    山岡:そうなのですか。原発事故の印象が強すぎて、サイト周辺には負のイメージがつきまとっていますが、本来、あの地域は福島の「聖域」のような場所だったのですね。除染がようやく始まって、頭が痛いのが放射性物質を含む残土や廃材などの処理です。これらを原発サイトに運んで処分すればいい、というような声もちらほら聞こえてきますが……。

    佐藤:私は、それに一番危機感を持っています。日本は核燃料サイクルを標榜しながら、高レベル放射性廃棄物の処分の見通しが立っていない。これを機に原発サイトに核のゴミを運びこんで中間貯蔵すればいいなんてことになれば、それは半永久的に固定化されるでしょう。二度と住民は帰れなくなる。「棄民」につながります。菅直人さんは、総理をお辞めになる直前に残土の中間貯蔵は福島県で、などと最後っ屁のように言って、首相官邸から去りました。政府の行き当たりバッタリの政策に翻弄されてはいけません。

    山岡:福島にとって、再生させねばならない福島らしさ、かけがえのないものとは?

    佐藤:面積が広い福島には「7つの生活圏(福島市など県北、郡山市など県中、白河市など県南、会津、南会津、南相馬市など相双といわき)」があります。7つの生活圏といえば、他県の人には分からなくても、福島県民はピンとくる。津波が来ようが、原発が爆発しようが、7つの生活圏を守らねばなりません。県民の暮らしを破綻させてはならない。

     そのために「5つの共生(自然、世代間、人と人、地域間、価値観の共生)」という理念のもと、われわれは県政に取り組んできました。自然の美しさは、福島のだいじな資産です。だから80年代末のバブル期、全国に先がけてリゾート地の景観を守る条例をこしらえ、辛うじて猪苗代と磐梯山の美しさを保ちました。当時、計画中のリゾートマンションが沢山あり、1つは間に合いませんでしたが、あとは全部ストップさせました。完成したマンションは、新聞にこんな全面広告を載せました。「もう、猪苗代湖にリゾートマンションはできません!」と、デカデカとね……。


    山岡:自ら景観をぶち壊しながら、その眺めを売り物にするとは厚顔無恥もはなはだしいですね。 2000年に大店法が廃止されて、大型店の出店が原則自由化された際にも、福島県は独自に「商業まちづくり推進条例」を制定しました。

    佐藤:ええ、大型店の出店については県への届出と関係市町村への説明を義務づけました。条例で地域社会を守ろうとしました。この時も、経産省は、WTOの趣旨に反すると圧力をかけてきた。しかし、実際に米国や欧州に行って状況を調べたら、経産省の言い分と違って、どの国でも地域社会のために大型店の出店に規制をかけている。当然のことですよ。プルサーマルの受け入れに反対したのも、県民の命を守って、美しく、多様な暮らし、よき伝統を持つ福島を将来に残したかったからです。すべてがつながってるのです。

    山岡:改めて「うつくしま、ふくしま」という福島県のキャッチコピーを口にすると独特の感懐がわきます。あの言葉には、ふるさとへの愛情と地方自治の執念がこもっている。国は、近年、地方分権、地域主権という耳ざわりのいいフレーズで地方を持ち上げる一方で、実質的には地方を切り捨てるような策を採ってきました。「平成の大合併」も、その一つです。


     小泉純一郎内閣の「三位一体改革」のもと、合併特例債を中心とした財政措置の「アメ」と、地方交付税削減の「ムチ」を組み合わせて市町村合併が推し進められました。

     大震災で、その弊害が表れているのも事実です。被災自治体の首長や職員の方々は、死に物狂いでやっておられる。頭が下がります。けれども、旧市町村の壁があって、義捐金の配分で住民感情がこじれるようなケースもあります。原発被災地では、見えない放射線が相手です。道路一つ隔てて放射線量が極端に違ったりしている。復興に向けて、地域の連帯感を保っていくのは容易ではない。

    合併した自治体はほんとうに苦労している

    佐藤:今後、市町村合併は、再検証しなくてはならないでしょう。平成の大合併に際して、福島県は合併する自治体も、合併しない自治体も同じように支援しましたが、そのころ、同様の姿勢を明らかにしたのは長野県の田中康夫知事(当時)だけでした。びっくりしましたね。国は合併しない小さな自治体の権限は制限するとまで議論していたんですよ。地域のことを地域が決める自治とはかけ離れている。

     今回の原発災害で、コミュニティーの結束を保って対応できているのは、合併しなかった自治体です。飯舘村がそうですね。飯舘村は原発の恩恵は一切受けていないのに被災して全村避難を余儀なくされましたが、コミュニティーが一体となって復興への意思を固めています。郡山市のピッグパレットふくしま内に仮役場を置いている川内村も、2012年3月までに村に戻ると宣言しています。ここも合併はしていません。

     一方で、合併した自治体は、ほんとうに苦労しています。首長は、どこも必死ですよ。郡山の市長は、文部科学省の反対を押し切って、いち早く、学校の除染に取りかかりました。子供たちのことを自分で考えて、自分で動く。自治の根本が問われています。

    山岡:3.11以降、被災地の市町村と県、国の連携は、必ずしも良いとは言えません。現場で住民と向き合って奮闘する自治体と、財源を握って復興を背負わねばならない国の間で、県の役割が曖昧な印象も受けます。そのあたりは、どう感じておられますか。

    佐藤:県も国も役人はリスク管理が苦手なんです。法令とマニュアルがないと動けない。だから異常な緊急事態が生じたときは、知事なり、部長なりの判断が必要になるのだけれど、残念ながら、難しい。

     双葉郡に人口1万8000人以上を抱える浪江町があります。原発被災で、住民が域外へ避難し、町は二本松市に仮役場を置いています。その浪江町の町長が悔し涙を浮かべて避難の「初動」を語ってくれました。


     浪江町には、請戸という人口1800人の漁業集落と漁港があるのですが、津波で、ここが壊滅して、請戸の住民の1割、180人以上が行方不明になりました。その捜索や避難所の開設で、町長が飛び回っていたところに原発の爆発です。避難しろと言われて、まず町の山間部にある「DASH村」とかいって、テレビで若者が生活していた集落に6000人の町民が一斉に避難した。子どもも大人も一緒で、上水道はないから簡易水道の水を飲み、炊き出しのおにぎりを食べて3日間過ごした。でも、そこはとても放射線濃度が高いところだったんです。

     そのころ、後にテレビのニュースを見ていたら、福島県庁には「SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)」の放射性物質の拡散を伝える情報が入っていた。3月13日には県に届いていたそうです。なぜ、被災自治体にすぐ知らせなかったのか、と議員から詰問されて、県の部長は、国が発表しなかったから、と言っているんですね。知事にも知らせなかった、と。自分で考えて判断できていない。もし浪江町に情報が届いていたら、3日間も放射線濃度の高いところで過ごさなくてすんだでしょう。

    原発事故後も官僚は陰に隠れたまま

    山岡:まさか原発が爆発するとは思わなかったとはいえ、辛い話ですね。国の対応については、今後、詳細な検証が進むと思われますが、権力中枢の真ん中にいる人はなかなか顔を出しません。大臣の存在感はどんどん軽くなって、発言の揚げ足をとられて、辞任に追い込まれたりしていますが、権力の実務面を握る官僚は、スケープゴートの陰に隠れたままです。そして「由らしむべし、知らしむべからず」で政策をこねあげていく。

    佐藤:まったく同感です。原発の再稼働や、プルサーマル政策を左右する経産省の局長クラスは、これだけの事故を起こしながら、事故後4、5カ月後の情報でしたが、一度も顔を出さない。福島にも来ていません。本丸は経産省です。彼らは原発を再稼働させるために、真っ先にプルサーマルを受け入れた佐賀県の玄海原発に狙いをつけ、知事を動かしたが、「やらせ」でしくじる。

     次に経産省出身の北海道知事に働きかける。こちらも「やらせ」が取り沙汰されています。経産省の地方への食い込みは、凄まじいものがあります。私が知事に就任した当時は、経産省出身の知事は大分県の平松知事だけでしたが、現在は9人もいます。なかには新潟県の泉田知事のように柏崎刈羽原発を抱えて、出身母体の経産省と渡り合っている知事もいますが、それにしても47分の9は多い。経産省出身知事の多さは、道州制への動きを後押しするのではないかと懸念しています。

    山岡:海江田万里元経産大臣は、2011年8月、「人心一新」と称して事務次官、資源エネルギー庁長官、原子力安全・保安院長を更迭しましたが、経産省にとっては震災で遅れていた人事異動を進めただけ、との見方もあります。原発依存から新エネルギーへのシフトは時代の潮流です。世界は、新エネルギーの技術開発を急ピッチで進めています。とはいえ、現実には50数基の原発を日本は抱えており、いますぐすべてを廃炉にできるわけでもない。大地震はいつまた発生するかしれません。今回の事故を教訓に、原発への自治体や県、国のかかわり方をどのように再構築していけばいいでしょうか。


    佐藤:2006年5月、日本の知事会を代表して、私は、フランスのストラスブールで開かれた欧州地方自治体会議に出席しました。その会議で、チェルノブイリ事故20周年を記念して「スラヴィティチ基本原則」が採択され、欧州の地方自治体が採り入れました。その基本原則に、いまのご質問への回答が示されています。5つの原則の文面を抜粋して、順にご紹介しましょう。

    (1)各国政府の主たる役割 原子力産業は複雑で危険な工程を伴うため、とくにエネルギー技術にまつわる重大問題への対処や原子力発電所の立地、安全については政府が本質的に責任を負う。政府は本分野における主たる責任を他に委任することはできない。

    (2)地方・地域自治体の不可欠な役割 地方・地域自治体は最前線に位置し、直接利害をもつ住民を最も身近に代表する機関であり、国との連携のもと住民参画を促し、住民を守ることにおいて、決定的な役割を果たす。

    (3)地域住民の連帯 原子力の安全は国の政治・行政上の制限によって縛られてはならない。国の縛りを越えて関係諸地域すべてをイコールパートナーとする真の地域住民との団結と越境的協力体制が必要である。

    (4)透明性と情報 広範で継続的な情報アクセスが確立されなければならない。国際機関、各国政府、原子力事業者、発電所長は、偽りのない詳細な情報を隣接地域とその周辺、国際社会に対して提供する義務を有する。この義務は平時においても緊急時においても変わることはない。

    (5)関係者の関与と協議 直接の関係者による関与・協議が必須である。国ごとの手続きに従い、国レベルでは重大な技術的選択、とくに原子力エネルギー選択について、地方レベルでは原発の立地と閉鎖、安全対策について、直接協議を含むあらゆる方法で行われなければならない。

     こうやって5つの基本原則を並べてみると、日本の原子力へのかかわり方が、いかに閉鎖的で限定的で世界の常識から離れているか、お分かりでしょう。

    何年かかろうが美しい福島を取り戻すという姿勢が大事

    山岡:内閣府の原子力安全委員会は、原発事故に備えて避難などの防護対策を取る地域を従来の原発の半径10キロから30キロに拡大する案を示しました。関係する諸地域すべてを含む越境的協力体制づくりへの一歩かとも思えます。

    佐藤:まずは原子力安全・保安院は、一刻も早く、経産省本体から切り離し、きちんとチェックできる体制をつくらねばなりません。復興に向けて、あらゆる英知を結集して、除染を進めていかなくてはいけない。現状では高圧洗浄や表土を削り取る方法しかないようですが、放射性物質だけを効率的に取り除く技術開発が待たれます。

     何年かかろうが、美しい福島を取り戻し、人びとの暮らしを立て直す。この姿勢を持ち続けることで、福島県民は難民を脱し、棄民を防ぎ、自立していけるのです。復興は、上から目線の国の言いなりになるのではなく、県民自ら帰還の見通しを立て、着実に進めていくことが重要です。

    山岡:お話しながら、つくづく日本は、いま文明の峠に立っていると思いました。峠の越え方次第で、21世紀の眺望は変わるでしょう。ご多忙ところ、長時間、ありがとうございました。

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